八.変更がヤバい
「警備の見直しだァ?」
時は遡って朝一番の神官長室。
すっきり目が覚めた私は、その爽快さをもってピコンと閃きを得た。朝食もそこそこに早速職場、神官長室へ直行し、昨日命じられた通りに秘密部屋にて書類整理。手を動かす合間に計画を練る。
その後やってきた神官長にぎょっとされつつの直談判は案の定、食いついた草食動物の肉がいまいちだったときの肉食動物の顔で受け止められた。
「馬鹿みてェな早朝から顔出しやがったと思ったら……ンだそりゃ。いるか? 神事だぞ。やらねーと世界が滅ぶって類のモンだぞ。ドンパチかまそうとする根性モンなんざいねェよ」
彼は噛みしめた肉がゴムだったと言わんばかりの獣の顔を……やめよう。神官長の一人動物園芸を判定してどうする。
「もちろんわたくしも同意見です。……ですが、昨日お話した件。覚ええおいでですね」
「……警戒すべきってか」
さすが悪徳神官長。悪巧みに敏感だ。
私に悪巧みのケはもちろん無いが、ここはマリアアザミの日頃の威を借りよう。「お話が早くて何よりです」と笑みを見せ、
「今回の一件、何かときな臭く思えます。初手を静観と致しましたが、どなたかが仕掛けてこないとも限りません。可能性が否定しきれない以上、最低限の防備は固めておくべきかと」
「……あえて釣り出す手もあンぜ」
「ございますが、向こうが手数を多く持っていた場合、藪蛇になりかねません」
それじゃ困るのできちんと否定しておく。
神官長はしばしの間低く、それはもう低く低く喉の奥でぐるぐる唸り、渋々といった様子で頷いてくれた。
「……わァった、警備を増やす。腕っこきも用意してやンよ」
「いりません」
「はァ?」
やはり先に資料を揃えてから赴くべきだったか。
先に顔を合わせてしまったのだから仕方ない。神官長直々に申し付けてきた仕事を後回しにするなど、おっかなくて他に手がつかなくなりそうだったのだ。
マリアアザミは放っておけと言うだろうが、OLのせっつきに導かれてしまった。小心の社畜は繊細なのである。
かくして、私の計画の第一歩「ヒロインが舞台裏に迷い込む? それなら穴を塞いでしまえば良いじゃない」の第一段階、上司の許可取りは成功した。
おかげで代償とばかりに秘密部屋の掃除を仰せつかってしまったが、概ね好調な滑り出しである。
◆
許可だけ出してあとはお任せな神官長を裏切ると、何が起こるかわからない。
私は重箱の隅を連続刺突されても対応できる資料を作り出し、現場の人間を丸め込んだ。すべてはヒロイン乱入事件を未然に防ぐため。
ステージへ繋がる通り道を最低限に、猫の子もお断りの隙間を無くした仕上がりを提案。足りなくなるであろう資材は既に築き上げられたステージ上の壁を取り払い、転用させることで解決する。
得られるのは開放感。そして失われる物の影。
通常であれば舞台裏にはあくせく働く人員が蔓延り、観客から慌ただしさを隠さねばならないのだが、そこは別の手を打つ。
許可取りは朝の神官長室で済ませたとはいえ、他の部署への申し送りがまだなのだが――
突然の仕様変更にひぃひぃと情けない声を上げながらも、タンクトッパーたちは己の職務に従事していた。
目を皿のようにして書類に向き合い、変更点を把握。あっという間に実行に移していく手腕は、さすがは現場の叩き上げ。筋肉は飾りじゃない。
とはいえ急な変更、急な仕事だ。張り切って資料を作った割に、人数分のコピーも用意していない体たらく。お恥ずかしい。
少しでも仕事がスムーズになるように、少しでもまごつく者がいればすかさず歩み寄ろうと腰を浮かせる。しかし瞬時に気づいた誰かが把握している誰かをあっという間に連れてきて、私の出番がなくなってしまう、その繰り返し。
素晴らしきかなチームワーク。現場で培われた絆の眩しさよ。
おかげで現在の私は、空き木箱に腰掛けるお飾りだ。言い出しっぺが仕事をしていない。苦しい。
必要ないならないで別の仕事をしに行きたいのだが、突然の変更、完璧に把握しているのは私だ。持ち場を離れてトラブルが起きれば、結局は彼らに残業を強いることとなる。
いやだ。せっかくのホワイト異世界に、ブラックを持ち込む先駆者になどなりたくない。
と思っていたら目の前にブラックが差し出された。
「飲みますか」
缶コーヒーのブラックを手に、こちらを見下ろす赤銅色。
「ありがとうございます、助神官アンスリウム」
そろそろ昼休憩の時間らしい。幾人かが手を止めている。
……昼休憩なら離席しても良いのではなかろうか。少しでいい。少しでも、往復時間考えたらキツイかな……。
「……攻め手変えました?」
内心そわそわしても余裕の態度は崩さない。優雅に缶へと口をつけつつ、それでも内心そわそわの私はアンスリウムの言葉をうっかり聞き逃しかけた。
「は?」
「現場。普段はあんまり来られないでしょう」
アンスリウムは自分の手の中で弄ばれる未開封の缶をじっと見つめ、続ける。
確かに。現場を、それも作業中の現場を見た記憶は薄い。
今は二人分の記憶があるので散らかって見つからないだけかと思ったが、アンスリウムの言葉通りであれば本当に、滅多に足を運んだ経験がないとみえる。
神職はそれぞれが専門職であるので、一度決定したら完全に任せきり。干渉しないことが普通だ。
今回のような急な変更も同様に、ほとんどが現場の判断任せ。取り除いた資材を何に活用するか、事細かに記した書類を届けはしても、現場に居座る神官などいない。さぞ鬱陶しいことだろう。
なるほど、それで攻め手というわけだ。
今までのマリアアザミは指示を出してそのまま。今のマリアアザミは指示を出しに出して過干渉。遠くから石を投げてくるか、それとも近くから刺してくるのか。どちらがマシかは被害者次第だが。
「もしや、御迷惑でしたか?」
「えっっっ……まぁ、その……は……、いいえ……別に」
アンスリウムは素直に缶を取り落としかけて、かろうじて持ち直していた。代わりに声ががたがたしている。どちらに転んでも素直な男である。
「でも、まあ。なんとかなりそうなので。それはそれで」
誤魔化しきれていないことに気づいていないのか、アンスリウムはすっきりした顔で、あまり代わり映えのしない表情筋を、ほんの少しだけ動かした。
「……で、神官アザミ様は、その、……まだいるんですか」
ものすごく悪いことを言っているのはわかるけど、長居されてもちょっと困るな、という複雑な心境を見事に共存させていた。
とにかく隠し事ができないらしい。遠くない未来、マリアアザミに弱みを握られることだろう。南無。
◆
本当に支障がなさそうなので、素直に次の現場へ向かう。
現場というか神殿だが。今日この時間なら、目当ての相手は神殿勤務のはずである。
神殿一階の最奥、重厚な両開き扉に制御魔法具を翳せば本人認証による解錠が叶う。中から扉を開いてくれた警備兵の最敬礼を尻目に、重々しい閉扉の音を背中に受けて一人階段を下っていった。
相変わらずの手入れの行き届いた絨毯床、白い石壁による温かみの乏しさは、なにも悪徳神殿であるばかりが理由ではない。完全なる防音が施された、頑丈かつ人目を憚る地下施設。
少し進めば廊下を挟んで左に並ぶ個室の扉。右は二つの両開き扉となっており、防音資材で少し手応えの強い方を押し開いた先に、
「ハイ! ワン、ツー! ワン、ツー! 遅れてるわよ! 腕下げない! 腰入れなさい! ほら、ワン、ツー!」
パンッパンッと炸裂するかの如き手拍子を鳴らし、ピンクのリップで彩る分厚い唇が怒号によく似たテノールでリズムと指導を早口に刻む。
膨らんだ大胸筋と二の腕、絞り上げられた腹斜筋ときゅっと締まった大臀筋をより引き立たせるぴったりフィットの開襟シャツと、スキニーパンツでモデル立ち。
化粧の濃い褐色肌にマッチした、刈り上げられた柿色頭。長い付けまつ毛はくるんと上向きにカールして、黄緑の瞳に宿る目力が増していた。
「それじゃ姿勢良すぎじゃないっスか? もっと背中曲げて、体で影作った方が映えるっス。そうしましょっス」
ワックスがかかったツヤツヤの板張りに直接蹲り、纏う白衣の裾を広げる。分厚い遮光ゴーグルを額に押し上げヘアバンドのようにした結果、藁束のようなボサボサ髪が余計に荒れてしまっていた。
薄茶の瞳を好奇心旺盛に上へ、下へ。汚れた指にペンを握り、熱心に手元の紙へと書きつけている。暗所に親しんだ不健康な肌色の青年。
「あのね、余計な口出さないで。引っ込んでなさいよ外野は。今は神聖な演習の最中。おわかり?」
「えぇー……こっちだって神聖な演出のためっスよお。ほら、足上げてっス、足上げてっス」
「足下げて! 腕下げない!」
「腕下げないで足上げてっス」
「足下げないで腕上げる!」
言い合う刈り上げ頭と藁束頭の男二人に追い立てられるクソガキ二人、もといトリトニアとガラニチカは、汗みずくで荒い息を繰り返し、そこはかとなく顔色が悪い。
やむを得ず両手を打ち鳴らした私は全員の視線をひとまとめにして、「つんっ」とした顔で呆れを隠した。
「ごきげんよう。助神官アマリリス、助神官オリザサティバ。相変わらず、精が出ておりますね」
刈り上げ頭は我らがアポロン神殿が誇る神事演習の総責任者、助神官アマリリス。
藁束頭は我らがアポロン神殿が誇る神事演出の総責任者、助神官オリザサティバ。
神事における重要な役割であり、偶像神威に直接指示する権利を持つ助神官の二大トップ。
職務上意見が割れることも多く、言い争いが絶えない二人だ。ただし、傍から見ると漫才にしか見えないし、一番被害を被るはめになるのは他人ときている。はた迷惑なコンビである。
「あらあら、ごきげんよう。神官アザミ様」
「神官アザミ様ー、これ、これ見てっス。これ見るっス」
「バカ挨拶が先でしょ!」
瞬時に取り繕えるアマリリスに対して、頭をひっ叩かれたオリザサティバはマイペースにもたもたと紙束を揃え「こんちはっス」と御挨拶。二撃目を脳天に受けても堪えず、まったく揃っていない紙束をしゃがんだままでひらひら掲げた。
なんだかんだで仲がいい。だからこそ、被害は周囲が受けるのか。
「ベアちゃんから話は聞いちゃったっス! 衣装が映えるような演出ってー? 最高っス! やりてーっス! やらせるっス! やるっスうーーー!」
「ヤるヤる言うんじゃないわよ、はしたない!」
「はーしたない言う方がはしたないっス! それより演出! 演出の話っスよ! 神官アザミー様! めっちゃ案出したっス! 全部やるっス!」
「全部は無理だって言っただろうがバカ野郎!」
普段はマイペースだが、自分の興味を引くとなると手が付けられなくなる演出担当と、声に男らしさが混ざり始めた演習担当の収集がつかなくなりかけたので、もう二度両手を打ち鳴らす。
「お静かに。お話は順番に頼みます。まずは私から」
「演出の話っスか!」
「ええ……なにかしら。問題でもあった……?」
前のめりと引き気味の二人を片手で制し、そのまま入室して以降、一言も発してこない二人を示す。
「お昼時を随分と経過しておりますが、休憩はお取りになりまして?」
「「あ」」
仲良く重なる呆けた声の裏で、仲良く崩折れる音がした。
レッスン室はブラックであったらしい。
投稿スケジュールに変更あり。
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ほんと、読んでくださるだけで有り難いのに。あつかましくもすみません。
早く! が多いと早めに挿話いれるので。
のちのち! が多いと挿話をモリモリ準備するので。
なにとぞ、なにとぞ。