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第2章:宮廷の晩餐会と魔法なき戦略

1. 貴族社会は理不尽だ

それはこの世界に転生して以来、嫌というほど理解したことだった。


「ユリアーナ様、本日もご機嫌麗しゅうございますね」


屋敷の廊下を歩けば、使用人がすれ違うたびに、芝居がかった笑顔で頭を下げる。昨日まであれほど冷淡だったくせに、私が最近皇帝陛下に気に入られていると噂が立った途端にこれだ。


ふざけてる。


だが、そんな彼らの態度すら、貴族社会の生存戦略の一環なのだと理解していた。問題は、私がそのルールを知らなかったこと。


「なら、学べばいい。ルールを知らないなら、知ればいい」


私はすぐに、この世界の仕組みを研究し始めた。前世の知識は通用しないかもしれないが、考え方の基盤としては十分に役立つ。


皇帝陛下との晩餐会まであと三日。この二週間、私はレグナ家の広大な図書館で過ごし、この国の法律、経済、政治構造、軍事制度、そして魔法の成り立ちを必死に調べていた。


山積みになった本に囲まれて、私は必死に情報を収集していた。


「魔法の発現率は貴族で約80%、平民では5%以下……」


ページをめくりながらメモを取る。この世界では、魔法が社会的地位と密接に関わっているという事実が浮かび上がってきた。


「魔法力は血統によって受け継がれ、家系の純度が高いほど強力になる傾向がある……だから貴族は血の純潔にこだわるのね」


そして、もう一つ気づいたこと。


「私、魔法が使えないみたい」


何度か試してみたが、ユリアーナの体には魔法の素質がないらしい。本によれば、貴族でありながら魔法が使えないのは珍しいケース。


「これって、かなりのハンデね……」


だが、調べていくうちに驚くべき事実が浮かび上がった。


「……魔法が、貴族の特権?」


書庫で古びた書物をめくりながら、私は眉をひそめる。


貴族が魔法を使えるのは、生まれながらにして備わった資質——いわゆる『貴族の証』であるというのが、この世界の常識だった。だが、歴史を遡れば、その記述は途端に曖昧になる。


古い記録によれば、かつては魔法を持たない貴族も一定数存在したという。いや、むしろ『魔法を使う貴族』の方が異端だった時代すらあった。だが、ある時期を境に、魔法が貴族の権威の象徴となり、やがて「魔法を使えない貴族」は粛清されたと記されていた。


これはおかしい。


つまり、魔法が貴族の特権なのではなく、貴族が魔法を独占する体制を作り上げただけでは?


「これは……危険な情報だ」


知らなかった。知らなければよかった。


だが、知ってしまった以上、もう後戻りはできない。


「……魔法がないなら、科学を応用すればいいのでは?」


この考えが浮かんだ時、ゾクッとするような戦慄が走った。


前世で学んだ基礎科学を応用すれば、この世界の魔法の『代替手段』を作れるかもしれない。それが可能ならば、貴族の権力基盤そのものを揺るがせることができる。


だが、もしそんな技術を公にしたら——私は確実に消される。


執事のヘンリーが紅茶を運んでくる。


「お嬢様、ずいぶん熱心に勉強されていますね」


「ええ、知らないことだらけだから」


私は紅茶に口をつけながら、ヘンリーに質問した。


「ヘンリー、私が魔法を使えないことって、周りは知ってるの?」


「はい。レグナ家の方々は皆、把握しています。ですが、外部には極力知られないよう配慮されています」


「そう……」


ヘンリーは困惑した表情で続けた。


「お嬢様、最近は本当に変わられました。以前は舞踏会のドレスや宝石にしか興味がなかったというのに」


「人は変わるものよ、ヘンリー。それに……」


窓の外を見つめながら、私は静かに続けた。


「このままじゃ生き残れないと思ったの」


2. 宮廷の策謀

晩餐会前日、従兄のフィリップ・フォン・グリードが訪ねてきた。


「ユリアーナ、久しぶり」


応接室に現れた彼は、優雅に一礼した。細身の体に上品な顔立ち、しかし鋭い目をした青年だ。


「フィリップ、わざわざありがとう」


「皇帝陛下の晩餐会に招かれたと聞いたからね。どうしても会いに来たくなったよ」


彼は紅茶を一口飲み、意味ありげな笑みを浮かべた。


「それにしても、婚約破棄の場で法律を持ち出すなんて、君らしくないね」


「……そうかしら」


「ああ、君は以前なら泣きじゃくって退場していただろう」彼は冷静に分析する。「皇帝陛下が興味を持たれるのも無理はない」


「フィリップ、私に何か助言があるの?」


「鋭いね」フィリップは微笑んだ。「実は、明日の晩餐会について少し情報を得たんだ」


彼は声を落として続けた。


「出席者には第一王子派の貴族たちが多いらしい。君の婚約破棄騒動で面白い展開を見せた新星として、彼らは君を観察したいようだ」


「第一王子派?」


「ああ、皇帝陛下には実弟がいてね。第一王子ルドルフ殿下だ。彼を支持する勢力と、皇帝陛下を支持する勢力の間には微妙な緊張関係がある」


政治的な駆け引き——これは予想外だった。


「つまり、私は何らかの政治的な駒として見られている?」


「さすがだね」フィリップは感心したように頷いた。「最近の君は本当に頭の回転が速い。まるで別人のようだ」


冷や汗を感じつつも、私は冷静に訊ねた。


「それで、彼らは私に何を期待しているの?」


「さあ?」フィリップは肩をすくめた。「でも、一つ言えるのは、明日の晩餐会は単なる社交の場ではないということだよ」


彼は立ち上がり、私の肩に手を置いた。


「気をつけて、ユリアーナ。宮廷は美しい蝶が舞う場所に見えて、実は蜘蛛の巣だ。一歩間違えば命取りになる」


「ありがとう、フィリップ」


送り出した後、私は窓際に立ち、考え込んだ。


(乙女ゲームの単純な世界観じゃない。これは複雑な政治が絡む、リアルな貴族社会……)


「……悪役令嬢って、もっと頭使えよ!」


過去の私は、乙女ゲームや異世界転生ものの悪役令嬢キャラに対して、よくそんな文句をつけていた。


だが、今ならわかる。


悪役令嬢がただの嫌味な女で終わるのは、所詮『ゲーム』だからだ。現実の貴族社会では、何も考えずに動けば、一瞬で破滅する。無策な振る舞いは、自ら死地に足を踏み入れるようなものだ。


「……なら、私はただの悪役令嬢では終わらない」


私は深く息を吸い込み、明日に備えて準備を始めた。


3. 宮廷への道

晩餐会当日。豪華な馬車がレグナ家の屋敷に到着した。


深緑色のドレスに身を包み、父とともに馬車に乗り込む。父、クライブ・フォン・レグナは無口な人物で、道中もほとんど会話はなかった。


(宮廷の勢力図、貴族たちの名前と顔、基本的なマナー……できる限り準備したけど、実際どうなるかは……)


不安と緊張で胸が締め付けられる感覚。


「ユリアーナ」


突然、父が口を開いた。


「はい、お父様」


「最近の君の変化は、よく分かっている」


心臓が跳ね上がる。


「特に、あの婚約破棄の場での対応は見事だった」


「ありがとうございます」


「だが」父は厳しい眼差しで続けた。「今夜の晩餐会は単なる社交の場ではない。皇帝陛下が個人的に招いたということは、何か意図があるはずだ」


「はい、承知しています」


「レグナ家の名を汚さぬよう」


「必ず」


会話はそこで途切れた。窓の外を流れる景色を見つめながら、私は決意を固めた。


(前世の知識と、この二週間で得た情報を総動員して、なんとか乗り切るしかない)


やがて、馬車は皇宮に到着した。


4. 力の構造を見抜く目

金と白を基調とした豪華な晩餐会場。シャンデリアの光が宝石のように輝き、優雅な音楽が流れる中、貴族たちが社交を楽しんでいた。


派手な笑顔と華やかな衣装の下に隠された、冷徹な計算と権力闘争。


私は父とともに入場すると、すぐに注目を集めた。


「あれが噂のレグナ家の令嬢ね」 「婚約破棄の場で法律を持ち出した子よ」 「魔法が使えないらしいわ」


囁き声が耳に届く。平静を装いながらも、内心は緊張でいっぱいだった。


しばらくして、皇帝の入場が告げられ、全員が敬意を表して頭を下げる。


アルベルト・フォン・レグナ陛下。二週間前に私の屋敷を訪れた時と同じく、威厳に満ちた姿だった。彼の隣には冷静な表情の中年男性——おそらく宰相のクロード・エーベルハルトがいた。


皇帝は出席者に挨拶の言葉を述べ、晩餐会が始まった。


テーブルについた私の隣には、意外な人物が座っていた。


「初めまして、ユリアーナ・フォン・レグナ嬢。クロード・エーベルハルトだ」


「宰相閣下、お目にかかれて光栄です」


「陛下が君に興味を持たれているようでね」彼は穏やかに微笑んだ。「あの婚約破棄の場での対応は見事だった」


「ありがとうございます」


食事が進む中、クロードは私に様々な質問を投げかけてきた。貿易政策について、農地改革について、そして魔法の制度について。


(これは……試されてる?)


前世の知識と、この二週間で必死に学んだ情報を総動員して、私はできる限り論理的に答えた。


「興味深い視点だ」クロードは感心したように言った。「特に、魔法に頼らない技術開発という発想は斬新だ」


「魔法は素晴らしい力ですが、それだけに依存するのは危険ではないでしょうか。魔法が使えない人々のための技術も必要だと思います」


クロードは意味深な笑みを浮かべた。


「まるで、魔法が使えない人の立場に立った発言だね」


(彼は私が魔法を使えないことを知っている……!)


「社会全体の発展を考えれば、多様な方法があるべきだと思うのです」と私は答えた。


「なるほど」


食事の後、宮廷音楽家による演奏が始まった。その時、思いがけない人物が私に近づいてきた。


「レグナ令嬢、一緒に庭園を散策しないか」


皇帝陛下だった。


5. 皇帝との対話

宮殿の庭園は、月明かりに照らされて幻想的な雰囲気に包まれていた。魔法の灯りが道を照らし、噴水の水が銀色に輝いている。


皇帝と二人きりになった状況に、私の緊張は頂点に達していた。


「陛下、このようなお誘い、恐縮です」


「遠慮は無用だ」皇帝は静かに言った。「私はただ、君と話したかっただけだ」


「はい」


しばらく沈黙が続いた後、皇帝が口を開いた。


「レグナ令嬢、君は最近、急に変わったな」


「……はい」否定しても無駄だと判断した。「自分自身を見つめ直す機会があったのです」


「そうか」皇帝はまっすぐに私の目を見た。「そして、法律や政治、経済に興味を持ち始めたというわけか」


「はい。この国のことをもっと知りたいと思いまして」


噴水の前で足を止めた皇帝は、水面に映る月を見つめながら言った。


「知っているか?この帝国は今、変革の時を迎えている」


「変革、ですか?」


「ああ。古い慣習に縛られた貴族社会から、より公正で効率的な国家へと変わるべき時だ。だが、それには多くの抵抗がある」


彼の言葉に、私は興味を引かれた。


(貴族中心の社会を変えたい?まさか皇帝自身が……)


「陛下がそのような改革をお望みなら、必ず実現できるはずです」


「そう単純ではない」皇帝は苦笑した。「皇帝といえども、一人では国を変えられん。理解者と協力者が必要だ」


彼は私を見つめ、意外な言葉を告げた。


「君のような、新しい視点を持つ人物がね」


「私、ですか?」驚きを隠せない。


「そうだ。君の考え方は斬新だ。魔法に頼らない技術、法に基づく秩序、効率的な経済運営——」


「陛下、私はただの貴族の娘です。しかも、魔法も使えません」


「魔法が使えない?」皇帝は意外そうな表情を見せた。「知らなかったな。だが、それはむしろ興味深い」


彼は一歩近づいてきた。


「魔法を使えない者が、魔法社会でどう生きるか。それ自体が新しい視点だ」


(これは……私の弱点を長所として見ている?)


「我が国には、才能ある人材が必要だ。魔法の有無にかかわらず」皇帝は真摯な表情で語った。「特に、固定観念にとらわれない思考ができる者がね」


「陛下、私にそのような価値があるとは……」


「ある」皇帝ははっきりと言い切った。「だからこそ、君に提案がある」


風が強くなり、木々がざわめいた。皇帝の青い瞳が月明かりに照らされ、神秘的な輝きを放っていた。


「皇宮に来ないか?宮廷顧問として」


「え?」


あまりの展開に言葉を失う。


「宮廷顧問、ですか?」


「ああ。もちろん、最初は見習いとしてだが」皇帝は穏やかに微笑んだ。「クロード宰相の下で学びながら、君の視点を我が国の政策に活かしてほしい」


これは予想外の展開だった。単に婚約破棄を回避しただけのつもりが、なぜか皇帝の顧問に抜擢されるなんて。


(罠?それとも本当に私の能力を評価してくれているの?)


「お答えはすぐに必要ありません」皇帝は言った。「一週間後、返事を聞かせてほしい」


「はい、陛下。熟考いたします」


宮殿に戻る道すがら、皇帝はもう一つ驚くべき情報を告げた。


「ちなみに、第二王子フレデリックの婚約破棄の件は正式に無効となった。法的手続きが踏まれていなかったためだ」


「そうだったのですか」


「今後、彼が正式な手続きを踏むかどうかは分からん。だが、少なくとも君は法の知識で自らの立場を守った。それは賞賛に値する」


「ありがとうございます」


宮殿に戻ると、皇帝は軽く頭を下げ、別の貴族たちの元へ戻っていった。


一人残された私は、今夜の出来事の意味を考えていた。


(宮廷顧問……これは運命の展開なの?それとも、何か陰謀?)


確かなのは、この世界が「乙女ゲーム」の単純な設定とは違い、複雑な政治と社会構造を持っているということ。そして私は、その中心に引き込まれつつあった。


6. 隠された真実

晩餐会から二日後、私は屋敷の離れにある小さな実験室を設置していた。使わなくなった部屋を借り、簡単な実験器具を集めたのだ。


「お嬢様、これで全部揃いました」


リズが持ってきた道具——ガラス瓶、鉄板、様々な鉱石や薬草——を並べながら、私は感謝した。


「ありがとう、リズ。これでひとまず始められるわ」


「お嬢様が何をなさろうとしているのか、正直理解できませんが……」


「簡単に言えば、魔法の代わりになる方法を探しているの」


前世の化学や物理の知識を使って、この世界でも使える技術を開発したい。例えば、単純な化学反応を利用した発光装置とか、圧力を利用した機械とか。


「皇帝陛下からのお誘いは、お受けになるのですか?」リズが気になるように尋ねた。


「まだ決めていないわ」と答えながらも、心の中ではほぼ決意していた。宮廷に入れば、より多くの情報と資源が手に入るはず。


「では、私もお手伝いします」


リズの協力を得て、私は早速実験を始めた。まずは簡単な発光材料の作成から。ある種の鉱石と薬草を混ぜると、魔法の灯りに似た効果が得られるという記録を見つけていたのだ。


数時間の試行錯誤の末、ようやく青白い光を放つ溶液が完成した。


「できた!」


「すごいです、お嬢様!」リズが目を丸くする。「まるで魔法の灯りのようです」


「ね?これなら魔法がなくても、夜道を照らせるわ」


興奮しながら記録をとっていると、突然ドアが開いた。


「何をしている?」


振り返ると、そこには父、クライブ・フォン・レグナの姿があった。


「お父様!」


「こんな所で何をしているんだ?」父は怪訝な表情で実験台を見た。


「これは……魔法に頼らない技術の研究です」


父は黙って私の実験道具を見つめ、それから発光している溶液に目を向けた。


「魔法の代わり、か」


「はい。私は魔法が使えませんから、別の方法で——」


「君は本当に変わった」父は静かに言った。驚いたことに、その声には怒りではなく、何か別の感情が混ざっていた。


「お父様?」


「君が魔法を使えないことを恥じていた時期もあったな。だが今は……」


父は私の実験ノートを手に取り、ページをめくった。


「これらのアイデアは、どこで学んだのだ?」


「書物から……そして、自分で考えました」


(前世の知識とは言えないから)


父は長い間黙っていたが、やがて意外な言葉を口にした。


「皇帝陛下の招きは受けるがいい」


「え?」


「宮廷顧問の話だ。受けるべきだ」


「でも、レグナ家を離れることになります」


「構わん」父は珍しく柔らかな表情を見せた。「君には、もっと広い世界で活躍してほしい」


言葉に詰まる私に、父は続けた。


「実は、皇帝陛下から直接連絡があったのだ。君の才能を高く評価されている」


「そうだったのですか……」


「レグナ家の名誉になる」父はそう言って、部屋を出ようとした。ドアの前で立ち止まり、振り返る。


「ユリアーナ」


「はい?」


「君の母親も、魔法は使えなかった」


「え?」


「だが、彼女は別の才能で多くの人を助けた。君は彼女に似ているのかもしれんな」


そう言い残し、父は部屋を後にした。


父の言葉に驚きながらも、私は決意を固めた。皇帝の誘いを受け、宮廷に入ろう。そして、この世界の真実に迫るのだ。


夜遅く、実験を続けていると、窓の外に奇妙な光景が目に入った。


庭の遠くで、何かが光っている。


「あれは……?」


好奇心に駆られて外に出ると、光は庭の奥、使われていない古い離れから漏れているようだった。近づいてみると、薄明かりの中で人影が動いているのが見えた。


(誰かいる?)


慎重に近づき、窓から中を覗くと——そこには父の姿があった。何かの実験らしき作業をしている。


(お父様も……研究を?)


さらに驚いたことに、父の手元には私が今日作ったのと同じような発光溶液があった。そして、その周りには私の知らない複雑な装置が並んでいる。


(これは一体……?)


その瞬間、父が振り返った。私と目が合い、彼は明らかに驚いた表情を見せた。


「ユリアーナ!?」


「お父様、すみません。光が見えたので……」


父は一瞬躊躇ったが、やがて諦めたように私を中に招き入れた。


「入りなさい。見せるものがある」


部屋に入ると、そこは私の小さな実験室よりもはるかに本格的な研究施設だった。様々な器具、書物、そして図面が壁一面に貼られている。


「これは……?」


「私の研究だ」父は静かに答えた。「君の母が始め、私が続けているものだ」


「母が?」


父は古い図面を指さした。そこには「魔法代替技術の可能性」と題された詳細な設計図があった。


「君の母は、魔法を使えない人々のための技術開発に人生を捧げた。そして、その研究は秘密裏に続けられてきた」


「なぜ秘密に?」


父の表情が暗くなった。


「魔法に代わる技術が広まれば、魔法を独占する貴族の力が弱まる。それを恐れる者たちがいるからだ」


衝撃的な事実に言葉を失う私。


「つまり……魔法を使えない人々が不利な立場なのは、単なる能力の問題ではなく、社会構造の問題だということ?」


「その通りだ」父は頷いた。「そして、その構造を変えようとする者たちがいる。皇帝陛下もその一人だ」


驚きが次々と押し寄せる。


「だから陛下は私に興味を……?」


「ああ。君が突然、魔法に頼らない技術に興味を示したことが、陛下の目に留まったのだろう」


父は私の肩に手を置いた。


「ユリアーナ、宮廷に行くなら、気をつけるんだ。味方もいれば、敵もいる。特に、魔法の支配体制を守りたい保守派の貴族たちはな」


「分かりました、お父様」


その夜、私は大きな発見をしていた。


この世界は単なる「乙女ゲーム」の舞台ではなく、魔法を中心とした権力構造が存在する複雑な社会だということ。そして、私が魔法を使えないのは単なる偶然ではなく、この物語において重要な意味を持つのかもしれないということ。


部屋に戻り、窓から夜空を見上げながら、私は決意を新たにした。


「貴族社会が理不尽なら、その理不尽すら利用してやる」


宮廷に入り、皇帝の側近として、この国の姿を変えることができるのか——。


いや、まずは自分が生き延びること。そして、母が残した遺志を継ぎ、魔法なき技術の可能性を証明すること。


馬車で帰宅する道中、窓の外の夜景を見つめながら、私は決意を固めた。


(せっかく転生したんだもの。この世界で、自分の力で道を切り開いてみよう)


そう思った瞬間、不思議と心が軽くなるのを感じた。これが「運命」というものなら、受け入れてみよう。


——ただ、魔法が使えないというハンデを補うため、もっと「科学的知識」を活用する方法を考えなければ。前世の知識を武器に、この異世界で生き抜くために。


皇宮の晩餐会から帰った夜、私は遅くまで起きて、「魔法に頼らない技術」のアイデアをノートに書き続けていた。


これこそが、私の新たな戦略になるはずだから。

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