行動開始
「ディルシュナの姿を転移魔法で創り出す事も含めて私たちはあなたの提案を受ける事にしました」
魔族たちとの話し合いの内、不確定要素は各地の魔族に避難を促すために創り出す存在がミルヒガナとディルシュナのどちらになるかぐらいでこの問題についての話し合い自体が決裂する可能性はほぼ無かった。
このためここから先の話し合いの結果をリファロは既に知っていたのだが、ミルヒガナたちに『回答者』の説明をする気は無かったので緊張している表情を作りながら話し合いを続けるしかなかった。
そして『回答者』でルドディスを創り出して分身が傷ついても本人に影響が無い事を確認してから話し合いは進められた。
「ところで今回リファロ様は私たちを助けて下さるとの事でしたが、その見返りとしてニードベルをお求めだと聞いています。……本当にニードベルでよろしいのですか?」
「はい。アッキム王国との国境沿いならどこでもいいんですけど真ん中の方が今後色々やりやすいと思って」
侵略直後早々にアッキム王国軍に破壊し尽くされた街、ニードベルをわざわざ欲しがるリファロの真意が分からずミルヒガナを始めとする魔族たちは困惑し、そんな中、ミルヒガナは口を開いた。
「今の私たちは条件を出せるような立場ではないのでこの国を救って下さる条件だというならニードベルを差し出す事に異論はありません。しかし周辺の土地をどこまでそちらに差し出すかについては話し合わせて下さい」
詳細は把握していなかったが間違い無くニードベルは壊滅に近い状態のはずだとミルヒガナたち逃亡中の魔族全員が考えていた。
しかし状態がどうあれ街一つというのは大国の軍勢を撤退させるという戦果を考えても個人に差し出すには破格の報酬だったのでミルヒガナはリファロの提案を受け入れる事を一瞬ためらった。
しかし他に選択肢が無い事も重々承知していたのでミルヒガナはリファロの提案を受け入れたが、ニードベル自体はともかく周辺の土地の権利については妃としてこの場ではっきりさせておきたかった。
そしてそんなミルヒガナの不安を知っていたリファロはあらかじめ用意していた答えを口にした。
「僕が欲しいのはニードベルだけです。正確に言うなら追い出されそうになった時に強気に出るための本拠地と人間と魔族の両方と交流できる環境が欲しいんです。だからニードベルの周りの土地は一切要りません」
「……という事はリファロ様は既にどこかで追い出された経験があるのですか?」
このミルヒガナの質問を受けてリファロはクララス王国のギルドを追放されるまでのいきさつを話し、竜と互角以上に渡り合ったという話を聞いた時こそ不審そうにしていたが魔族たちはリファロの話を無言で聞き終えた。
「まあ、そういうわけでクララス王国にいられなくなったわけですけどこれからも人助けはしたいし、そのためにはギルドっていい制度だと思うんです。だからニードベルに住んでギルドを一から始めようかなと思ってこの国に来ました」
ギルドという仕組み自体を知らない魔族も多かったのでリファロはギルドについての簡単な説明をしてから話を続けた。
「できるだけたくさんの人を助けたいので兵士を全員追い払ってさらわれた魔族の人たちも全員助けてからになりますけど、落ち着いたらアッキムの人たちとも関係を持ちたいと思っています」
この発言を受けて魔族たちのリファロへの不信感が一気に強まったが現時点なら押し切れると知っていたリファロは怯む事無く話を続けた。
「今の話を聞いて僕がアッキムの人間なんじゃないかと思うのは無理も無いです。でも考えて下さい。今のアッキムにわざわざ僕を送り込むなんて小細工する必要があると思いますか?」
リファロがアッキム王国の回し者なのではと言いかけた魔族はアンシューカ含めて数人いたが、ここ二週間程の間、逃げる先ばかりを話し合い反撃など話題にすら挙がらなかった会議の様子を思い出してアルベール魔王国の幹部たちは何も言えなかった。
「もちろんアッキムの人たちがこの国にした事を考えればこれから先人間と仲良くするなんて無理でしょうし、僕もそんな事を強制するつもりは無いです。ニードベル以外の場所に人間を入れるようなことはしません。もしニードベルを避けてこの国にアッキムの兵士たちがまた入って来たらその時も僕が対応しますし」
「……既に今いる兵士たちは追い払ったかの様な言い方だな」
突然現れた人間の大言壮語に耐え切れなくなったリザードマンのこの発言が天幕の中に響いた直後、ミルヒガナを含む魔族たちの謝罪の言葉や怒号が響いたが、予想通りの展開を受けてリファロだけは特に慌てる事無く口を開いた。
「腹芸とか苦手なんでそこまではっきり言ってもらえて助かりました。とりあえずこっちの欲しい物とかしたい事は一通り伝えましたし、後は僕が実際にアッキムの軍隊を追い払ってから話した方がいいと思います」
そもそもこの場にいる魔族たちのほとんどは強さ以前にリファロ自身を信じておらず、この程度の事は『回答者』を使うまでも無く察していたリファロはこれ以上この場の空気が悪くなる前に話を終わらせる事にした。
「とりあえず僕は今からアッキムを追い払うために動き始めます。……何も無ければ二日後の昼ぐらいに一回顔を出すつもりですけど先にこれだけは言っておきます。後で約束を破るようならこっちも手荒な手段を取らせてもらいますからそのつもりでいて下さい」
先程発言したリザードマンに視線が向かないように気をつけながらのリファロの忠告を受け、ミルヒガナはリファロに正面から視線を向けた。
「リファロ様がもし私たちの国から人間たちを追い払って下さるというのならもちろん約束は守ります。これに反対するような者がいればリファロ様のお手を煩わせるまでもなく私たちの手で処罰しますのでご安心を」
「……分かりました。それでは二日後に」
こう言うとリファロは一礼してから『転移』で姿を消し、その直後先程発言したリザードマン、トリュゼッハに他の魔族たちの視線が集まる中、ルドディスが口を開いた。
「何を考えている!あの人間が信用できないのは分かるが私たちから事を荒げる必要は無いだろう!」
「はっ、指揮官様はあの人間にずいぶん期待しているんだな!……仮にあの人間が俺たちに味方するつもりだとして転移魔法とやらで何ができる?何万回も転移して兵士一人一人殺していくってのか?片付けが大変そうだな?」
「トリュゼッハ隊長!」
ルドディスに詰め寄られても嘲笑を崩さなかったトリュゼッハだったがミルヒガナに大声でたしなめられてさすがに黙り込み、ミルヒガナとディルシュナに一礼した後足早に天幕を後にした。
「申し訳ありません、お妃様」
「いえ、トリュゼッハ隊長が不安に思うのも無理はありません。全てはこの状況で何もできない私たち王族の不徳の致すところです。どうか気にしないで下さい」
「いえ、その様な事は、」
ありません、と言いかけたルドディスだったがミルヒガナの疲れた様な笑顔を見て何も言えず、その後ミルヒガナの一言で深夜に開かれた会議は終了となった。
リファロがミルヒガナたちと別れてから二時間程経った深夜、ウイルテンから北に六十キロ程の場所ではアッキム王国軍本隊が野営をしており、見張り以外は寝静まる中、十万程の兵士からなるアッキム王国分本隊を率いる将軍、ベイガンは突然の部下の大声に叩き起こされた。
「何の用だ?」
アルベール魔王国にはもはや軍勢と呼べるだけの戦力は残っておらず、こんな深夜に自分が起こされる程の問題はまず起こりえないとベイガンは起きた瞬間に考え、五十を過ぎて徹夜がつらくなってきた体を何とか起こして部下に天幕に入る許可を出した。
商品として捕えた魔族に末端の兵士が手を出したなどという下らない理由だったら当事者をこの場で軍機違反で殺してやろうとベイガンは考えていたのだが、そんなのんきな考えは慌てた様子の部下からの報告で一瞬で吹き飛んだ。
「二時間程前にクリヒビス周辺の物資貯蔵庫三ヶ所が襲撃を受けて我が軍の兵糧の一割に当たる量の兵糧が焼き払われたとの報告が本国から入りました」
「クリヒビス、……融和派の仕業か?」
クリヒビスはアルベール魔王国との国境寄りにあるアッキム王国の街でクリヒビスの周辺には魔族との共存を唱える融和派と呼ばれる人々が数多くいた。
融和派はアルベール魔王国との戦争の前に弾圧されて構成員は二千人以上が処刑されたが今でもアッキム王国南部には構成員が数多くおり、融和派の残党がアッキム王国軍の活動を妨害するために蜂起してクリヒビス周辺の物資貯蔵庫を狙ったというのなら不快ではあったがベイガンも納得できた。
しかしアッキム王国内にあるとはいえ重要な軍事拠点である物資貯蔵庫はいずれも数百人以上の兵士で守られており、融和派の存在もありクリヒビス周辺の物資貯蔵庫は全て千人近い兵士が警備していた。
このためこれだけの警備網を力づくで突破できる程の人的余裕が今の融和派にあるだろうか、そもそもそれだけの数の人間が動けばすぐに気づかれて物資貯蔵庫に近づく事すらできないはずだと次々に疑問を抱きながらもベイガンは自国内の物資貯蔵庫を襲う事が可能な唯一の勢力の名前を口にした。
しかしそんなベイガンの予想を聞いた部下は半信半疑といった表情を更に深めながら報告を続けた。
「報告によると物資貯蔵庫の襲撃は全て数人で行われ、目撃証言によると襲撃犯は一人の可能性もあるとの事でした!」
「……たった数人に警備の兵士たちはともかく魔導装甲も勝てなかったというのか?」
アッキム王国ではアルベール魔王国への侵攻に備えて十年以上も前から魔法の研究が活発に行われ、この時期に開発された音声を転移させて数千キロ離れた場所と瞬時に連絡を取れる道具、魔導通信機のおかげで遠く離れた本国で起きたばかりの事件をベイガンたちは知る事ができた。
そしてアッキム王国のここ数年間の魔法研究の最大の成果と呼ばれる物が魔導装甲と呼ばれる全長四メートル程の鎧で、この鎧は装着者の魔法の威力を何倍にも高めた上に装着者はオーガと互角以上に接近戦を行う事もできる代物だった。
全部で三百機程しかない魔導装甲はほとんどがアルベール魔王国との戦争に投入されていたが融和派や魔族の決死隊への備えとして全ての物資貯蔵庫に最低一機は配備されていた。
このため魔導装甲を装備した兵士がいれば仮に少数の敵に不意打ちでの破壊工作を許しても最終的には大きな被害を出す前に敵を鎮圧できるはずだとベイガンは考え、そんなベイガンの質問を受けて部下は事務的な口調を崩さないように努めながら報告を続けた。
「襲撃犯は強力な火属性の魔法で兵糧を焼き、更には土属性の魔法で壁を作って兵士たちが近づけないようにしたそうです。そして土の壁を壊そうと近づいた瞬間、魔導装甲を装備した兵士は消されてしまったとの事です」
「……消された?燃やされたという事か?」
部下が消されたという言葉を使った瞬間、最初ベイガンは部下が兵士の死を遠回しに表現したのだと考え、報告の際に遠回しな表現を使うなと怒りを覚えながら質問を重ねた。
しかしこのベイガンの考えはただの早とちりでベイガンのいら立ちを感じ取った部下は魔導装甲を装備した兵士に起こった事を急いで説明した。
「魔導装甲を着て襲撃犯に攻撃しようとした兵士は他の兵士の見ている前で突然消え、襲撃犯が十分程で兵糧を焼き終えた直後に再び現れたとの事でした。消えた兵士によると気づいたら襲撃犯と他の兵士だけが消えていてまるで、……転移させられた様だったと言っているとの事です」
「……貯蔵庫を襲った犯人は何の道具も使わずに魔導装甲ごと兵士を転移させたと?」
「……はい。報告によると……」
この瞬間怒りを表情に出さなかった自分をベイガンはほめてやりたかった。
少数の敵による物資貯蔵庫への急襲や物資を次々に焼く強力な火属性の使い手だけならまだ許容範囲だったが何の道具も使わずに敵を転移させるなどまず不可能でベイガンが最初に考えた事が誤報だったからだ。
「……分かった。情報が錯綜しているようだな。とりあえず報告は受け取った。時間をおけば情報も整理されるはずだから朝を待って私の方から本国に連絡を入れてみる。もう下がっていい」
こう言って部下を下がらせた後、ベイガンは他の場所でアルベール魔王国侵攻の指揮を執っていた将軍、オーバスに魔導通信機で連絡を入れた。




