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無能力バトルロイヤル  作者: さば缶
第三部:終焉への足音
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一騎打ち

管理室の中央には、血の海に沈んだ高麗杏奈が横たわっていた。

絶叫する歌声が途切れたことで、まるで結界が解けたかのような重々しい静寂が戻ってくる。

そこに立つのは宝生ルカと高坂宏太、たった二人だけ。

息を吐くたび、ノイズ混じりのモニターの光が互いの汗と血を照らし出す。


 ルカは膝を小刻みに震わせながら、何度も視線を彷徨わせる。

周囲には誰もいない。

生者はもう、彼女と宏太以外に存在しないのだ。

握りしめたナイフは、先ほど杏奈を刺したままの血でじっとりと湿っている。

こんな形で殺人に手を染めたことが頭から離れず、まともに立っていられない。


 一方の宏太は、壁に背を預けて肩で息をしている。

先ほど衝動的に振り下ろしたナイフで、結果的に杏奈を深く傷つけた。

それがとどめになったのだと分かってはいても、感情が追いつかない。

自分の影をわずか一秒操れるだけで、こんな死闘を終わらせる術などないのに、結局は刃を手にしてしまった。


「……最初から……逃げ場なんて無かったのか……」 


自嘲のような囁きを漏らしながら、彼はゆっくりと宝生ルカを見やる。

ルカもまた、壊れたように肩を震わせ、足元を見つめている。

その姿は、まるで次に何をすればいいか途方に暮れているようだった。


 だが、突如として、主催者の無機質な声がスピーカーから響き出す。


「残念ですが、参加者はすでに二名のみ。ルール通り、どちらかが脱落するまでゲームは続きます。外への道は封鎖済み。最後の一人になった方のみが出口を開けられるでしょう……」 


乾いた音で笑うようにフェードアウトしていく声。

その音が終わり切る前に、ルカの体が硬直する。

あまりにも露骨な「最後の一人になれ」という圧力。

自分たちのどちらかが殺されるまで、この地獄は終わらない。


 ルカは腕をこすりながら、ナイフの柄を握り直す。

飛び上がれば、また大音量の音楽が響き渡る。

そんな状況で隠れたり逃げたりしたら、結局は逆に自分が狙われかねない。

わずかな音や影の動きで、互いを殺し合うしかないのか。


「……馬鹿げてる……どうしてこんな……」 


唇を噛み、うわ言のようにこぼす彼女に、宏太も苦しげに応じる。


「俺だって……殺し合いなんて、もう嫌だ。あれだけの人が死んだんだ。……でも、俺たちは最後の二人だ……」 


立ち込める血と、電気焼けの臭いが鼻を衝く。

息をするだけで胸が詰まる。ふと床に伸びる宏太の影が揺れ、ルカは反射的に身を引きかける。

ほんの一瞬、宏太もその反応に戸惑う。疑心暗鬼が二人の間に漂い、どちらから先に刃を向けるか、まるで時計が刻々と煽っているようだった。


 気まずい沈黙が走る。次の瞬間、宝生ルカが短く息を吸うと、わざと飛び上がった。爆音まじりのロックギターが管理室を揺らす。

意図的に大きな音を出して宏太の平常心を乱そうとしたのだ。

案の定、宏太は耳を押さえ、コンソールに背をぶつけて「くそっ」と低く呟く。


「……やめろ、そんな音……!」

「やめられるわけないでしょうが……私だって好きで鳴らしてるんじゃない!」 


ルカがそう叫ぶのと同時に、またしても跳びあがる。

今度はパイプオルガンさながらの重い音が鳴り、金切り声のように金属パネルへ反響する。

頭を割られそうな振動が二人を襲い、宏太はたまらず影を動かそうと必死に意識を集中する。


 しかし、耳鳴りに似た騒音と混乱のせいで、影操作の狙いが定まらない。

宏太の影は床を滑るが、ルカはジャンプによる爆音を繰り返すことで、わざと居場所を分かりにくくしている。

乱れたステップのたびに、まるでさまざまな楽器の演奏が断片的に炸裂し、予測がつかない動きをする。


「やめろ……ルカ……! こんなことで……!」 


頭を抱える宏太に、ルカは涙目で口を歪める。


「もうやめたいよ……! でも最後の二人なら、どちらかが死ななきゃ終わらないんでしょうっ……!」 


その言葉に宏太は心をえぐられる。まさにそれが真実だった。

二人とも生き残る道は用意されていない。

ルールに縛られたデスゲームの結末を変えるには、何か劇的な操作をここで成し遂げるか、あるいはもう……


 ルカが再び地面を蹴った――が、その足は傷と疲れで限界に近かった。

思わずバランスを崩し、半端な高さでジャンプしてしまう。

中途半端な姿勢で繰り出されるのはドラムの連打音のような騒音。

彼女自身も耳を押さえたいのに、ナイフを手放せず、頭がクラクラする。 

そこへ宏太が影を伸ばすチャンスを得る。

一瞬だけ足元が定まらないルカの動きを封じられれば、――そう思い、猛然と影を揺らす。

黒い筋がルカの踵を縛るように伸び、彼女は「……あっ!」と声を詰まらせた。 

だが、操作は一秒しか効かない。

ルカもすぐに足を引き抜くように姿勢を変え、斜めに着地する。

めちゃくちゃなリズムで打ち鳴らされる音の波が二人を包み、頭痛が増すばかりだ。


 そして、ルカは歯を食いしばり、ナイフを握る手に力をこめる。

飛び退くように後ろへ跳ぼうとするが、膝から崩れそうになる。

そこに宏太が踏み込む気配を感じ取ったのか、咄嗟にナイフを振り回した。


「……ごめんっ!」 


音にかき消されそうな声とともに、ルカの刃が宏太の服をかすめる。

深くは刺さらなかったが、布が裂けて血がにじむ。

体勢を崩した宏太が膝をつき、影を引っ込めるしかなかった。


「やるしかないのか……? 本当に……!」 


互いの距離が開いた一瞬、そう呟く宏太。ルカは苦悶の表情で答えられず、跳びあがる余力が残っていないのか、ナイフを構えたまま浅く息を繰り返す。


 乱れた息遣いの中で、ノイズ混じりのモニターが二人の姿を映している。

そこには地獄のような死闘で疲れ果てた顔が映し出される。

ルカは小さく首を振り、震える声を漏らす。


「こんな役に立たない能力同士で……どうしてこんなに殺し合わなきゃならないの……」


 宏太も同じ問いを抱えている。

その答えは見えないし、もう引き返せない。 

すると、ガコンという音が響いた。

制御盤の動作か、あるいは時間切れを知らせる罠か。

どちらにせよ、外の道は封鎖。

二人は残りわずかな体力を振り絞るしかない。


 ラストの衝突を予感して、ルカはナイフを握り直す。

ジャンプすればまた凄まじい楽器音が轟くが、果たして自分の耳が耐えられるかも怪しい。

それでも、避け続けるだけでは勝てない。 

同じく宏太も、影をもう一度だけうまく使えるかどうか、

それに賭けるしかない。

どちらかが倒れて、このゲームを終わらせる。

それが定められた結末だ。 

互いの視線が交わる。

血塗れの管理室で、二人の殺意と絶望を同時に映す。

扉の向こうにある出口は、すでに見えなくなった。

生き残る一人が、ここで悲鳴をあげるまで殺し合いは終わらない。

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