さん振り目 誘惑の、
よし、決めた。これからチトセちゃんに言おう。
考えてばかりでは進めません、言葉にしましょう。
「チトセちゃん」「イクタさん」
『!』
意識しなくても声が重なって、二人は目を丸くした。
「えと、チトセちゃんから先にどうぞ」
「いえいえ、イクタさんがお先に……」
想っている人の話は、先に聞きたい。考えていることが似ている男女であった。
「長い間、黙っていたじゃないですか。これから重要なことを言おうとしていたのでは……?」
「それは、チトセちゃんも、だよね?」
「重要かと訊かれましたら、はい、と答えます。でも、私にとって最も重要なことは……」
イクタは、二の腕をさすった。困っている時にとる癖だ。
「僕は、チトセちゃんの話が大事だけどな……。うん、譲り合ってばかりもなんだから、僕の方から手短に言うよ」
チトセはぶれなく静止した。
「なんで、僕の分だけなの?」
「え」
想定を外れた質問に、チトセはショートしそうだった。
「手料理、とっても嬉しい。本当は熱いうちにいただきたかったんだ。だけど、さ……」
ミスをしない彼女に、恥ずかしい思いをさせることは、イクタには許せなかった。だが、これだけは分かってほしい。
「一緒に食べたら、もっと嬉しいんだ」
チトセは胸を押さえた。イクタと会って149回目、温泉に浸かったような、感覚。血の通わない、無機的な自分に熱を与える存在は、イクタだけ。
「私、大変な失敗をしました」
初めての、ミス。計算はずれ。しかし、お互いに笑える「うっかり」であった。
「冷めてしまいましたね。二人分にして作り直します」
「待って!」
皿を下げようとするチトセに、イクタはめずらしく大声を出した。
「次からでいいよ。だから……」
散蓮華を取り、イクタは彼女の手料理をすくった。
「……分けっこしよう」
チトセは、自分の体温が正常でないことを感知した。
「もう一本、蓮華を持ってきましょうか」
「それは後」
イクタが、蓮華を持つようにすすめる。チトセは、慎重にもらい受けた。
「食べさせてよ、チトセちゃん」
「……!」
彼の声がうわずっていた。また、勇気をふりしぼったのだろう。それならば、応えよう。
「はい、どうぞ」
できたてはとうに過ぎていたが、真心は熱いままだ。思い出のアルバムに、新しいページが加わった。