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5章-3

 逸る気持ちを抑えながら辿りついた迷宮の入口には、多くの探索者が集まっていた。

 性別も年齢もバラバラ。一貫しているのは、誰もが怯え、恐れを抱きながら転移門を見つめていること。


「悪い、通してくれるか!」

「あっ、ノルドさん! 知り合いがまだ中にいるんだ!」


 そんな中を迷わず入口へ駆けるルーシャたち三人に、周囲からすがるような声がかけられる。


「へえ、ノルドさんは人望があるね」

「ソロ専門で長いこと活躍されてきたそうですから」

「そっか、ずっと一人で……」


 ミュリウスは一瞬寂しそうな顔を見せたが、すぐに愛想笑いに戻った。

 ちなみに彼は、緊急時の特例として仮登録を飛ばして探索者になっている。

 記入された情報は全部でたらめだったが、今回ばかりは何も言うまい。


「ユリさん、本当に連れてって大丈夫なんだな?」

「幼い頃に一度、見学ツアーに入ったことはあるよ。心配しなくても、必要な時以外はいい子にしているさ」


 門をくぐる前の最終確認にも、彼は笑って応える。となれば、潜るのみだ。


(まずは、常に昼間の第一層)


 続けて、別の門をくぐって、外と同じ時間帯になっている第二層。

 自然豊かな景色はしかし、上がる砂煙と剣戟の音で平和とはほど遠いものになっていた。


(火の魔法を使っているみたいね。夜でもわかりやすくて助かるわ)


 恐らく、ローガンの仲間の一人だ。先の第三層での襲撃で、廃墟を照らしてくれていた魔法使いである。


「よかった、もうだいぶ近くにいるな。行くぞ」


 駆け出したノルドの一歩後ろを、ミュリウスと続く。

 たまに意外そうな顔をしているのは、ルーシャが平然と駆け回っているからだろう。


「普通に走れますよ、わたし」

「普通の女の子なら、とっくにバテてるよ。報告は受けていたけど、実際にここまで元気だと嬉しいものだね」

「そっちでは病弱な深窓のご令嬢なんだったか? 嬉々として魔物を解体する姿ばかり見てるオレとしては、別人の噂だと思ってたぜ」

「失礼な。見た目だけは妖精だって、チェスターも認めてるのに」

「見た目だけな」

「見た目はまさしく、だしね」


 少しだけ和やかな空気になりつつも、走る足はゆるめずに進む。

 やがて合流したその場は――先日の悪夢を思い出すような惨状だった。


「ローガン、無事か!」

「ノルドと嬢ちゃんか、悪い……助かる」


 殿で剣を構えるローガンは、ベテランとは思えないほどの汚れっぷりだ。

 ところどころに滲んでいる黒ずんだ染みは、血の跡だろう。

 そして、ベテラン勢に守られる立ち位置の探索者たちは、十人ほど。ルーシャと同年代の者が多い。

 皆一様に怯えて、前へと踏み出す足も時折もつれている。動けないほどの重傷者がいないのが、まだ救いか。


「このまま門まで走れ! ローガン、ここは引き受ける」

「恩に着る」


 ローガンと入れ違うように出て、ノルドはある一方に穂先を向ける。

 視認はできないが、そこに気配を感じとっているのだろう。あちらの動きに合わせるように、じりじりと槍を調節していく。


「僕はわからないのだけど、そこにいるのかい?」

「ああ。お嬢ちゃん、魔法使えるか?」

「いや、ここは僕がお披露目しよう」


 言うが早いか、ノルドの隣まで出たミュリウスは、腰に差した細剣を慣れた手つきで引き抜いた。


「――凍れ!」


 続けて落ちる、冷たい一言。

 ミュリウスが突き出した細剣の前方に、冷風が勢いよく吹き込み――すぎ去った後には、悍ましい形の産物が残っている。

 真っ白な霜が凍りついた、レイスの氷像だ。


「これは……ユリさんは『氷』の魔法の適性持ちだったんですね!」

「そういうこと。この魔物に対しては、一番の有効手段だそうだ」


 ほら片付けよう、と声をかけられて、ハッとしたノルドが慌てて槍で氷像を砕く。

 粉々になった残骸は、溶けて水にはならずに消えてしまった。


(氷の適性なんて、かなり珍しいわ!)


『氷』は水魔法の適性の亜種で、ルーシャほどではないものの希少な才能である。

 四属性が全て使えるルーシャでも、残念ながら氷の魔法を使うことはできない。水は水だ。


(どちらかというと、〝時間停止〟に近いのよね)


 特性は、一瞬で生物を活動停止状態にできること。

 視認できなくても有効範囲内にいれば止めることができ、かつ先ほどのように正体を明らかにすることで、他の者でも目視して撃破を可能にする。


「まさしく、特効魔法なわけですか」

「ふふ、僕は役に立つと言っただろう? ただ、残念ながら戦闘経験はほとんどないから、狙う方向は指示してもらいたいな」

「そういうことなら、オレでも協力できそうだ」

「広範囲の索敵ならわたしも!」

「先輩たちは頼もしいね。じゃあ、僕の魔力が尽きるまで、この辺りのレイスを片付けようか」


 戦闘指揮というには柔らかな声に、ノルドは槍を、ルーシャはナイフを掲げて応える。

 ――そうして周辺の危ういところをくまなく探り終える頃には、すっかり夜も更けてしまっていた。


   * * *


「おかえりなさい! よかった、皆さん無事で」

「遅くなってすみません! ただいま戻りました」


 くたくたになって組合へ戻ると、目に涙を浮かべたリリナと探索者たちが三人を出迎えてくれる。

 皆心配で待っていたらしい。正体も明かさず潜っているルーシャに、ありがたい話だ。


「疲れたね……」


 初迷宮でいきなり危険な魔物と対峙したミュリウスは、だいぶお疲れである。顔こそ愛想笑いで固めているものの、足元がおぼつかない。


「あれだけ戦わされて、何一つ残さず消えちまうのもひどい話だよな。成果のない戦闘ほど空しいものはないぜ……」

「ノルドさん、組合から報酬は出しますから! とにかく、お話を聞かせてください!」


 ミュリウスとは違う理由でしょんぼりしているノルドは、リリナが腕を取って引きずられていく。

 まあ、お金を心配できるのは、精神が落ち着いている証拠だ。生きるか死ぬかの極限状態よりは、いくらかマシである。


「おお、お前たち戻ってきたか。押しつけちまってすまなかったな」


 再び会議室の扉をくぐれば、胸を撫で下ろすローガンが待ち構えていた。

 腕や足、頭にまで巻かれた包帯が痛々しい。


「そっちこそ、大丈夫か? 他のやつらは?」

「休ませてるよ。足を折っちまったやつもいてな」

「それは……」


 現状での足の負傷は、戦線離脱と同義だ。ベテランにとっては歯痒い結果だろう。


「んで、そっちはユリさんだったか。貴重な資料を提供してくれたこと、俺からも礼を言わせてくれ。あの魔物が出た時は絶望感しかなかったが、退けた記録があるのなら希望を持てそうだ」

「どういたしまして。こちらこそ、身を挺して民を守ってくれてありがとう」

「ん? あ、ああ」

(ずっと年下の青年がかける言葉じゃないわよ、それ)


 妙に貫禄のあるミュリウスの佇まいに、ローガンがツッコまないでくれてよかった。


「それで皆さん、第二層の魔物……レイスはどうなりましたか?」

「はい、あの後――」


 ミュリウスの魔法を主軸に、追ってきた個体は粗方撃退できたと話せば、リリナはストンと床に座り込んでしまった。

 ベテラン勢すら負傷し、止められなければ迷宮の外にまで被害が及ぶとわかった相手だ。さぞ気を病んでいたに違いない。


「よかった……ユリさんも、わざわざ来てくださり、本当にありがとうございます!」

「喜んでくれて僕も嬉しいけど、まだ終わったわけではないからね。群れの長を仕留めなければ、この侵攻は止まらないよ」

「そ、そうですね。当組合に所属する中に氷魔法適性の方がまだいないか、捜してみます!」


 リリナはすぐさま立ち上がり、会議室を出ていってしまった。

 細身の女性でありながら、相変わらず活力の高い人だ。


「さて、これからどうしようか。もう遅い時間だし、どこか休める場所があるといいのだけど、当てはあるかな?」

「わたしたちが泊まっている宿はどうでしょう。ただ、確か空室がないので、ユリさんにはわたしの部屋を使ってもらえば……」

「待て待て待て!! お嬢ちゃん、年頃の娘が馬鹿なことを提案するんじゃない!」


 ルーシャを遮るようにノルドが身を乗り出す。あまりに大きな声を出すので、ローガンまで目を瞬いていた。


「誰も同室ですごすとは言っていませんよ。わたしがとっている部屋を、ユリさんに提供するという話です」

「じゃあ君は、今夜どこですごすんだ?」

「チェスターの部屋にお邪魔して、椅子で寝ますよ」

「ええ? ルーシャ嬢を椅子で寝かせるのは、僕の良心的にもちょっと……。それなら、ベッドを一緒に使おうよ。兄上から僕へ替える理由にもできるしね」

「それだけは謹んでお断り申し上げます」


 手でバツを作ると、ミュリウスは形だけは凹んで見せる。完全に傍観者のローガンは、なんかもう笑い始めていた。


「あのなお嬢ちゃん、部屋ならあるから変な提案をしないでくれ。レイスの件で、宿を引き払って帰った探索者がいるらしいから」

「なんだ、そうだったんですね。なら、普通に宿へ行きましょう」

「つまらないな。そんなに僕と結婚するのは嫌かい?」

「あなたのご実家と縁を断ちたいんですよ、切実に」


 なんなら、そのために迷宮にいるといっても過言ではない。

 王家に捨てられたウィンスレット侯爵令嬢は表舞台から去り、探索者ルーシャだけが世に残るのが未来の予定だ。


「そうなの? 僕が家から外れたら、お嫁に来てくれるんだ。いいことを聞いたな」

「はいはい、ユリさんは大事な話をこんなところでするんじゃない。じゃあな、ローガン。オレたちは帰るよ」

「くははっ……なんというか、モテモテだな嬢ちゃん。また迷宮で」


 けらけら笑っている大ベテランに見送られて、三人で組合を出る。

 ノルドがついてくる理由は、部屋を借りるのに彼の顔が必要だかららしい。


「一日終わってみると、忙しかったですね……」

「そうだな。その群れの長とやらを退治できるまでは、しばらくこんな感じになりそうだ。あー……ユリさんは、どれぐらいこちらにいられるので?」

「その長を倒すまでだね。心配しなくても、必要な仕事は全部片付けてきたし、陛……父から許可ももらってある。こう見えて、僕は優秀なんだ」

「こう見えてって、優秀にしか見えませんよ。少なくとも兄君よりは」

「ルーシャ嬢は本当に兄上のことが嫌いだよね! 本人に聞かせてあげたいなあ」


 夜の通りに明るい声が響く。

 ……これはある種、空元気でもあるのだろう。


(大丈夫よ、まだ大丈夫)


 本当に忙しかったし大変だったが、今日は大きな怪我をすることなく終えられた。

 ローガンたちが負傷してしまったのは痛手だが、まだ戦っていけるはずだ。


(早く全部を終わらせて、また楽しく魔物を狩って解体する生活に戻りたいわ)


 そう願って、波乱の一日はようやく終わった。

 ――今日の騒動は終わったと、思いたかった。

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