第13話 長良川の戦い
◎伊勢国・長良川下流域 楠木正顕
1556年 4月中旬
俺は一益と幻斎、そして新顔である滝川慶次郎13歳を伴って500の兵と共に、美濃国との国境近くの長良川下流域に来ている。
父上と母上、更にはお爺様にも強く反対されたが、どうしてもこの時期にこの場所に来る必要があった。歴史通りであれば1556年4月18日、斎藤道三と義龍親子による内戦がこの日に起こる。いや、正確には既に起っている。
戦場の様子は月夜見を通じて、逐一情報が入って来ている。俺はこの日、美濃を逃れる明智光秀を長良川を利用して伊勢国側へと逃し、楠木家へと引き入れる必要がある。仮に何もせずにいると光秀は北へと逃れ朝倉へと仕官する。そして巡り巡って足利なんぞに仕えてしまう。それを阻止する為の準備は既に整っており、順調にいけば明日の昼までには迎える事が出来るだろう。
「若殿、追加の知らせでは道三と義龍の戦は戦力差もあり早々に決着。道三は討ち取られ、明智殿は戦場を離脱。家族と合流しようとしていた所を先行してご家族を護衛していた我らの部隊と遭遇、そして無事合流し現在、明智殿と奥方を含むご家族全員を護衛して、長良川を船で下っているそうです。そしてこのまま行けば明日の早朝にもこちらに合流出来るそうです。」
「それは良かった…最後まで油断なく、皆も無事に戻ってくる様に伝えてくれ。」
(先ずは予定通り進んでいる様だな。何としても、明智光秀を楠木へ迎え入れねばならぬ。あの様な優秀な人物を足利なんぞに盗られてたまるかっての!優秀な人物は全て足利から奪い取ってやろうぞ。その手始めが明智十兵衛光秀であり、その後は三淵藤英、細川藤孝兄弟だ。)
しかし前世を含めて俺自身、足利一族に対して思うところは無い筈なのだが、転生してからと言うもの何故か足利一族に対しては厳しい対応になってしまう。何か不思議な感じはするが、特に抵抗する気もない。恐らく楠木家へ転生した事が関係しているんだろうと思うが、特に悪い影響は感じないし、どのみち天下統一の道程で足利は滅ぼす必要があるので、特に問題は無い。
野営の準備を終え、食事の準備に入った所で俺は、一際大きな天幕の中に入る。その中には大きな桶が準備されており、湯が混々と湧いている。PP自体は現在10日毎に200P入ってくる事もあって、22,000P(純金鉱山まで約3年9か月)を超えている。そういう理由もあり、設置ポイント100の温泉の源泉は設置しても影響は少ない。それに設置した施設は設置PPの1割分のポイントを払えば、インベントリ内に収納可能だ。
この簡易風呂は自分で使うつもりでもあるが、本来の目的は逃れて来た、光秀らの為に設置した物なのだ。
その日は周囲の警戒をしながらの就寝となった。久しぶりに異世界で野宿をしていた時の感覚が思い出され、懐かしい気持ちにもなった。
次の日の朝は慶次郎の大きな声で目が覚めた。気になってその場に行ってみると、仕留めた猪を近くの木に吊るし、血抜きをしている所だった。俺を見つけた慶次郎がハンズアップして、自分が仕留めた事をアピールしていた。因みに慶次郎は13歳にしては体が大きく、既に170センチを超えている。
「朝からご苦労な事だな、慶次郎。その調子で仕留めた猪を調理してくれると助かるのだがな。」
「何を言ってるんですか、若。俺にそんな事出来る訳ありませんよ。俺に出来るのは美味しく頂くことだけですよ。」
俺だって13歳の慶次郎に料理なんて出来るとは思っていない。朝から暑苦しい此奴のサムズアップにイラッとしただけだ。本当に朝から元気だよなぁコイツは…
早朝に無理矢理起こされ、まだ覚醒しきっていない俺がボーっと朝陽を眺めていると、急に辺りが騒がしくなり、暫くすると女中に扮した月夜見の者が伝令としてやって来た。
「報告致します、今し方明智様御一行が、我らが陣内にご到着になられました。夜通しかけて移動され、お疲れのご様子でしたので、天幕にご案内し、朝餉をお出ししておきました。」
「おぉ、そうか!それでは朝餉が済み次第で構わないので、明智殿には俺の天幕までお越し頂くようにお伝えしてくれ。また、ご家族には食後に湯の天幕をご案内してくれ。」
山場は超えたと感じた俺は自身の天幕まで戻り、出された握り飯と味噌汁を食した。その後茶を啜りマッタリとしていると、天幕の外より明智殿がいらした旨を知らせる一益の声が響く。案内するように指示をすると、数瞬の後に明智殿が案内されて天幕に入ってきた。
「明智十兵衛光秀に御座います。この度は危ない所をお助け頂き、更には我が一族まで保護頂きました事、誠に有り難く、厚く御礼申し上げます。」
そう言って暫く頭を下げた後、ゆっくりと頭を上げた。
(これが明智十兵衛光秀…二十代後半の美男子、イケメンだな。)
「いやいや、お助け出来て本当に良かった。取り敢えず、そちらの椅子に座って下され。」
明智殿を椅子に座る様に促すと、さっそく本題に入る事とした。
「申し遅れました、俺は楠木正顕と申します。若輩の身ではありますが、伊勢楠木家の当主を務めております。明智殿であれば既にお気付きかと思いますが、此度の明智殿をお助けした件、偶然ではありません。以前より明智殿を当家にお迎え出来ないかと探りを入れておりました故、この度の謀反の件を耳にした時、心苦しく思いましたが、利用させて頂きました。」
明智殿は色々と腑に落ちたのか、何度か頷きながら話を聞いていた。
「単刀直入に申します、当家に仕えませぬか?当家は城一つの弱小国衆から、10年弱で今の勢力にまで拡大しましたが、親族衆や譜代の家臣も少なく、人材不足が否めません。俺も童の時分に家督を相続しここまでやって来ましたが、天命を全うする為にはまだまだ人材が足りません。天下静謐の為、天下万民の為に力を貸して頂けませぬか?」
暫く考え込んでいた後、明智殿が口を開く。
「一つ…いや二つお聞きしたい。ここ最近、世間では楠木様の事を神子様と…お伊勢様の神子様であるとの噂をよく耳にしますが、それは誠でしょうか。また天下静謐とは…天下万民の為とは…いったい何を為されるおつもりでしょうか。」
ここまでの印象ではあるが、明智十兵衛光秀という男は基本的には清廉な人間なのだろう。全く欲がないという事は無いだろうが、行動原理の中心に一本の柱があり、それに抵触するかどうかで、その人物を評価するのだろう。そう感じた俺は嘘偽りなく、本音を語ることにした。
「世間で流れている神子であるとの噂は全て事実です。俺はお伊勢様の神子として天命を持って生を受け、それを全うする為に必要な知識も、必要な力も授かっています。その中でも領民から神子として信じられている理由の一つに権能と言う力があり、その中の【豊穣の大地】と言う力が大きいだろうと思います。この豊穣の大地と云う能力は俺の支配領域に限り、天災が一切発生せず、産物の品質が向上し、産物の取れ高が倍になる。この恩恵と神の知識の利用、そして四公六民の年貢率があり、領民は飢える事が無くなった。これ以外にも理由はあるでしょうが、これらの恩恵が一番大きいだろうと思います。因みに、ここまでの詳細な情報は家族や親族衆以外には明かしておりませんが、明智殿には誠意として話させて頂きました。」
明智殿は目を見開き驚いているが、最後にこれを話して置かなくてはならない。
「最後に…俺は天命としてお伊勢様から日ノ本の統一は勿論のこと、その後の海外への進出についても命を受けています。俺はそれをなす為に必要な事ならば、他国への侵略行為だろうと、虐殺行為だろうと、世間からどの様に思われようと迷い無く実行します。それだけの覚悟を持って俺は進んでいます。明智殿にもこの事を認知した上で、覚悟を持って決断して頂きたい。」
少しの間、目を閉じて考えを巡らせていた明智殿は、俺の目を真っ直ぐ見つめて言葉を発した。
「この明智十兵衛光秀、覚悟を決め申した。これからは若殿の手足となり天下統一の一助となれる様、全身全霊を持って努めさせて頂きます。そしてその為に必要な事で在りますれば、どの様な汚れ仕事であろうとも、必ず全う致す所存で御座います。」
明智殿…いや光秀は決意を秘めた目で真っ直ぐ俺を見つめ、最後に静かに頭を下げた。




