第25話 六角襲来Ⅱ
◎伊勢国・保々西城 楠木正具
1559年 5月下旬
俺が保々西城に籠城し始めた翌日、六角の軍勢が現れたとの報せが届く。
「現れた六角の軍勢は一万三千と報告よりは多ございます。恐らく員弁郡の兵を加えて再編したのでしょう。その六角軍ですが、我らが城を大きく包囲し、そこから徐々に包囲網を狭めているように御座います。」
「なるほど、兵数が減っていないという事は、軍勢を広範囲に展開させてはいないという事だな…各個撃破を恐れたか?まぁ仮に軍を分け、一部を東に向けたとしても、伊坂城には盛邦(村田盛邦[主人公の姉の久の夫])が入っておるからな…そう簡単には落ちまい。」
村田盛邦は娘婿であり、特筆した能力はないが、何でも卒無く熟し、真面目で黙々と役目をこなす…簡単に言えば真面目で寡黙な男といった感じだ。それでいて夫婦仲は良く、気の強い久とは相性も良いようで、嫡男はまだ産まれていないが、娘を二人設けている。
閑話休題、俺からすれば全戦力を城攻めに向けてくれた事は正直有り難かった。多方面に展開された場合、残存の兵だけでは対応に苦慮していただろうからだ。
「大殿っ!敵軍からの矢文に御座います。」
手渡された矢文の内容を確認すると、
“我は六角家第十六代当主、六角義治である。我の軍門に下り頭を垂れよ。その証左に城門を開け放ち開城の意思を示せ。更に員弁郡を差し出すことで我への忠義を示すのだ…云々”
「ウハハハハ!!なんの冗談だこの文面は…正気の沙汰とは思えんな。…よくもこの様な文を臆面もなく送ってこれた物よ!満和、本当に蒲生定秀…快幹軒宗智が同行しておるのか?」
「はい、本陣の側に【蒲生対い鶴】も確認できますので、間違いはないかと…」
「どちらにしても、この様な矢文が送られてくるという事は、蒲生定秀は御当主殿を制御出来ていないようだな。であれば、六角義治を煽って暴走させてやろう。上手く行けば六角の軍勢をこの城に釘付けに出来るだろう。満和、返しの文には煽りの文言を入れてやれ…この様な恥ずかしい文を送りつけてくるとは、そちらの大将は戦の機微も介さぬ、愚か者か?とな…。」
それから暫くの後、六角軍は大きく動いた。全軍での城攻めを選択したようだ。我らとしては願ったり叶ったりの状況と成った訳だ。
通常、籠城する側としては当然だが、攻め寄せる兵数は少ない方が良い。故に態々軍勢の分散を抑止するような事はしない。
(しかし、ここまで整備した領内を荒らされる可能性を少しでも排除するためには、兵の分散をさせる訳には行かぬ。)
俺は物見櫓に登り指揮を取る。
保々西城は小高い丘に建てられた平山城で、西南は急勾配の上、土塁が積み上げられていることもあって守りやすく、北と東側から攻め上がることが定石となる。
六角の軍勢も城を囲んで総攻めを行なってはいるが、西南からの攻撃は苦労無く撃退している。北側からの攻撃についても虎口が土塁の北西隅がやや張り出し、横矢で弓や種子島を射掛け撃退し、東の虎口も同様に横矢での撃退に成功していた。
(もうすぐ日が落ちるな…であれば、今日の戦もそこまでだな…)
「皆の者!もうすぐ陽が落ちる。それまで踏ん張るのだ!」
「「「「「「「「「「応!!」」」」」」」」」」
俺がこの様に考えたのは、一般的には夜は明かりがないため行動が制限される、故に戦は日の出とともに始まり日没とともに終わるのが基本だったからだ。
しかし、そんな予想は裏切られ、夜になっても敵方の攻撃は止まず、我らを休ませぬよう、断続的に攻撃が繰り返された。そしてそんな攻撃は既に三日目に突入し、我らの体力と精神をすり減らさせ、徐々に兵の被害を拡大させていった。
「クソ…さすがは蒲生…当主の制御は無理でも、軍の掌握は出来ているようだ…」
恐らく敵方は半数の兵で攻撃と休息を昼夜交代で繰り返しているのだろう。夜襲程度の事はやって来るだろうとは思っていたが、まさかここまで老獪な手を打って来るとは思ってもいなかった…。
三日間、殆ど眠っていないことあって、頭の回転が鈍く、考えが纏まらない。唯一糧食だけは十分にあるので、なんとかこの程度の被害で済んでいる状態だった。
「あぁ、このままではこちらが不利に…被害が…っ!!」
余りの眠気に一瞬気を失いそうになる。
「大殿、私が代わりますので、少し御休み下さい。」
「ふぅ…分かった。このままでは判断を誤りかねんな。すまんが少し頼む。動きがあれば起こしてくれ。」
そう言って俺は本陣の奥に下がり、横になった。
とうとう四日目の朝になった。おれは少し休息を取ることが出来たので多少は元気になったが、多くの前線の兵は休み無く動いているため、そろそろ限界が近くなっている。
「まずいな…このままでは虎口を破られるのも時間の問題だな。親父の援軍だけでも来てくれれば…」
そうなのだ、楠城を出立したとき手配した援軍、どの程度集まるか分からんが、この援軍が奇襲でもしてくれれば、城から打って出られる。そうすればこの状況を打開できる可能性もある。
「報告します!東の虎口の城門が破られました!現在二の門にて押し留めておりますが、時間の問題かと!」
「満和!東の門に向かい指揮を取れ!破られれば落城する!!」
「畏まりました、では!」
満和は即座に動く。此奴は内政官として有能なことは周知の事実なのだが、実は防衛任務に関しても内政同様、信をおけるのだ。
「東の防衛は満和に任せておけばいいだろう。だが…(それでも、明日まで保つか分からんぞ…)」
満和の手腕もあって暫くの間は一進一退の状況が続いていたが、突如としてその状況は崩れる。
「申し上げます!東側より六角の軍勢に攻撃を仕掛けている一団があります!その中に【菊水】の旗印、ご隠居様の援軍のようです。更には【織田木瓜】?!織田家の援軍です!!…またそれに浮足立った六角の軍勢が本陣へ向かって後退して行きます!」
「なんだと?!父上のみならず、織田の援軍とは…よし!この機を逃さず、我らも打って出るぞ!我に続けぇ!!」
俺も自身の馬に跨り北門と東門に軍勢を集結させる。そうして援軍の動きに呼応する様に城門を開けて飛び出した。
進行方向、右手奥では父上の農民兵を中心とした足軽二千が休息中であった六角の軍勢へ攻撃を仕掛け、前方ではそれよりも多い織田軍の騎兵三千余りが後退する六角の軍勢を追い散らす。
我らも負けじと今までの鬱憤を晴らすが如く怒涛の突撃を敢行する。
「落ち着けぇぇい!!本陣を中心に集結し体制を整えよ!!」
しかし、さすがは歴戦の蒲生定秀である。直ぐ様、浮足立つ軍勢を一喝して落ち着かせ、自身の制御下に置く。
対して俺達も保々西城を後方に置き、左右に織田と親父の援軍を配し、総勢八千の軍勢となった我らと、数を減らし同程度の数となった六角の軍勢が睨み合う。そして俺のもとに馬上の親父と織田殿が歩み寄ってくる。
「親父、助かった!それから織田殿、援軍忝ない。まさか織田殿自ら御出頂けるとは…」
親父は兎も角として、織田殿の援軍とは予想だにしなかった。
「なぁに、義弟に多くの貸しを作って置いて、後々抱えきれん程の利息とともに返して貰おうと思っておりましてな。ハハハ…」
「なるほどの、それについては儂からも孫に口添えをしておこうかの…わっはっは!」
そうして和やかな雰囲気で会話を楽しんでいると、我らと六角の軍勢との間に突然巨大な土煙が上がり、同時にドーンと言う大きな爆音が辺りに響き渡った。




