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第1章:目を覚ませば婚約破棄!?—常識的解決策—

1. 突然の転生

「はぁ……今日も残業か」


会社の机に山積みになった書類を見て、私、柊ジュリ(24歳・平凡OL)はため息をついた。営業部のエース(自称)として、連日の残業は当たり前。そう、私の人生は激務と帰宅とコンビニ飯の繰り返し——。


そんな風に思っていた。


次の瞬間、視界が真っ白になる感覚。それから……。


「お嬢様!お目覚めの時間です!」


「……え?」


見知らぬ天蓋付きベッドの上で目を覚ました私を出迎えたのは、メイド服を着た少女だった。彼女は丁寧にカーテンを開け、朝の光が豪華な寝室を照らす。


(何これ?夢?)


混乱する私の頭に、前日までの記憶が洪水のように流れ込んできた。


——私の名前はユリアーナ・フォン・レグナ。レグナ帝国の名門貴族の一人娘。


——その私が、第二王子フレデリック様と婚約していて、今日はその婚約発表パーティー。


——ただし私は裏では「悪役令嬢」と呼ばれる存在で、第二王子の本命は平民出身の《聖女》マリアベル。


(あ、これって……転生したの?しかも乙女ゲームの世界?)


身体を起こし、部屋の豪華な鏡に映る自分の姿に目を凝らした。黒髪のロングヘア、澄んだ深紅の瞳、整った顔立ち——間違いなく「私」ではなく「ユリアーナ・フォン・レグナ」だった。


「うわぁ…マジでテンプレの『悪役令嬢』ポジじゃん。これ、破滅フラグ確定?」


メイドの少女が不思議そうな顔で私を見ている。しまった、声に出してた。


「あ、いえ、なんでもないわ。準備をお願いするわね」


メイドは礼をして、隣室へ移動した。


(よし、確認しよう。私は異世界転生して悪役令嬢になったみたいだけど……)


前世の記憶を保持しつつ、ユリアーナとしての記憶も併せ持つ状態。これが典型的な「悪役令嬢転生もの」だとすれば、この後、婚約発表パーティで王子に婚約破棄されて、悲惨な末路を辿るはず。


(……普通に考えて、それって避けられないのかな?)


2. 婚約発表パーティーの朝

朝食を取りながら、私は状況を整理していた。


(もし、乙女ゲームの悪役令嬢に転生したのなら、今日は婚約者の王子様から公の場で婚約破棄の屈辱を受ける予定日……)


ユリアーナの記憶では、私は第二王子フレデリックと幼い頃から政略婚約していて、今日はその正式な婚約発表パーティー。この場でフレデリックが突然婚約破棄を宣言し、代わりに彼が本当に愛する相手、平民出身の《聖女》マリアベルとの婚約を発表する——という流れのはず。


(待て。それってどう考えても唐突すぎない?)


法学部出身の前世の知識が頭をよぎる。


「婚約って……契約だよね。貴族間の婚約なら、なおさら法的拘束力があるはず」


王子の一方的な言い分で破棄できるなんて、あまりにもご都合主義過ぎる。というか、そもそも「破棄」ではなく「違約」じゃないだろうか。


「婚約を破棄するなら、相応の手続きや賠償があるはずよ」


メイドの少女たちが驚いたように顔を見合わせるのが視界に入る。どうやら独り言のつもりが声に出ていたらしい。


「お嬢様……大丈夫ですか?」


「ええ、もちろん。ちょっと考え事をしていただけよ」


その時、執事のヘンリーが近づいてきた。


「お嬢様、パーティーの準備が整いました。お着替えをお願いします」


(とりあえず、一般的な法律や慣習を調べてみる必要があるな。この世界の貴族社会のルールを知らなきゃ)


3. 婚約発表パーティー、そして——

レグナ帝国王宮の大広間。キラキラと輝くシャンデリアの下、貴族たちが集う華やかなパーティーの場に私は立っていた。


豪華なドレスに身を包み、微笑みを浮かべながらも、私の頭の中はフル回転していた。朝からヘンリーやメイドたちを質問攻めにして集めた情報によると、この世界の貴族社会での婚約には確かに法的拘束力があり、婚約破棄には様々な手続きが必要だった。


(やっぱり……一方的に破棄するなんて無茶な話だよね)


王宮の図書館で急いで法律書を調べてみて判明したのは、貴族間の婚約には以下のルールがあるということ。


婚約は両家の合意による契約である

破棄するには相手方の合意または正当な理由が必要

一方的な破棄は「婚約違反」として賠償の対象となる

王族の場合でも例外ではなく、むしろより厳格な手続きが必要

(なるほど……物語の展開のために、婚約破棄という便利な設定が用意されてるけど、実際の法律ではそう簡単にはいかないわけね)


そして、運命の時が訪れた。


大広間の中央、第二王子フレデリックが私の前に立った。彼の隣には、黄金の髪を持つ美しい少女——マリアベルが控えている。


ざわめく会場。全員が注目する中、王子は高らかに宣言した。


「本日、皆様にお知らせがある。私、フレデリック・アウグスト・レグナは——」


(来た!)


「——ユリアーナ・フォン・レグナとの婚約を破棄する!」


会場がどよめく。


「私が真に愛するのは、マリアベル・ローズだ。彼女こそ私の婚約者として相応しい!」


王子の言葉に、貴族たちから驚きの声が上がる。彼らの視線が、次々と私に向けられる。


——ここで泣き崩れたり、怒り狂ったりすれば、典型的な「悪役令嬢」として処刑フラグが立つはず。


でも、私は冷静に一歩前に出た。


「フレデリック王子様、ご発言の前に一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」


王子は意外そうな顔をしたが、「なんだ?」と答えた。


「婚約破棄の正式な書類は準備されていますか?また、我が家との間で交わされた契約の解消手続きはお済みでしょうか?」


「な……何を言っている?」


「帝国法第213条によりますと、王族と貴族の婚約解消には皇帝陛下の承認と公文書が必要とされています。また、レグナ家とフレデリック王子様の間で交わされた婚約契約書には、『正当な理由なき婚約破棄の場合、相応の賠償を支払う』と明記されています。その書類はお持ちですか?」


王子は明らかに動揺していた。


「そ、そんなものは……いや、それは後日……」


「つまり、現時点では正式な手続きを経ていない、違法な婚約破棄宣言ということですね?」


会場がさらにざわついた。


「それに、『真に愛する』というのが婚約破棄の理由であれば、帝国法では『正当な理由』には該当しないと思いますが……」


「な……」


王子の顔が青ざめていく。そこに皮肉な微笑みを浮かべて、私は続けた。


「もちろん、私も婚約を続けたいわけではありません。ただ、法的手続きを正しく踏むべきだと思いまして。特に、王族である貴方が公の場で法を無視する姿を見せるのは、国の将来を担う方としていかがなものかと」


会場の貴族たちの間で、「確かに」「法に則るべきだ」という声が聞こえ始めた。


王子の背後から、年配の貴族——王室の顧問官らしき人物が進み出て、王子の耳元で何かを囁いた。


「この件については、一旦保留とする!」王子は苛立ちを隠せない様子で宣言した。「詳細は後日、改めて協議する!」


そう言って、王子はマリアベルの手を引いて広間から退出した。


会場に残された私は、一斉に向けられた視線を受け止めながら、静かに微笑んだ。


「失礼します」


私も優雅に一礼して、その場を後にした。


4. 破滅回避、そして次なる謎

自室に戻った私は、大きく息を吐き出した。


「なんとか、最悪の展開は回避できたみたい」


メイドのリズが紅茶を運んできてくれる。


「お嬢様、大丈夫でしたか?あのような場面で、あんなにも冷静に対応されるなんて……」


「ええ、なんとかね」


(実際はめちゃくちゃ緊張したけど……)


私はリズに微笑んで見せると、窓辺に移動して夜景を眺めた。


「リズ、貴族社会の慣習について、もっと教えてくれない?特に法律や契約について」


「はい、お嬢様。ですが、急にそのようなことに興味を持たれるとは……」


「ええ、今日の件で気づいたの。この世界——じゃなくて、この社会で生きていくには、もっと法律や慣習を知っておかないといけないわ」


私は紅茶を一口飲み、考えを整理した。


(さて、今回のことで分かったのは……)


この世界は乙女ゲームのような単純な法則では動いていない

貴族社会には厳格なルールがある

王子といえども、法を無視することはできない

(これって……乙女ゲームの世界じゃなくて、もっとリアルな貴族社会なのかも?)


そして、もう一つ気になることがあった。パーティーの間、ずっと私を見つめていた一人の男性——皇帝陛下だと思われる人物。


金髪と鋭い青い瞳を持つ彼は、私が王子に反論している様子を興味深そうに見つめていた。


(あの人は誰?なぜあんなに私を見ていたの?)


「リズ、今日のパーティーに出席されていた、金髪の鋭い目をした方は……?」


リズは驚いた表情を見せた。


「お嬢様、あれは皇帝陛下、アルベルト・フォン・レグナ様です!まさか、ご存じなかったのですか?」


「え?皇帝!?」


(まずい、重要人物を認識していなかった!)


「い、いえ、もちろん知っているわ。ただ、確認したかっただけよ」


(皇帝が私の言動に興味を持ったのなら……これからどうなるんだろう)


窓から見える夜空を見上げながら、私は決意を新たにした。


「とにかく、まずは法律と慣習を徹底的に学ぼう。知識こそが、この世界で生き抜くための武器になるはず……」


明日からは図書館通いだ。そして、この「悪役令嬢」としての人生、どうにか生き抜いてみせる!


5. 思わぬ来客

翌朝、早くから図書館に向かう準備をしていた私のもとに、思いがけない知らせが届いた。


「お嬢様!」執事のヘンリーが慌てた様子で私の部屋に入ってくる。「大変です!皇帝陛下がお屋敷に到着されました!」


「は?皇帝?なぜ?」


心臓が跳ね上がる。昨日のパーティーでの出来事が影響しているのだろうか?


「分かりません。ただ、お嬢様にお会いしたいとおっしゃっています」


(まずい、まずすぎる!一体何の用があるんだろう?)


急いで正装に着替え、執事に導かれて応接室へ向かう私。心の中では昨日の出来事を振り返り、何か問題があったのか必死に考えていた。


応接室のドアが開かれ、そこには昨日見かけた金髪の男性——皇帝アルベルト・フォン・レグナの姿があった。彼は窓際に立ち、外の景色を眺めていたが、私が入室すると振り返った。


思っていた以上に若い。20代後半といったところか。鋭い青い瞳、整った顔立ち、冷徹な雰囲気——まさに高貴な皇帝の風格だった。


「陛下」私は丁寧に膝をつき、最大限の敬意を表して挨拶した。「このようなご訪問、光栄に存じます」


皇帝は私をしばらく見つめ、それから口を開いた。


「ユリアーナ・フォン・レグナ。昨日の対応は見事だった」


「……恐縮です」


(え?褒められてる?)


「貴族の娘として、法と慣習を尊重する姿勢は正しい」彼は静かに言った。「だが、私が気になるのは、なぜ突然そのような知識を披露したのかということだ」


鋭い指摘。私は冷や汗を感じた。


「陛下、私は……常に法律には関心を持っておりました。特に、自分の身に関わることですので」


「そうか」皇帝は微かに笑みを浮かべた。「だが、お前の過去の言動からは、そのような関心は見られなかったはずだ」


(やばい、ユリアーナの過去の行動と矛盾してる!)


「人は成長するものです、陛下」必死に取り繕う。「昨日まで、私は……不勉強でした。しかし、自分の立場を守るためには、知識が必要だと気づいたのです」


皇帝は興味深そうに私を見つめた。彼の鋭い視線に、まるで私の心を見透かされているような感覚を覚える。


「面白い」彼はようやく言った。「レグナ家の令嬢が、突然賢明になったということか」


「陛下、お褒めの言葉、恐縮です」


皇帝は窓際に戻り、外を見ながら言った。


「二週間後、宮廷で晩餐会を開く。お前も出席するように」


「はい、光栄です」


「楽しみにしているぞ、ユリアーナ・フォン・レグナ」


そう言って、皇帝は私に最後の一瞥をくれると、部屋を後にした。


重苦しい空気が抜けると同時に、私はソファーに崩れ落ちるように座り込んだ。


「何なの、これ……」


ただ婚約破棄を回避しただけのつもりが、皇帝までもが私に興味を持つとは。これが物語の展開なのだとしたら、予想外の方向に進んでいる。


(でも、これは転生モノにありがちな展開かも。前世の知識を使って問題解決したら、権力者に目をつけられる……)


立ち上がり、窓から皇帝の馬車が去っていく様子を見ながら、私は決意を固めた。


「とにかく、知識を増やさないと。この世界のこと、もっと知らないと生き残れない」


図書館行きの準備を再開する私の頭の中で、一つの疑問が浮かんでいた。


(この世界は本当に乙女ゲームの世界なの?それとも、もっと複雑な、現実的な異世界なのかも……?)


それを解き明かすためにも、もっと情報が必要だった。


—— 転生初日にして、皇帝の興味を引くことになってしまった私の異世界サバイバルは、こうして始まったのだった。

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