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戦国太平記 〜大きな楠の木の下で〜  作者: 流星群
伊勢国統一編

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第21話 伊勢国統一に向けてⅢ

◎伊勢国 霧山御所 塚原卜伝つかはらぼくでん

 1559年5月上旬


 儂は此度を最後の修行行脚と決め、数十人の門人と共に各地の弟子の元を訪ね歩いていた。そして今川家の今川氏真殿を訪問した後、北畠具教殿の元を訪ね10日余りの時を過ごしていた。そんな折、北畠家のもとに長野工藤家陥落との報がもたらされた。


 報が齎されてから数日は霧山御所も各地からの伝令の出入りが激しく、騒然としておったが、現在は若干ではあるが落ち着きを取り戻しつつある。


 そんな折、弟子の具教殿に評定に参加して頂けないかと再三請われ、現在は連日評定の場に顔を出している。儂が評定に参加し始めてから数日が経ったが、一向に有効な対応策が打てず、悪戯に時間を浪費していた。


「ここは楠木へ使者を送り、時間を稼ぐが宜しいかと存ずる。その間に軍勢を集め決戦に望めば良いのではないか?」


「それは難しゅうござる。今は農繁期の真っ只中ゆえ、農民兵も殆ど集まらん。かき集めても恐らく一万に届きませぬ。」


「それでは一体どうすると言うのだ!このまま何もせずに滅ぼされるを待つというのか?!」


「そうは言っては居りませぬが、事実として軍勢を集めることは困難なのですよ。ここで無理に集めてしまえば、米の収穫量に影響が出てしまいます。秋は不作に喘ぐことになりますぞ?」


「むぅぅうむ……だが…しかし、それでは一体どうすれば良いのだ?」


「それを今、話し合っているのではないですか…。」


 そうして辺りを沈黙が支配する。この様な堂々巡りの議論が連日に渡って交わされ、結論が一向に出る気配はない。


「…我が師よ…師はどのように思われますか?」


 疲れの見える具教殿の問い掛けに、儂は閉じていた目を開け、大きくゆっくりと息を吐く。


「そうですな…ハッキリと申さば、この様な評定に意味はございませぬ。」


「なんと無礼な!いくら御館様の剣の師とは申せ、言葉が過ぎましょうぞ?!」

「全くだ、この様な無礼を許して良いもので…」


「皆の者…《《黙れ》》…意見を求めたは我ぞ?!それに我の尊敬する師に対してその言いよう…事と次第によっては許さぬぞ?」


 我が目線で睨みを効かせると皆が皆、頭を下げて詫びる。


「師よ、申し訳ございませぬ。皆、連日の評定にて疲れが出て気が立って居るのでしょう…お許し下さいませ。」


 我は師に対して向き直り頭を下げる。


「具教殿…このような公の場にて、いくら師とは申せ、一介の剣士風情に当主が軽々しく頭を下げてはなりませぬ。さぁそれよりも続きを申しましょう。」


 場の皆の視線が師に集中する。


「事ここに至り、北畠の取れる手は二通りしか御座いませぬ。楠木と戦うか、それとも降るか…全ては北畠家当主である具教殿の覚悟次第です。故にこの評定は無意味であると評しました。」


「なるほど…我の覚悟次第だと、師は仰られるのですね?であれば、我の気持ちは決まっております。楠木との決戦です。戦わずして膝を折ることなど有り得ませぬ。」


「なれば早急に兵を集めることです。楠木は長野工藤との戦において、ほとんど被害をこうむっていないとの事です。それでも新たに手に入れた領内の取り纏めに数日の時間は要するでしょうな。それから、この老骨がどれほどお役に立てるか判りませぬが、此度の戦に拙者も参加いたしましょう。」


 師の心強い言葉に我は大きく頷き、皆に兵を率いて集るように指示を出す。


「此度の戦は北畠存亡の分水嶺ぶんすいれいである。募兵の際に民草にも伝えよ。後のことは考えずとも良い。本年は米の収穫量に関わらず、年貢は二公八民とするゆえ奮って参集せよと。」


 我の言葉に皆は頷き評定の間を後にする。真の意味で覚悟が決まったからであろうか、我の心は晴れやかに澄み渡っていた。




◎伊勢国 家所城・本陣 楠木正顕

 1559年5月上旬


「いやはや、この軍勢の規模…壮観でありますなぁ。」


 そう言って俺の横で蓄えた顎髭あごひげを撫でているのは先の戦で降伏した長野家の前当主であり、歴史上では1562年に暗殺される長野稙藤である。御年57歳であり、平均寿命が30代の戦国の世では老齢に分類されるのだが、髪色は黒々としており、脚腰も確かな様子だ。


「まさかとは思うが、此度の戦に稙藤も参加するつもりか?」


「勿論にございます、北畠との戦はこれにて最後となりましょう。なればこそ老骨に鞭を打ってでも参加させて頂きますぞ!それに、長年争って来た北畠に負けたままでは腹の虫が収まりませぬ。」


「良いのか?藤定…親父殿はこのように申しておるが…」


「構いませぬ、実際父上は北畠領内について詳しゅう御座いますれば、お役に立てるかと。」


「分かった、稙藤の働き、期待しておるぞ。」


 俺は藤定と共にその場を離れ城内の大広間へと向かう。広間に入ると北畠の戦に参加する評定衆の家臣と従属勢力の代表者達が待っていた。


「待たせたな、これより作戦を説明する。光秀、皆に本作戦の概要と役割分担を説明せよ。」


「畏まりました、皆々様…月夜見からの報せでは、北畠は我らとの対決を決めたようで、秋の年貢の収納割合を下げることを条件にして、各地で盛んに募兵を行っております。その状況から考えて一万から一万五千程度の兵は集まりそうです。しかし、我らの兵は現時点で三万二千を超えておりますので、特に問題はないであろうと予想しております。よって…」


 光秀からの現状説明と各人に対しての目的と役割が説明される。月夜見からの報告としては、大和国二郡と楠木以外との国境を除き、全ての城や砦から全兵士を引き上げさせ、大河内城に全戦力を集中させる腹積もりとの事だ。これは北畠内部に潜ませた内通者からの確度の高い情報であり、俺としては敢えてその作戦に乗ってやるつもりでいる。その方が道程の城を落としていく必要もなく一網打尽に出来る。


 ただし、伏兵の可能性も否定できないため、進路上及び近隣の城や砦は月夜見を先行させて城内の確認をさせるつもりだ。


 気が付くと光秀の説明は終わりを迎えており、俺の発言を待っている状態となっていた。


「おっと、済まないな…思考の海に沈んでいたようだ。改めて言う事でもないが、この戦に勝てば南伊勢と志摩国…大和国の二郡を領有する事となる。皆の奮闘を期待する…とまあ、これだけでは面白くないので、皆のやる気が出るような話をしよう。此度は通常の褒美は勿論のこと、勲功上位三名には特別な褒美を出す予定でいるので、期待してくれ。」


 最後の俺の言葉に、場は一瞬の沈黙の後、大きな雄叫びに支配されていた。




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