表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦国太平記 〜大きな楠の木の下で〜  作者: 流星群
伊勢国統一編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/27

第14話 躍進に向けて

◎伊勢国・楠城 楠木正顕

 1559年 3月初旬


 信長との邂逅かいこうから数年の月日が流れた。


 織田家との婚姻同盟の話は順調に進み、最初の話し合いの時点で早々に婚約の成立となった。そして実際の輿入れの時期は今年の春(3月下旬頃)になってからと正式に決定した。


 婚姻の話が決定してからと言うもの、母上は勿論、八重が我が事の様に喜んでくれた。そしてその八重の勧めもあって、市姫との文のやり取り…文通を始めた。前世を含めて女性とその様な事をした事のない俺は、八重や母上へ教えを受けながら文通を続け3年になる。


 話は変わるが、俺は今年で14歳となり身長も160センチを超えた。既にお爺様の身長を超え、父上の身長に迫る勢いだ。まだ変声期を迎えてはいないが、それ以外では徐々に大人の身体に変化して来ている事を実感している。身体は日々の訓練と肉食のお陰か、体脂肪率は一桁台であろう細マッチョ体型で手足もスラリと長い。脇と股間にも大人の証である毛が薄く生えて来ており、息子の方も麗しい見た目に似合わず、一皮剥けて大層ご立派に育っている。


 恐らくこの身体の設計は女神が担当したであろう事から、彼女らの好みが如実に反映されているのだろう。余程自堕落な生活をしない限りは体型が崩れたりする事は無いだろう。


 また先般家臣となった光秀は軍略方の長として、また南の関氏、長野工藤氏への抑えとして楠城西の采女城の城主も担って貰っている。因みに、慶次郎については一益預かりとなっている。


 最後に領内についてはこの数年で更なる発展及び拡大をしている。


 先ず、桑名郡の一向門徒が瓦解した。俺の神子としての名声と領民達の暮らしを目にした桑名の領民たちが次々と楠木領へと流出し、抵抗を続けていた小串、西松、高井、片岡、草薙、水谷の六氏が耐えられずにこぞって恭順し、この地域の一向宗の本拠地である願証寺の寺領も耐える事が出来ずに崩壊、住持じゅうじである証恵殿自らが楠城を訪れ、頭を下げて恭順の意を示した。更に六角寄りの員弁郡の勢力も梅戸氏以外は挙って恭順した。これで北勢の勢力は北に梅戸氏、南に関氏と長野氏を残すのみとなった。


 これにより現在の楠木の基準石高は25万石、PPは44,700(純金鉱山まで約7ヶ月)、GDPは石高換算で80万石となった。そして動員可能兵力も常備兵と警ら隊を合わせて3万の大台に達した。そして最大人口が30万人を超えた事で、一つの設置可能施設が一つ増えた。


〓〓〓〓〓特殊施設リスト〓〓〓〓〓

 技術研究所(近世):30,000P[施設内での研究効率が50%増加する。また新たな閃きが起きる事がある。]

〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓


 特に領内で成長が著しいのは商業で、整備された楠湊は簡易的ではあるが、ローマンコンクリートを利用した桟橋と海底の浚渫工事しゅんせつこうじ潮汐ちょうせき土嚢堤防どのうていぼうを利用)によって、少数ではあるがガレオン級の大型船も直接桟橋まで乗り付ける事ができた。その上、入港税が無料と言う事もあって、楠湊の船舶の寄港数は爆発的に増加し、今では大湊を超える経済規模の湊町に成長していた。かと言って伴天連やキリシタンの事もあるので、外国船の入港許可には細心の注意を払っている。


 またこの頃になると秘匿していた石鹸の製造法、椎茸の人工栽培法を家臣にも伝授し、家臣たちの収入増に一役買っている。そして楠木家御用商人となった湊屋伝次郎は精酒、石鹸、椎茸の売買を足掛かりに各地に支店を出店して規模を拡大している。それから別件で頼んでいた奴隷の買取についても、湊屋は上手く立ち回り、海外に連れ去られる前であった多くの奴隷を買い取り、楠木家へと引き渡していた。


 これまでに買い取った奴隷は数千人規模で、全て領内に住まわせ、成人男子は警ら隊や常備兵、女性は大衆浴場などの公共施設の従業員、親の居ない童は最近始めた孤児院へと、適材適所の仕事に就かせている。因みに、孤児院は母上の主導で運営が行われており、八重を伴って度々訪れているらしい。


 確実に言える事は、現時点で楠木家の国力は周辺国の中で軍事、経済両面で頭一つ抜きん出ていると言える。周辺国からすると石高25万石を凌駕する軍事力を持ち、支配する楠湊の経済規模は大湊を超えている可能性すらあり、相当脅威であると言える。


(領内の整備はある程度終わり、そろそろ伊勢国の統一に乗り出す頃合いだろう。なんと言っても統一出来れば伊勢神宮が手に入る。まぁ、俺の好きに出来る訳ではないが、お伊勢様への御礼を兼ねて大規模な寄進を行っても良いだろう。)


 書斎にて市姫への文をしたためながら考えを巡らせていると、神戸氏、関氏両家から当主自らが訪れているとの知らせがあった。使者が来るとの先触れは聞いていたが、当主自らが来るとは思っていなかった俺は認めていた市姫への文を一旦後回しにすると、謁見場へ急ぎ向かう事とした。


 謁見場には神戸家当主[神戸利盛]殿と、関家当主[関盛光]殿が並んで頭を下げていた。


「利盛殿、ご無沙汰しております。前回お会いしたのはお爺様のご葬儀の時ですからそれ以来ですか…」


「お久し振りに御座る。その節は大層な御香典を頂き、大変お世話になり申した。」


「いいえ、烏帽子子としては烏帽子親であるお爺様のご葬儀で在りましたので、当然の事と思っております。それで、ご一緒されているのは関盛光殿とお見受けしますが…」


「はい、関盛光で御座る。お伊勢様の神子である楠木正顕殿にお会いでき、感無量にござる。」


 ふたりとは主従の関係では無い為、上位の席より降りて言葉を交わしている。神戸家は母の実家、関家はおばば様の実家で在り、神戸家と関家は親戚関係にある。その両家が連れ立っての訪問とは只事では無い。


「それで、此度のご訪問の目的はどう言った事なのでしょうか?両家の当主が連れ立ってのご訪問とは只事では在りません。」


 二人はお互いに目配せをして頷くと、利盛殿が話し始める。


「実は我ら両家の臣従をお認め頂きたく、罷り越した次第にござる。お恥ずかしながら、昨今の楠木領の発展が凄じく、領民が楠木領を目指して逃げ出しており申す。このままでは近々両家共に立ち行かなくなり申そう。故に我らの臣従をお許し頂き、臣下の末席にお加え頂きたい。」


 二人はゆっくりと頭を下げると俺の言葉を待っている。


「従属ではなく臣従と言う事ですか…分かりました。両家の臣従を認める事は問題ありませんが、幾つか条件が御座います。これは従属、臣従、全て同様の条件を出させて頂いておりますが、分国法の遵守と現領地の半量の割譲です。この条件に例外はありません。」


 二人は条件について想定していたのか、了承の意を示した。俺としては断る理由もない為、喜んで認める事とした。詳細は省くが関家は居城の亀山城はそのままに鈴鹿郡の西部を、神戸家は河曲郡かわわぐんの西部を割譲を決めた。従属ではなく臣従である為、これからは家臣扱いとなるが、両家は母上とお婆様の実家である事もあり、今後は親族衆として評定衆にも加わって貰う事とした。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ