第54話 伊勢神宮へ・その後
◎伊勢国・山田 楠木正顕
1559年 9月中旬
皇大神宮を後にした我々は宇治で一泊した後、山田まで戻り温泉で疲れを癒す事とした。先日逗留した宿とは別の宿となるが、ここには露天温泉があるらしく、松木殿の手配で貸し切りとなっていた。
「正顕殿、それでは行ってきますね。」
「皆さま方の事はお任せください。」
「あぁ、頼むぞ。」
宿に入った時間が早かった事もあって、母上と市と八重は卜伝の護衛で鳥居前町の散策に出掛けて行った。俺も誘われはしたのだが、用があった為に遠慮した。
俺の用とはアマテラスから送られて来ているであろう、妹の由那の近況の確認と、彼女らがどの様な誠意を示して見せたのかの確認だ。
まずはやはり一番気になる由那の近況を確認する事とした。
結論から言うとこの報告には余り意味は無かった。それは何故か?と言う事なのだが、俺が異世界召喚された世界と、現在の戦国期の世界、そして元々俺のいた召喚される前の世界は一応共通の世界線らしいが、時間軸が大きく異なる。
問題はこの時間軸の差で、多少であれば問題にはならないのだが、此度のように450年も軸がズレている場合、未来の時間軸の揺らぎが激しく、観測する度に状況が異なるらしい。よって現時点でアマテラスたちが行っているのは、どれだけこの戦国の時代に大きな変化が訪れようと、未来の由那の存在を確定し続け、ロストさせないように存在自体を固定させているところらしい。
と言う訳で転生前に出した由那の人生を幸せなものに…というやつは、俺と由那の時間軸が重なる由那の産まれた日、西暦2000年8月25日±5年までお預けと言う事だった。
俺からすると「早く言えよ!」と言いたいところだが、アマテラスたちも最初の観測をするまで全く気が付かなかったらしい。通常は同じ世界線の同じ時間軸を観測するのだが、報告対象と観測対象の時間軸が異なると言う事は初めての事で、その事に思い至らなかったようだ。そして約束した手前、どう切り出すべきか、悩んでいて14年経ってしまった…と言う事だった。
まぁそれでも約束を破った事は事実なので、お詫びはすると言う事で、報告書の最後にお詫びの内容が書かれていた。
①PP:100,000Pの進呈。
②OP:500,000Pの進呈。
③特殊施設設置について、次に設置する施設を10分の1の費用にて設置可能。
「おいおい、大盤振る舞いじゃないか…特にPPの100,000Pは大きい…いや、特殊施設の費用10分の1もヤバいな。使いどころを間違わないようにしなくては…。」
これだけの詫びを用意するとは、相当なリソースを消費した事だろう。これは二人とも本当に悪いと思っている事の証左だろう。現金な奴と思われても仕方ないが、これだけの物を用意された事で誠意を感じた俺は、全てを水に流し、次に会った時には丁寧に対応しようと心に誓ったのだった。
◎山城国・二条御所 長尾景虎
1559年 9月下旬
「長尾景虎に御座います。上様に置かれましては、益々ご健勝の事とお慶び申し上げます。此度は関白様(近衛前嗣)とのお打ち合わせ通りに越後に帰国致しますので、ご挨拶に罷り越しました。」
昨年、上様からの要請であった上洛を農繁期の春を待って、漸く実行に移す事が出来た。それから上様にお仕えして半年が経ち、本日帰国の途に就くためご挨拶に罷り越したのだ。
しかし、上様のご様子がどこかおかしい…。表面上は我との対面を殊の外お喜びであるのだが、どこかお顔に陰りが見える。
「景虎よ、この半年の間、良く仕えてくれた。我が将軍家の権威は地に落ち、各地の大名は余の命を聞こうともせん。それでも景虎を手本として各地の大名も態度を改めるかと思うたが、こうして余の要請に応え、力になってくれたのは景虎だけであった。」
このようなお言葉を紡がれる上様のご胸中は、如何許りであろうか、察するに余りある。
「上様、帰国しましてもこの景虎がお力になり申す。それに溜まった物をお吐出しになられれば、少しは楽になりましょう。(上様にはご心配事が御有りのようだ。我は将軍家の臣として、これからも上様をお支えせねばならぬ。)」
「うむ、恥を晒すようで申し辛いのじゃが…」
そこからの上様のお話は胸に迫る物があった。現在は直接的な衝突は無いが、畿内を掌握している三好家のことを何とかしたいが、将軍家に地力が無く、単独で抵抗する事が困難であること、御供衆であった側近の一人、細川殿が出奔してしまったこと。そして最も堪えたのが、頼みにしておった六角家が滅ぼされてしまった事などであった。
「特に六角家は三好に対抗する上で重要な家門であったが、朝敵である楠木などに滅ぼされてしもうた。戦が起こった折に早々に調停の使者を遣わしたのじゃが、楠木は余の願いを無視しおった。」
「ふむ…であれば、我が自ら楠木を見定めて参りましょう。その上で上様の命に従うよう、諭して参りまする。」
そうして我は早々に上様の元を辞去し、日吉大社~敦賀湊を経由して越後に戻る予定を変更して八風街道を通り、楠木の本拠地である楠を目指す事とした。
◎伊勢国・楠城 楠木正顕
1559年 10月上旬
数日間伊勢の天然温泉を堪能した我らは、数日前に大湊経由にて楠城に帰還した。
帰って来て早々だがアマテラスに渡された神代桜を城内に植えようとしたが、神宮の分社を建立して境内に神代桜を植樹するという案に思い当たった。
この案を早速実行に移すため、国交課長の継潤(宮部継潤)を呼び出した。
「…と言った案なのだが継潤、どう思う?」
「そうですな…分社の建立については問題ないかと思われますが、神宮に神職の派遣をお願いせねばなりませんな。それに縄張り等でもご協力頂かなばならぬかと。」
「ふむ…では、全権を与える故、神宮との折衝、分社を建立する地の選定など継潤に任せる。」
「はい、お任せください。」
打ち合わせを済ませた継潤は嬉しそうに広間を辞して行った。
続いて別の問題について相談する為、父上の書斎を目指す。実は神宮へ参っている時分に織田家より義姉上(帰蝶)の妊娠を報せる文が届いていた。市はこの報せを我が事のように喜び、自分にも早く子が欲しいと強請って来るようになった。
俺としては市はまだ十二歳であり、妊娠するには早いと思っているが、市と更には母上からのプレッシャーが日に日に強さを増して来ている。その事で市と母上からの突き上げを回避する案を模索する為、父上に相談する事にしたのだった。
「…と言う訳で父上、市と母上を納得させる術はありませんか?」
「馬鹿者!儂を巻き込むでない。儂の平穏な日常を奪うような事は許さんぞ?!それにそのような都合の良い案など在る筈なかろう?!市や千の言う通りさっさと子を作ればよかろうに…。」
「くっ?!(やはり母上たちが絡んでくると、父上はただのヘタレになってしまう。俺としては可能なら十五歳、せめて十四歳までは粘りたいのだが、難しいか?)」
役には立たないヘタレの父上の事は諦めて早々に父上の書斎を後にし、自室に戻った。そんな俺の元に予想だにしなかった報せが小姓の口から齎された。




