ユイ②
昼前から降りだした雨は一時的に警報まで出る豪雨になった
放課後には雨はあがっていたが、急激な温度低下に伴い濃霧注意報が発令されていた
唯は混乱気味だったが何とかその日の授業は乗り越えた
カバンを手に取り走り出す
麻衣の家に行こう!
朝から決めていた
いないはずがない、小さな頃からの親友
麻衣に会いたい
思いは足の回転を早めた
靴を履き替え外に出ると霧が視界を遮っている
思いとは裏腹に視界が悪く歩くしかなかった
スマホを取り出すとお天気アプリを起動する
濃霧注意報は警報に変わっていた
ゆっくり歩を進める
もうすぐ麻衣の家に着く
あそこの角を曲がれば‥
しかしそこに麻衣の家はなかった
何度も何度も遊びに来たことのある場所
間違えるはずがない
近付いて確認するとそこには見知らぬアパートが建っていた
少し古びたそれは、長い間その場所に鎮座していたと思わせる外観をしている
誰かいる‥
階段を見ると女の子がいた
こちらに気付いている様子はない
何かを必死に止めようと両手を広げているが、唯にはそれが何なのか分からない
女の子は涙ながらに叫んでいる
「だめーっ!
もうヤメテ!」
階段には女の子しかいない
遊んでる様には見えない
必死に訴える女の子を見過ごせずに唯は思わず声を掛けた
「どうしたの?」
唯は階段に近づく
階段の全体が見える所に着いた時に気付いた
女の子が止めようとしているモノ
それは真っ黒な何かだった
影?けむり?
全く分からないが、体の奥底から恐怖の二文字が顔を出す
全身が震え出した
朝からの過度なストレスで意識が消えそうになった
倒れそうになった瞬間女の子の声が聞こえた
「唯逃げて!!」
えっ?名前を呼ばれた‥
意識がなんとか繋がる
女の子は無理矢理作った笑顔で「大丈夫だから逃げて」
とても優しく温かい笑顔だった
その笑顔に救われる
唯は自分史上最大の勇気を振り絞る
「うわぁぁぁぁっ!」
大きな声で渇を入れる
両手で顔をパチンっと叩くと目に力が宿った
女の子が抑える黒いモノ
これが麻衣の存在を消してしまったのかもしれない
仮にそうじゃなくても目の前の女の子を助けなければならない!
【義をみてせざるは勇無きなり】
最近古文の授業で覚えた言葉を思い出した
とはいえ顔を出した恐怖は簡単には拭えない
それでも一歩一歩前に進む
来てはダメと女の子は叫んでいるが、唯の耳には届いていない
階段を上る
いち、に、さん
ついついクセが出てしまう
階段の中腹にいた女の子は後一段で2階に着いてしまう所で踏ん張っていた
はち、きゅう、じゅう
黒いモノに手が届く距離に来た
これが人の形をしていれば肩でも掴むか腰に手を回せば抑えられそうだが、どこをどう掴めばいいのか分からない
どうにでもなれ!
両手で掴みかかると黒いそれはフッと消えてしまった‥
唯の腕の中には何もない
キョロキョロと周りを見回すがそれらしきモノはどこにもなかった
少し安心した唯は大きく息を吸い込んだ
鼻からゆっくり息を吐くと、恐怖と何かに勝った勝利の余韻に浸った
落ち着きを取り戻した唯は女の子がいない事に気付く
あれ?あれれ?
階段を上り2階の廊下を確認する
誰もいない‥
今の出来事全てがなかったかの様に思えた
夢であったらどれだけ楽だろう
現実に引き戻されたかのような不思議な感覚だった
しかし麻衣の家があった場所にこのアパートは建っている
落ち着け!落ち着け唯!
冷静になろう
スーハーッ、スーハーッ、スーハーッ
3回程深呼吸をする
1階へと降りる唯は階段の数が13段である事に気付いた
最初に興味をもったあのアパートも13段だった‥
心の奥の方で小さな違和感がザワ付き出していた
自宅への帰り道
霧はすっかり晴れていた
帰宅すると母親がいつも通りの通常営業で「おかえり~」と声を掛けてくれた
その一言に唯は緊張の糸が切れてしまった
自然に涙が溢れてきた
止まらない
心配する母親に気使うことも出来ない
涙が際限なく溢れてくる
泣いて泣いて泣いた
大声で泣いた
嗚咽も気にせずに泣いた
母は何も聞かずに背中をさすってくれている
涙が枯れた瞬間唯は倒れてしまった
張り詰めていた糸がプツリと切れた
大きなストレスを支えきれる程心は成長していない
16歳の少女には受け止められる限界をとうに越えていた
‥
‥
‥
酷い夢を見た
女性が多くの男に凌辱を受けている
苦しそう姿を見ていられない
しかし目を背ける事が何故か出来ない
誰かに強制的に見せられている感じだった
それが終わると女性は帰宅する
とても小さな家だった
両親と妹の4人暮らしの様だ
女性は何もなかったように優しい笑顔で家族と接している
とくに妹と仲が良く、親友のように見えた
すると1人の男がやってくる
その男は温かい笑顔で女性と話しをしている
唯は直感的に恋人だと分かった
幸せそうな二人に心がほっこりする
この二人はきっと結婚をするのだろう
優しさで溢れるその空間がとても好きだ
しかしその優しくも温かい空気が壊れていく
日々凌辱を受ける女性が限界を向かえてしまう
彼に対して申し訳ない
その思いが唯の心に響いてきた
女性は妹と何かを話している
二人は涙で顔がぐしゃぐしゃになっている
今までの事を告白したのだろう
心が共鳴している
唯も涙が止まらなかった
妹と別れた女性は独り佇んでいたが、意を決した面持ちでどこかへ歩いていく
崖の前に辿り着くと大きく息を吸った
ダメ!!
唯は気付いてしまう
この人は死のうとしていると‥
呼吸を止めたその人はチラッとこちらを見た
目が合った‥?
目が合った時に穏やかな顔をしているのに気付いた
苦しみや悲しみ、怒りなどの全ての負の感情が突き抜けた、そんな表情だった
苦しんで苦しんで苦しみ抜いた女性はついに身を投げしてしまう
その後、妹と彼が必死に探し回ってるのが見えた
どうやら妹が事実を告げて姉が死ぬかもしれないと伝えたようだった
唯は思わずこっちだよ!と心の中で叫ぶ
聞こえる訳がない
聞こえる訳がないのに二人はこちらに振り向いた
崖の下に倒れている女性を見付けた
見付けたその時から男の頭上に黒いモヤの様なものが集まりだしていた
唯はそれがアパートで見たあの黒いモノだと理解した
禍々しいそれはどんどん大きくなっていく
空を覆い尽くす勢いで広がっている
気付くと唯も飲み込まれそうになっている
必死に振り払うが黒いそれは纏わり付いてくる
体全身が覆われた
徐々に顔の方へそれはやってくる
全てが飲み込まれそうになる瞬間目が覚めた
けほっけほっ‥
呼吸が上手く出来ない
けほっけほっ‥
喉が詰まる
起き上がるとそこには母親が心配そうに唯の手を握ってくれていた
母と目が合うとツーっと涙がこぼれ落ちた
母は何も言わず唯を抱きしめる
優しい母の温もり
大好きな母の香りと優しい空気感
包み込む母の愛に涙が止まらなかった
つづく




