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5章-5

〝群れの長の見分け方は簡単だ。無音かつ透明なやつらの中で唯一、音を発している個体。それが、群れの核となる長である〟

 報告書に記されていた一文が、今更ながら脳裏に蘇る。


(だとしたら、鳴き声という表現が一番適切なのかもね!)


 ノルドを先頭に、全員でいっせいに仕掛ける。

 凍らせたばかりの巨体は、しかしすでに地響きのような振動を始めており、いくらも待たずに拘束から逃れるのは明白だ。


「せめて腕一本落とすぞ!」

「援護します!」


 一番地面に近い腕の一本に狙いを定めて、一気に斬りかかる。

 ルーシャも風と水の魔法で〝切断〟を意識して攻撃するが、


『アアアアアアアア!!』

「っく、まずい離れろ!!」


 思ったよりも早く、氷の拘束が解かれてしまった。

 落とせたのは腕の半分……だが、刃の部分を削げたので、脅威は下がったはずだ。


「あと五本もあるけどね!」

「太すぎて斬り落とすのは難しいな。根元を刺して動かせなくする方向で狙うか」

「そもそもなんでこのパーティー、剣士がいないんだ? 一番多い武器だろ」

「じゃあ君が剣を持ちなよ、チェスター君!」


 言われてみれば、槍(刺突、薙ぎ払い)と細剣(刺突剣)では切断力が足りなくて当然だった。


「今更言っても仕方なし! わたしが解体で鍛えた魔法の切れ味見せてやるわ!!」

「そりゃ頼もしいが、もう見えないぞ!」


 凍結から逃れた長レイスは、あっという間に景色に溶け込んでいる。

 そして、直後には四人の真横を衝撃波が駆け抜けた。


「ひっ!? あっぶな……」


 轟音と共に木々が薙ぎ倒され、激しい砂煙を上げる。

 自分の体よりも大きな刃から繰り出される攻撃だ。かすっただけで致命傷は(まぬが)れない。


(被害に遭った子たちも、生きてるなら直撃はしなかったってことね。喜べはしないけど)

「見えない上にこの威力とは恐れ入るぜ……ユリさん、また凍らせられるか?」

「できるけど、あの巨体じゃせいぜいあと二回が限度だよ。さっきのだけで、魔力をかなり持っていかれたから」


 改めて見れば、ミュリウスの額には汗が滲んでいる。

 一度魔力切れで動けなくなった身としては、彼にあんな思いをさせたくはない。


「ここぞという時まで、温存してもらったほうがよさそうね。それまではわたしが……」

「ルーシャ、かがめ!」


 言ったそばからルーシャが狙われたようで、頭の横でけたたましい衝撃音が響く。

 とっさに出してくれただろうチェスターの盾からは、猛々(たけだけ)しく火花が散っていた。


「いッ……くそ、重い! 砂とか泥とか、見えるようにできないか!?」

「やってみる!」


 いったん退いた彼と入れ替わるように、ルーシャが前に出る。


(目標は地面! 水でさらう感じで……!)


 行使した魔力は、泥でできた波を巻き上げて、長レイスに襲い掛かる。

 泥濘(でいねい)の中からは、突き出された鎌の腕が浮かび上がるが、


「うわっ! 引くのが早い!」


 形を露わにできたのは、ほんの一、二秒ほど。

 すぐさま振り払われて、また見えなくなってしまう。


「付着しにくい構造なんだろ。が、一瞬でも見えれば充分!」


 反攻しようとした鎌の付け根に、勢いよく槍の穂先が突き刺さる。


『アアアアアッ!!』


 落ちるほどではなかったが、消える間際にブランと垂れ下がった腕のシルエットが見えた。


「よし、あと四本!」

「ノルドさん下がって!!」


 当然あちらもやられっぱなしではない。

 姿が消えるや否や、即座に斬り返してくる。


「うおっ!? 間一髪だな」


 跳び退いた地面は掘削されたように深く抉られ、もはや立てる状態ではない。

 攻撃を避け続けても、足場がぐちゃぐちゃになって逃げられなくなる未来が見えた。


「まあ、わたし均せるけどね、地面!」

「ルーシャ魔力の無駄遣いすんな! 走れる間は走れ走れ!」

「わかってる……きゃあっ!?」


 逃げるすぐ後ろを、ザクザクと激しい音を立てて穴が追いかけてくる。

 鎌の先が突き刺されていることはわかるが、見えない敵を想像だけで避けるのも一苦労だ。


(これ絶対にどこかで刺される! 一度のミスで即死じゃない!?)


 腕は二本落とせているのに、体感で攻撃頻度がどんどん速くなってきている。

 先に腕を落としきる算段で動いてきたが、もしかしたら何か間違っているのかもしれない。


「だからって胴体は大きすぎて狙いようが……ああ、危ないっ!」


 まさかの進行方向の地面が砕けた瞬間、


「行くよ、合わせて! ――凍れ!!」


 即座に体を反転させたミュリウスが、二度目の凍結を講じる。

 振り下ろされる直前だった鎌の刃先は、ミュリウスの頭上スレスレで止まっていた。


「頭気をつけろよっと!!」

「くらえ!」


 すぐに割って入ったチェスターが刃先を盾で殴りつけ、続けてもう一本の腕の関節をノルドの槍が大きく薙ぎ払った。


「っし、折った! 従者くんは!?」

「腕は残ってるが、刃は砕いたぞ!」

「ははっ、強いな君たち! これであと二本!」


 氷の破片を振り払って再び消えていく長レイスの腕は、もはやほとんどが機能せずにブランと垂れ下がるのみ。

 押せている。誰が見ても、戦況はそう思えたはずだ。


(着実に削っているはずなのに、なんだろう。すごく、嫌な感じ……!)


 どうにも妙な怖気が止まらない。

 言語化できない嫌な感触を払うように、ルーシャは三人を守るための魔力を練り上げる。

 杞憂ならそれでいい。時間稼ぎにでもなればいいと、強く念じながら。


「土の壁――間に合って!!」


 ドンッ





「――あ……ぐ、ぅ! げほっ……」


 横から鉄塊で殴られたような衝撃に、ただただ身をよじるしかできない。

 一体、何が起こった?


(い、痛すぎてどこが痛いのかわかんないわ、もう……)


 ぼやけた視界には、なんとか立てることができた土と石の壁が見えてはいるが、地響きを伴いながらずっと揺れている。

 恐らく、そう長くはもたない。


(たぶん、意識が何秒か飛んでたわね。かろうじて間に合ったけど、相殺しきれなかった……)


 早く体勢を立て直して、次の手を打たなければ。

 そう考えて上半身を起こそうとしたところで、腹の上に広がる深紅が視界をよぎった。


「え……ノルドさん!?」


 ルーシャを庇ってくれたのだろう。

 仰向けに倒れた体は脱力しており、完全に意識を失っている。


(そんな……あとの二人は!?)


 すぐさま周囲を見渡せば、いくらか離れた場所で二人も転がっていた。

 ミュリウスを守ったであろうチェスターは、案の定背中の傷が開いたらしく上着が真っ赤だ。

 そのミュリウスも打ちどころが悪かったのか、動ける様子ではない。彼の頭の下にもまた、わずかに血が滲んでいた。


(ここまでやったのに、このままじゃ……)


 高い砂煙を立てながら振動する壁は、もう間もなく崩壊する。

 第三層の時のように嵐を起こして遠ざけることはできても、まず見えないのだから有効打を決めるのが難しい。


「わたしも氷の魔法が使えたら……あいつを止められたら……!」


 痛む足を叱咤(しった)して、なんとか立ち上がる。

 まさにこのタイミングで崩れ落ちた壁の向こう、巻き上がる粉塵の中に巨大な魔物のシルエットが映った。


「いいえ――一秒でもあるなら、やってみせる!!」


 幸い、ルーシャの目一杯の魔力を込めた壁は、あの巨体を遮る程度には大きかった。

 そして、それを崩壊させた今、凄まじい量の砂と塵が一帯を覆っている。


(今ならあいつのシルエットが透けて見える。視覚できるなら、わたしも止めてみせるわ!!)


 四属性でできる、氷に代わる何か。

 動きを止めて、固めて、こちらに来させないようにする、何か。


「もうなんでもいい! 動くな! 来るな! 止まりなさい!!」


 体が痛くても、頭が痛くても、どこかで血管が切れる音がしても構ってなどいられない。

 ありったけの魔力を全て、今ここに。


(わたしに魔法をくれたのが妖精なら、どうか力を貸して!)


 来るな。動くな。止まれ。止まれ!!


「永遠に――止まってしまえ!!」








 ――真っ暗だった世界に、ふと光が差し込む。


(わたし……?)


 目線を動かせば、崩壊してボロボロになった景色が映る。

 薙ぎ倒された木々、抉られた地面。そして、ルーシャが魔法で造り、無残にも破壊された土と石の壁の残骸。


「生きてる……」


 よくわからないが、自分は座り込んでいたらしい。

 ピリピリと強張る顔に指を這わせれば、鼻の下が血で固まっていた。


(仮にも侯爵令嬢が、鼻血って……)


 これはこれで、恥ずかしくて死ねそうだ。


(ああ、でも、わたしが生きているのなら……レイスは……)


 霧がかったような頭をなんとか動かして、さらに周囲を探る。

 崩壊した壁の、その先。

 そびえ立つ塔のような、巨大な塊――透明なそれは一見氷山にも見えたが、違った。


「なに、あれ……水晶……?」


 昼の温かな光の中に立つそれは、場違いなほどに美しい。

 何故? どうしてそんなものが、ここにあるのか?


(だめだ……ねむい)


 そんな当たり前の疑問すら考えられる余裕はもうなく。

 とうとう倒れ伏したルーシャの意識は、そこでブツリと途切れた。


   * * *


 ――結論から言えば、ルーシャたちは全員無事だった。


 あの後丸々三日間も眠り続け、目が覚めたら泣き腫らしたリリナが傍にいて悲鳴を上げたりなんなりはあったが、死んでいないという意味でなら完全に〝無事〟だ。

 目覚めた後も体がうまく動かせず、一週間ほど本当に病弱令嬢と化してしまったものの、あの魔物と戦って死ななかったのだから安いものだ。


 共に戦った三人も、負傷こそしたが全員無事に帰ってきている。

 チェスターは背中の裂傷が開いて縫い直しになったのと、盾を押さえた左肩が脱臼していた。

 ただ、本人は貧血以外は元気らしく、ルーシャが目覚めた時にはこちらの客室まで階段を駆け上がって来て、後にノルドと医師にこっぴどく怒られていた。


 そのノルドは、右腕の骨にひびが入ってしまったのと、右肋骨が二本折れていたそうだ。

 本人は「軽傷だ」と笑っていたが、利き腕を負傷しているのでしばらくは強制的に休業だろう。

 本来は気ままなソロ探索者なのだから、この機会にしっかり休んでもらいたい。


 そして、この中ではもっとも軽傷だったミュリウスは、側頭部をわずかに切っただけで骨などは無事だった。

 王子を負傷させるなど考えるだけでも恐ろしいので、正体を知っている二人は、互いの健闘(守るために動けたこと)を称え合ったとのこと。

 ミュリウス自身は「あまり役に立てなかった」と残念がっていたが、王子が迷宮にいること自体が異常なのだから、変なことは気にせずに城で安全に暮らしていてほしい。


「――で、これがわたしが死にかけながら固めた傑作なのね」


 迷宮第一層。未だ戦闘の爪痕が残るそこには、とんでもなく巨大な水晶の塊がそびえ立っている。

 正しくは水晶でも地の魔法でもなく、ルーシャの魔力そのものが結晶化したもの……と言われているのだが。

 ――中に閉じ込められているのは、あのレイスの長だ。

 四人で協力してつけた傷痕もそのままに、完全に中で固められている。


「いや本当に、どうやってこんなの作ったんだよ、お嬢ちゃん。もはや恐ろしいな……」


 腕を三角布で吊ったノルドが、呆れか困惑か判別できない息をこぼす。

 その目には人外を見るような感情が窺えるが、気づかなかったことにしよう。


「わたしがやろうと思ってやったとでも? 必死だったんですよ!」

「はは、だろうな。悪い悪い」


 反論すれば、ノルドはふにゃりと眉を下げて微笑む。

 冗談を言うなら、もう少し元気な時に言ってほしいものだ。


「ルーシャのおかげで助かったのに、失礼だぞおっさん」

「だから、おっさん呼びはやめろって」


 彼の反対側からは、聞き慣れた相棒の反論が響く。

 声がいつもより近いのは、まっすぐ立てないルーシャの体を支えてくれているからだ。


「俺たちが動けない間に、一人で頑張ってくれたんだ。俺は本当にルーシャが誇らしい」

「……そうだな。とどめを格好よく決めるどころか、揃って伸びてたんじゃ何の自慢にもならない。本当に立派だよ、お嬢ちゃんは」

「今おだてても何も出ませんよ」


 三人で見つめ合って、誰からともなく笑う。

 この水晶もどきの塊は運ぼうにも巨大すぎるので、このまま第一層で保管していくことになるそうだ。

 子どもでも入れる平和な階層であることも幸いして、これからは研究者たちが迷宮に通い、レイスの解析を進めていくとのこと。

 何しろ、本来なら視認すらできない、恐ろしくも貴重な魔物。

 こんな形で研究できるようになるなど夢にも思わず、探索者組合はもちろん、国内の研究者たちは今大騒ぎなのだとか。


「探索者ルーシャの名前も、一気に有名になったな」

「ふふ、予定よりもだいぶ早いけど、よかったわ! これでわたしは、家を出ても立派に暮らしていけるわね」

「そうだな。組合からの報酬の他に、あの塊の謝礼やら何やらも出たんだろ? お嬢ちゃんたちもこの機会に、こっちの区画に家でも買うか?」

「それもいいですね。引っ越すなら、先に婚約解消してからですけど」

「……やっぱり婚約は解消予定なのか。へえ、それはいいことを聞いた」

「おい、ルーシャ。それ機密事項なんじゃ」

「聞かなかったことにしてください」


 崩壊した景色を後目に、今日もたわいない話で盛り上がる。

 これから先もずっと、こうしてただのルーシャとして暮らしていけるように。


(まずはお疲れ様、わたし。お疲れ様、皆。またこの迷宮で、頑張っていきましょう!)


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