第18話 北畠具教の矜持
◎伊勢国・霧山御所 北畠具教
1559年 4月下旬
霧山御所を本拠地として南伊勢と志摩国、そして大和国の南部二郡を有する一大勢力である北畠家を継いで早6年。昨年、我が父でさえ成し得なかった長野工藤家の服属を成した。服属の条件として、我が次男を長野藤定の養子として送り込み、名を具藤とした。
これにより、長野工藤家に於ける我ら北畠の影響力を増加させることに成功している。とは言え未だに7歳の童ゆえに家督を継ぐには至っていない。
当初はこのまま長野工藤家内の地盤をゆるりと固め、具藤が10歳前後になった辺りで稙藤、藤定親子を排除する予定で動いていたが、予定を変更せざるを得ない状況になって来ている。
この方針変更の原因となっているのは北伊勢の楠木の伸張だ。先月末、関、神戸両氏が楠木に臣従し、楠木による北伊勢統一が粗成った。これにより楠木と長野工藤の国境が接する事となり、緊張が高まってきている。
この楠木は十数年前までは楠城一帯に勢力を持つ弱小国衆に過ぎず、朝敵である事から姓も川俣を名乗っていた。だが楠木を名乗り始めて以降のここ数年、凄まじい勢いで領土を拡大し、領地運営でも目覚ましい成果を上げている。伝聞によれば、その成果の殆どはお伊勢様の神子である14歳に過ぎない若当主の手腕である…と言われている。お伊勢様の神子などと言う、世迷い言は信じるに値しないが、事実として楠木領内は目覚ましい勢いで発展し続けており、国力だけで見ると長野工藤家と北畠家を合わせたよりも大きいとの報告もある。
誠に腹立たしい事ではあるがその影響もあり、楠木領に逃げ出そうとする近隣の村々の離散が後を絶たず、それは長野工藤、北畠の領内も例外ではない。正にこれ以上楠木の伸張を許さば、国の崩壊を招きかねない。よって我は楠木を降す決意をした。
現在その前段階として宿老や家老を集め、楠木領侵攻へ向けての評定の真っ最中であった。
「御館様に申し上げます。此度の楠木領への侵攻についてですが、六角家へ援軍の依頼をしては如何でしょうか?六角と南北より挟み撃ちにすれば、容易に楠木を退ける事も叶いましょう。」
「いやいや、何を申されるか…鳥屋尾殿、それでは逆に六角に伊勢侵攻への口実を与る事にもなりかねん。近年は楠木が防壁となっておる事もあって六角からの圧は減ってきておるが、可能な限り我らの勢力のみで事にあたる事が望ましかろう。」
「藤方殿の仰る事も一理ございますが、それでは両軍が正面から戦う事になり、こちらの被害も馬鹿になりません。可能な限り野戦での被害を減らす事で、後の攻城戦や領地奪取も迅速に行えると言うものです。」
満栄の申す事も、朝成の申す事も尤もであるが、我としても朝成の申す通り六角の力を借りるのは気が進まんな。我が妻が六角家当主である六角義賢の妹ではあるが、六角も伊勢へ食指を伸ばして来ておるからな。これ以上の六角の伊勢国への介入を許す事はできぬ。されど、楠木の伸張をこれ以上見過ごす事もできぬ…本に難儀な事よ。
この後も長々と評定は続いたが結局、良き案が出ることはなく、続きは明日に持ち越す事となり本日の評定はお開きとなった。このままでは埒が明かぬと思い、我は父上のご意見をお聞きする為、父上の元を訪れていた。
「父上、具教にございます。少々相談したき事があり、罷り越しましてございます。」
「ふむ、中に入りなさい。」
許しを得た我は父上の居室へ入ると父上の傍に座った。そして楠木領へ侵攻を考えている事やその理由など包み隠さず話し、父上の考えを問うてみた。
「なるほどのぉ…であれば、儂の考えじゃが…楠木へは侵攻せぬ、勝てぬからの。」
「はっはっはっ!父上がご冗談とは…珍しい事もあるものです。」
「いいや、冗談ではない、至って真面目に話しておるぞ?」
「それならば余計に質が悪うございまするぞ?!あちらの領地は伊勢半国、北伊勢のみにございます。対してこちらは南伊勢に志摩国、更に大和に2郡を有しており、加えて長野工藤の兵力もございます。勝てぬ道理はございません!」
我は父の言に納得が行かず、強い言葉で反論するが、父上の表情は変わらない。
「具教よ…それがその方が勝てると考える根拠なのか?」
「そうです、父上。防衛の兵力を除いても動員可能な兵力は1万5千を超え2万に迫ります。これでも勝てぬと申されますか?!」
「ああ、勝てぬな・・・なぜなら、楠木の動員可能兵力は優に3万を超える…防衛兵力を除いても2万5千は堅かろう・・・そしてさらに言うならば、その全てが常備兵じゃ。ゆえに農繁期だろうと関係なく出兵でき、日々の訓練にて練度も高い…対して我らは全てが農民兵じゃ…具教よ、これでも其方は勝てると申すか?」
「あっ、ありえませぬ…そのような情報をいったい何処から…」
ここに来て初めて父上の表情に変化が現れる。その表情が少し悲しげに感じるのは気の所為ではないのだろうな。
「具教よ…其方が情報の収集を疎かにするからじゃ。随分と昔の話になるが、其方が元服の折、私は申したはずじゃ。国の運営に情報収集は欠かせぬ…ゆえに情報を集めることを怠ってはならぬ…と、…さらに重ねて申したはずじゃ、事が上手く進んでいる時ほど気を引き締めよ、油断してはならぬと。」
「たっ確かに、父上の申されるように情報収集は怠っておりましたが、油断などはしておりませぬ。それに我らが先手を取って攻め入り、有利な状況を作り出せば、負ける事はありませぬ、必ず勝って見せまする!!」
我は勢い良く立ち上がるとその場を後にする。
(我は父上の為し得なかった長野工藤の服属を為した男ぞ!情報収集なぞこれから行えば良い、まだまだ取り返しは効くはずだ…)
「誰ぞある!!」
我は情報収集の手配の為、近習を呼び寄せるのであった。
◎伊勢国・霧山御所 北畠晴具
1559年 4月下旬
儂に背を向け出て行った具教を見送り、私は溜息をついた。
(あの様子では儂の忠告は聞くまいな…しかし、このまま楠木領に攻め込めば…いや、攻め込めればまだ良いが、恐らくそれは叶うまい。十中八九こちらの状況は筒抜けになっておろうから…逆に先手を打って攻め込んで来るじゃろう。そうなれば、間違いなく北畠は滅びる…それだけは何としてでも阻止しなくてはならん、例え親子の情を捨てる事になろうとも。…であれば、私の取るべき手は…)
儂は思案に暮れること四半刻、そして考えをまとめ終わると更に半刻、二通の文を認めると子飼いの透破を呼び出した。そしてその内の一通の文を手渡した後、届け先を指示する。
更に別の者を呼ぶ。
「誰かある!」
すると側仕えの女房衆の一人が姿を見せる。
「この文を大河内具良へ届けてくれ。」
最後の文の届け先を指示し終えると、近くの脇息にもたれ掛かると大きく息を吐く。
「具教には悪いが、この策がうまく行けば、家名を残すことは出来よう…。」
その時、静けさを切り裂くように渡り廊下を走る音が響き、居室の前で止まった。
「ご隠居様、ご注進で御座います!!某日未明、楠木の軍勢およそ2万5千が長野工藤領内に攻め入り、数日で長野工藤領全土を併合致しました!!」
「くっ!思ったよりも早い!!たった数日で長野工藤を落とすとは…。であれば孫の具藤は諦めねばなるまいか…」
この知らせは北畠領内の各所に大きな衝撃を持って伝えられると同時に、大きな動揺が広がって行く事となった。




