4章-2
今日の夜営地は、集合場所にもなっていた大型廃墟だ。
火の番や見回りなどを皆で分担することで、より効率よく――という建前のもと、恐らくはチームの交流目的でパーティーがバラバラに指定されていた。
……の、だが。
「あ、あの……これは?」
皆とは別に案内されたルーシャは、廃墟の一角に設置された小型の天幕らしきものに困惑してしまった。
屋根と覆いに使っているのは、雨が降りっぱなしの第四層用の装備だろう。耐久性が高く、厚手で透けない上等な布だ。
おかげで、ここだけ廃墟ではなく、異国風の洒落た宿のような様相になっている。
「今夜の嬢ちゃんの寝床だ。ああ、狭かったか?」
「い、いえいえいえ!? こんな、わたしだけ特別扱いをしてもらわなくても大丈夫ですよ!?」
ローガンの仲間たちは、ごく当たり前のように天幕を差し出してくれている。
ちなみに、内部にも革鞄と毛布をまとめて作った簡易なベッドが用意されていた。
「わたしも探索者です。普段から地面で寝てますから!」
「そりゃそうだろうが、せっかくおっさんたちが一緒の時ぐらい、ちゃんと寝かせてやりたいんだよ。子どもが遠慮すんなって」
「それに、女で続けられる探索者は滅多にいないからな。嬢ちゃんには期待してるんだよ」
ハハハと快活に笑いながら、彼らはルーシャを残して去ってしまった。
経歴差から考えても、これは断るほうが失礼というやつだ。
(ありがたいけど……怪我人でもないのに、こんなちゃんとしたものを使わせてもらうなんて)
ただでさえフードで頭を隠している不審な出で立ちだというのに、申し訳ないというか、いたたまれないというか……複雑な心境である。
「おお、よかったなお嬢ちゃん。立派な寝床じゃないか!」
呆然と眺めていると、当番を確認してきたノルドとチェスターも合流した。
当然ながら、彼らは普通に地面で雑魚寝予定だ。
「チェスター、あなたも一緒に使わない? ここ」
「俺を何だと思ってるんだ、勘弁しろ」
「だって、わたしだけ申し訳なくて……」
第一、彼らは子どもだと言ったが、ルーシャは社交界デビューを済ませているので成人だ。
顔が見えないから仕方ないとはいえ、暗に戦力外扱いされているようで悲しくなる。
「まあまあ、おっさんたちは若い子の世話ができて嬉しいんだよ。純粋に厚意だから、無下にしないでやってくれ。優秀な後継を守っていくことは、探索者全員の利に繋がるしな」
それはそうだが、一応ルーシャも〝選抜チーム〟の一人なので、気を遣われたくはない。
「お嬢ちゃんがそんなに嫌なら、オレがここ使わせてもらおうか?」
「冗談でもやめとけ。あんたが叩かれるだけだぞ」
「お嬢ちゃんと一緒に使えば、何も言われないだろ」
「なんだ、死にたかったのなら早く言えよおっさん」
「オレこのチームでは若いほうだからな!?」
軽快なやりとりをする二人に、ルーシャは一人でため息をこぼす。
調査目的とはいえ、一日中歩き回っていたのに元気なものだ。
(とりあえず、今日は厚意に甘えさせてもらいましょうか)
それから夕食のために狩りに出る者と調理の準備をする者に別れたのだが、案の定ルーシャは『休んでいていい』と言われてしまい、ぽつんと座っているだけだった。
……というのも、ベテラン探索者たちはとにかく狩りが早かったのだ。
食べられる魔物の索敵も、一瞬で急所を突いて仕留めるのも、本当にあっという間。
しかもそれを、笑って散歩するような様子でこなすので、手伝いを申し出る暇すらなかった。
(探索者というか、もう狩猟民族ね。すごい……!)
キラキラした眼差しを向けるルーシャに、自称おっさんたちも嬉しそうに返してくれる。
解体は誰よりも正確な自信があるルーシャだが、こんな高効率を見せられたら従うしかない。
ということで、さくっとベテランたちに丸投げした結果、夕食は滞りなく準備することができた。
焚火を囲む皆の中には酒を持ち込んでいる者もおり、ここが迷宮内とは思えないほど楽しそうにすごしている。
「それにしても、あのツンケンしてたノルドが誰かと組めるようになるとはなあ……。昔は手負いの獣みたいな感じで、危なっかしいったらなかったのに」
「アルロ……昔のことは謝るから、忘れてくれないか」
そして酒が入ったせいか、話題は真面目なものではなく、ただの雑談だ。
その中心にのぼったのは、意外にもノルドだった。
「そういえば、ソロ専門だって言ってたものね」
「今だって、別に俺たちと組んでるわけでもないけどな」
ルーシャとチェスターは、しみじみと語る大人たちを少し離れた位置から眺めている。
普段ノルドにからかわれる立場として、彼が後輩扱いされるのが新鮮でもあった。
「あの頃は悪かったよ。色々あって人間不信になってたんだ」
「気にしてねえさ! 探索者になるようなヤツは、皆何かしら探られたくない傷があるもんだ。でもだからこそ、お前が一緒にいたいと思う仲間に会えてよかったと思ってたんだよ」
「……そう、だな」
ふと顔を上げたノルドと視線が合う。
まあ、こちらの目はフードで見えていないだろうが、それでも彼はどこか照れくさそうに頬をゆるめた。
(わたしと一緒にいたい理由は、間違いなく魔法が便利だからでしょうけど)
だとしても、この錚々たるメンバーを差し置いてルーシャたちと組みたいと思ってくれたのだから、やっぱり嬉しいものだ。
「んで、その嬢ちゃんたちは、どうしてノルドと組むことになったんだ? 俺たちが言うのもアレだが、結構年も離れてるんじゃないか?」
「それが実は組んでないんですよ。ノルドさんがわたしたちを使いたい依頼の時に、臨時で一緒にいるだけでして」
「なんだ、ノルドの片想いかよ!」
噴き出すような音と共にドッと笑い声が響く。
空気はまさしく夜の酒場そのもので、侯爵令嬢にはとてもじゃないが縁のなかったものだ。
(でも、この空気の中に、わたしは当たり前にいられるんだ……)
釣られるようにルーシャも笑えば、隣のチェスターはヤレヤレと大袈裟に肩をすくめた。
――調査チーム一日目の夜は、穏やかに賑やかにすぎていく。
* * *
「……眠れない」
楽しい夕食を終えてから、早数時間。
すっかり更けた夜闇の中で、ルーシャは呆れながら額を押さえた。
ありがたくも天幕内で横になれている上、今夜は見回りも火の番も免除してもらった身だ。
誰よりもゆっくり休んで明日に備えるべきなのに――こういう時に限って眠気は全く訪れない。
(色々試したけど、完全に目が冴えちゃったのよね。これはたぶん、一回起きたほうがいいやつだわ)
上半身を起こすと、ほどいた髪を適当に整えて、羽織っていた薄手の毛布を頭にかぶる。
散歩は難しくても、近場で空を眺めてボーッとするぐらいなら許されるだろう。
「あれ、お嬢ちゃん?」
天幕を出て一歩踏み出したところで、よく知った声に呼ばれてしまった。
視線を動かせば、少し小さくなった焚火の前でノルドが手を振っている。ちょうど彼が火の番の時間だったらしい。
「どうした、眠れないのか?」
「そうなんです。せっかくわたしだけ天幕をお借りしてるのに、すみません」
声量に気をつけながら近づくと、彼は自分が腰かける岩のすぐ隣にサッとハンカチを敷いてくれた。……以前にも感じたが、探索者とは思えない紳士的な対応だ。
(というか、ハンカチがすぐ出てくる時点ですごいわね)
彼を窺えば、特に気にした様子もなく、いつも通りの顔でこちらを見ている。
ルーシャが腰を下ろすと、毛布の裾が邪魔にならないよう、さりげなくよけてくれていた。
「紳士……」
「悪いな。従者くんはちょうど今、見回り組だ。まだしばらく戻らないと思うが、どうする?」
「あ、大丈夫です。チェスターに用があるわけではないので」
「そうか。なら、眠くなるまでオレが付き合おうか」
「助かります」
穏やかに燃える火と、小枝をくべるノルドの動きをぼんやりと目で追いかける。
広い廃墟を選んだせいか、休んでいる他のメンバーは火の明るさが届く場所にはいないようだ。
(じゃあ、いっか。火の近くにいたら、ちょっと暑いし)
ふる、と頭を振って毛布を落とせば、途端に喉を鳴らすような含み笑いが耳に届く。
「髪、めちゃくちゃだぞ」と落ちた指摘は、何故か妙に甘く聞こえた。




