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ほぼ全知の勇者のギルド運営  作者: 紫木翼
1章

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21/28

『呪歌』

「アッキムの人たちは食料と魔族、後魔導装甲を残して自分たちの国に全力で帰って下さい」


 ラルジュと共に上空二百メートル程の位置にいたリファロの声は決して大きな声ではなかったが真下にいたアッキム王国軍の兵士三千人程の耳に届き、リファロの声を聞いた兵士たちは腰につけていた食料を地面に捨てると一斉にアッキム王国を目指して歩き始めた。


「おい!何をしている!」

「撤退の命令なんて出てないぞ!」


 突然前方の兵士たちが後退を始めた事を受けて後方の兵士たちは驚きの声をあげたが、後退を始めた兵士たちは自分たちを制止しようとする兵士たちに不思議そうな表情を向けた。


「でも国に帰れって言われたし」

「お前たちも早く食料捨てないと」


 後退を始めた兵士たちは進路上の兵士たちに敵意を見せるわけでもなければ慌てる様子も無く、無表情で後退を続ける兵士たちと彼らを止めようとする兵士たちとの間で衝突が起こる直前、リファロの二回目の声が響いた。


「アッキムの人たちは食料と魔族、後魔導装甲を残して自分たちの国に全力で帰って下さい」


 前方の兵士たちの不可解な後退を止めようとしていた兵士たちもこのリファロの声を聞いた瞬間すぐに後ろを向き、食料を捨てながらアッキム王国を目指して走り続けた。


 千人の魔族の協力を受けて強化された『衝撃波』は威力が上がったわけではなく完全に別の能力になっており、強化前の『衝撃波』と共に『呪歌じゅか』と呼ばれるようになるこの能力はリファロの声を聞いた者を自在に操る事ができる能力だった。


『呪歌』を受けた対象はリファロの指示に従う事が当然だと考える状態になり、リファロが自由にしていいという『呪歌』を聞かせるか『呪歌』の効果時間の一時間が経つまでリファロの指示に従う事になる。

 ラルジュに運ばれたリファロは十分程で戦場の兵士全てを支配下におき、兵士たち全員が撤退を始めた事を『回答者』で確認してからリファロはディルシュナたちのもとに戻った。


「リファロ様の声が急に頭の中に響いてきて、……何だか不思議な感じですね」


『呪歌』によるリファロの指示は半径五百メートルの効果範囲内全てに届き、効果範囲を狭くする事は今のリファロにはできなかったのでディルシュナたちも『呪歌』の影響を受けた。


 リファロの指示がアッキム王国軍の人間のみに向けたものだったのでディルシュナたちの行動に変化は無かったが、『呪歌』の影響を脳に受けたディルシュナたちは思考に靄がかかったような違和感を覚えていた。


「……もう終わったのですか?」


 ディルシュナたちは事前に『呪歌』の詳細をリファロから聞いていたが正直なところ半信半疑だったので、二百メートル程離れた場所にいたアッキム王国軍の兵士たちの動きが目で確認しにくかった事もありリファロたちのあまりに早い帰還に驚いていた。


 しかし五分程待ってもアッキム王国軍の兵士たちがこちらに向かってこない事を受けてようやくディルシュナたちは彼らの撤退を信じ、リファロに先導される形で放棄されたアッキム王国軍の本陣に向かった。


 強化された『奉身者』の能力の内容次第では昨日よりアッキム王国軍側の犠牲を減らす事ができるかも知れないと考えてリファロは今回魔族たちと協力したが、勝つだけなら腕輪の能力で魔力を回復して昨日と同じ事をすればいいだけだった。


 しかし『奉身者』の強化内容を早く知りたいという個人的な事情もありリファロは今回魔族たちと協力し、魔族たちの食糧事情など気づいていなかった問題に気づけてよかったなと思いながらリファロは腕輪で魔力を回復した。


 昨日のルドディスたちの交渉で演技に身が入るようにリファロは魔力を回復していなかったのだがもうその必要も無く、アッキム王国への訪問をオーバスたちへの支配が解ける前と後のどちらにした方がいいか『回答者』で確認しながらディルシュナたちの案内を続けた。


 先程の『呪歌』の対象にはアッキム王国軍の諜報員も含まれていたので今リファロたちの周囲にはリファロ以外の人間はおらず、『回答者』の存在を知らないハーピィたちもリファロのこの辺りは安全だという発言を信じて大部分が食料の運搬作業へと向かっていた。


 今回アッキム王国軍は魔族を一ヶ所に集めて捕らえていたのでリファロはディルシュナとハーピィ数人と共に魔族たちの幽閉場所へと向かっており、ディルシュナの腕を掴んでの飛行は緊急時以外は避けたいというラルジュたちの意見を受けてリファロとディルシュナは放棄された箱の一つに入りラルジュたちに運搬されていた。


「リファロ様はこの後すぐにアッキムに向かうのですか?」

「いえ、一回『呪歌』が切れるまで待ちます。全員操っちゃったので王様たちにアッキムが負けた事伝える人がいなくなっちゃったので」


『呪歌』の効果範囲を制御できなかった事からリファロは先程兵士たちから離れた場所にいた諜報員たちも『呪歌』の対象にしてしまった。

 この事を『呪歌』の恐ろしさが兵士たち以外にも伝わって好都合ぐらいにリファロは考えていたが、先程『回答者』を使い初めて現在アッキム王国軍の敗北を本国に知らせる人間がいない事に気がついた。


 前線の兵士・諜報員と音信不通の状況でリファロに自分たちの軍の敗北を伝えられてもアッキム王国首脳陣が信じない事は『回答者』を使うまでも無くリファロにも予想でき、兵士か諜報員にかかっている『呪歌』を一度解除する事もリファロは考えた。


 しかし兵士には死なない代わりに吐こうが足の爪が割れようが全力で走り続ける恐怖を感じてもらおうとリファロは考えており、そもそも気づいていない振りをしていた諜報員は今回もそのままにしておく事にした。


「テムロウさんたちが戻ってきたら全員をウイルテンに転移させて、『呪歌』が切れたらアッキムに連絡してもらって後は王様たちと交渉って感じになると思います」


 ラルジュの仕事はあくまでディルシュナの護衛で戦闘時のリファロの運搬役こそ果たしたが食料の運搬を担当するハーピィたちのまとめ役は別におり、捕らわれている魔族たちの救出後、リファロはこの場にいる魔族を全員ウイルテンに転移させるつもりだった。


 自分以外を転移させるという以前いた世界で何度欲しいと思ったか分からない技術を実際に使い、分かってはいたが本当に便利だなと考えていたリファロの説明を受けてディルシュナは申し訳無さそうな表情を浮かべていた。


「申し訳ありません。戦いも全てリファロ様にお任せしているというのに私たちの移動から食料の運搬までお任せしてしまって……」


 リファロは強化された『奉身者』の能力について効果範囲や使用制限まではアルベール魔王国首脳陣に伝えていなかったが、内容自体は五つ全て伝えておりルドディスたちは既に強化された『奉身者』の能力を前提に今後の動きを考えていた。


 リファロはアルベール魔王国の現状を考えるとルドディスたちが強化された『奉身者』に頼ろうとするのは当然だと考え、そもそも自分以外に頼る相手がいないという理由でアルベール魔王国を協力者に選んだので魔族たちからのいくつもの要請に全く気分を害していなかった。


 そして強化された『奉身者』が他者の協力無しでは使えない事を自然に助け合えるので好都合だともリファロは考えていたのだが、リファロが協力相手を人間に切り替えない保証が無い以上魔族たちは今のディルシュナの様に希望と共に恐怖と罪悪感を抱いていた。


 このためディルシュナは母親から受けた命令を果たそうと意気込んでいたのだがそんなディルシュナたちの思惑は言葉を選ばずに言えばリファロにとってはいい迷惑で、この問題は時間が解決するのを待つしか無いなと考えながらリファロは話を続けた。


「ルドディスさんたちにも言いましたけど本当に気にする必要無いですよ。そもそも『呪歌』とか今回の『転移』はみなさんの協力が無いと使えないわけですし」


 リファロはアッキム王国軍を完全に撤退させた暁には個人的に『奉身者』を使う際の代償要員三千人を常時待機させておくとミルヒガナと約束していたので、リファロ視線ではリファロとアルベール魔王国は持ちつ持たれつの関係だった。


 しかし魔族側が現状を楽観視できない事も理解していたので硬い表情を崩さないディルシュナを前にリファロは話題を変える事にした。


「まあ、その内僕からも色々頼むと思うのであんまり気にしないで下さい。それより相談役から聞いた話ですけどここに捕まってる魔族には魔王の一族も何人かいるみたいですから明るい顔で迎えに行ってあげて下さい」


 戦争開始前には三十人程いた魔王の一族も今ではディルシュナたちを入れても十二人しか生き残っておらず、殺した魔族の種類や数などアッキム王国軍はいちいち把握していなかったので今回の戦争で死んだ魔王の一族の死体の大半がどこにあるかは『回答者』でも分からなかった。


 五分程ラルジュたちに運ばれた後、リファロたちは魔族の幽閉場所に着き、ラルジュの指示を受けたハーピィたちは蹴りで次々に魔族たちが入った檻を破壊していった。

 この場所にも昨日同様五千人程の魔族が女ばかり捕らわれており、裸の者が多い魔族たちからリファロが目を逸らす中、ハーピィたちの誘導で次々に魔族が檻から解放されていった。


 今回は魔族への『治癒』は行わない事が事前に決まっていたのでオーバスたちにかけた『呪歌』が解けるまでリファロがする事は無く、しばらく魔族解放の様子を見守っていたリファロにディルシュナの喜びの声が聞こえてきた。


 ディルシュナが再会を果たしていた相手は先程リファロが言及した魔王の一族三人で、彼らは絶望的な状況から救出された直後にディルシュナに会い驚きの表情を浮かべていた。

 そしてディルシュナに促されてリファロの存在に気づいた彼らはリファロに警戒心を露わにし、彼らの相手をディルシュナに任せるか一瞬迷ったがひまだった事もありリファロは彼らに近づいた。


「そんなに警戒しないで下さい。こちらの方はリファロ様。人間ですけど私たちに協力して下さっていて、先程逃げて行った人間たちの他に昨日も他の場所で侵略者たちを追い払って下さいました」


 魔王の一族三人の内二人が年上だったのでディルシュナは丁寧な口調で三人にリファロを紹介し、ディルシュナの紹介を受けてリファロは簡単にあいさつをした。


「リファロです。細かい説明は後でディルシュナさんから聞くと思いますけどアルベール魔王国と協力してます」

「……あなたがあの人間たちを追い払ったって言うの?」


 今回救出された魔王の一族の一人、ディルシュナのいとこにあたる少女、オムニプルがリファロに疑いと警戒の表情を向け、気の強いオムニプルがリファロに失礼な事を言わないかと不安に思っていたディルシュナをよそにリファロとオムニプルの話は続いた。


「はい。僕一人の力じゃなくて魔族のみなさんの力を借りましたけど」

「どうして人間のあなたが……」


「……色々あって人間の国で暮らしにくくなってアッキム相手に苦しんでるこの国でならやり直せるかもと思って今回力を貸してます」

「後できちんと説明するけどリファロ様はどんな傷でも治せて転移魔法というすごい魔法も使えるすごい方なの!お母様も認めている方だから!」


 これ以上リファロに失礼な態度を取るなという意味を込めた視線をディルシュナが向けるとオムニプルも一応は納得した様子で、これ以上自分が何を言ってもオムニプルが警戒心を解く事は無いだろうと考えてリファロはディルシュナに断りこの場を離れた。


 リファロがディルシュナたちから離れた後、緊張の糸が解けたのか視線を鋭くしていたオムニプルはすぐに涙を浮かべ、ディルシュナに自分の『眷属』がアッキム王国に連れ去られた事を伝えた。


「オレインは、私を逃がそうとしてあいつらに捕まっちゃって、……まだ生きてるみたいだけど、あいつらにさらわれたって事は今頃……」


 オレインはオムニプルの護衛のラミアでオムニプルが住んでいた街が一ヶ月程前にアッキム王国軍に襲撃された日にオムニプルを逃がすために捕まり、オムニプルは『眷属』との繋がりでオレインの生存こそ知っていた。


 しかし二週間程前に自分が捕まりアッキム王国軍に捕まった魔族がどの様な扱いを受けるか知って以降は常にオムニプルはオレインの『眷属』化を解除すべきなのではと悩んでいた。


 アッキム王国にとって高値で売れる商品の魔王の一族であるオムニプルは兵士たちに何もされなかったが、醜悪な笑みを浮かべる兵士たちに連れて行かれた魔族たちは帰ってきた時には言葉すら発する事ができない状態になっており自殺した者すらいた。


 そして他の魔族の自殺を止められなかった事を責められて他の魔族が罰を受けるという理不尽な日々を捕らえられて以降オムニプルたちは過ごしてきたので、オムニプルたちの人間への敵意はディルシュナの想像以上だった。


 昨日リファロに助けられた魔族たちは『治癒』を受けた感謝と『治癒』を使えるリファロが通常の人間ではないという判断からリファロへの態度を多少軟化させていたが、今回リファロに助けられたという実感が薄かったオムニプルたちにとってリファロはただの人間てきだった。


 こうした事情を『回答者』で把握していた事もありリファロはオムニプルたちから離れ、既にアッキム王国内にいたオレインの現状を知り不快そうな表情を浮かべながら今日の予定を確認し直した。

 

 オーバス率いるアッキム王国軍が『呪歌』の効果で撤退を始めてから一時間後、『呪歌』の効果が切れた瞬間、オーバスたちは一斉に地面に倒れ込んだ。

 一時間休む事無く走り続けた疲労とつい一秒前まで敵の指示に従う事に何の疑問も抱いていなかった恐怖からオーバスたちは硬い表情で息を荒げ、そんなオーバスの耳にリファロの声が届いた。


「お疲れ様です。そろそろ時間だと思って二回目の命令出しに来ました」


 既にディルシュナたちはウイルテンに転移済みでラルジュ一人を伴い今日二回目の『呪歌』を使いに来たリファロを前にオーバスは恐怖の表情を浮かべながら口を開いた。


「さっきの妙な命令はもう止めてくれ!何も言われなくてももう帰る!」


 オーバスは『呪歌』の詳細は把握していなかったがもう一度自分が敵の命令に逆らえなくなるのはごめんだと考えてリファロに『呪歌』を使わないように懇願したが、リファロにオーバスの身勝手な頼みを聞くつもりは無かった。

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