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カァーカァーカァー
ガタガタガタガタ
ガラガラガラ
バサッバサバサバサ
ベチャッ
ガサガサガサ
顔に張り付く粘っこい感触と生臭さ、あとなんか顔を覆うチクチクした感触に青臭さと僅かに混じる土の匂いで目が覚める。
目を開けるが視界が塞がっているのでその邪魔なものを、顔に張り付いた何かの生肉と土を払いきってない野菜を退けて上半身を起こす。
そうして視界に映るのは俺が一人暮らしをしているアパート、その一室である俺の部屋の壁。
そこから下へ視線を下げると、俺のベッドのシーツと俺の足、そしてその膝辺りで何故か『荒ぶる鷹のポーズ』を取っている『カラス』が居た。
街に出た俺に毎日のように山でとれた新鮮な野菜と生肉を持ってきてくれんのはいいけどよ・・・。
起こすのに顔に生肉貼り付けんのはやめてくんねえかな。
そうぼやくとまるでお前が起きないのが悪いと言わんばかりにカァと鳴く。
そして早く起き出してベッドから出ろと言わんばかりに俺の体に掛かっているタオルケットを引き剥がす。
何時もの事ながらお前は俺の幼馴染かカーチャンかっつーの。
そうぼやくともう一度カァと鳴くが、今度はなんかニュアンス的に鼻を鳴らすような感じで、そのまま部屋の一角に纏めてあったゴミが入った袋と読み終わった本等を縛っておいた物を足で掴んで、開け放たれた窓から飛び去って行った。
いやほんとお前、とかぼやきながら開け放たれた窓を閉め置いて行った生肉と野菜を調理すべくキッチンへ向かった。
マジでアレは俺のカーチャンかっつうの、と最初にアレが山の中で俺の散らかした漫画とか片づけ出してから事あるごとに口から出る台詞を吐きながらふと思う。
そういやアレだけ他のカラスと違って泣き声が濁音混じらない綺麗なカァって鳴き声だが、最初からああだったか?
最初は他のと同じくカァっつーよりガァというか、そんな感じの鳴き声だった気がするんだが。
・・・ひょっとしてアイツ、自分の名前がカーチャン、もといカァちゃんだとか思ってんじゃなかろうな、どこのゆるキャラのつもりだあの野郎、ってかオスなのかメスかどっちなんだアレ?
猿の一匹に狒ぃくんとでも名付けろとでもいうのか、狒々的な何かになってっし・・・『む』から始まる動物はおらんが、熊とか明らかにそのお隣の奴だし、つーよりあの強面じゃあゆるキャラは無理か熊には、精々がメロンの・・・って何考えてんだか。
そんな事考えてる間にも慣れた手つきで飯を作って、というか適当に洗って魔力使って『焼いて』調味料とかドレッシングやらぶっ掛けただけだが。
煮たりすんのはこっちの水に魔素が含まれてないから不味くなるし、火を通すのもコンロやらなんやらで焼くとなんかあまり美味しく感じなくなるんだよなあ。
これもやっぱり魔素が関係してんだろうなあ、喰いモン以上に問題だったわ。
流石に電気に魔素を混ぜるとか意味不明なことが出来る訳もねえし、機械で出した熱に魔力的な加工をとか無理だし、この部屋がオール電化ではなくガス使用であっても無理だっただろうな、てかどう考えても爆発オチな予感しかしねえ。
塩やらの調味料やらドレッシングも流石に俺じゃあどうしようもねえしなあ、自分の汗を煮詰めて塩作るとかどう考えても無理くせーし。
となるとやっぱり猪やら鹿、あとの兎やらの血でソースを作るぐらいしかねえんだが、山の中ならまだやりようはあるんだけどこっちでやんのはなあ。
猿どもがそこんとこもいつの間にか習得してなんか作ってやがったが、てかカラスが持ってきてくれるんだが・・・なんか、料理でもアイツらに負けてきてるんだが。
こっちで見かける料理は魔素云々を抜きにしてもサッパリした味付けすぎるんだよなあ、魔素さえ含まれてりゃそれはそれで美味いんだろうが、まだ前世と比べると魔素の含有量が明らかに少ねえから綺麗に血抜きとかしちまったりすっと味がちょっと物足りなさすぎるんだよな。
中学進学してから既に半年経つが、アニメと漫画とラノベとゲームとネットが気軽に入手出来る環境に無けりゃさっさと村に帰ってるとこだわ。
中学ってのも漫画で見てどんなもんかと期待したが、所詮は三次元、そこに心躍る要素なんざ何も転がっちゃいなかったしな。
男も女も別に二次元みたくモブに至るまでそれなりの整った容貌してるわけでもなく、垢抜けねえ平たいモブ顔のジャリが猿みたいにギャイギャイ騒ぐだけの畜舎だったわけだ。
何が面白いだの、何がムカつくだの、何かカッコイイだの、何がカワイイだの、全く俺の感性と共通する話題がねえ。
漫画やらゲームの話ならちったあ共通の話題になったかもしらんが、そう言う話をする奴らと関わる前に殆ど行かなくなったしな。
新しい漫画とラノベとアニメ鑑賞と、ネット、ゲーム、その他諸々が忙しくて学校なんて行ってらんねえんだよ!
つーわけで、わざわざ一人暮らしなんざしておきながら立派な不登校引きこもりと化しているわけだ現状。
ま、テストや遠足やら運動会やらの行事には出るがな、別に人に物怖じするような不登校児じゃあねえし俺。
・・・これって不登校っつーよりサボりに近い気がするんだが、どうでもいい話か。
まだまだ読んでない、見てない、やってない、漫画が、ラノベが、アニメが、ゲームが、俺を待っているんだから邪魔させねえ!
俺の人生は今まさに絶頂、誰もこの俺の至福の時を邪魔することは許さねえ、例えそれが訪ねてくる先公であろうとも、なんか意味不明な使命感にかられた自称クラスメイト共であっても、だ!
邪魔していいのは密林からブツを運んでくる黒猫と山からメシを持って来るカラスだけだァ!!
今の俺の行動を左右できるのは、アニメの放送時間に漫画やラノベの発刊日、新作ゲームの発売、ソシャゲのイベと行動力回復時間、ネトゲの狩りの時間、あとはネットの実況動画とか掲示板、そして朝夕にメシ持ってきてゴミと既読の本を持っていくカラスだけだあ!!
意外と多いじゃねえか。
兎に角俺は忙しいんだよ、飯も喰ったし日課の早朝ランニングしながらのスマホ片手にソシャゲというスケジュールが、そして開店時間に本屋や古本屋、アニメショップ、ゲームショップに寄って、あとは只管にニヤニヤしながら部屋に籠るんだよ!
とりあえず、画面二分割したTV二台並べて一画面通信教育の他三画面アニメ鑑賞だな。
実況動画見ながら掲示板も覗きつつ、積んであるエロゲも崩して、あとは漫画とラノベの新刊を・・・くそ、何時の間にか思考は分割できるようになってても手は増やせねえからどうしても紙媒体の物は消化が遅くなるか、視界も流石に何冊も同時に見れるほど広がらねえし、上手くいかないもんだな。
右目と左目で別々の方に視界を確保して分割した思考で・・・って意識してどうにかなるもんでも、いや、訓練すれば行けんのか?ちとネットで調べてみるか。
っと、ソシャゲの行動力が、この時間はレイドは沸きが悪いから体力の消費は兎も角、レイド用の体力は沸いた奴の救援でしか消費しねーから使うのに時間がかかんだよなあのゲームは。
ちょ、はあまじくそ、メンテ?はあまじくそ、溢れるじゃねえかダダ漏れだぞ体力!
どうせ詫びとか言ってちょろっと石配って終了だろ?イベ中なんですけど、走れねえぞクソ、リアルではランニングで走ってっけどイベも走らせろよクソ!
何がサーバー強化だよ、何度目だ!どうせまたローディング画面でマスコットが延々走り続けるだけのマラソン強化イベとか言うオチだろうがクソが!!
土日は電波が届かねえ山奥とかに居るから平日に稼がにゃならんと言うに、糞っ、マジ糞、運営マジ無能許すまじ、やはりノー課金でフィニッシュだな。
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ピンポーン
夕方、自転車運動器具を漕ぎながらアニメを鑑賞していた俺の耳に呼び鈴の音が飛び込んでくる。
クソ、四画面の音と器具を漕ぐ音を聞き分けるので精一杯な現状で更に余計な音を拾うと一気に聞き取りが難しくなるじゃねえか。
ここら辺はもちっと鍛えにゃならんか、ってか見ているアニメの一つが一番盛り上がってる場面で水を差されたじゃねえか、熱い場面だったってーのに誰だよ。
まあ、密林の黒猫配送はいっつも時間指定してっし、店屋物なんざ頼むことなんかねえし、カラスは既に喰いモン置いて帰ったんで基本この時間帯に来る奴ってのは一人しかいないんだが。
そう考えながらも玄関に向かうと、予想通りの奴がぼさっと突っ立ってやがった。
鍵は渡したから勝手に入れって言ってんだが馴れん奴だな。
まあ、村での暮らしのせいで鍵を掛ける事に最近になってようやく習慣付いて来た俺が言う事でもねえんだろうけど。
村だと普通に呼び鈴なんぞ使うこともなくどいつもこいつも勝手に家に上がり込んだもんなんだが、都会ってのは一々面倒くせえもんだ。
「・・・・・・お邪魔します」
ぼそっとそんな事を言って挙動不審にカクカクとぎこちなく動きながら、脱いだ靴をご丁寧に揃えている奴の背中を見つつそんな事を考える。
そいつに何時も通りに次からは勝手に入って来いよと声をかけて戻ってアニメの続きを見るべく踵を返す。
数時間後、アニメ視聴を一段落させ器具のペダルを漕いでいた足を止めて部屋の隅に置いてあるパソコンの方に目を向ける。
そこにはヘッドホンをして猫背でマウスをカチカチやっている挙動不審者が。
まだ居たのかお前。
つーか、心なし息が荒いのが素でキモイんですが、というかもう遅いからさっさと帰れよ。
「・・・・・・今、いい・・・所、もう少ししたら帰、る。こんな生殺し状態で帰、ったら眠れ、ない」
声を掛けたらキリッとした顔でドモリながら若干鼻息荒くそう返された、キモイ。
その背後に見えるパソコンのディスプレイに映る『エロゲ―の濡れ場CG』が相まって余計にキモイ。
先日俺もそのエロゲーやって絵もシナリオも濡れ場も好みで大当たりですわあとか思ってたんで更に相俟ってなんていうか恐ろしく萎えるしキモイ。
キリッとした顔が童顔、まあそれは年相応なんだが、でそれなり以上に整った顔だがその背景がネチャっとした物が露骨に透けて見えるからなんか粘っこい印象を感じてよりキモイ。
凄まじくげんなりとした気分になりながら、その場面が終わったら帰れとだけ言って今日買ってきた単行本を開いた。
暫くして、元々の猫背をもっと前かがみにして、帰るけどその前にトイレを貸してと言われたが問答無用で靴と一緒に外に蹴り出して鍵を閉めてチェーンを掛けた。
今後アイツにうちのトイレは使用禁止だな、というか出入りも禁止すべきか・・・?