降伏勧告
「本国からの報告は受けたか?」
「ああ、火属性と土属性の魔法使えてその上妙な転移魔法まで使える奴がクリヒビスで暴れたんだって?こりゃ、俺たちもうかうかしてられないな」
オーバスの声からは緊張が全く感じられず、やはりオーバスも自分同様本国からの報告を真に受けてはいなかったかと考えながらベイガンは話を続けた。
「報告が信じられないのは俺も同じだがあまり茶化すな。大きな声では言えないが軍の中に融和派がいて破壊工作に手を貸した可能性も捨て切れない」
「心配し過ぎだって。融和派の幹部たちは前に全員殺しただろ?残ってるのは綺麗事言うしか能の無い連中ばっかだ。……貯蔵庫見張ってた兵士が火の不始末でも起こしてごまかすために嘘ついただけかも知れないぞ?」
「そんな事ならいいんだがな」
「……クララスに現れたっていう転移魔法の使い手の仕業ならこっちに来てくれれば少しは楽しめるかもな」
他国同様アッキム王国も周辺の国に諜報員を送り込んでおり、リファロの死を望むマッカランが意図的に情報を流していた事もありアッキム王国の上層部は得体の知れない転移魔法の使い手、リファロの存在を知っていた。
そしてクララス王国のギルド上層部の腐敗振りも知っていたアッキム王国首脳陣はリファロがギルドに逆らわなかった事からリファロをそこまで危険視しておらず、物資貯蔵庫襲撃事件が起きた時もリファロの存在を思い浮かべなかった者も多かった。
物資貯蔵庫が襲撃されたと聞いた際、ベイガンもリファロの存在を一瞬思い浮かべたがギルドに逆らえなかった人間が一国に逆らうなどあり得ないと考え、仮に襲撃犯の正体が転移魔法の使い手だとしても自分たちの脅威にはならないと考えておりこれはオーバスも同様だった。
「遅くに悪かったな。寝るところだったろ?」
「いや、報告受けた時もまだ起きてた。捕まえたエルフたちが寝かしてくれなくてな」
「……ほどほどにしろよ。将軍のお前がそれでは兵士たちに示しがつかん」
「分かってるって。部下の前ではちゃんとやるから安心しろ。……次に会う時は俺とお前のどっちかが魔族の妃と姫捕まえた後だな。そっちこそへまするなよ」
「……言っていろ」
こう言うとベイガンはオーバスとの通信を終えて再び眠る事にしたのだが、数時間後ベイガンたちは自分たちが事態の深刻さを全く理解していなかった事を思い知らされる事になった。
ベイガンとオーバスが魔導通信機で連絡を取った数時間後の早朝、アッキム王国の首都、ダーウォールにある王城では国王や宰相たち大臣を集めての緊急の会議が行われていた。
アッキム王国には二十一人の大臣がおり、今回の会議には全大臣がそれぞれ一人か二人の部下を同行させて会議に参加していた。
「陛下、朝早くから申し訳ございません」
「気にするな。それより昨夜は情報が錯綜している様子だったが正確な情報はつかめたのか?」
早ければ後数日でアルベール魔王国に勝てるという時に自国内で突然起きた破壊工作はアッキム王国国王、ブラザーク・ギッツア・アッキムはもちろん大臣たちも驚かせた。
しかし事件現場から魔導通信機で送られてきた情報はすぐには信じられない内容でブラザークも大臣たちも被害はかなり誇張されているはずだと考えており、そんな大臣たちの前で軍務を司る大臣、メインギオが説明を始めた。
「今日の深夜にクリヒビス近郊で起きた物資貯蔵庫への襲撃事件ですが現場からの報告だけではなくカーケイル大臣の部下からの報告も合わせて我が軍の兵糧の一割に当たる量の兵糧が失われた事は事実の様です」
現在アッキム王国はアルベール魔王国内で二十万人以上の兵士を動員しており、兵士たちが後半年は活動できるだけの兵糧が用意されている事をブラザークと大臣たちは知っていた。
このためそれだけの兵糧の一割に当たる量が一晩で失われたと改めて聞かされて室内は騒然となったが、そんなブラザークや大臣たちを落ち着かせるためにメインギオは説明を続けた。
「今回失われた兵糧は決して少ない量ではありません。しかしアルベール魔王国で活動している将軍たちからは遅くても後二週間以内には戦争を終わらせる事ができるとの報告が入っているので今回の被害が我々の勝利に影響を与える事は無いと考えています」
物資貯蔵庫への襲撃直後に緊急で会議が開かれなかった事から今回の会議の参加者全員が襲撃事件の影響が限定的であることは察しており、続けてメインギオが報告した襲撃犯が転移魔法を使った可能性があるという話はある可能性を除き全く信じていなかった。
このためアルベール魔王国内での軍事活動は問題無く終える事ができるというメインギオの報告を聞いてもブラザークたちは驚き・安堵どちらの表情も浮かべず、議題は今回唯一と言ってもいい懸念点、国内での破壊活動を許してしまった事へと移った。
「クリヒビス周辺の兵士たちはもちろん私の部下からも怪しい動きがあったという報告はありません。……残念ですが軍内部に裏切り者がいると考えるのが妥当かと」
諜報機関を束ねる大臣、カーケイルのこの発言を受けてメインギオが一瞬不快そうな表情を浮かべた。
しかし実際に襲撃犯を見た兵士たちから竜がアルベール魔王国に協力したなどという与太話すら出ている現状では軍の内部に裏切り者がいるという可能性が最も現実的である事はメインギオも理解していた。
このためメインギオはカーケイルの発言に反論せず、その後、他の二人の大臣がクリスビス周辺の検問設置や物流について報告した後、宰相、ウェルマスが口を開いた。
「今回の破壊工作を許してしまった事は残念だったがクリスビス以外で何の事件も起きていない事が敵の限界を示している。既に各地の物資貯蔵庫には警備強化の指示を出しているのでまずはアルベール魔王国の制圧に注力して欲しい」
準備期間も入れると十年以上の時間を費やしたアルベール魔王国の制圧はアッキム王国の長年の悲願で、魔法の研究機関の強化や街道の整備などの各種準備のためウェルマスは精力的に活動してきた。
そしてウェルマスは既に戦争終了後を見据えてアッキム王国の数ヶ所に魔族用の牧場の用意も指示しており、早ければ戦争終了後から三年後には魔族を他国に出荷する予定だった。
このため戦争終了後は軍内部の裏切り者や融和派の根絶に力を入れていくようにとウェルマスが改めて大臣たちに指示を出そうとした時、突然会議室の机の上に一人の少年が現れた事で会議室は騒然とした。
「何者だ、貴様!」
「衛兵、侵入者だ!出会え!」
少年、リファロに机の上から見下ろされながらブラザークや大臣たちは机から離れて扉の外で待機しているはずの衛兵たちの登場を待った。
しかし五秒程経っても会議室の扉は開かず、室内で唯一誰も現れない事を知っていたリファロはブラザークたちに話しかけた。
「初めまして、リファロといいます。今あなたたちが話し合っていた襲撃事件の犯人です。アルベール魔王国に協力してて、後ついでに言っておくと城の中にいた人はあなたたち以外全員転移させたのでいくら待っても誰も来ませんよ」
「……お前がクララス王国に現れたという転移魔法の使い手か?」
今会議室にいるアッキム王国の大臣たちはほとんどが貴族出身で戦闘経験どころか武器を持った事すら無い者が多かった。
そんな中、貴族出身でこそあったが兵士として活動した後、大臣に就任したメインギオはいつでも魔法を使える心構えを維持しながらリファロに質問し、メインギオ以外の者からはほとんど戦意を感じない中、リファロはメインギオの質問に答えた。
「はい。その通りです。この辺りの人間じゃないので少し変わった魔法が使えます」
「……私たち以外の人間を転移させただと?」
「はい。無駄な犠牲は出したくなかったので」
「お前は道具無しで転移ができるのか?」
「はい」
諜報員から報告こそ受けていたが身一つで転移魔法が使えるというこの世界の常識ではあり得ない事を当然の様に肯定されてメインギオはもちろん室内の者全員が絶句し、そんな中メインギオはこれからどう動くべきか考え始めていた。
リファロの発言には自分だけではなく少なくとも三百人はいたはずの城内の人間を全て転移させたなどメインギオにとって信じがたい内容が含まれていたが、数度言葉を交わして目の前の侵入者にすぐに自分たちを襲うつもりは無いとメインギオは判断した。
そして戦闘ではなく交渉となるとこの場での爵位が決して高くない自分がこれ以上出しゃばるべきではないとメインギオは考え、そんなメインギオに視線を向けられてウェルマスは緊張しながら口を開いた。
「……アルベール魔王国に協力していると言っていたが何をしに来た?降伏か?」
他の大臣たちへの手前、表情にこそ出していなかったがウェルマスは常識外れの転移魔法を事も無げに使ったリファロに恐怖を抱いていた。
しかし敵国の協力者を名乗る相手に弱みを見せるわけにはいかないと考えてのウェルマスの質問にリファロは表情を変える事無く答えた。
「逆です。あなたたちに降伏を勧めに来ました」
このリファロの発言の直後、リファロの死角にいた大臣の一人が魔法で風の刃を創り出してリファロ目掛けて撃ち出し、『回答者』でこの不意打ちを察知していたリファロは『転移』を使うまでも無く余裕をもって風の刃を避けた。
大臣の不意打ちを避けたリファロは特に怒った様子も慌てた様子も見せずに攻撃を仕掛けてきた大臣に視線を向け、『回答者』で再現した竜の炎を口から撃ち出して大臣を焼き殺した。
今回リファロが撃ち出した炎は火属性の魔法で強化されていなかったが大臣を一瞬で焼滅させた炎は大臣の後ろにあった壁も破壊し、リファロが突然見せた強力な一撃を目の当たりにして恐慌状態になった大臣やその部下たちの一部が会議室から逃げ出そうとした。
しかし大臣たちが逃げ出すより早くリファロは会議室の扉を塞ぐ形で巨大な岩を創り出し、『回答者』で創り出された岩で唯一の逃げ道を封じられた大臣たちは少しでもリファロから距離を取ろうと壁際に移動した。
「……暑いですね」
大臣を焼滅させた後も燃え盛っていた炎は放置して会話をするには勢いが強過ぎ、リファロが水属性の魔法を使い創り出した巨大な水の竜が命中すると数秒で炎は消えた。
水の竜を創り出して攻撃する魔法はアッキム王国の将軍の一人、オーバスの代名詞と言える魔法で、常識外れの転移魔法、強力な炎による攻撃に続けて自国の将軍の魔法まで使用した侵入者を前にアッキム王国の面々は攻撃はもちろん逃げる気力すら失ってしまった。
「そんなに怖がらないで下さい。僕に攻撃するか逃げようとしない限りは何もするつもりありませんから。さっきも言いましたけど無駄な犠牲は出したくないので」
「……私たちに降伏を勧めに来たと言っていたがアルベール魔王国からはどんな報酬を提示された?アルベール魔王国に貴公の強さにふさわしい報酬を用意できるとは思えない。我が国に仕えないか?我が国に仕えるならどんな報酬でも用意してみせるぞ?」
目の前の一見人間に見える化け物が何者かは分からないが自分たちはもちろんアッキム王国軍の精鋭でも勝てない。
会議室への転移後リファロが見せた魔法の数々からそう判断したブラザークはリファロの懐柔を試みたが、アルベール魔王国を裏切るという選択肢が許されていなかったリファロはブラザークの提案を即座に断った。
「もう知ってると思いますけど僕クララス王国でギルドを追放されたんです。だから大きなところで働いたらまた裏切られるかも知れないんであなたたちと手を組むつもりはありません」
「仮に我が軍がアルベールから撤退したとしても魔族が裏切らない保証など無いだろう?」
「あなたたちがいる以上、アルベールの人たちは僕に頼るしかないですからその心配は無いと思います。……これは人によるんでしょうけど嫌われてるよりは怖がられてる方がましなんで僕はアルベール以外と手を組むつもりは無いです」
リファロの考えを聞いてもブラザークたちに納得した様子は無かったが、戦争に勝利する寸前で降伏しろなどと言われてブラザークたちが素直に従うとはリファロも思っていなかったのでリファロはブラザークたちが納得できるように説得を続けた。
「僕の要求はあなたたちが捕まえた魔族を今すぐ全員解放する事と明日の正午までにあなたたちの軍がアルベールから撤退を始める事です。一応言っておきますけど魔族の解放って今この国にいる魔族も含めて全員ですからね?」
「ふざけるな!今この国に魔族がどれだけいると思っている!」
アッキム王国内での魔族の売買を担当している大臣、ディンガイが魔族の解放を行った場合の顧客への返金額を想像して声を荒げ、他の大臣たちも声にこそ出さなかったがこれまで戦争に投じてきた資金や時間を無に帰すリファロの要求に怒りを覚えていた。
そしてリファロはそんな大臣たちの怒りを『回答者』で把握していたが知った事ではなく、ディンガイの質問に淡々として口調で答えた。
「あなたのところの資料によるとこの一年の間に魔族の人たちが四千三百九十二人運ばれてきてもう全員売れてるみたいですね。……死んでる人もいるでしょうけどその場合も死体は返して下さい」
ディンガイは国内で販売した魔族の正確な数など把握していなかったが後ろにいた部下に確認して侵入者の発言内容が正しかった事を知り、侵入者が自分たちの魔族売買の詳細を把握している事にディンガイが驚く中、リファロはブラザークたちに現状を受け入れるように頼んだ。
「何かみなさん、さっきからお金の心配しかしてないみたいですけど状況ちゃんと分かってますか?みなさん今、戦争に負けようとしてて僕に殺されるかどうかの瀬戸際なんですよ?」
首脳陣が集まった時を見計らい転移魔法で奇襲を仕掛けるなどという理不尽極まりない方法で圧倒的優勢を覆されようとしている現状を改めて言葉にされてブラザークだけではなく多くの大臣たちも言葉を失ってしまった。
しかしそんな中、ウェルマスだけは自国の長年の野望を果たそうと考えて気丈にもリファロに反論を行った。




