第52話 伊勢神宮へⅡ
◎伊勢国・大湊~伊勢神宮 楠木正顕
1559年 9月中旬
翌朝、角屋の手配した輿に乗り、大湊の宿を出立した一行は神宮へ向けて進み、夕刻になって漸く、神宮外宮の鳥居前町である山田に到着した。
(この距離を丸一日かけての移動とは効率が悪すぎるな。領内に限れば、やはり主要街道のコンクリート化と馬車の導入を急ぐべきだな。まぁ家族用であれば、異世界産の馬車と竜馬を召喚すれば何とかなるか…。)
俺だけの問題であれば良いのだが、市や母上など貴人の女性の移動に徒歩での長距離移動は現実的では無いし、輿では時間が掛かり過ぎる。今後のためにも予算を付けて研究機関を立ち上げるべきだろう。
閑話休題、この日は長時間、輿に揺られていた事もあって、手配されていた宿屋に到着し、夕餉を食した後、速攻で眠りについた。
次の日の朝、既に準備万端済ませている市のモーニングコールによって、気持ちよく目覚める事が出来た。あそこ迄の身支度を済ませるには、市と茜はどんな時間帯に起床しているのだろうか。
それは兎も角として、本日の予定は鳥居前町を抜け、豊受大神宮へ参拝する。その後は皇大神宮の鳥居前町である宇治に向かい宿に入る予定だ。
朝餉を取り宿を引き払った後、引き続き豊受大神宮の前まで輿での移動となる。輿の引き戸から町を眺めると、我々と同様に豊受大神宮へ向かうと思われる幾人もの人々が見られる。
それから暫くの後、豊受大神宮の前に到着すると、数人の若い男たちに混じって壮年の男性が待っていた。
「豊受大神宮の一の禰宜を務めております、渡会氏の一家であります松木家当主、松木常連と申します。お見知り置き下さいませ。また、一昨日は六郷と三方寄合の代表が失礼を働いたようで、大変申し訳ありません。件の者は即刻解任し、寄合も解散させましたので、ご容赦くださいませ。」
そう言って確りとした口調で頭を下げられた。
「わかった。それでは宇治及び山田への軍の派遣は取り止めとしよう。(なるほどな、実際の宇治・山田の支配者は松木殿を含めた渡会の氏族か…留意しておこう。)」
その後は当たり障りのない会話を交わした後、祭主からの命と言う事で、豊受大神宮の正殿(正宮)へ案内された。
正殿に入ると内部は簡素な造りで、中心に神鏡が安置されていた。そしてその神鏡からは僅かではあるが神気が感じられたが、天照大御神の物ではない。
「神気を感じるな…だが…(この僅かに感じる神気が豊受大神(豊宇気毘売)の神気なのか?)」
「本当ですか?!」
俺の何気なく発した言葉に、案内をしていた松木殿が目の色を変える。
「あぁ、神鏡から僅かにだが漏れ出ている…だが、この程度の神気では神界へパスを繋ぐ事は無理だな…やはり、皇大神宮の正殿まで行かねばならんか…。」
ここで繋がれば儲けものと思っていたが、さすがに難しいようだ。それでも今まで感じ取れなかった神気を感じる事が出来たのは収穫だった。
正殿を出た我々は輿の待つ場所まで戻って来ていた。そうして輿に乗ろうとした矢先、話を聞きたくてソワソワしている松木殿に声を掛ける。
「松木殿…明日の皇大神宮…その正殿では面白い事が起こるかも知れませんよ?ご興味が御有りでしたら、ご同席されるが宜しいでしょう。(ここでこの御仁の印象を良くして置く事も後々役に立つだろう。)」
「?!はい、祭主と共にお待ちしております。」
松木殿は満面の笑みにて頭を下げられた。
それから我々は皇大神宮の鳥居前町である宇治を目指して出立した。やはりと言うか輿での移動は時間が掛かり、宇治の宿泊先に到着した頃には、日が傾き始める時間となっていた。
「正顕殿、焦っても仕方ありませんよ。神宮は逃げませんから、宿に入ってゆっくりとしましょう。」
「旦那様…」
残念そうに空を見上げる俺に心配そうな視線を向ける市に、呆れた表情を浮かべる母上が言葉を掛けて来た。
「確かにそうですね。よし、美味いもんでも食って、英気を養うか。」
母上の言われるように一旦参拝の事は忘れて、夕餉の食事をとり、身体を拭いて市と共に眠りについた。
それから次の日、旅行中のルーティンである市のモーニングコールで目覚め、皆で大広間に集まって朝餉を取る。この旅行中、いつの間に仲良くなったのか、卜伝と正輝が会話に花を咲かせている。
そんなこんなで朝餉を終えた俺たちはこの旅行のメインディッシュである皇大神宮を目指して宿を出立した。
宿から皇大神宮の鳥居前までは然程距離は離れておらず、僅かな時間で到着する事が出来た。輿を降りると昨日、豊受大神宮を案内してくれた松木殿とその隣に祭主と思しき人物が待ち構えていた。
「遠路遥々、ようこそ御出で下さいました。お初にお目に掛かります…神宮の祭主を拝命しております渡会氏の藤波家当主、藤波朝忠で御座います。神子様にお目通りが叶い、幸甚の至りに御座います。」
「この度は世話になります。皆で向かいたいのですが、構いませんか?」
「問題御座いません。それよりも、神子様に敬語を使われると恐縮してしまいますので、出来れば普段使いのお言葉で…。」
「ふむ、そうか。分かった、これで良いか?」
「はい、それでは早速、正殿までご案内いたします。」
藤波殿の先導に従って鳥居を潜った瞬間、柔らかな清浄な空間へと切り替わったのを感じた。そしてここより南南東の方角から神気が立ち昇っているのを感じる。
「神子様、如何なされましたか?」
急に立ち止まり正殿の方角を見つめ始めた俺に対して、松木殿が問いかけて来た。
「いやな、鳥居を潜った瞬間、柔らかで清浄な空間へと切り替わったのだ。そしてあちらの方角から、天照大御神の神気が立ち昇っているのを感じる。」
正殿の方角を指差して語る俺の言葉に、声を掛けて来た藤波殿を始め、松木殿や他の神職衆も驚きの表情を浮かべる。
「そうですか…あちらの方角が丁度、正殿にあたる方角になります。それがお分かりになる…と言う事は、真に…。」
「正殿に辿り着けば嫌でも分かりますよ。」
藤波、松木の両氏を促し、早々に正殿を目指す。宇治橋を渡り、南に進路を取り、一の鳥居を抜け、左手に御饌殿、神楽殿を見て奥へと進んで行く。
そうして暫く進んで行くと、左手に石階段と頂きに瑞垣南御門が見える。これ以降の内部には神職と天皇、皇后両陛下以外は入る事が出来ない。我々は祭主の許しを得て、特別に内部へと足を踏み入れる。そうして正殿内宮の内部に足を踏み入れた途端、奉安されている八咫鏡が眩い光を発した。
「おぉ…御神体が八咫鏡から光が?!」
確かに八咫鏡が光を発している事も気にはなるのだが、それ以上に気になる事があり、まずはそれを片付ける事にした。




