ホン線
松田の見る夢は竹下も角度の違う形で見ていた。
竹下は年老いた両親と暮らしていたが、捜査で家にいる事は少なかった
その日は久しぶりに自宅へ帰る
仕事の疲れをビールで洗い流す
プハーっ!やっぱりビールは喉ごしだな!
喉に染み渡るそれは人生が豊かであることを教えてくれる
母親の手料理がとても美味い
牛スジで作った土手味噌が最高だ
牛スジを執拗に咀嚼すると口の中から鼻腔にかけて美味さと香りが広がる
それをビールで流し込む
仕事終わりの至高のひとときだった
自宅の安心感とアルコールが眠りを誘う
布団に入るとすーっと意識が遠退いていった
(ここはどこだ?)
夢の中のその場所は小川の流れる小さな山村だった
幸せそうなカップルがいる
満面の笑顔の二人は幸せの絶頂にいる
そんな雰囲気が漂っていた
すると意識が違うシーンに飛んだ
まるで映画の観客にでもなったかの様な感覚だった
その直後、荒れ狂う男が目に入った
男は刀を振り回している
逃げ惑う人々を次々に斬り付けていった
人の姿が見えなくなると一軒一軒忍び足で入り込む
老若男女関係なく首を絞めている
竹下は止めようとしたが声が出ない
ついには乳飲み子にまでその狂気は襲い掛かった
刑事とはいえ殺人シーンなんてのは映画やドラマの中でしか見たことがない
強烈な吐き気が襲ってくる
吐きそうになるのを必死に堪えると
またシーンが飛んだ
今度は命絶えた女を腕に抱き泣き叫んでいた
といっても声は聞こえない
抱え込む女から光る何かが出てきた
竹下は目を凝らす
男は気付いていないようだ
仮に音が聞こえていたら《ポンっ!》とでも鳴ったであろう
それは音と共に女の姿に変わった
キョトンとする女
周りを見渡すと竹下と目があった
礼儀正しく深々と礼をする
《あれ?見えてる?》
次の瞬間シーンが飛ぶ
今度は男が何かを叫んだ
その直後男は自らの首に刀を刺して息絶えた
女はその男の行動を一部始終見ていた
息絶えた男を抱き寄せる
優しい笑顔で何かを悟ったような表情を浮かべた
今度は男の体から何か出てくる
真っ黒な何か
それは吐き気を誘う
じっと見ているとその黒い何かに吸い込まれそうになる
夢の中とは思えない、現実感の強い恐怖を感じた
女はその黒い何かを必死に抱き寄せるがスルりと抜けてしまう
何度も抱き寄せるがそれはどこかへ飛んでいってしまった
女は泣きながら竹下に何かを訴えている
しかし、その言葉が竹下に届く事はなかった
目が覚めた竹下は署で松田に話しをした
「不思議な夢を見ました
あれはきっと山村大量殺人の現場だと思います‥」
松田は少し息を飲んだ
「だけ、その夢で女が何かを訴えてなかったか?」
「はい、ただ音は一切なくて‥
って何で知ってるんですか!?
まさか松田さんも同じ夢を見て‥」
松田は僅かに頷いた
中本があの山村出身だという事は調べで分かっている
二人の夢は女が見せているで間違いない
「そうなると呪い‥」
「言うな!」
松田が制止する
黒い何か、塊とでもいった方がピンとくる
あれが呪いの正体なのかもしれないと竹下は思ったが当然松田には言えなかった
その後二人は夢の内容を共有した
「松田さん、その階段は最後まで上りきるとどうなるんでしょう」
「さぁな」松田はしらを切る
事件から何年も経っている
今更夢に出てくる意味を考えると、呪い続ける男を止めてほしい
女は捜査を続けさせる為に現れたと考えるのが自然なのかもしれない
お互い思考と会話する
自然と二人は話すのを止めていた
その日の夜、松田は階段を上ってくる何かに気付く
来やがったな!
ドアを開けて確認してやる!
布団から起きあがろうとするが体が動かない
何人かに押さえ付けられてる様にビクリともしない
カツン、カツン
階段を上がってくるその音は8回聞こえた
その直後押さえ付けられていた体は自由になった
さすがの松田も畏怖を感じた
目に見えない何かが近づいている
いにしれぬ恐怖が襲ってきた
百戦錬磨の松田も目に見えないモノにはどう対象していいのか分からない‥
幽霊だか何だか知らんがそんなモノは御札でも貼っておけば一発だろう
‥
‥
御札‥だと!?
自らの思考に気付く
大量の御札を購入していた中本
そういう事か!
自分の考えでは完全に人成らざるモノの犯行だと答えが出てしまった
刑事の経験が松田の思考を否定する
そんな訳はない
それでも完全に否定出来ない自分がいる
こうなってしまうと呪いそのものを肯定しなくてはならない
ふざけるな!
認めることが出来ない
そういえば警察学校のあれはなんだったんだ
呪いはありません
そんな事を教える意味はなんだ
考えろ
考えるんだ松田!!
松田は頭をフル回転させる
‥
‥
ダメだ
結論がどうしても人成らざるモノになってしまう‥
タバコに火をつけるとそっと目を閉じる
自分や竹下に何かを必死に訴えてくる女
あれは呪いの連鎖を止めてほしいと言ってるに違いない
どうやって止める?
「くそっ!」松田は限界を感じ始めていた
朝を迎えると松田は一人車を走らせた
あの場所、全ての始まりの場所へ
山間の舗装された道路
何度か訪れたが辿り着けなかった、今日は何かが違う雰囲気が漂っている
きっと松田も数年前にあの少年に出会った事で感覚が研ぎ澄まされたのだろうと今になって気付かされる
ふっ、思わず笑ってしまう
すると目の前には突然舗装されていない砂利道が広かった
これか‥
少し進むと行き止まりにぶつかった
これ以上車は通れない
歩くしかないな
シートベルトをはずし外に出る
車を降りると急に意識が朦朧としてくる
クラっとした瞬間、完全に意識が失くなった
次に松田が目覚めた時には車の中にいた
外は雨が降っている
何があったか分からない
車は道路の端に止められていた
砂利道はどこへいった?
記憶が飛んでいる事に気付く
ちっ
イライラが止まらない
狐につままれたようだ
「くそっ!」ハンドルを両手で殴り付ける
これ以上は時間の無駄だ
イライラしながらも安全運転で帰路に着いた
家に着くと酒を煽る
消えた時間は数時間
考えても答えは出ない
許容範囲を越える酒が松田を支配する
遠い意識の彼方に誰かがいる
姿は見えない
いや、黒い何かが見えているが正解だ
それは歩を進める
一歩二歩、少しずつ近付いてくる
七歩、八歩‥
九歩
夢か現か
いつも聞こえる足音は現実のモノだった
しかし今は目の前に近付いてくる
それは十二歩の所で止まった
正確には何かが止めたが正解だろう
止めてくれなければ恐らくは‥
松田の心は恐怖に支配された
恐怖に打ち勝つのは難しい
完全に捜査への火が消えてしまった
いや、消された
松田の情熱のロウソクは風前の灯になっていた
つづく




