ゲン点
梅雨だった
午後から振りだした雨は犯罪の匂いを消してしまう
犯人の足音が書き消されてしまった事で捜査は難航した
まだ竹下が刑事になって間もなくの頃
署からスグ近くのアパートで殺人事件が起きた
歩いて僅か5分程度
署の関係者達はナメやがってと怒りに燃えていた
アパートの204号室から悲鳴に似た声が聞こえてきた
隣人により110番通報がなされる
駆け付けた警察官によってドアが破られ室内へと突入するが、被害者である中本は首を絞められ息絶えていた
同署に帳場が置かれた
新米刑事の竹下は初めての帳場の緊張感に押し潰されそうになる
バンっ!
背中に痛みを感じる間もなく頭を掴まれる
髪をぐしゃぐしゃにされながら後ろを振り返るとベテラン刑事の松田が立っていた
「おい、何緊張してんだ」
松田は笑いながら話し掛けてきた
「あ、いや自分は別に緊張なんか‥」
声が上擦る
「今から緊張してどうする捜査はこれからだ」
竹下はペコリと頭を下げる
「松田さん‥
このヤマおかしくないですか?
蹴破った玄関のドアにはカギが掛かっていてチェーンまでしてあったんですよね
しかも部屋の窓も全て閉まっていた‥」
「そうだな、それを調べるのが俺達の仕事だ!
絶対に犯人を捕まえるぞ」
署の目と鼻の先で起きた事件に松田自身も怒りを覚えていた
松田の熱気に竹下は焼けそうになる
初動捜査の報告が始まったが、雨で掻き消された犯人の姿を追うのは当時の捜査能力では厳しいものがあった
密室殺人という事もあり、目撃情報が重要になってくるのだが、近隣の聞き込みは目撃者ゼロ
203号室の住人も人の出入りは分からなかったと証言している
当然捜査は難航した
コンビを組む松田と竹下
数ヶ月に渡り追いかけるのだが完全に行き詰まってしまう
公園のベンチでタバコを吸う松田が何気なく発した言葉が竹下の脳裏に焼き付いた
「こりゃ、犯人は人間じゃないのかもな」
唐突に脳がフル回転を始める
(この世に呪いはありません)
警察学校の教官の言葉が甦る
「松田さん‥」
竹下は少し口ごもりながら
「呪いってあると思いますか?」
すぅーっと、一息大きくタバコを吸うと松田は竹下の顔を見た
「お前はどう思ってるんだ」
鋭い眼光が刑事特有の色を放っている
「‥ない、と思ってます」
タバコの火を消すと「そうか」とだけ松田は呟いた
数日後、松田が竹下を連れ出した
岐阜県のとある山村へ向かうという
何を聞いても教えてもらえず竹下はヤキモキしていた
到着したそこは四方八方山しかなかった
山、山、山!
空気は美味い!
が、松田のタバコがそれを台無しにする
こんな時ぐらいタバコやめれば良いのになんて思ってみるが無駄な事を竹下は知っている
「だけ!行くぞ」
早足で歩き出す
駐車場から数分歩くと大きな建物が見えてきた
こんな山奥に‥?
松田はネクタイを締め直す
それを真似て竹下も襟を正す
こんにちは、ようこそいらっしゃいました
巫女さんの様な方が出迎えてくれた
神殿のようなその建物は宗教施設にみえた
竹下は一抹の不安を感じながらも松田に着いていく
大きな祭壇のある部屋
その前には子供?が座っていた
「ようこそ、お待ちしておりました」
松田はチッと舌打ちをする
「予約もなしに突然の訪問失礼致します」
松田の言葉と子供の会話が成り立っていない
子供は待っていたと言った
松田は突然の訪問と‥
竹下は底知れぬ恐怖を感じ始めていた
腹の据わった松田はお構い無しと話し出す
「捜査が難航しており、先生のお力を賜りたく参上致しました」
頭を深々と下げる松田をこの時初めてみた
「そうだね
あなたが今日ここに来ることは分かっていました、それが捜査の協力要請だという事も」
これは何の会話なんだ!?
竹下はパニックになりかけていた
「ありがとうございます」
松田はお礼を伝えると子供の目を真っ直ぐ見据える
「先生が道を開けて頂いた事、感謝しかありません」
一通りの社交辞令と礼を伝えると本題に入る
「密室殺人が起こりました
犯人が残したものが何一つなく、捜査は完全に行き詰まってます
先生のお力で犯人に迫れたらと思っております」
「分かりました
それでは祈祷に入ります
時間が掛かりますので応接室でお待ち下さい」
先生と呼ばれるその子供は祭壇に向かい経を唱え出した
瞬間空気が変わる
刑事としては未熟だが、空気を感じ取る能力の高い竹下は何か異様なものを肌で感じていた
先程の巫女さんが応接室へと案内してくれる
この女性もまた不思議な空気感がある
透けそう真っ白な肌が不気味に光っていた
「松田さん‥」
不安が口を開かせる
「何も言うな」
恐らくココを出るまで何も話してはくれないだろう
竹下は口を閉ざした
どれくらいの時間が経ったか分からない
二人は祭壇の部屋へ呼ばれた
先生は汗だくで憔悴しきっている
今にも倒れそうな姿にさすがの松田も少し動揺しているように見えた
「先生、何か見えましたか」
松田は急かすように切り出した
「ええ、端的に話します、これは長く続くカルマです」
「呪いだとでも?」
松田はイライラしてみえる
先生は何も答えず倒れ込んだ
チッ
松田は話しを全て聞けなかった事に舌打ちをした
「おかえり下さい」
松田と竹下は追い出されるように部屋を後にした
運転を任される竹下だが帰り道が分からない
松田に聞こうとするが不思議な事に道に迷うことは一切なかった
「松田さん、彼は何なんですか?」
我慢が限界を越えた竹下が堰を切ったように喋り出した
「戸籍がない人間がいるのは知ってるか」
警察学校で聞いた事がある
「はい、確か国の守護一族だとか俗世から隔離された能力者だとか聞きました」
「それだよ」
松田はそれ以上何も話してはくれなかった
署に戻り竹下は先輩刑事に話しを聞くが、岐阜の山村というワードを出した瞬間ほとんどの刑事が口を閉ざした
そんな中でも少しだけ情報が聞けた
あの場所は道を辿れば行ける訳ではない
同じ道を通っても全く違う所に行ってしまう
強力な結界により見えてはいるが見えない所として一部界隈では有名だという
宮内庁や政府、大企業の経営者などが何度も訪れ、先生と呼ばれる人に出会えた時に人生が好転したという都市伝説もあるとか
また噂程度の話しだが、先生は100歳をすぎているだとか弟子の人達はキツネやヘビが人間の姿に化けてる等キリがないものだった
竹下の勘が中本を調べろと訴えている
こうなりゃヤケだ!
中本を丸裸にしてやる
中本の生い立ち、戸籍、家系図
事細かに調べると面白い事が分かった
中本の親族や近しい親戚の何人かは謎の死を遂げている
先生はカルマとか言っていたな
これはもっと深い所を調べるか
少し疲れた竹下は天を仰いだ
つづく




