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ほぼ全知の勇者のギルド運営  作者: 紫木翼
2章

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敗者

 戦争終結から四日後の未明、アッキム王国国王、ブラザークは馬車の荷台で目を覚ました。

 明かりなど無い荷台の中は暗かったが目覚めと同時に感じた馬車の揺れにブラザークは現状をすぐに思い出し、従者を呼ぶ呼び鈴も寝心地のいい寝台も無いという未だ慣れない状況に舌打ちしながら四日前の事を思い出した。


 四日前の昼にブラザークがウェルマスと共にユラギ将軍率いる部隊がいた場所に転移させられた際のユラギと兵士たちの驚きは大きく、気づいたら地面に倒れ込んでいたブラザークはリファロへの怒りと共に怒号を飛ばした。


 リファロはこうしたブラザークの言動を当然把握していたが無視し、自分が転移させられた直後にウェルマスまで転移させられた事を受けてブラザークの怒りは更に強くなった。


 そして転移させられた数分後、ユラギの部隊が所有する魔導通信機にリファロから連絡が入り、ブラザークたちはアルベール魔王国の国民や財産に手を出さない限りは何もしないと伝えられた。


 リファロとはウェルマスが話をしてせめてブラザークだけでも本国に帰して欲しいとリファロに頼んだのだが、送り返すぐらいなら最初から転移などしないとリファロは冷たくウェルマスをあしらった。


「……陛下、私たちはこれから兵士たちと共に数ヶ月かけてダーウォールまで帰らなくてはなりません」


 リファロが通信の最後に口にした『数ヶ月の旅を楽しんで下さい』という発言はとても伝えられないなと考えながらウェルマスがブラザークに現状を伝えるとブラザークは怒りから言葉を失った。


 この時ブラザークが怒りを覚えた理由は数ヶ月もの間兵士たちと同じ生活をしないという惨めさからくるもので、さすがにこの怒りを兵士たちにぶつけない程度の分別はブラザークにもあったが遠巻きに不快な視線を向けてくる兵士たちに囲まれていてはそれもいつまで持つか分からなかった。


 兵士たちがブラザークとウェルマスのために馬車を一台ずつ準備している間、ブラザークはウェルマスとユラギだけを連れてユラギが使っていた天幕に移動した。


 将軍用の天幕と言っても早ければその日の内の移動を前提にしている天幕は布で外からの視線を遮っただけの簡素な物で、背もたれが無い椅子に座るという初めての経験に不快そうな表情を浮かべながらブラザークはユラギに質問をした。


「ユラギ将軍、先程宰相はダーウォールまで数ヶ月かかると言っていたが具体的には何ヶ月かかる?」


 既に今夜馬車の荷台で眠る事が確定していたブラザークの機嫌は最悪で、ブラザークの今後の要求を予想しながらユラギは口を開いた。


「ここからまっすぐに北上すれば四ヶ月程でダーウォールに着きます。……しかし我々と共に船で帰るとなるとまず一ヶ月程かけて港に行き、それから二ヶ月程船で移動していただく事になります。国に着いたら転移装置を使えるのですぐにダーウォールまで帰れるとは思うのですが……」


「……この部隊に転移装置は無いのか?我々が制圧した街には転移装置を設置したと聞いている。それを使えば今日中にダーウォールに帰れるだろう?」


 ブラザークの言う通り、リキュアナを含めた制圧済みの街にアッキム王国軍は転移装置を設置していたので、兵士全員は無理でもブラザークたち数人程度なら今日中にダーウォールに帰る事も可能だった。

 しかしこれはアルベール魔王国各地にアッキム王国軍が設置した転移装置が無事だった場合の話でウェルマスは先程リファロに伝えられた事実をブラザークに伝えた。


「リファロという男の話によると我が軍がこの国に設置した転移装置は全て破壊されたそうです。今兵士たちに確認させていますがおそらく本当でしょう」

「……あの男ともう一度連絡を取れ」


 劣悪な環境に我慢して三ヶ月も馬車や船に揺られて過ごすなど冗談ではないとブラザークは考え、具体的な交渉材料は何も思いついていなかったが何とかリファロと交渉しようと考えて魔導通信機の準備をウェルマスに命じた。


 しかし命令を受けてもウェルマスは天幕から出て行こうとせず、怒りに任せて怒鳴り声をあげようとしていたブラザークにウェルマスは先程のリファロからのある忠告を伝えた。


「お伝えするのが遅くなり申し訳ありません。あの男から先程こちらからの連絡は敵対行為とみなすと言われました。もし私たちから連絡した場合は私たち二人を肉食の魔獣がいる海域まで転移させて放置するそうです」


 リファロの一方的な脅しに反論すらできない状況に怒りから胃の痛みを覚え始めたブラザークは人生で最大の屈辱に耐えながら口を開いた。


「……いいだろう。我慢してやる。ただし本国に連絡して転移装置を持たせた船をこちらに向かわせろ。私が一日でも早く帰れるようにな」


 アッキム王国全土に五十組も無い貴重な転移装置を自分のためだけに用意しろというブラザークの身勝手な命令にウェルマスとユラギは思わず視線を交わしそうになった。


 しかし今のブラザークの怒りを買ってはどんな八つ当たりを受けるか知れたものではないと考えて二人はブラザークの指示にうなずき、何やら含みのある態度を見せた二人を前にしてブラザークは更に怒りを募らせた。

 

「あの役立たず共が……」


 当然ながらユラギ率いる部隊は突然転移させられてきた国王を受け入れる準備などしておらず、人材・物資共にブラザークは不自由な生活を強いられていた。


 転移時に着ていた手入れに手間がかかる服を二日目には脱ぐ羽目になったブラザークは昼間は幹部用の比較的上等な軍服を、夜は質素な寝間着を着ており、人目が無いとはいえ庶民が着る様な服を着せられて惨めな思いをしていた。


 そして道中の手持ち無沙汰と並んでブラザークを苦しめたのが食事の問題で一日に三回運ばれてくる空腹を満たす事しか考えていない軍の食事をブラザークは毎回ほとんど残していた。

 こうしたつらい日々の原因であるリファロへの怒りをブラザークは日々募らせていたがリファロへの報復が現実的でない事は理解しており、帰国した際には生き残った将軍たちを必ず処刑にするという目標を支えに馬車での暮らしに耐えていた。


「……そうか。陛下はまた食事をお残しになられたか」

「はい。馬車からも全く出て来られないのでこのままではお体を壊してしまいます」


 リファロに負けて後は帰国するだけとはいえアッキム王国軍兵士たちには炊事や荷物運びなどの仕事が毎日あり、暇を持て余していた兵士たちは空いた時間にも軽く体を動かしていた。

 しかし転移直後からブラザークは水浴びなど最低限の用事以外では全く馬車を出ず、まさか国王に兵士たちの仕事をさせるわけにもいかないのでウェルマスとユラギはブラザークの処遇に苦慮していた。


「……外出はともかく食事は何とかしないといけないな。どうせ暇なんだ。この後私が説得してみよう。……一応肉は用意しておいてくれ」


 撤退開始直後は禁止されていたアルベール魔王国内での狩りも各部隊一日十匹までなら構わないと三日目にはパウォークたち経由でリファロから許可が出ていた。


 味つけもろくにされていないただ焼いただけの獣の肉を食べる事にはウェルマスも抵抗があったがここで死ぬわけにはいかないと考えて何とか食べ、ブラザーク同様、屈辱と空腹、疲労から寝つけない日々を何とか耐えていた。


「……兵士たちの様子はどうだ?」

「最初は負けた実感が無かったようですが初日にあの男が現れて兵士たちを殺した後は大人しいものです」


 自国の敗北を伝えられた直後、ユラギは兵士たち同様自国の敗北どころかリファロの存在すら疑っていた。

 しかし檻から魔族を引きずり出した直後に兵士数十人が血の化け物に虐殺された場面を実際に見た以上信じるしかなく、兵士たちが帰国後の生活を心配していると聞きウェルマスは考え込んだ。


 現状アッキム王国がリファロの魔族返還要請に逆らえる可能性は皆無で、魔族の買い手への返金と今後魔族売買で得られるはずだった利益の喪失を考えるとアッキム王国の受ける損害は計り知れなかった。


「……帰国した後、陛下はともかく私は確実に宰相の座を失うだろう。軍に残ってくれとは言えないができれば帰国後も我が国のために働いて欲しい」

「もちろんです。……私は仕事があるのでこれで失礼します」


 こう言ってウェルマスと別れた後、人目が無い場所でユラギは呆れた様な表情を浮かべていた。


「戦争に負けて給料もろくに払えない状況で国のために働けか。……貴族様はどうしてああ上から目線なのかね」


 ベイガンの様にあの化け物と戦う羽目にならなかった事だけは幸運だったが、アッキム王国の今後を考えるとこのまま大人しくダーウォールに帰るだけでは自分たちに未来は無いとユラギは考えていた。


 最悪の場合帰国直後の処刑すらあり得る。

 ブラザークを過労死に見せかけて殺すのは危険過ぎるかも知れない。

 自分に兵士はどれだけついてくるだろうか。

 ミキシュはともかくオーバスはアッキム王国を裏切らないだろう。

 帰国後に兵士たちと共に国から離れて動くにしてもあの化け物の怒りを買わないように注意しなくてはならない。


 帰国後に自分が損をしないためにユラギは様々な事を考え始め、とりあえず最優先事項のミキシュの説得を行うために自分の天幕へと向かった。


 戦争終結から一週間後の早朝、リファロはディルシュナとマナリュースを含む魔族数十人と共にニードベルに転移した。


 アッキム王国軍が完全に撤退した後でリファロに譲渡される事になっている街、ニードベルには終戦当時二千人程の兵士がいたが終戦二日後には全員が街の外に移動しており、兵士数十人がリファロの制裁を受けた以外は問題も無くニードベルは奪還された。


 開戦早々落とされたアルベール魔王国北部の街の住人の死体は損傷が激しかったので『蘇生』では一人も救えず、ニードベルにはアッキム王国軍の兵士に奴隷扱いされていた魔族二百人程しかいなかった。


 終戦から二日以内にアルベール魔王国内にいるアッキム王国軍の部隊全てがリファロからの何らかの制裁を受けており、この結果順調に進んでいたアッキム王国軍のアルベール魔王国からの撤退は三ヶ月以内には終わる見込みだった。


 そして今日リファロは新しい領主としての顔見せも兼ねてニードベルに来ていたのでアルベール魔王国の要人はディルシュナしか来ておらず、魔族たちへの一通りの説明を終えたディルシュナに呼ばれてリファロは魔族たちのもとに向かった。


「初めまして。リファロといいます。ディルシュナ様から聞いているとは思いますけど数ヶ月後には僕がこの街の領主になります」


 ディルシュナから事前に説明を受けていたとはいえ人間が自分たちの街の領主になると聞かされて魔族たちは困惑や嫌悪感から顔を歪めたが、この程度の反応は予想していたのでリファロは気にせずに話を続けた。


「この街に残るというならできるだけの事はさせてもらいますけど今回アッキム王国がした事を考えると人間が領主の街で暮らしたくないと考えても無理は無いと思います。……僕が正式に領主になるまでまだ時間はありますからゆっくり考えて下さい」


 こう言ってリファロが視線を向けるとディルシュナが説明を引き継いだ。


「もしニードベル以外の街での暮らしを希望するならリファロ様が転移魔法で送って下さるとの事です。ただし他の街に移動する場合、他の街も復興作業で忙しいので受け入れは来週からになります」


 首都、リキュアナですらミルヒガナの帰還が二日前だった事もあり事務・工事両方の作業が現在も山積みだったので、比較的被害が大きかったニードベルから引っ越したところで楽な暮らしができるとは限らなかった。


 その他にも移住希望者がいれば他の街から魔族を受け入れる、現時点で八百人程集まっているらしいアッキム王国内の魔族も場合によってはニードベルで引き取る、相手次第だがアッキム王国の融和派とは今後交流を持つ可能性がある、などリファロとディルシュナは現時点で決まっている事をニードベルに残されていた魔族たちに伝えた。


 ニードベルに残されていた魔族たちに特に代表などがいなかった事もありこの場で彼女たちがニードベルに残るかどうかの結論は出ず、リファロたちも特に結論を急かすつもりは無かったので今日の説明はとりあえず終了となった。


「お疲れ様でした」

「いえ、面倒な事は魔族のみなさんに丸投げしてますから」


 リファロはこの後すぐにアッキム王国貴族などから買い戻された魔族を引き取りに行く予定だった。

 しかしその後の魔族たちの面倒はアルベール魔王国が見る事になっていたので自分は『転移』を数回使うだけだと思っていたリファロは謙遜抜きで自分は大した苦労はしていないと考えており、そんなリファロの態度を受けてディルシュナは口を開いた。


「……でもリファロ様がいなければリファロ様がおっしゃる面倒な事すらできませんでしたからリファロ様はもっと自信を持って下さい」

「……まあ、その辺はお互い様って事で……」


 この手の話題は何度繰り返しても堂々巡りだと考えていたのでリファロの返事もおざなりになってしまい、話題に困ったリファロは少し早いがアッキム王国に転移しようと考えながら『回答者』を発動した。


『回答者』によるとアッキム王国では魔族を買った貴族など富裕層からの反発こそあったが大臣たちは一丸となり魔族の買い戻しを進めており、魔族の買い戻しが始まると同時に自国の敗北が知れ渡った事で国民の間に動揺こそ起きていたが魔族の買い戻し自体は順調に進んでいる様子だった。


 この調子なら自分がアッキム王国で暴れる必要は無さそうだ。

 こう考えながらリファロがここ三日程忘れていた竜の行動の確認を『回答者』で行うと竜の一体がクララス王国のギルド支部に昨日から居座っているらしく、幸い死者は出ていなかったが自分のうかつさにリファロは思わず声をあげてしまった。


「どうなさったんですか?」


 話の途中で急に表情を変えたリファロを見てディルシュナはアッキム王国軍がまた何かしたのかと不安になり、そんなディルシュナにリファロは安心するように伝えた。


「安心して下さい。この国で何かあったわけじゃないです。クララスって国で竜が、……暴れてはいないみたいですけどちょっと問題起こしてるみたいで。……僕に用があるみたいなんで行ってきます」

「……はい。お気をつけて」


 リファロが全く慌てていなかったので一瞬反応が遅れたが竜と会ってくると言われてディルシュナは動揺してしまい、そんなディルシュナに謝った後、リファロはアッキム王国の大臣たちに予定の変更を伝えるために魔導通信機を取りに行った。

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