第7話 元服の儀
◎伊勢国•楠城 川俣天王丸
1551年 1月初旬
「天王丸?普通は月代だと思うのですが、本当に総髪で良いのですか?」
俺は今、年始の評定の前に行われる元服の儀の準備で母上の元を訪れている。
「はい、寧ろその方がいいです。俺としては月代の様に頭頂部の髪を抜いたり剃ったりする事などしたくありませんし、正直申し上げて髪型自体が好みではありません。」
「ですが、一般的に成人男子は月代が主流ですし、何より天王丸は女子と見紛う程、見目が麗しいのですよ。母は貴方が侮られないか心配でなりません。もっと男子らしい髪型にしませんか?」
母上の心配も分かるが、現代人の感覚が残っている俺からすれば、ハッキリ言って嫌だ。出来ることなら、某人斬り抜◯斎の様な髪型にしたい。無理ならせめて冠下髻で。という訳で、月代系の髪型は断固拒否させて貰う。《《髪は女の命》》と言うが、男にとっても髪は命なんだ。
「母上、ご心配は無用に御座います。お伊勢様に頂いた力を多少でも見せれば、侮る者は居なくなりましょう。仮にそれでも見目だけで俺を侮り、反抗する愚か者は、初陣のついでに潰します。まぁ敵の場合は逆に油断してもらった方が有り難いですけどね。」
「はぁ…妾は此度の家督継承については今でも反対なのですよ?貴方は今年六つに成ったばかりなのです。いくらお伊勢様のご加護が有るからと言っても…本当にあの人もお義父様も一体全体、何を考えていらっしゃるのか…本当に…。」
母上は俺の家督継承の話を聞いてからと言うもの、繰り返し同じ様な内容の言葉を発言している。まぁ、6歳のガキが当主になるなんて聞いて、心配しない母親は居ないだろう。
そんな母上を宥めつつ、何とか冠下髻にする事で母上を説得することが出来た。それから八重に元服の儀の衣装を着付けして貰っていると、時間が来たのか満和が迎えに来た。
「若様、元服の儀の準備が整いましたので、お迎えに上がりました。」
「あぁ、分かった、それでは母上、行って参ります。八重、あとは頼んだ。」
俺は満和の先導で元服の儀の会場に入った。会場には父上とお祖父様、そしてこの度の烏帽子親であり、母上の父親である神戸具盛殿がいらしていた。
「神戸の爺様、ご無沙汰致しております。この度は俺の烏帽子親をお引き受けくださり、誠に有難うございます。」
「おぉぉ!大きゅうなったのぉ…此度の件、急であった故、何かあったのかと心配しておったが、天王丸殿は元気なようで何よりじゃな。」
神戸の爺様こと神戸具盛殿は相変わらずの好々爺としたご様子であった。この時代、例え婚姻同盟の相手であったとしても、心底信用しても良いものでは無いのだが、この御仁は問題ない様に思える。
(【武神】の効果もあり、相手の纏うオーラの色で俺に対する印象が分かるのだが、神戸の祖父様はいつも青色…好意的なんだよな。)
因みにオーラの色が【青色:好意的】【無色:中立】【黄色:懐疑的】【赤色:攻撃的】となっている。まぁ、基本的に赤色以外はそこまで気にする必要は無いのだが、普段あまり会わない俺に対して常に好感情なのは珍しい。
神戸の爺様への挨拶を済ませた俺は指定の位置へと歩み出て、胡座をかいて座る。
式は進行役の満和の元、滞りなく進み、俺の名(烏帽子名)の発表に移る。因みに烏帽子名は烏帽子親である神戸の爺様が命名する。神戸の爺様が俺の前に歩み出ると縦長の和紙が掲げられた。
「新たな名は【正顕】、川俣正顕とする。以前、北畠顕家公が好きだと言う話を聞いておったから、顕の字を頂いて正顕とした。伊勢家初代と同名となるが、其方が活躍すればお喜びになろう。」
正直驚いた。通常、烏帽子親の一字を頂いて【正盛】とか有力だなと思っていたが、まさか転生前と同名になるとは思わなかった。
元服の儀も無事終わり、新年の評定までの休憩と身支度、そして軽い食事を摂る為に母上の待つ部屋に戻る。
この時代、食事は基本的に1日2食が普通なのだが、現代人の感覚と育ち盛りという事もあって、俺の場合は軽くではあるが昼食と数日に1食ではあるが、肉食(鹿や猪、雉子など)を用意してもらっている。
「天王丸…いいえ、正顕殿。元服をしたからには一人前の男子として扱わなくては行けませんね。ですが、こんなにも早く元服をしてしまうとは、母はとても寂しいです。」
母上には俺の他に親族衆の村田盛邦殿に嫁いだ姉の久がいるが、娘の場合は嫁ぎ先から頻繁に実家に帰る事は出来ない為、俺への依存が高くなっているのだろう。
母上のご機嫌を伺いながら過ごすこと半刻の後、お爺様が俺を迎えに部屋を訪れていた。母上に挨拶をし、居室を辞した後、お爺様に連れられて大広間に入り、父上とお爺様と共に大広間へと入来する。俺の席は父上の右隣に用意され、お爺様は左隣へと座った。
部屋は20畳程の板の間で十数人程の者たちが頭を下げて座っていた。
「皆の者、面を上げよ。新年、明けましておめでとう。」
「「「「「「「「「「おめでとうござりまする。」」」」」」」」」」
いつもの事なのか、皆の挨拶はピッタリと揃っている。その後父上は俺の事には触れること無く、昨年度の領内の様子や新年に当たっての展望などを語っている。
「最後に…聞いておる者も居るやもしれぬが、俺は此度、家督をこの天王丸…いや、本日元服して名を正顕と改めた、この倅に譲る事とした。」
一部の譜代の者は根回しが済んでいた事もあって混乱は少なかったが、そうでない者たちは「何があったのか?」と疑問を口にしていた。暫くの後、場が落ち着きを取り戻し始めると、改めて父上は皆に語り始める。
「これから語る事は嘘偽りなく事実であり、親父と俺が短期間で家督継承を行った理由ともなる事だ。」
父上はお伊勢様のご神託を受けた事からその内容までを包み隠さず語って聞かせた。根回しの時点ではお伊勢様の神子について聞いていなかった事もあり、譜代の家臣を含め疑心の表情を浮かべる者が多数を占めていた。それはそうだろう…こんな与太話、普通なら俺だって信じない。そんな厳しい状況の中、俺が紹介され、父上と席を入れ替わる。そして一段高い場所から堂々と皆を見つめ語り始める。
「此の度、父、正具に代わり家督を継いだ川俣天王丸改め、川俣正顕である。先程、父上より話があった通り、俺がお伊勢様の神子であり、天命を持って生まれてきた事は事実である。この右手の【花菱の神紋】、そしてこの【花菱の勾玉】然り、様々な証拠はあるが、諸手を上げて信じるには幾分か弱い。よって皆には俺の力のほんの一部を体験してもらおうと思う。気を抜くと小便を漏らすかもしれぬから、気張れよ!」
そう言って俺は父上とお爺様、満和ら以外に向けて気絶しない程度に調整した威圧を放った。
その瞬間、威圧を受けた者たちは体を抱えてガタガタと震えだす者、両手を着いて呼吸を荒くする者など様々だった。威圧を緩め辺りを見渡すと、糞尿を漏らす者や気絶する者は居なかったが、皆が皆一様に顔を青くしていた。




