そして雪が訪れる
「お兄ちゃんの言ってること、わかる気がする。でもね」
続きの言葉は、小雪が自分ひとりの秘密にしてしまった。
でも、簡単に予想はできてしまう。
……わかることができたらいいのだけれど。
異世界のバランスを保つという偉業を成し遂げた小雪と、僕は夕食の買い物に出かけてきていた。
女がリアリストだと痛感するのは、こういう時だ。
ふっと息を吐きあさっての空を仰いだ僕は、――そこになんと『普通』のAくんの姿を見つけてしまった。
隣で足を止めている小雪。
ほぼ同時に対象物を発見していたのだろう。
じゃあ。
「じゃあ先帰るから。あとはよろしく」
「あと?」
混乱する小雪をその場に残して、僕は全力で走って消えた。
見つかる危険はかなり大きいが、路上駐車の車の後ろへ。
横断歩道をAくんは手を振りながら走って渡ってくる。小雪は踵を返して、歩き始めた。
「買い物? 向坂」
ちっともめげない様子で、Aくんは明るく話しかけた。
なかなか気丈な青年だ、お兄さんは気に入った……かも知れない。
「降りそうな天気だね、雪。向坂も雪好きだろ?」
「嫌いじゃないけど」
「だと思ってた。そうだよな、やっぱり」
その言葉のすべてが順番に、小雪の顔を凍りつかせた。
「いいかげんにしてよ、もうっ」
「いいかげんて。向坂」
「わかるわけないじゃない、私のことがわかるわけないでしょ?! 普通の人間なんだからっ」
こんなところにいるんじゃなかった。僕は後悔していた。
小雪が泣いている。
僕の教えたことが役に立たないことなんて、あの時からわかっていた。
あんなことはお兄ちゃんが言ったって通じない。小雪の心のもっと、特別な……。
「もう二度と私に構わないで」
完全な涙声でそう叫ぶと、僕の大切な妹は粉雪の舞い踊る中を、走り出そうとした。
そう、した、だ。
足を止めた理由。それは空から
――雪だ。
いったい、いつの間に太陽は姿を消したのだろう。いつ、雪の雲に空のすべてを明け渡していたんだろう。
あ。
僕は隠れていたのを忘れて立ち上がっていた。
この町に降る雪の中に、小雪の雪が紛れている。
あの世界から来たもの。空間がねじれている。小雪が、そして僕が、不安定な状態だからだ。
雪に歓声を上げる人たちの中で、Aくんはゆっくりと少しだけ、背伸びをした。
「見つけたよ、向坂」
そして彼は、たくさんの今年最初に降りてきた雪片の中から、小雪の雪を手のひらに載せて差し出したのだ。
「これだよ。ほら」
小雪は、立ち止まった。
差し出された手の、溶けない不思議なかけらに、さっきとは違う涙があふれる。
「それは、向こうの世界に私が降らせた雪なのに。どうして?」
「だから言ったろ。見えるって」
見える。視える。
彼は確かに、僕らの国を映す人間なんだ。
小雪のための奇跡、彼の強さ。
僕はとても温かな気持ちになった。
微かに風が吹く。ふわふわと舞う雪の中に、小雪の雪が増えてきた。
あの空間だけは今、二つの世界が重なり合っている。
妹がうなずいて一歩踏み出すのを見届けて、お兄ちゃんは速やかに退場しよう。




