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1章-4

(どういう反応なのかしら、これ)


 チェスターの隣に戻ってきたルーシャは、二人で揃って首をかしげる。

 何度確認しても魔物はきっちり倒せているし、誰にも被害は出ていない。迷宮内は火気厳禁とも聞いていないので、そこも問題ないはずだ。


「あのー、ノルドさん? 何か問題でしたか?」


 もう直に訊ねてみると、ノルドはゆっくりと顔を上げた後、何とも言えない微妙な表情で口角だけを上げた。


「……とりあえず、魔物に臆することなく魔法を使えたのは評価点だ。貴族のお嬢様だと侮っていたことは、謝罪するよ」

「どうも。でしたら、なんでそんな顔を?」

「そうだな。オレたちが『探索者』と呼ばれる理由というか……ほら、魔物を倒せばいいだけなら、討伐隊という名前になると思わないか?」


 迷宮に潜る者を『探索者』と呼ぶのは、言葉通り未知なる内部の調査が目的だからだ。

 だが、身にかかる火の粉を払うのもまた、探索者の仕事のはずである。


「オレたちの任務は、内部から有用なものを採取して帰ることでもある。つまりだ」


 ノルドは腰の後ろに差していたらしいナイフをスッと抜き取って、一人で草原へ歩き始める。

 よく見れば、先ほどと同じ一角ウサギがもう一匹、跳ねながら出てきていた。


(ずいぶん無造作に近づいていくわね……ああ、さすがに威嚇してる)


 魔法で狙われても反応しなかったが、当然近づいてきたら敵対するようだ。

 体の割には大きな角の先端をノルドへ向けて、今にも突進しそうに身構えている。


「よっ」


 しかし、ノルドは威嚇を全く気にせず、一角ウサギの首元にナイフの刃を突き刺した。

 ほんの一瞬、注視していなければ見逃しそうな迅速な動きだ。


「――オレたちの採取物には、魔物も含まれるってことだ。消し炭にしちまったら、何も採れないだろ?」

「あ」


 トントンと一角ウサギの角を指した彼の動きで、ルーシャも理解した。

 そう、魔物も未知なる異界の産物だ。ならば、その体は迷宮の外にはないものでできている可能性があり、研究対象になるのである。


(わたしはそれを、駄目にしてしまったんだわ。やっちゃった……!)


 そりゃあノルドが項垂(うなだ)れるのも道理だ。得られるはずの成果を、意気揚々と炭にしたのだから。


「そんなの、言われなきゃわからないだろ! 初めて魔物と対峙したんだ。倒せただけでも充分なはずだ!」


 ノルドの態度に、隣のチェスターが抗議の声を上げる。彼もわかっていたのか「それはそのとおりだ」と怒るでもなく頷いた。


「教えるつもりはもちろんあったぞ。ただ、一撃で燃やし尽くされるのは想定外でな。伝える機会を逃しちまった。まあ、これが一番最初の一角ウサギでよかったと思おう」


 ノルドは軽く肩をすくめると、刺していたナイフを引き抜いて、そのまま一角ウサギの角を切り始める。

 死体から追い剥ぎをしているような気分だが、有効活用するなら有情とも思える。少なくとも、消し炭よりは。


「オレがお嬢ちゃんを何度も帰らせようとしていた理由は、これでもある。探索者になれば、魔物の死体を解体したり剥ぎ取ったりが常だ。そんな血生臭いことを、貴族のお嬢様にやらせるのはどうかと思ってな」


 スッと切り取ったばかりの角を差し出してくる彼に、ルーシャは複雑な気持ちになる。

 幸い魔物の体液はどす黒く、血には見えないので嫌悪感はないが、今すぐにやってみろと言われたら躊躇ってしまいそうだ。


「よく考えてみてくれ。念のため、その消し炭も持って帰るといい。リリナならきっと、オレよりも真っ当な返しをしてくれるだろう」


 言うだけ言った彼は慣れた動作でナイフをしまうと、再び歩き出した。

 進行方向は先ではなく、ここまで来た道。……彼の案内は、ここで終わりということだ。


「……あの消し炭は俺が持っていくよ、ルーシャ」

「ん、ありがとう」


 気を遣ったチェスターの声に、つい弱々しい返事をしてしまう。

 そうして無言のままノルドに続き、初めての迷宮体験は終わった。



「二人ともおかえりなさい。初めての迷宮はどうでしたか?」


 行きと同じ時間をかけて組合の建物まで戻ると、待っていたらしいリリナが微笑みながら出迎えてくれる。


(わたしたちを覚えていてくれたのね)


 彼女の心遣いに、ホッと心が温かくなった気がした。


「一本ずつ薬草は採らせた。その気があるようなら、本登録をしてやってくれるか」

「はい。ノルドさんもありがとうございました」


 ノルドはそれだけ言うと、さっさと建物の奥へ行ってしまった。

 お礼を言わせてもらえなかったのは、きっとわざとだろう。


「あら、珍しい……さて、お二人はどうしますか?」

「し、します! 本登録」


 色々と考えることはあるが、ここで登録をやめるという選択肢もない。

 二人それぞれに薬草を取り出すと、リリナは予想していたのか、薬草と紙カードとの交換で、銀色のネックレスのようなものを差し出してきた。

 チェーンについているのは、薄い銀板が二枚。それぞれにルーシャたちの名前が刻印されている。


(よその国の軍隊が使っていた認識証に似ているわね。確か……ドッグタグ?)


 戦死者が判別できない状態でも『誰か』を認識でき、二枚あることで片方を持ち帰って証拠にできる代物だ。

 物騒な用途を考えると恐ろしいが、〝そういうこと〟なのだと思うと気持ちが引き締まる。


「再発行にはお金がかかるので、なくさないでくださいね。改めまして、ようこそ【迷宮】へ。新しい探索者を我々は歓迎します」

「あ、ありがとうございます!」


 穏やかなリリナの態度に、チェスターも少し笑っている。

 予想とは違う流れになってしまったが、目的の一つは達成できた。あとはこれから経験を積み、探索者として生きていけるように励むのみだ。

 いつになるかわからなくても、婚約解消の日は必ず訪れるのだから。


「あ、そうだ。チェスター、消し炭を出して」

「消し炭?」


 本登録に喜んだのも束の間、例の消し炭をリリナに差し出すと、彼女もノルドと同じように「あー……」と言いながら額を押さえてしまった。

 当然、その後に続いた説明も同じものだ。ただ、彼女のほうがこちらを気遣った柔らかい注意をしてくれたので、ノルドが戦う前に説明しなかったのはやはり、ルーシャたちを探索者にしたくなかったからだろう。


「実力は素晴らしいですが、次は燃やしきらないように注意していただけると助かります。素材として買い取れるものなら、こちらはいつでも持ち込み歓迎ですから」

「はい、ありがとうございました」


 最後まで受付担当のお手本のような対応をしてくれた彼女に感謝を伝え、ルーシャたちの第一回迷宮探索は今度こそ本当に終わった。


「はー! 色々と、反省点の多い一日になっちゃったわね」


 それからそそくさと馬車に乗り、二人は再び見慣れた居住区画へと帰還する。

 人目がないと思うとつい声は低くなってしまうし、姿勢も思い切り前傾猫背だ。

 止まることなくこぼれるため息に、チェスターもフンと鼻を鳴らした。


「失敗を指摘できなかった俺が言えた義理じゃないが、それにしたってあいつは性格悪いだろ。こっちは何も知らない初心者だってのに、いちいち嫌な言い方しやがって……」

「まあまあ。あの人からしたら、嫌いな貴族を案内してやっただけでも譲歩でしょう。たぶん、今日の付き添いにお給金は発生してなさそうだし」

「でも、ルーシャの魔法は立派だった! それを完全に失敗扱いするのは、やっぱり腹が立つ」


 チェスターはルーシャがどうやって訓練していたかを知っているから、なおさら怒ってくれている。

 淑女の顔との両立が大変なのは間違いないが、そんなことはノルドには関係のない話だ。

 第一、言い方と順番が前後しただけで、彼もちゃんと説明はしてくれている。


(わたしもムッとする部分はあるけど、あの人は悪くないのよね、たぶん)

「今日のことは、貴族の常識を迷宮区画に持ち込んでしまったわたしたちが悪いわ。しっかり反省して、次に繋げましょう」

「次って言ったって、旦那様から許可が出ているのは十日後だぞ」


 残念ながら、第二王子の婚約者(仮)である以上、頻繁に迷宮へ通うことはできない。

 だが、日が空くからこそ、できることもある。


「そうね……せっかくだから、貴族の強みを使おうかしら」

「強みって?」

「お金よお金。……迷宮の資料をありったけ集めて、十日後まで予習よ。お嬢様だから無理なんて、言わせてたまるもんですか!」


 パッと姿勢を正したルーシャに、チェスターは目を瞬く。

 そう、足りないなら魔法と同じように学び、訓練すればいいだけの話だ。

 魔物の解体も、剥ぎ取りも。身体構造を理解すれば、できないことじゃない。


「予習って解体もか? 別にグロいことは、俺が全部やってもいいのに」

「もちろん、チェスターにも覚えてもらいたいけど。『お嬢ちゃん』が完璧に解体できたら、格好いいと思わない?」


 口端を吊り上げるルーシャに、チェスターも釣られたように笑って同意する。

 失敗は探索者を諦める理由にはなりえない。何より、学習は令嬢の得意分野だ。


「ふふん。次に会った時には、あの先輩に目に物見せてやるんだから!」

「乗った。やってやろう、ルーシャ!」


 沈んだ空気を吹き飛ばすように、つとめて明るい声を出して、互いに拳を握り合う。

 次の探索までは十日もある。新人探索者の訓練は、まだまだこれからだ。


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