第22話 大河内城の戦い
◎伊勢国・大河内城下・楠木軍 楠木正顕
1559年 5月中旬
俺は幻斎に指示をして軍勢に先駆けて月夜見を先行させ、道程近辺の城や砦を確認させつつ、三万二千の軍勢を速やかに南下させた。月夜見からの報せは逐一上がって来ていたが、これまで伏兵などの報告は上がって来ていない。
攻略目標である大河内城は、東西北と川に挟まれた小高い丘に建てられた平山城であり、更に南側には大河内城を支援するための城であろう城が1km圏内に二城建てられていた。
俺は本陣を大河内城を見渡せる対岸の丘に設置し、軍勢は本陣を中心に川に沿う形で鶴翼に布陣させた。
「あの支城は邪魔だな。あれを攻略しなければ、大河内城を囲むことは勿論、攻略することも儘ならん。」
「月夜見からの報告では大河内城におよそ八千、支城には各々三千の兵が配置されているようです。恐らく、戦力を一つの城に集中しようとすれば、他の二城より妨害工作が行われるでしょう。」
「何にしても、大河内城と支城との連携を取れなくする必要がある。本陣に三千を残し、兵一万五千で大河内城を囲み、残り一万四千を二手に分けてまずは支城を落とす。」
「畏まりました、しかし予想外でした。野戦で一当てした後に籠城を選択するかと思いましたが、最初から籠城を選択するとは…」
「そうだな、一万五千の兵力であれば、戦場次第で戦いようもある思うのだが、逆に籠城では手段が限られて来るため早々に負けることはないが、勝つことは難しい…いったい何が狙いだ…隠し玉でもあるのか?」
現時点での情報では相手の狙いを看破するのは難しい、事実俺はこの手の軍師的思考と言うやつが得意ではない。光秀以外にも軍師的視点を持つ人材が何人か欲しいと思う。
「このまま手を拱いている訳にも行かん。支城担当の2部隊には一益と長野親子をそれぞれ向かわせてくれ。そして本隊の指揮は正輝、其方に任せる。半刻後を目処に前進して渡河を開始、大河内城に圧を掛けろ。」
「了解です、若。光秀、若を頼むぞ。」
「神宮寺殿、若ではなく若殿です。それよりも、あまり無理攻めは為さらぬようにお願いしますよ?」
「わははは、悪い悪い…それでは若殿、行って参ります!」
正輝は戦場で暴れられるのが嬉しいのか、嬉々として本陣の天幕を出て行った。
「全く…神宮寺殿は腕っぷしは素晴らしいのですが、若殿に対するあの態度は頂けません…」
「アハハハ…そう言ってやるな。あの様な男だから皆に慕われ、特に下の者からの信頼が厚い。」
「まぁ、たしかにそうなのですが…公の席であれが出ないかとヒヤヒヤします。」
「まぁ流石に正輝も、そこまで馬鹿では無いと思うぞ…恐らく…多分…な。」
基本脳筋な正輝であるので、若干心配ではあるが、適材適所でそういった厳かな場には正輝を同道しなければ問題はない。
それから半刻の後に本隊は前進し渡河を開始、同様のタイミングで支城担当の方からも戦闘開始を知らせる狼煙が上がった。
戦闘開始から一刻が過ぎ、続々と戦況報告が上がって来ている。皆順調に城を囲み圧力を掛けているようだ。俺と光秀が刻々と上がってくる情報を精査し、指示を出していると本陣の後ろの辺りからチリチリと戦気を感じる。
(ん?後方に何かいるな?…距離にして…約100㍍か…なるほど、伏兵か…)
「光秀、後方…約55間の距離…伏兵だ。」
「んな?!誰かある!殿を」
「来るぞ!!」
その瞬間、天幕は切られ、その切られた部分から数人の刺客が姿を表す。
「ふむ…気取られておったか…仕方あるまい、専門ではないからの。」
その中の一人、この老齢の御仁が一番出来る。
「皆の者、囲むだけにして手を出すな。特にあのご老人…相当に出来る。」
「ほほぉう…その年でそこまでの眼をお持ちとは…素晴らしい…」
この様な状況にもかかわらず、大層余裕のあることだ。三千の兵に囲まれたこの状況では如何な手練れな御仁でも生きては戻れまい。
「ご老人、名乗って頂いても?」
「ワッハッハ、良かろう…儂は鹿島新當流、塚原卜伝と申す。」
「なんと?!あの剣聖…塚原卜伝殿だと?!」
何時も冷静沈着な明智光秀にしてこの驚きようである。確かにこのプレッシャーは只者ではないが、その前にはこの世界では…が付く。ハッキリ言って魔王と対峙したことのある俺からすれば、その差は歴然であるが、経験値獲得に依るレベルアップのない世界においてこの位置にまで上り詰めるのは並大抵の才能と、そして努力ではないだろう。
故に俺は相手を舐めることも油断することもしない。寧ろ尊敬の念すら抱いている。
「剣聖殿を捨て駒にするとは…具教め…正気か?フゥ…では俺も名乗ろう…楠木家当主、楠木正顕である。他の者では荷が重かろう…俺がお相手する。」
「捨てられたのではない、自ら志願したのじゃよ…それよりも、本当に儂の相手をなさると?数で押し潰せば楽な物を…何故ですかな?」
「簡単なことです。塚原殿…貴方のこれまでの研鑽の日々と、剣の道に生きて来たその人生に敬意を表して…そういう事です…それでは俺も少しだけ本気を出そう。」
そうして俺は言葉を発すると同時に腰に携えた神殂を抜く。その瞬間、俺から発せられる剣気とも言うべき圧力に周囲の空間が軋む。そしてそのプレッシャーを真正面に受けた卜伝も片膝を付く。
「くぅっ?!これは何とも…凄まじい…クハハ、恐怖など幼き頃に感じて以来…ですな…」
「これが…若殿の…本気…」
「まだまだ、全力の二割ほどだ…あぁ成る程、そういう事か…(異世界と比べてか弱いな…これ以上は世界が壊れるか?…)であれば、出せて一割五分が限度だな。」
異世界であれば全力でもびくともしなかった世界が、わずか20%の力で軋んだという事実に驚きを隠せない。徐々に俺に施されていた封印が解かれている状況で、いざと言う時には…と多少なりとも考えてはいたが、そんな甘い話は無かったようだ。
「それで、どうしますか?降参して頂けるなら、戦が終わり次第、無傷で解放して差し上げますが…と、聞くだけ野暮でしたね。その目を見れば判りますよ。」
塚原殿の闘志は死んではいない…いや、寧ろこれからの死闘を予感してか、口の広角は上がり、表情は獣じみた物となっていった。




