キ線
梅園は震えていた
突如出現した大量の御札
乱雑に貼られたそれは異様な空気を放っている
怯える梅園の横で竹下はほくそ笑んでいる
「梅園!」
突然の大声に梅園は恐怖がピークに達したが
「大丈夫だ、お前には何もないからな」
力ない言葉だったが、竹下の顔を見ると何故か恐怖心が少し解れた気がした
現場を離れ車に乗り込む
梅園は足が震えていた
竹下がハンドルを握る
署へと引き返したが梅園は言葉が出ない
あまりの恐怖に体が震えている
そんな梅園を意に介さず竹下はパソコンのデータを読み込んだ
‥
‥
‥
古いパソコンは竹下同様に動きが鈍くなっている
‥
‥
ピコンっ
長いロードを終えるとファイルが開いた
【名古屋怪死事件】
中本事件ファイルを覗く
竹下は思い出すようにデータを確認する
類似点の多さから引退した松田刑事の顔が浮かんだ
(ふっ、松田さんこれはまた呪いとかいうやつですかね‥)
竹下は中本事件を陰ながら追っていた松田の姿を知っていた
自分には一切捜査をさせない
手伝う事すらも松田に厳しく止められていた
竹下は梅園を捜査から外す様に進言する
怯えた梅園をこれ以上巻き込んではならない
警察組織の縦割りの中では個人の感情など圧倒的に排除される事も当然知っている
竹下はこの捜査の危険性を肌で感じていた
松田は恐らく捜査を続けた事で怪異にあった
13歩目が訪れた時に何があるのか
少年に出会った事で感覚が開花した竹下は直感的に分かっていた
絞殺される
しばらくして梅園は捜査から外れた
竹下は相棒のいない状況で捜査を続ける
あの時の松田同様に一人で
以前と同じ、しばらく捜査の進展はなかった
その日は早めに仕事を終えて帰宅する
母親の83回目の誕生日だった
独身の竹下には両親が唯一の家族だ
年老いた両親を大切にしている
少し高めのお寿司と小さなケーキ
ささやかなプレゼントを購入している
年寄り三人でケーキを頬張る姿に笑みが浮かぶ
婚期を仕事に奪われた訳ではないが、子供の誕生日にケーキを買ってプレゼントに悩む
そんな幸せを描く事もたまにあった
食事を終えると布団に入った
日々の疲れもあり、スグに意識が薄くなる
眠りに入るかどうかの僅かな隙間
ほんの数秒、いや刹那だった
ドンっ!
何かが部屋の中で落ちた?
ベッドから寝ぼけて落ちた時のような音
だが竹下は畳に布団を敷いている
ガバッと起き上がるが周りには何もない
明らかに何かの音が部屋の中から聞こえた
振動は感じていない
少し気持ち悪さを感じるが眠気が勝る
枕に頭を乗せるとあっという間に眠りにつく
意識が完全に消えると爆音が聞こえる
そう、竹下はイビキが酷い
睡眠時無呼吸症候群の治療を受けたこともあるのだが、マスクやらを着けて寝るのに抵抗があった
自分のイビキで起きる事もあった竹下は常に眠りが浅い
疲れが取れないのもそのせいだろう
浅い眠りの中で夢を見た
いつもなら見たかどうかさえ忘れている
しかし今見ているだろう夢は恐らく一生忘れられない
真っ暗な空間に竹下は立っている
光がないその空間は全てを覆い隠している
それでも肌で感じる
黒い影が少しずつ歩み寄ってくるのを体全身が感じとっている
ズルズルっ
何かを引きずるような音が聞こえる
ズルズルっ
一歩一歩ゆっくりと近付いてくるそれは輪郭もはっきりとしない黒い何か
その影は人の恨みや怨念の塊のようなモノに感じた
禍々しいその姿は恐怖が形になったモノ
その恐怖はジリジリとにじり寄ってくる
かなり近い距離になってようやく引きずっているモノが見えた
人だ!
髪の毛を鷲掴みにして引きずってくる
恐らく生のないその人はただただ無抵抗にされるがままだ
竹下まであと数歩
黒い影は唐突にその人を手放した
なんだ?
竹下が考える間もなくそれは起きた
刀で一刀両断!
首と胴が真っ二つに斬られた
いや、斬られたであろう
人のようなそれは刀で切り裂かれた
直感的に竹下は殺されると感じとった
逃げようとするが体が動かない
声も出ない
こちらに近付いてくる影は刀を振りかざしている
次の瞬間、振り下ろされた刀は竹下の首と胴を切り離した
「うわぁぁぁぁっ!!」
目が覚めた
慌てて首もとに手をやる
息切れを起こしながら胴と繋がっている事を確認した
ぜぇぜぇ
息切れが止まらない
(なんだこの夢は‥
もしかしてあの事件の影響か?)
触れてはならないモノに触れてしまった
呪詛は伝播すると聞いた事がある
まさか自分にも呪いが‥
さすがの竹下も焦っていた
信じられない程の汗をかいている
顔を洗い少し冷静になった
中本、加賀美の事件を勘や経験を抜きに考えてみると簡単に答えが出た
呪いだろうな
それが一番理に敵っている
その答えを出した自分が信じられない
少し戸惑ったが他に答えが見付からなかった
結局そのまま眠れずに朝を迎える
気分がとても悪い
風邪ではないだろうが吐き気がする
これは当てられたというやつだろう
竹下は勤続数十年で初めて有給休暇を使った
家にいると両親が心配をしてしまう
ぶらっと外を歩く
秋の名古屋城へ行ってみようか
何百回と見たその城は今日も悠々と名古屋の町を見下ろしている
近くのベンチに座り秋空を眺めているとポケットの中で黒い塊が暴れだす
トゥルルル
トゥルルル
携帯の着信音が全ての情緒をかき消した
面倒とも思ったが無視する訳にもいかない
ディスプレイには知らない番号
今時携帯ではなく052から始まる固定電話からの着信だった
誰だ?
緑色のコールマークをプッシュする
「竹下です」
ぶっきらぼうに名前を名乗った
「久しぶりだね」
この声は!!
かつての盟友松田さんだ
「お、おお久しぶりです!!」
あまりに唐突な松田からの電話にビックリしたのもあるが、懐かしさのせいか少し心が落ち着いた
松田が定年して以来だから数年振りだろう
「松田さん突然どうされました?」
頼みがあるのだが、高校生に捜査状況や知ってる事を教えてあげてほしいという
ふざけるな
率直な最初の感情だった
とはいえ電話の相手は松田だ
何かあるに違いない
少し詳しく聞いてみる
松田は経緯を話した
しかし、昨日の夢の件もある
当然断った
松田さんは何を考えているんだ
子供の遊びじゃないんだぞ
イライラする
折角の名古屋城も完全に興醒めとなった
のんびり歩いて帰宅する
いつもより早い帰宅だったが両親は温かく迎えてくれた
竹下にとって両親の顔を見るのはこれが最後になる
その夜だった
いつも通り浅い眠りにつく
グォーッ、グォーッ!
爆音が鳴り響く
ビクッ!
なんだなんだ!!?
ああ、自分のイビキか‥
また変な夢を見たかと思って驚いてしまった
ふっ、俺も少しビビってるのかな‥
枕元に置いてあるペットボトルの水をグビッと一口
イビキストは喉が渇くのだ
布団に入るとスグにあの夢が始まった
それは前回よりも何か生々しく、血生臭い悪臭が漂っている
喉の奥から込み上げてくる
吐きそうだ
気持ち悪い
口を手両手で押さえる
その悪臭は鼻の奥をつんざく
鼻から脳に達するそれは段々強くなってきた
あの影だ
あれが近寄ってきてる
姿は見えないが近くにいる!
周りを見渡すが見付からない
臭いは四方八方から漂ってくる
逃げないとマズイ!
竹下の直感は危険を知らせている
瞬間視点が切り替わる
自分の目線から視点が離れ、自分の後ろ姿を俯瞰で見下ろしている
見下ろしている?
俺は浮いてるのか?
何がなんだか分からないが、目の前の竹下自身は身動きが取れずにかなり焦ってみえる
それと同時に前方から黒い何かが近付いてくるのが見えた
人を引きずってる?
人の様な影を引きずり、こちらへ歩いてくる
竹下の実体はそれが見えていないようだった
影は人の様なモノを手放す
その刹那刀が振り下ろされた
首と胴が切り離され転がった首がこちらを向いた
「うわぁぁぁぁっ!!」
切り裂かれ転げ落ちたのは竹下の首だった
叫び声にならない叫び声が頭の中で繰り返される
そこで竹下の意識は薄れていった
真っ暗な空間に落とされた竹下の首は最後に温かな光を見ていた
ああ、これが天使ってやつか‥
ごめんね‥
そう聞こえた気がした




