第10話 滝川一益
◎伊勢国・楠城 滝川一益
1551年 1月中旬
拙者は近江国甲賀郡にある滝川家の次男として生を受けた。当然の事ではあるが、家は嫡男である範勝兄上が継ぐ為、拙者は立身出世の夢を叶える前準備としての武者修行のために家を出る事にした。修行先としては以前、堺の商人から聞いていた鉄砲の生産はもとより、扱う技術に於いても有名になりつつある根来にて、鉄砲の腕を磨く事にした。
そして1年程の修行を経て一定の技術を身につけた拙者は、知人を頼って尾張津島に向かっていたのだが、恥ずかしながら路銀が底をついてしまった。
以降の旅を続けるためには先立つ物が必要…と言う事で仕方なく仕事を探していたのだが、城で臨時で兵を雇っていると酒場の親父に聞いて応募したと言う訳だった。
当初は適当に路銀を稼いだら、尾張に向かって旅立つ予定だったのだが、運よく大将首を獲ってしまい、これまたいつもの調子で名乗りまで上げてしまった。そして殿様の御子と思われる童の目に留まってしまい、出仕を命じられてしまったという訳だった。
当初はこのまま無視して出発してしまおうかとも思っていたのだが、先般世話になった酒場の親父に聞いた所によると、あの童は神童として有名な上、先日6歳にして家督を継いだ正真正銘の楠木家の若き当主様だと言うでは無いか。
尾張での仕官と立身出世を目指していた拙者にとって、此度の事は願っても無い事だった。次の日、出来る限り身綺麗にした拙者は若殿様を訪ねて楠城に出仕した。
話は門番にも通っていたようで、恩智満和殿と言うお方が迎えに出て来られた。
「某は恩智満和と申す、若殿よりお話は聞いております。何やら、直接お話をお聞きしたいとの事でございます。ご案内致しますので、某の後を着いて来て下さい。」
恩智殿の後を着いて行くと、謁見場と思われる広間へと通された。そして暫くの後、人の気配がした為に頭を下げて待っていると、巨漢の男を伴って若殿が広間に入来され、一段高くなった上座へと腰を下ろされた。
「頭を上げよ。堅苦しいのは苦手でな、楽にして良いぞ。」
面を上げると目の前には先般の童が微笑んでいた。しかし…改めて見ると巷での噂の通り…いやそれ以上の人間離れした麗しさであり、誠に男子であるとは到底信じられぬ。
「滝川一益にございます。お召しにより参上致しました。」
そう言って改めて頭を下げた。その様子を見た若殿様は「楽にせよと申すに…」と言って笑っておられた。
その後は次男坊で家を継げない為、修行のために家を出て根来で鉄砲の修行を行っていた事。知人を頼って尾張に向かう予定だったが、路銀が底をついた事など家を出てからの事をお話しさせて頂いた。
(やはり、この若殿様は普通の童では無いな。この歳でこれだけの遣り取りを熟し、剰え会話の端々に溢れ出る知性…神童と言う事だけでは説明がつかぬ。特に若殿より感じる存在感…と言うのか、以前に目にした事のある六角定頼公…彼の方以上の圧を感じる…)
拙者は既にこの時、この若殿様の魅力に取り憑かれ、この方の為に働きたいと思う様になっていた。
「最後に一益…俺に仕えぬか?先ほど申した様に、俺は先頃家督を継いだが、直臣と呼べるような者はこの満和とそこな正輝、ここにはおらぬが月夜見の幻斎位しかおらぬ。別に古くから当家に仕えてくれている者たちに不満があるわけでは無いのだが、正直に申せば自らが見出した家臣団が欲しいと思っているのだ。それに実際問題としてこの5年余りで急激に領地を拡大した事もあって、楠木には所領の管理を任せるに足る人材が全く足りぬ。仕えてくれるならば、先ずは馬廻衆の次席としたい。面子はこの筆頭の神宮寺正輝とその方だけではあるのだが…取り敢えず、信用出来る人物であれば推挙を許すぞ?」
若殿様からのお誘いがなければ此方からお願いしようと思っていたが、いきなり側近である馬廻衆の、然も次席に抜擢されるとは思ってもいなかった。
「はっ!この滝川一益、若殿の御為に、誠心誠意この身を賭してお仕えさせて頂きまする。」
拙者の言葉に、若殿は本当に嬉しそうなお顔をされ、何度も頷かれている。
「おお!嬉しいぞ、一益!これから宜しく頼む。それから満和、分国法の事も含め諸々の説明を頼むぞ。それから…そうだな、城下に一益の住まいを準備してやってくれ。」
「畏まりました。それから何やらご挨拶にと言う事で、滝川殿が参られる少し前から湊屋伝次郎なる商人がお目通を願っております。」
「ん…湊屋?商人か…よし、会ってみよう。丁度、御用商人を探そうと思っていたんだ。では満和、後は頼んだ。一益、明日から宜しく頼むぞ。」
そうしてスッと立ち上がられると、神宮寺殿を伴って勢いよく部屋を出て行かれた。
「恩智殿、若殿はいつもあの様に忙し無いのか?もそっと他の童の様に遊ばれたりとかされないのだろうか?それに6歳であそこ迄のご器量をお持ちとは…拙者の知る限りではあるが、あの様なお方には会ったことも、噂に聞いた事すらも有りませぬ。」
「まぁそうでしょうな…、これから話すことはその辺りの事とも関わりがある事なのだが、実は若殿はお伊勢様の神子として、天命を持ってお生まれになったのだ。これについては俄には信じられぬ事であるとは思う。しかし若殿にお仕えすれば自ずと知ることになるのだが、実際に若殿は多くの知識や人成らざる御力をお持ちであられる。大殿が早々に家督をお譲りになったのも、そこらの童らと違って大人びていらっしゃるのも、その力に依る所が大きいのだ。」
恩智殿の話された内容は荒唐無稽な内容であり、簡単に信じる事が出来るような内容では無かった。しかし、恩智殿の目は全く笑っておらず、それが真実である事を物語っていた。
「某も全てを把握出来ておらぬし、若殿も全てを話されておられぬようであるが、把握している範囲で説明する。まず若殿の天命とは…」
その後に話された内容も常軌を逸しており、通常であれば一笑に伏してしまうような内容だった。しかし、若殿という存在と実際にお会いし接した上でこの【神の知識】と【権能】という力、そしてそれに伴う早期の家督継承などの話を聞くと、何故か腑に落ちてしまうのだ。
(この話が事実であるならば、いや…事実なのであろうが、ともかく楠木家は間違いなく大きくなる…いや、それどころか天命通り天下を統べる事も叶うだろう。まこと拙者は運が良い…)
拙者はこれからの楠木家の未来、そして自分自身の未来の事を想像するだけで胸の高鳴りが大きくなって行くのを感じていた。




