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1章-初めての迷宮、初めてのやらかし

 ――それからの日々は、とんでもなく忙しかった。

 まずは第二王子ネイハムの婚約者として正式に告知をされて、母と共に茶会を回る。

 社交界デビュー前なので昼の催しだけとはいえ、色んな派閥に呼ばれるせいであちこちへ出向かなければいけない。

 正直、苦行としか言えない日々だった。


(いずれなくなる婚約なのに、貴族って本当に面倒!)


 そして、挨拶回りと並行して、屋敷では魔法の特訓だ。

 異形の化け物相手の手段といったら、当然攻撃魔法である。

 一方では微笑みを張り付けて淑女らしくふるまい、一方ではなりふり構わずに暴力を得るための訓練をする。

 全く真逆のことを同時進行しているせいで、頭がこんがらがりそうな生活だった。

 まあ、神経を研ぎ澄ませて(のぞ)むという点は、どちらにも共通していたが。


 そうして、慌ただしい生活をすごすこと、二年。

 ついにルーシャが迷宮に挑む日がやってきた。


「いよいよね。やっとここまで来たわ……!」


 全ての苦労は、この日のためにあった。

 強く拳を握り締めるルーシャに、すぐ隣からため息が聞こえる。


「本当に大丈夫なのか、今のルーシャが迷宮に挑んで」

「どういう意味よ!」


 キッと睨み返せば、唯一の仲間となるチェスターは、何とも言えない顔で頬を掻く。

 この二年で、彼もすっかり成長……はさほどしていないが。迷宮へ潜るための体力作りで、やや筋肉質になった気がしないでもない。

 まあ、十歳の少年が十二歳の少年になったところで、ほぼ些事(さじ)だ。それはルーシャも同様である。


「いや、能力的な心配はしてないって。お前はこの二年で、ほとんどの攻撃魔法を使いこなしてるんだし」

「そうよ、殲滅するつもりで頑張ったもの! なのに何が不安なの」


 この二年でルーシャの実力は劇的に進化している。

 さすがにソロは厳しいが、二人でなら心配ない程度には戦えるはずだ。


「不安というか、王子の婚約者としてお披露目しただろ。顔を知られまくってるのに、迷宮になんて潜って大丈夫なのか心配なんだよ」


 ああ、そっちか、と。ルーシャは胸を撫で下ろす。

 確かに、顔を覚えてもらうために挨拶回りをした。珍しい髪色も相まって、ルーシャのことは貴族社会に広く知れ渡っているだろう。

 しかし、これから向かう先は迷宮区画。チェスターの心配は、全くの杞憂だ。


「問題ないわ。だって、貴族は迷宮区画に近づこうともしないもの」

「あ、そうなのか。じゃあ大丈夫か……」


 安堵の息をつく彼に、複雑な感情を心に秘める。

 ……貴族たちにとって、探索者は野蛮な存在だと認識されている。当然、迷宮区画に対してもいい感情を持っていない。

 彼らの発見や採取物によって救われることも多々あるだろうに、自分たちは安全で清潔な場所から動きたくないと思っているのだ。

 だからこそ、ルーシャも探索者になれば、婚約解消後は完全に縁切りができる。


「そう考えると、侯爵令嬢なのに探索者になろうとするルーシャは、やっぱり変わってるんだな」

「変わり者で結構よ。第一、こんな格好の小娘を見て、侯爵令嬢だなんて思う?」


 パッと両手を広げて見せれば、チェスターは苦笑しながら首を横に振る。

 今ルーシャが着ている服は、動きやすさのみを重視した象牙色の無地のシャツと灰色のハーフパンツだけだ。足元にはお洒落さの欠片もない革ブーツを履き、腰のベルトにはナイフを留めている。

 伸ばしている髪も無造作に一つ結びにしているだけで、どうよく見積もっても仕事を手伝う商人の娘といった風体だ。

 隣のチェスターも、ほぼ同じ格好をしている。


「貴族のお嬢様って、乗馬服以外ではズボンをはかないものだと思ってた」

「わたしもそう思ってたわ。だからこそ、そうは見えないような服を選んだのよ。何より、この二年で作ったわたしのイメージとかけ離れているでしょうからね!」


 胸を張ったルーシャに、チェスターは『やれやれ』の意味でまた首を横に振った。

 実はこの二年、ルーシャは顔を覚えさせるのと同時にあることを貴族たちに印象づけていたのだ。

 それは、ルーシャが〝とても病弱である〟ということ。

 もちろん嘘だが、幸いにも色素が薄めの髪色に加えて、母親似の顔立ちも儚げな美少女風である。

 この容姿で『弱いけど頑張ってます』を演じれば、健気な深窓の令嬢の完成だ。


(表に出ない理由としても、病弱はピッタリだったわ!)


 どうせ解消前提なのだし、第二王子などに付き合わされるぐらいなら、ルーシャは魔法の訓練に時間を使いたい。


「とにかく、今日まで頑張ってきたおかげで、憂いはないはずよ。さあ行きましょう、チェスター」

「……そうだな。腹を括ろう」



 かくして、二人は外観を偽装した侯爵家の馬車を借りて、迷宮区画へと繰り出す。

 本当は乗り合い馬車を利用するつもりだったが、両親に『送り迎えだけはさせてくれ』と頼まれてしまったのだ。ゆくゆくは馬を駆っていつでも動けるように検討中である。


(あ、壁が見えてきた)


 居住区画をしばらく進めば、王都を二つに分断するように高い壁が立っている。

 といっても別に関所ではなく、道の部分はアーチ状に穴が空いた飾りのような壁だ。視覚的な〝仕切り〟の役割でしかない。


(でも、雰囲気はやっぱり違うのね)


 穏やかな居住区画から離れるほど、建物の外観は物々しさを増していく。どこも景観の美しさよりも頑強さに重きを置いており、なんとも無骨な印象だ。


「同じ王都なのに、街の様子がずいぶん違うわ」

「日常的に戦ってるせいで、迷宮区画は気の荒いやつが多いって聞くからな。たぶん探索者同士の喧嘩とか、そのへんの対策も兼ねているんじゃないか?」

「ええー……人間同士で喧嘩はしたくないわね」


 困惑するルーシャなど気にもせず、馬車は予定通りに走り続ける。ほどなくして、探索者組合の建物へと無事に到着した。

 パッと見は大きめの酒場か食堂のような煉瓦造りの建物だが、看板にはきちんと組合の名が掲げられている。


「お嬢様、本当に同行しなくて大丈夫ですか?」


 そして、送迎担当の御者がついてくるのは、ここまでだ。


「ええ、そういう約束だもの。頑張ってくるわ」


 ルーシャはしっかりと頷き、チェスターに一歩前を歩いてもらいながら組合の扉を開く。


「――いらっしゃいませ。ようこそ、探索者組合王都支部へ」

(あれ。なんだ、意外と普通の雰囲気ね)


 内心びくびくしながら扉をくぐったのだが、意外にも迎えてくれたのは若い女性の柔らかい歓迎の声だった。

 一応周囲に気を配りながら進むと、三つ用意されたカウンターの一つで、声の主が手招きをしてくれている。


(てっきり、こういうところは受付も屈強な男性が務めるものだと思っていたけど)

「こんにちは。今日はどのようなご用件ですか?」


 茶色の髪を一つに結んだ女性は、二十歳前後だろうか。口調は優しく、服装も清潔感のある白いシャツに黒のロングスカートを合わせた、ごくごく普通の受付担当といった感じだ。

 どうやら、街の物々しさに警戒しすぎてしまっていたらしい。


「よかった……あの、探索者登録をお願いします!」

「まあ、あなたたち二人で? 失礼ですが、お年を伺っても?」

「二人とも十二歳です」


 困ったように口元を押さえる女性に、ルーシャたちも顔を見合わせる。

 登録自体は十歳から可能なはずだ。これは孤児を助ける意味合いもあり、彼らは採取などの簡単な仕事を受けて迷宮へ潜り、金銭を稼いでいると聞く。


「もしかして、登録年齢が変わったんですか?」

「そういうわけじゃないんですが。ただ、あなたたち二人だけで潜るのは、ちょっと心配だと思いまして」


 ひとまずこれを、と登録書類と筆記具を渡してきた女性は、何やらキョロキョロと辺りを見回している。

 登録ができるのなら問題はないが、早々に不安な対応だ。


「あ、いた! ノルドさん! ちょっと手伝っていただけませんか?」


 記入しつつ女性を窺っていると、彼女は目的の人物を見つけたようだ。

 ぶんぶんと大きく振り回した手に応えるように、やや重い靴の足音が近づいてくる。


「どうかしたのか、リリナ」


 やがて足音はルーシャたちのすぐ後ろで止まった。チェスターと同時に振り返れば、そこには二十代前半ほどの長身の男が立っている。


「わ……」


 瞬間、思わず声がこぼれてしまった。

 ――ありていに言えば〝見惚(みと)れた〟のだが。ルーシャが目を奪われたのは彼の容貌ではなく、ワインのように美しい深紅(しんく)の髪色だ。

 茶色っぽい赤髪ならそれなりに見るが、彼ほど鮮やかな深紅を見たのは初めてだった。


(なんてきれいな髪……根元から肩にかかるところまで同じ色だし、地毛よね)

「ほう? これはこれは」


 ルーシャに気づいた男が、こちらに視線を向けてくる。

 少し吊り目がちだが顔立ちも全体的に整っており、瞳の色は橙色。精悍さと大人の色気が絶妙に同居する、まるで『色男』を具現化したような印象だ。


「珍しいな。〝妖精髪〟にこんなところで会えるとは」

(あ、わたし?)


 すい、と目が細められたのを確認して、ルーシャはハッと我に返る。

 それに合わせて、チェスターが庇うようにルーシャと男の間に回って立ってくれた。


「組合にいてくれてよかったです、ノルドさん。こちら、お二人だけのパーティーみたいでして。えっと……チェスターさんとルーシャさんですね」


 ルーシャたちが見つめ合っている間に、受付の女性は登録を進めてくれたようだ。

 特に指摘されることもなく二人分の名前と簡単な情報を紙のカードに書き写し、サッと手渡してくる。


「はい、こちらが仮登録カードになります。何か一つ、迷宮から採取したものをお持ちいただければ本登録となりますので、それまでなくさずにお持ちくださいね」

「え? あ、はい。ありがとうございます」


 あまりにも簡単に受付が済んで拍子抜けしてしまったが、名前を書くことも危うい孤児も相手にしているのなら、こんなものかもしれない。

 とにかく、第一関門だった探索者登録(仮)は問題なく済んだので、次は実際に迷宮だ。

 仮カードを服の内ポケットに大事にしまい、じゃあ行こうかとしたところで……。


「ノルドさん、この二人の探索についていってあげてくれませんか?」

「えっ!?」


 予想外の言葉に、大きな声が出てしまう。

 当然、他者の同行など微塵も考えてもいなかった。


「ふむ、初探索か。オレは別に構わないが」

「あああの、迷宮探索って、初回は案内役がいるんですか!?」

「規定はありませんが、子ども二人だけで行かせるのはさすがに心配ですから。そちらのノルドさんは、ここの迷宮に長く潜っている方です。信頼できますよ」


 改めてノルドと呼ばれた深紅髪の男を見れば、一見穏やかに微笑んでいる。

 均整の取れた体格に、美しい髪と整った容貌、立ち方の姿勢もきれいだ。

 一般的な女性ならば、彼についてきてもらえることを喜ぶのかもしれない……のだが。


(この人、本当に探索者なの? 外見がきれいすぎて、迷宮に合わないわ)


 初心者案内を頼むなら、筋骨隆々の戦士か、場慣れした狩人のような『いかにも』な人物にお願いしたいところだ。色男をつけられるのは、こう……思っていたのと違う、というか。


(第一、新人の案内役には軽装すぎない?)


 彼は普通の白いシャツにぴったりとしたズボンと編み上げブーツという、街でよく見かけるラフな服装である。戦場に赴く人間にはとても見えない。


「ははっ! 不服そうだな、お嬢ちゃん。まあそう警戒するな。別にとって食ったりはしないぞ」

「うわ、こいつ胡散(うさん)臭い……」


 ずっと黙っていたチェスターも、ルーシャと同じような感想だったらしい。

 再びルーシャを庇うように腕を引くと、腰に留めたナイフをいつでも抜けるよう身構えている。


「会ったばかりの人間にひどい言いようだな。だが、オレは善良な探索者だ。新人、特に子どもの新人には優しくするよう心がけている」

(自分で善良とか言うのが、ますます胡散臭いし)


 ノルドは二人それぞれと目を合わせた後、ニコリというよりニヤリと笑って、(うやうや)しく腰を折る。


「改めて、ソロで探索をしているノルドだ。今日一日、しっかり案内をしてやるから、よろしくな」

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