決着
「あなたが毎日天幕に魔族連れ込んで何やってたか僕が知らないとでも思ってるんですか?あなたたちの死体が残ったら魔族の人たちが迷惑する、以外の理由でこの場であなたたちを殺さない理由無いんですよ?」
怒りを押し殺した声でリファロに懇願を切り捨てられてオーバスは何も言えなくなり、そんなオーバスにリファロは魔導通信機を手渡した。
「戦いが始まってから一時間経っても何の連絡も無いんでウェルマスさんたち不安に思ってるみたいです。さあ、手も足も出ずに負けたって連絡して下さい。……言っときますけど五秒以内に始めなかったら『呪歌』で命令するだけですから」
この状況で『呪歌』とは何だと聞き返す勇気はオーバスには無く、リファロに攻撃するどころか視線を逸らしている部下たちの視線を受けながらオーバスはメインギオに連絡を取った。
「……メインギオ大臣、申し訳ありません。今回も私たちは負けました」
「何だと!被害は?」
敵は一人だったのでオーバスたちが勝つにしろ負けるにしろ昨日同様三十分程で報告が入るとメインギオたち大臣は考えていたが実際は一時間経っても諜報員からの報告すら入らず、焦りと怒りを覚えていたところに敗北を知らされてメインギオはまず自軍の被害状況を確認した。
「……一人も死んでいません」
「……どういう事だ」
兵士たちの士気の有無に関係無くオーバスはリファロに殺されるとメインギオは考えていたので報告がオーバスからだった事に一番驚き、自軍の敗北についてはある程度は予想していたのであまり驚かなかった。
しかし兵士の犠牲が皆無と言われてメインギオは状況が理解できず、そんなメインギオにオーバスは自分たちの身に起こった事をそのまま伝えた。
「リファロという男が空から私たちに食料や魔族を放棄して帰るように命令してきて、何らかの魔法と思われるその命令に逆らえず私たちは戦う事すらできずに撤退しました」
「……何を言っている?」
メインギオは昨日とは戦術を変えるというリファロの発言をウェルマスから聞いていた。
しかし声一つで五万人もの兵士が撤退させられたという事実を受け入れられず困惑し、そんなメインギオの反応を当然だと考えながらオーバスは説明を続けた。
「あの男が言うにはあの男の魔法は代償を払う事で使える魔法で自分以外の千人に代償を払わせる事で更に強力な魔法が使えるようになったそうです」
「あ、言うの忘れてました!さっきのは『衝撃波』が強くなった能力で『呪歌』で名づけました!『衝撃波』だと強くなった方とは意味が合いませんもんね!」
オーバスは敗北を伝えろと命令されたにも関わらずリファロの能力についてメインギオに報告した時点でリファロに攻撃される事も覚悟していた。
このためリファロが攻撃するどころか新しい能力の名前というどうでもいい情報を伝えてきた事を受け、オーバスはリファロが自分たちを全く警戒していない事を痛感させられた。
「……他の四つの魔法も別物になっているという事か?」
リファロはオーバスから数メートル離れた場所にいたので魔導通信機越しのこのメインギオの質問が聞こえなかったが、ここに着いてからは常に『回答者』を発動していたのでメインギオの質問に答えた。
「『血の乙女』以外の能力は結構変わってます!どういう風に変わったかまでは教えませんけど!」
リファロに自分の声が届いているとは思っていなかったメインギオはリファロから返事が返ってきた事に驚き、そんなメインギオを放置してリファロはラルジュと共に上空に向かった。
とりあえずアッキム王国本国にオーバスたちの敗北は伝わったと判断したからだ。
「待て!さっきも言ったがお前が何もしなくてももう撤退する!だからさっきの魔法は、」
「あなたたちがここで休んだりしなければその言葉信じてもよかったんですけど」
オーバスたちに恐怖を味わわせるためにどの道リファロは二度目の『呪歌』を使うつもりだったのでオーバスの懇願を適当にあしらい、その後リファロが『呪歌』で下した命令に従いオーバスたちは再びアッキム王国に向けて走り始めた。
オーバスから敗北の知らせを受けた直後、メインギオはウェルマスに自軍の二度目の敗北を知らせた。
「諜報員からの報告が一切入らないがそれは本当か?」
「オーバス将軍の報告が本当ならあの男の魔法で無理矢理撤退させられているのかも知れません」
「……声で物を破壊する能力が敵を操る能力に?……信じられんな」
これまでの報告にあったリファロの能力のいずれとも違う『呪歌』の存在をウェルマスはすぐには信じられず、最後の一人まで戦うと言っておきながら戦う事すらせずに逃げ出したというオーバスたちに怒りすら覚えていた。
そしてそもそも『呪歌』とやらの効果が本当なら魔導通信機越しの報告が信じられなくなるのではとウェルマスが考えた直後、ラルジュと共にダーウォールの王城の上空に転移してきたリファロの発動した『呪歌』が王城全体を覆った。
「大臣は全員正門前に集まって下さい。それ以外の人は僕と大臣、後魔族の邪魔をしない範囲内で仕事を続けて下さい」
『呪歌』によるこの命令が下った直後、王城内にいた人間全てが驚きも怖がりもせずにリファロの命令に従い始め、城内にいた大臣四人が正門に移動を始めた事を確認したリファロは昨日とは避難場所を変えていたブラザークを迎えに行くために『転移』を発動した。
腕輪による回復を行っていなくても『転移』を使い今王城にいない大臣全てを誘拐してくるのは無理だったので、リファロはとりあえず強化された『転移』で誘拐してきたブラザークとウェルマスとメインギオを含む大臣四人だけを正門前に集めた。
現在『呪歌』の影響下に無いブラザークだけが突然王城に連れてこられた事で恐怖の表情を浮かべており、そんなブラザークの視線の先にはリファロとその隣でアッキム王国の国旗を支柱ごと持っていたラルジュの姿があった。
「おい!ウェルマス、状況を説明しろ!」
いきなりアッキム王国最大の敵に誘拐されて混乱と恐怖に陥っていたブラザークはウェルマスたちが魔族を含む敵を前にして何の反応も見せない事に困惑を深め、そんなブラザークの質問にウェルマスは表情を変える事無く答えた。
「この男に正門前に集まるように命令されたので集まっただけです」
「……何を言っている?」
ウェルマスだけではなく他の三人の大臣も敵の命令に従う事を極当然と考えているらしいと知りブラザークは状況が理解できず更に困惑を深め、そんなブラザークにリファロはオーバスたちの敗北と『呪歌』の効果、そして『奉身者』が強化された事を伝えた。
「……分かった。私たちの負けだ。残っている二人の将軍もすぐに撤退させるし、今我が国にいる魔族もすぐに返す。それでいいだろう?」
無理だ。
リファロから現状を聞かされたブラザークの心境はこの一言に尽き、これまで戦争にかけた時間や費用、魔族を買った貴族や商人たちへの弁償など様々な損失が頭をよぎったが今のブラザークにリファロに逆らう気概など全く残っていなかった。
こうしたブラザークの心情をリファロは『回答者』で把握していたが実務を行うウェルマスたちには他の大臣の説得なども行ってもらう必要があったので、リファロはこの場にいる五人の心を完全に折るために『呪歌』を発動した。
「この国旗を斬り裂いて下さい」
『呪歌』でこの命令が下されるとブラザークも他の四人同様無表情になり、リファロが衛兵たちから借りた剣を渡すとブラザークたちはためらう事無くアッキム王国の国旗を斬り裂き始めた。
一分とかからずに無残な姿になった国旗をリファロはブラザークに手渡し、新たに『呪歌』による命令が下されると傷だらけの国旗を持ったブラザークを先頭に五人は行進を始めた。
「アルベール魔王国万歳!アルベール魔王国万歳!アルベール魔王国万歳!」
ブラザークの後ろを歩いていたウェルマスたちはリファロの命令に従い両手を挙げながらアルベール魔王国を称え続け、ブラザークたちが王城の敷地内から出る直前でリファロは『呪歌』を解除した。
アルベール魔王国が受けた仕打ちを考えたらリファロとしてはブラザークたちにはこのまま城下街を行進して欲しかったが、『回答者』によるとブラザークたちの権威を落とし過ぎると今後アッキム王国を襲う財政難も手伝い内乱が起きる可能性が高くなるらしかったのでリファロはこれ以上ブラザークたちを辱める事を避けた。
『呪歌』を解除した事で王城でも騒ぎが起きていたが、衛兵が駆け着ける前にこの場を後にするつもりだったリファロは王城での騒ぎを無視してブラザークたちに話しかけた。
「『呪歌』は説明だけ聞いても信じられないと思ったので実際に体験してもらいました。一応言っておきますけど僕がその気になればその場で殺し合え、みたいな命令も出せます。……えーっと、確認なんですけどミキシュ将軍とユラギ将軍とも戦った方がいいですか?もし戦った方がいいなら明日まとめて終わらせますけど」
全く緊張を感じさせない声と表情でリファロにまだ戦意があるかと確認されてブラザークたちは全員怯んでしまったが、他の四人が黙り込む中、ブラザークが口を開いた。
「先程も言ったはずだ!私たちの負けだ!それでいいだろう!」
ブラザークが負けを認めている事は既に『回答者』で確認済みだったが言葉遣いにはまだ強気な部分が感じられ、今後事ある毎に脅すのは面倒だったのでリファロは脅しのためにブラザークをアルベール魔王国に転移させた。
「貴様!陛下をどこに、」
ブラザークが突然消えた事を受けてウェルマスが声を荒げたがそんなウェルマスも次の瞬間にはアルベール魔王国に転移させられ、恐怖で動けなくなっていたメインギオたちにリファロは質問をした。
「それでいいだろうとか貴様とか負けを認めたって言う割には言葉遣いが生意気だったんで二人にはアルベール魔王国に行ってもらいました。みなさんはどうですか?僕とまだ戦うつもりありますか?」
このリファロの発言を受けて残されたメインギオたちは互いに視線を向け合い、結局残った三人の内では爵位が高かった大臣、パウォークが口を開いた。
「もちろんその様なつもりは一切ありません。ただちに軍の撤退と魔族の返還を進めたいと思います。……ところで陛下とウェルマス宰相はどうなったのでしょうか?」
恐る恐るといった様子でパウォークはブラザークとウェルマスの安否をリファロに尋ね、予想していた質問にリファロは即答した。
「アルベール魔王国に飛ばしたって言ってもユラギ将軍のところに飛ばしただけですから軍の撤退を進めればすぐに帰ってくると思いますよ?」
「……そ、そうですか?」
事も無げに人間二人を遠く離れたアルベール魔王国に転移させたと言われてパウォークたちはリファロから視線を逸らし、そんなパウォークたちにリファロは忠告を行うと同時に伝言を頼んだ。
「そっちが戦うと言うならいくらでも相手になります。ただ負けを認めるって言うならそれ相応の態度を取って下さい。次に生意気な口きいたら相手が誰でも海のど真ん中に転移させますからちゃんと他の人たちにも伝えておいて下さい。……あなたたちがこの事ちゃんと伝えたかどうか、僕ちゃんと分かりますからね?」
「はい!大臣たちだけではなく兵士たちにもあなた様への礼儀は徹底させますのでどうかご安心を!」
「それならよかった。前にも言いましたけどこの国にいる魔族の返還は今日から二ヶ月以内に終わらせて下さい。もしできなかったらブラザークさんとあなたたち大臣とその家族は全員殺すのでがんばって下さいね」
敵に自分たちの王をさんづけで呼ばれてパウォークたちは先程国旗を斬り裂かされた事に気づいた直後同様屈辱を感じたが何も言えず、そんなパウォークたちの屈辱を『回答者』で把握しながらリファロは指示を続けた。
「アルベール魔王国で捕まってる魔族と街の解放はこっちでやります。兵士が少しでも抵抗してきたらあなたたちに責任を取ってもらいますからアッキム王国が負けたって事はちゃんと伝えておいて下さいね」
「お待ち下さい!もちろん全力は尽くしますが現場の兵士たちの暴走までは私たちも責任は……」
強い屈辱こそ感じていたがパウォークたちは敗北を受け入れ、保身のためという理由もあったが軍の撤退にもアッキム王国内の魔族の解放にも全力を尽くすつもりだった。
しかしつい数日前まで連戦連勝で略奪と暴力の限りを尽くしていた現場の兵士の暴走まで責任を取らされてはたまったものではないというのがパウォークたちの本音で、武器を持った人間数万人を勝手に送り込んでおきながら何を勝手な事をと怒りを覚えながらリファロは口を開いた。
「……四時間待ちます。その間にミキシュ将軍たちの部隊と街を占領してる部隊全部に連絡を取って、魔族も奪った物も全部置いて撤退するように伝えて下さい」
『回答者』によると全部隊への連絡は二時間で終える事ができるらしかったが、もしパウォークたちが不手際を起こした場合何かしらの制裁を加えないと侮られかねなかったのでリファロは面倒を避けるために期限に余裕を持たせた。
「あなたの言う通り、全員が従わないでしょうけどそういう兵士たちは僕が対応するので。あなたたちの指示に従わなかった兵士は僕が殺しに来るってちゃんと伝えておいて下さい。ちゃんと兵士に伝えさえすればあなたたちには何もしません」
「分かりました。ご配慮感謝いたします!」
こう言って頭を下げてきたパウォークを前にしてパウォークたちが負けを認めている以上後は現場の兵士たちを直接相手にするしかないとリファロは判断し、もう用は済んだと考えたリファロは強化された『転移』でラルジュをアルベール魔王国に転移させた後自分も王城を後にした。
今回の交渉によりアッキム王国とアルベール魔王国の戦争は事後処理こそ残っていたがアッキム王国の敗北で終わり、屈指の軍事国家として知られていたアッキム王国が事実上一人の人間に負けたという事実は一ヶ月とかけずに周辺国家に知られる事となった。




