第11話 湊屋伝次郎
◎伊勢国・楠城 楠木正顕
1551年 1月中旬
一益との面談を終えた俺は、正輝を伴って湊屋伝次郎が待つ部屋へと向かっていた。基本的にこの時代は身分の上下は絶対であり、実際に対応を誤ると命を失う。特に庶民には厳しい社会であり、貴人が庶民と会うという事は稀で、仮に会う場合は偶然を装おうなどの対応をする事が殆どだった。
商人の場合、特に御用商人ともなれば、貴人ともしばしば直接遣り取りを行うらしいが、身分の上下に厳しいと言う状況に変わりはなく、気を使うと言う事に変わりは無いだろう。まぁ中身が現代人である俺はその辺は全く気にしない事もあって、普段から身分に関係なく会って話をするため、此度も直接会って話が出来るように別の謁見部屋へ通して貰っていた。
「待たせたかな?」
「いいえ、手前の方こそ勝手にお邪魔させて頂き、申し訳ありませんでした。遅ればせながら、楠の湊町にて商家を営んでおります、湊屋伝次郎と申します。この度は家督をお継ぎになられたそうで、ご挨拶も兼ねてお祝いの品をお持ち致しました。お納め頂けましたら幸いです。」
そう言って湊屋は丁稚と思われる者に指示を出すと、幾つかの美しい反物を差し出した。色や模様からして女物であり、見た目からして恐らく絹であろう。
「ほぉう…これだけの品質の絹は明の物だな…。明産の絹糸を京の職人に織らせた物…然も女物だな、ふふ…俺ではなく母上をターゲット…いや、対象にした土産とは…中々考えたな?これでは俺も受け取らん訳にはいかんな。」
「恐れ入りまして御座います。此方の品は誠にご挨拶代わりのお品で御座いまして、今後もご贔屓にして頂けましたら、幸にございます。」
この湊屋と言う男、明との商いができる事をそれとなくアピールし、更に京の腕利きの職人たちへのルートも持っている事を嫌味無く示唆している。まぁ、それが見抜けない様な当主であれば、金蔓にして深くは関わらないと言った所だろう。
「ハッハッハ、俺も母上へのこの様な土産を用意されたのでは、手ぶらで返す訳にも行くまい。実は我が領の特産品としてこのような物があるのだが、興味はあるかな?正輝、例の物を此方へ!」
正輝が隣の部屋から襖を開けて持って来たのは、ここへ来る前に部屋から運んで来た清酒であった。これは月夜見の里で先日生産に成功した物であり、現在秘密裏に杜氏の育成、及び清酒の量産中である。
「此方は…徳利…酒でしょうか?」
「そうだ、ただし…新しい酒[清酒]だな。」
「まさか…新しいお酒とは…せ、生産量は…どの程度なのでしょうか?」
湊屋はことの重大さに生唾を呑み込みながら聞いてくる。
「これはまだ特定の場所で少量の生産始めたばかりなのだ。ゆえに量産には今少し時が掛かる、だが従来の濁酒と比べ酒精が若干強くスッキリとした飲み口で、水のように澄んでいるのだ。」
そう言って俺は徳利の中身を湯呑みの中にあけ、湊屋に渡した。
「俺は元服したばかりで、正直酒の味は分からん。父上やお爺様曰く、水のように柔らかい口当たりで、濁り酒より癖が少なくて飲み易いそうだ。まぁ飲んでみるが良い。」
湯呑みを渡された湊屋は鵜呑みの中を覗き込み、透き通った酒に驚き、飲んで酒精の強さとサラリとした口当たりに更に驚いていた。
「若殿様、此方の酒は売れますよ。是非、手前供の方で扱わせて頂けませんでしょうか。富裕層を対象に売れば一升300文(1文100円として)でも行けるでしょう。」
俺は意味ありげにニヤけると、
「湊屋、その方に扱わせるのは問題は無いのだが、箔をつける為に少し待って欲しいのだ。今、帝への献上を画策している所なのだが…当家は朝敵の楠木ゆえ、些か時間と金が掛かっておる…が、今少しで叶いそうなのだ。皇室献上品または皇室御用品の名前、欲しく無いか?」
湊屋は紅潮した顔でカクカクと頷く。俺はその様子に満足しながらも、今有力な公家に繋ぎをとっている事、恐らく春先には良い知らせが出来るであろう事など話した。そしてそれとは別に俺としては此方がメインの話になるのだが、湊屋にある依頼を持ち込んだ。
「最後に湊屋、その方に手に入れて欲しい物がある。」
「どのような物で御座いましょうか?」
「鉄砲を100丁と腕の良い鍛治職人、そして…奴隷だ。鉄砲は根来産を中心に…、鍛治職人は鉄砲の生産と改良をさせたいので刀以外の生産を了承出来る者を。それ以外でも腕の良い職人で、我が国へ移住しても良いと言う者がいれば、連れて来て欲しい。そして奴隷についてであるが、出来る限り九州を中心に可能な限り集めて欲しい。」
俺の話を聞いた湊屋は驚きと怪訝のある顔を浮かべていた。
「鉄砲については時間を頂ければ可能でしょう。また、鍛冶職人については待遇次第になりますが、伝手を当たってみましょう。最後に奴隷についてですが、何故九州なのでしょうか?日本全国で集める方が多く集められると思いますが…」
湊屋の疑問は尤もな事であった。確かに日ノ本全土で戦が起こっており、そこには必ずと言って良いほど[乱暴取り]が横行している。戦場ではどうして乱暴取りが横行するのか?そこには明確な理由があるのだが、取り敢えずそれは一旦置いておく。その乱暴取りで奪われるのは何も金目の物だけでは無い。人間も攫われ奴隷として売られるのだ。
仮に百歩譲って人身売買に目を瞑ったとして、日ノ本の中、国内でのみ完結するのであればまだ許容できる。しかしそう上手い話はなく、事実として国外に売られるケースが存在する。その主な温床になっているのが、九州のポルトガル商人と伴天連を呼ばれるイエズス会宣教師たちだ。「全ての宣教師が悪だ!」とは言わないが、原因の一端であるのは間違いない。そしてこの奴隷売買は数年後のキリシタン大名の登場で加速度的に増える。
海外への奴隷売買はこれ以外にも倭寇経由など多岐に渡るが、今後数年でこのキリシタン関連の奴隷売買が大多数を占めるようになる。実際、豊臣政権下でのバテレン追放令とキリスト教の禁教はこれを防ぐ狙いが大きい。
「詳しくは長くなるので省かせて貰うが、九州のキリシタンの宣教師、そしてそれに協力している一部の大名供が日ノ本の民を奴隷として、ポルトガル商人供に二足三文の値段で売り払い、国外に連れ去っているのだ。今後この流れはキリシタンの宣教師の流入と洗礼を受けた大名の登場を受け、増加の一途を辿るだろう。しかし今の俺にはそれを禁止させる権力も手立ても無い。俺が勢力圏を広げ、それを可能にする力を得るまではこの程度しか出来ぬのだ。」
湊屋伝次郎は頭を下げたまま動けなくなった。九州には何度か足を運んだ事もあり、南蛮商人にも何人かの商売上の知人もいる。それなのにそんな事になっているとは思ってもいなかった湊屋は動揺で動けなかったのだ。
暫くの後に何とか持ち直した様子の湊屋は、依頼の件を了承する旨を俺に伝えると、この場を辞して行った。因みに、この時の清酒は当家と繋がりのある山科言継卿経由にて無事天皇家に献上され、時の天皇である後奈良天皇も大層喜ばれたとされ、無事公家御用品としての地位を確立した。




