交渉
「もしお前がこの場で私たちを全員殺したとしても我が軍の撤退は不可能だ」
「どうしてですか?」
ウェルマスが反論してくるという想定の内最善の結果への安堵を隠しながらリファロはウェルマスに質問し、そんなリファロの心中を知る由も無いウェルマスは侵入者の要求をはねのけるために反論を続けた。
「もし私たちが全員殺されてその事が魔導通信機でアルベールにいる兵士たちに伝わったとしてもあまりに唐突過ぎて兵士たちは信用しないだろう。兵士の多くたちはお前の存在すら知らないからな」
自分の事を能力の内容まで含めて知っているアッキム王国軍兵士の割合が二割にも満たない事もこの点を突いてウェルマスが反論してくる可能性が高い事もリファロは既に『回答者』で知っていた。
このためリファロはウェルマスが探る様な表情を向けながら口にした反論に慌てる事無く返事をした。
「はい。この場でみなさんを皆殺しにしても兵士の撤退がうまくいかない事ぐらいは分かっています。でも心配しないで下さい。兵士のみなさんの説得も僕の方でやるので」
「あまり調子に乗るなよ。お前が転移を一日に十回もできない事ぐらい知っている」
「はい。それも分かってます。クララスのギルドの人たちががんばって広めてましたから」
クララス王国のギルドが以前秘密裏に行っていた数々の活動を思い出してリファロは疲れた様な表情でため息をつき、そんなリファロの表情に多少勇気を取り戻したウェルマスは気勢を強めながら話を続けた。
「先程の炎はなかなかの威力だったがあれで殺せる兵士など精々数百人だ!転移ができなくなった後どうするつもりだ?魔法や矢の的になって終わりだ!」
「……とりあえず僕の話最後まで聞いてもらっていいですか?怖いのは分かりますけど」
おそらく自分の半分も生きていない少年に怒声を軽く受け流されてウェルマスは激しい怒りを覚えたが、敵の考えを聞かなくては反論もできないと自分を落ち着かせながらリファロに話の続きを促した。
「ありがとうございます。さっきの火を何度も撃つなんて効率の悪い事するつもりはありません。何度も言いますけどできるだけ犠牲は減らしたいので。だから僕はアルベールにいるあなたたちの部下の兵糧を全部焼くつもりです。……念のために言っておきますけど兵糧の場所は全部分かってるので僕なら二日あれば前線の兵士たちの兵糧は全部焼けます」
アルベール魔王国内で活動中のアッキム王国軍の部隊はいずれも次の攻略予定地に着くまでに最低でも三日を要したので、二日以内に前線の兵糧を全て焼かれては戦闘どころではなかった。
しかし兵士ではなく兵糧を直接狙うというリファロの発言を受けてアッキム王国の首脳陣のほとんどが兵糧の場所が全て知られているという部分に疑いを持ち、そんな首脳陣を納得させるためにリファロはあらかじめ知っていたいくつかの情報を話し始めた。
「この城の最上階と一階の貴賓室には隠し通路があっていざって時にはキインに用意された馬車でマウルブかバーゲットまで逃げられるそうですね」
王族と歴代の宰相しか知らない王族専用の逃げ道や隠れ家に言及されてブラザークとウェルマスの表情が硬くなり、その後リファロが複数の大臣が行っていた軍事費や魔族売買の利益の着服やアッキム王国の魔法研究についての機密情報数点に言及すると室内は騒然となった。
「僕すごい転移魔法が使えるんですけど同じぐらいすごい情報を集めるのに向いた魔法が使える相談役がいるんです。みなさんの会議が始まってすぐに転移してきた時点で不思議に思いませんでしたか?」
「……兵士たちの説得とは具体的に何をするつもりだ?」
他の情報はともかく王族専用の逃げ道が知られていた事は国や軍の上層部に内通者がいたとしても説明がつかなかったのでウェルマスはリファロの底の知れなさをこの時点で十分に理解しており、自分たちでは目の前の侵入者に対処できない事も理解していた。
このためウェルマスはとりあえずリファロと兵士たちを接触させてみようと考えたのだが、そんなウェルマスにリファロはある頼み事をした。
「すみません。その説明をする前にアルベールにいるあなたたちの部下がそろそろ動き出しそうなんで一旦止めて下さい。魔族の解放や撤退は無理でも兵糧の一部が焼かれたから補給体制の見直しのために二日間待機する、ぐらいの命令は出せる事分かってて言ってますから無駄な言い訳はしないで下さいね?」
今も机から降りる様子を見せないリファロがこれ見よがしに口から炎を漏らすとウェルマスは悔しそうな表情を浮かべながらも会議室の隅に置かれていた魔導通信機で前線の兵士たちに指示を出し、進軍を開始しようとしていた前線の兵士たちが戸惑いながらも出発を止めた事を確認してからリファロは話を始めた。
「ありがとうございます。で、兵士のみなさんの説得についてなんですけど僕がただ頼んでも言う事聞いてもらえないと思うんである程度暴れるつもりで、具体的に言うと正面から戦いを挑んで兵士を蹴散らして前線にある兵糧を全部焼いて魔族のみなさんも解放するつもりです。実際に僕が目の前に現れて暴れたら信じるも何も無いですよね?」
前線にある兵糧を全て焼かれただけなら補給を海路に頼っているアルベール魔王国南の一万人の兵士たち以外は二日かけて後退すれば補給部隊と合流できて餓死まではしない事は『回答者』で確認済みで、二日間の食事抜き程度は侵略してきた事への罰だとリファロは考えていた。
「私たちがアルベールにどれだけの兵士を送り込んだと思っている?本気でお前一人で勝てると思っているのか?」
四つの隊に分かれているとはいえ最少でも一万人はいる兵士たちを相手に一人で正面から挑むと真顔で口にするリファロを前にしてメインギオは嘲りよりも戸惑いが先にきてしまい、そんなメインギオの質問を受けてリファロは不思議そうな表情を浮かべた。
「僕が勝てるかどうかをあなたが気にする必要は無いんじゃないですか?僕が殺されたらそのまま侵略続ければいいんですから」
不安を全く感じさせない表情で机の上からリファロに見下ろされてメインギオは黙り込んでしまい、そんなメインギオの態度を心の中で叱責しながらウェルマスはリファロに話しかけた。
「お前の言う通りだ。戦争の結果を前線での戦いで決めるというのなら異論は無い。だがどうして我が軍を二日も待機させた?お前が我が軍に勝つ自信があると言うなら数時間待たせればいいだけだろう」
これからほぼ未知の敵と戦う兵士たちのためにリファロの底を探るためにウェルマスはこの質問をし、そんなウェルマスの質問を受けてリファロはこれ見よがしに呆れた様な表情を浮かべた。
「さっき自分で言ってましたよね?僕無限に転移できるわけじゃなくてあなたたちの方の犠牲を抑えるためには一日に一ヶ所ずつ戦うしかないんです?……別に構いませんよ?良心は痛みますけどあなたが僕の言う事信じられないって言うなら明日までに補給部隊が運んでる分も含めて軍の兵糧全部焼いてあなたの部下のみなさんには餓死してもらいますから」
リファロから一方的にアッキム王国軍各部隊との戦闘を数日に分けて行うと告げられてアッキム王国首脳陣の中には不満やリファロの底を探ろうという欲を抱いた者もいた。
しかしウェルマスが少し悩んだが結局探りを入れなかったのでリファロに質問する者はおらず、とりあえずの話は終わったと判断したリファロはこの後急用が入りそうだった事もあり話を終わらせに入った。
「戦い自体は明日から始めてベイガン将軍、オーバス将軍、ミキシュ将軍、ユラギ将軍の順番に戦うつもりです。開始は午前九時にしましょう」
「……私たちはお前を殺すつもりだ。今見聞きした事は各部隊に知らせるぞ?」
交渉の主導権を完全にリファロに握られてしまったウェルネスはせめてもの意地でリファロに敵意を示したが、このウェルネスのささやかな抵抗も『回答者』の予想の範囲内だったので特に怒るでも呆れるでもなくリファロは返事をした。
「好きにして下さい。別に手の内全部見せてませんから。たださっき言った通り、みなさんの話してる事とかやろうとしてる事とか全部僕に筒抜けですからそのつもりでいて下さい。後、この国にいる魔族の解放はあなたたちの軍が撤退を始めてから二ヶ月以内に終わらせてもらうつもりです。一日でも遅れたらあなたたちはもちろん家族も全員殺すつもりなので、お互い不快な思いをしないように今の内から準備は始めてた方がいいと思います。……とりあえず今日はこれで失礼します」
こう言ってリファロが姿を消した後、城内や城下街から聞こえてくるかすかな音が耳に入った瞬間、ブラザークたちはほぼ同時に安堵のため息をついた。
「……宰相、あの男との約束を守るのですか?」
「今から話す事は全てあの男に聞かれていると思って発言するように」
こう前置きしてからウェルネスは自分の考えを室内の他の者たちに伝えた。
「もし本当にあの男が我が軍の兵糧を全て焼けるのなら約束を破るだけ無駄だ。兵士の犠牲が大きくなるだけだからな」
現地での調達にも限界があるので本国からの補給無しで二十万人以上の兵士たちが生き延びられるはずも無く、自分たちの理解を超えた転移魔法の使い手が自ら正面からの戦闘を挑んできたのだからアッキム王国軍としては断る理由が無いというのがウェルネスの考えだった。
「……多く見積もってもあの男が短時間に転移魔法を使える数は二十回といったところだろう。それだけの数の転移魔法が使えたとしても数万もの兵士を殺せるはずが無い」
先程リファロが見せた竜の炎と見紛う様な火属性の魔法や手の内全てを見せていないという発言を意図的に無視しながらウェルネスは先程殺された大臣がいた場所に視線を向け、大臣がいた場所だけではなく後ろの壁にも焦げ目どころか穴すら無い事に気づき戸惑いの表情を浮かべた。
「……どういう事だ?」
ウェルネスのこの発言を受けて他の者も会議室の壁どころか隣の部屋の床すら焼き尽くしそうな威力だった炎の傷跡が全く残っていない事にようやく気づき一人の大臣が口を開いた。
「全てあの男のはったりだったのでは?」
願望が多分に含まれていたこの大臣の発言にウェルネスを含む多くの大臣が同意したかったが先程炎に飲み込まれた大臣が姿を消したままだった事から同意できず、その直後室内に響いた声にウェルネスたちは気を失いそうになった。
「はったりとは心外ですね」
「うひゃーっ!」
いつの間にか背後にいたリファロに驚いた大臣は大声をあげながら近くのいすを巻き込む形で床に倒れ込み、そんな大臣を無視してリファロはブラザークに視線を向けた。
「自分たちが殺し合いの当事者だって自覚が無いみたいなんで少し驚かせてみました。……一応聞いておきますけど魔族の人たち容赦無く殺したりさらったりしといて自分や家族には手を出すななんて言いませんよね?」
「……もし前線の兵士たちがお前に負けたら約束は守る。それでいいだろう」
自分の妻や子どもが殺されるというこれまで考えもしなかった可能性が現実味を帯びた事にこの時ブラザークはようやく恐怖を覚え始め、今感じている恐怖を表情にほとんど出していないブラザークを前にして腐っても王だなとある意味感心しながらリファロは口を開いた。
「はい。……気を遣ったつもりだったんですけど壁壊れたままの方がよかったですか?」
「そのままでいい。もう用は無いだろう?私たちがお前の陰口を叩く度に転移するつもりか?」
「後二、三回はそうしてもいいんですけどお互いひまじゃないでしょうから今日はこれで本当に失礼します。だから安心して僕の悪口なり作戦会議なりして下さい。全部聞いているんで」
耳を指差しながらこう言ったリファロはブラザークの返事を待たずに再び転移し、再び会議室に静寂が訪れた後、ブラザークが率先して口を開いた。
「仮に私たちの話があの男に筒抜けだとしても会議をしないわけにはいかないだろう」
「おっしゃる通りです。……当面会議は数人ずつに分かれて行い決定事項は書面で知らせます。メインギオ大臣、今見た事は専門家の君が将軍たちに説明した方がいいだろう。最優先で頼む」
「はい。かしこまりました」
ウェルネスの指示にこう答えたメインギオだったがこの直後会議室の外にいた衛兵たちにどんな場所に転移させられたのか尋ねたところ自分たちはずっと会議室の扉の前にいたと答えられて困惑し、リファロの能力を全く理解できないままメインギオは将軍たちへの説明に苦労する事となった。




