第5話 月夜見の一族
◎伊勢国・楠城 川俣天王丸
1550年 3月下旬
満和と正輝が俺の側近となって1週間が経過した。
この1週間、満和は俺の指示に従って黙々と領内の村々を回り、新たな領主である俺の事を周知させると共に、俺の指示を確実に実行させる為に村の代表への諸々の調整、及び指導を行なっていた。本当なら並行して石鹸の開発、精酒の開発、椎茸の栽培と様々に行いたい所ではあるのだが、如何せん人手が足りない。満和にこれ以上任せるには無理があるうえ、もう一人の側近である正輝は、残念ながら筋金入りの脳筋なので期待できない。
(さて、どうするか…人材の確保に動くにしても今の俺はただの童だ。本当は父上やお爺様にお願いしたい所だが、我が家門は領地の急拡大もあって川俣家自体が人材不足に陥っている。それに元々弱小国衆だった事もあって、親族衆や譜代の家臣が少ない事も要因の一つだ。)
いくら有効な知識やアイデアがあっても、童の俺に代わって動いてくれる人材が居なければ、どんな知識もアイデアも宝の持ち腐れだ。まぁ事実として童なので仕方無い事なのだが、それでも現在の自分の無力さ加減にどうしても苛ついてしまう。
「あああー!ダメだ。こんな状態ではいい考えも浮かばないな…よし、明日の自分に期待しよう。」
一旦この件を棚上げにする事にした俺は木刀を持って庭先に歩み出た。そして無心になって木刀を振る。異世界であらゆる武術を修めた俺の何気ない動きは非常に滑らかで美しく、そして何とも言えない余韻を残す。
それから夕食までの半刻ほど素振りを行った俺は気分がスッキリした事もあって夕食の後、気持ち良く寝床についた。
(あぁ、そう言えば寝具の開発も急務だな。この時代は現代の様な敷布も掛布も無く、夜着や衾を掛けるだけだ。特に木綿か絹の敷き布団が早く欲しい。何にしても早急に人材の確保を…うん?何だ…うまく気配を隠している様だが、誰かいるな…)
「何か用か?うまく隠れている様だが、俺の感覚を誤魔化すことは出来んぞ?」
すると暗闇から一人の男が現れた。
「大変失礼を致しました。拙者は月夜見一族の名を幻斎と申します。」
「ツクヨミ一族?名前からすると月読命と関係する一族なのかな?勉強不足で申し訳ないが、俺は聞いたことがないな。それよりこんな夜分に一体何の用だ?」
若干の不信感が入り混じった俺の声色に焦りを感じたのか、幻斎の声色に焦りが混じる。
「御不審は御尤もで御座いますが、暫くお時間を頂戴出来ればと思います。我らは古の時代より存在している一族で、影働きを生業としております。これまでは掟により一般的な影働き以外での外部との接触を制限され、特定の勢力に仕える事が禁じられておりました。ところが先日我らの月読の巫女様の元に【伊勢国楠城に座す幼き神子に仕えよ】との御神託が降りたのです。その事を切っ掛けとして、長年我らを苦しめて来た隠遁生活が終わりを迎えました。長き時の中で数を減らした我らですが、影働きの技は誰にも負けぬと自負しております。何卒、我らがお側に侍る事をお許し頂きたく、お願い申し上げます。」
そう言って幻斎は深々と頭を下げた。
「なるほどな…であれば一つ問いたい。本業の影働き以外に何が出来る?例えば俺の指定した人材の探索や調略などの任務は可能か?また、俺が指定した方法を使って…例えば椎茸の栽培等を秘密裏に行うことはどうだ?」
「はい、全く情報のない状態からの探索は出来ませぬが、ある程度の情報を頂いた上での探索及び調略であれば可能でございます。また指定された手法での農産物の栽培や研究、それに付随する情報の秘匿などは、それに相応しい場所をご用意頂けるのであれば可能かと思いまする。」
丁度直属の人材を求めていた事もあり、俺は彼らを雇い入れる…いや、武士待遇で取り立てる事とした。特に童の俺を侮る様子が全く見えない事が気に入った。
「よく分かった。ただ現在の俺の力ではその方らを全員取り立てる事は恐らくできぬ。故に臨時措置として、その方を年間100貫(1貫10万円として)の武士待遇で取り立てる事としたいがそれで良いか?それとも単純な協力関係を結んで、その都度雇い入れる方が良いか?」
「!?…えっ、いや、まさか武士待遇とは…有難い事にございます。しかし我らのような者は素波、乱波と蔑まれ、使い潰される事が当たり前となっておりますれば、真に宜しいのでございましょうか?」
この時代の忍びは消耗品扱いで人間扱いされない等、相当に酷い物であった。これまで余程の苦労があったのだろう、男の握った拳は怒りに震えていた。
「他の者はどうか知らぬが、俺はその方らの役目を重要視しておる。今後、我らの勢力が拡大し、成長していく為には其方らのような者らの働きは欠かせない。情報は武器だ、戦は勿論のこと、あらゆる物事をうまく進めていく為には、様々な情報とそれを効果的に利用して行くことが重要だ。まずはそれを踏まえて伊勢国一帯での情報収集活動を行ってくれ。それから極秘で椎茸栽培を行うに適した場所の選定も頼みたい。満和には話を通しておく故、場所の目星がついたら確認を行ってもらうようにしろ。そして問題ない様であれば、そこにに村を作り、以降の椎茸栽培を含む新たな産物の研究開発、石鹸を含む新たな品の製造など、村の運営全般をその方と月夜見一族に一任する。最終的に村はその方らに与える故、家族や仲間を連れて来て拠点化しても構わんぞ?」
「はっ…畏まりました!急ぎ一族を集め、場所の選定を行います。そして必ずやご期待に添える様、全力を尽します。」
そう言って力強く頭を下げた幻斎は、現れた時と同様にまるで暗闇溶けるようにして去っていった。




