それを決めるのは君じゃないよね
「殿下。考え直してください」
婚約者を決めるお茶会。そのお茶会が終了して、解散の流れになった時公爵令嬢が呼び止める。
「何であのような庶民上がりの商人の娘を婚約者に。もっと相応しい方が」
呼び止める女性を不敬だと思って、どうして誰も止めなかったのかと眉を顰めると、自分の周りにいる侍女たちが公爵家の派閥だと気付いて、それに気付けなかった自分の失敗だと反省する。
「そんな魔力なし!! 殿下に相応しくありません!!」
責め立てられて、婚約者に選ばれたソニアが青ざめて震えている。
魔力なし。
大なり小なり魔力があるのが当たり前の我が国で魔力が無いと言うのは差別の対象になる。だが、彼女の父親は魔力のあるなしで彼女を見ていないからこそこの場に連れてきたし、私も彼女を婚約者に選んだ。
そう。
「婚約者候補に与えられた事前の試験。礼儀作法。言語学。護身術。魔法学こそ実技はマイナスになってしまったが後はほぼ満点なソニアにそこまで言えるのなら貴女はもっと素晴らしい成績だったのでしょうね」
まず名乗りもしない相手が、こちらから声を掛ける前に勝手にべらべらしゃべるなど。
ソニアは商人の娘で、父親と共にあらゆる国や地域に付いて行った。
郷に入れば郷に従え。
その言葉通り、それぞれその場所の言葉を必死に覚えて、その地域ごとに違う文化と礼儀作法を巧みに使った。それだけではなく、どうして国によって礼儀が真逆になるのかと興味を示し、歴史をどん欲に学んでいった。
護身術も様々な国のやり方を覚えて、自分の身体にあったやり方を模索して、護身術担当の騎士たちが逆にやり方を教えてほしいと頼んでくるほどだ。
それに………。
「一番の決め手は」
そっと安心させるようにソニアの手に触れる。ソニアは驚いたような顔になり、だが、こちらがそっと頷くと何かを悟ったのか強く握ってくれる。その様に、公爵令嬢は殺意のこもった視線をソニアに向ける。
「彼女の魔力が特殊だからだよ」
それだけたくさん出来る事があるのにただ魔力が無いと言うだけで彼女は自分に自信を持てなかった。だからこそ、その勘違いを正してあげたい。
だって、そんな事でソニアの魅力は薄れる事はないし。
「殿下。その者に魔力は」
「ソニアには魔力が感情と共に暴走しやすいのを抑える力があるんだよ。そう。魔力が強すぎて、母子ともに死亡しやすい王族にとっては希望のような」
今も魔力暴走しそうな私と手を繋いでいるだけで抑えてくれているのだから。
魔力が強いほど喜ばれる傾向のある我が国では、魔力の高い者同士の結婚を推奨されてきた。そう。その悪しき習慣によって王族の出生率は低下していった。
母体が子供の魔力の高さに耐えられず死亡するのだ。
当初は分からなかった事実が判明した時にはすでに魔力が強い者は尊ばれ、魔力の低い者を見下す悪習は国全体に広がり、それを元に戻すにはどれだけの混乱と時間と血が流れるのか分からないからこそ発表するのを躊躇ってしまっていた。
ましてや、貴族程魔力が高いのだ、クーデターも起こりうる可能性が含まれていた。魔力のみでこの国の価値を決めていたのだそんな変化を認めないだろう。
「ソニアの家はそのうち爵位を与える予定の商会の者で、今回のお茶会で使用した茶器、テーブルクロス。茶葉。ましてや、ご令嬢らの服もすべてかの商会の物だけど」
それを理解しての発言だろうか。
「――衛兵」
命じてやっと動き出す衛兵がどれだけこの公爵令嬢の派閥に関係しているのか不明だが、本来ならこんな事態を防ぐものであり、最初の段階で捕らえる筈なのに動けない事はいろいろ言いたい事がある。この者達も従わせるほどの王としての資質を見せろと言いたいのかもしれないが。
ソニアを傷付けるタイミングなのは後で文句を言ってもいいだろう。
だけど、最後に言わせてもらおう。
「私の婚約者を決めるのは君じゃないよね」
決めるのは王家であり、国の方針であり、そして何よりも私とソニアの意思だとソニアの手を握りながら宣言する。
内心、ソニアが拒んでないのに安堵しつつ、他の者達にも自分の意思を見せつけたのだった。
あっ、殿下の名前はなかった。




