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六.自宅でのくつろぎタイムがヤバい


 帰りは上機嫌の社長が、運転手付きの空飛ぶ高級車で送り届けて下さった。「期待してンぜ」との有り難いお言葉には薄ら笑いで返しておく。分厚い眼鏡は感情を隠せて便利だ。


 マリアアザミの自宅は貴族街の端も端、それでも庶民街よりはよっぽど綺麗な、地方貴族が遊学や一時の滞在に使うそこそこお高めのマンションの一室にあった。

 お高めといっても、価値をセキュリティに全振りしているようなマンションだ。外観は短くない歴史を感じ、内装もシンプルそのものである。


 プライドエベレストなのだからよりよき高級住居を選びそうなものだが、それはそれで難しい。高級であればあるほど、貴族街の上へ行けば行くほど、血筋はもちろんのこと振る舞いも貴族らしさを求められる。

 貴族らしさには色々あるが、マリアアザミによる最たる厄介はご近所付き合いであった。

 無理だ。手当たり次第を嫌うマリアアザミには無理だ。ご近所付き合いは貴族街の中程あたりから、当たり前に求められる技術である。無理だ。

 ご近所付き合いを厭うなら、端の方で暮らすしかない。


 そもそも、マリアアザミにとって高級品にさほどの価値はない。

 家具に対するやる気のなさがいい例だ。必要最低限のもの、中古ではないもの、使えるもの程度の判断基準で、色合いも黒か白か茶色といった地味なチョイス。OLも大満足の落ち着き空間に、匠も影で泣いている。

 ほとんどの神官は庶民街の寮に入るので、馴れ合いを嫌いプライドの高いマリアアザミとしてはここが最高ラインかつ最低ラインというだけなのだ。

 貧乏暮らしはしたくないが、ハイブランドに興味もない。こういうところは本当に上手くやっていけそうだ。悪役でさえなければなー……。

 

 ちなみに、貴族そのものが暮らす貴族街の上位も上位は貴族らしい佇まいの邸宅が多く、先祖代々長く暮らしたご家庭ばかりなので論外だ。単身者などいない。

 ……いや、いるにはいる。神官長だ。上位神殿の長など例外中の例外なので、数に入れてやる必要はなかろう。


 帰宅してさらしも解き、ゆったりした部屋着で眼鏡も外す。

 風呂上がりの完全プライベートタイムとしけこみたいが、少し頭を整理する必要がある。お茶だけ淹れて、ソファにゆっくり身を沈めた。


 マリアアザミの職場環境は概ね良好……上司が類稀なる悪役で、後輩が洒落にならない悪役で、担当する偶像神威がとんでもないクソガキであるという点を除けば良好だ。

 上司には信頼されているし、後輩はこちらを慕ってくれている。肝心の仕事相手、少なくともデザイナーとは問題なくやっていけると思われる。

 問題はクソガキ……もとい、トリトニアとガラニチカだ。

 ベルグラスには素直に衣装の要望を伝えたそうだし、嫌われているのはマリアアザミだけなのだろう。誰かに間に入ってもらうか。ベアグラスは偶像神威にばかり構っていられないし、親しくなって早々だが後輩のプルサティラに頼んでみるか。……いや、駄目だ。あの子もあの子でアクが強い。悪だけに。

 

 あまりよそに頼り過ぎてもよろしくない。マリアアザミのエベレストは伊達じゃないのだ、他人に大事な仕事を任せるなど、周囲から天変地異の前触れと取られかねない。

 万が一にも成り代わりを疑われ、本人証明として「マリアアザミだけが知る情報を吐け!」なんて詰め寄られたらどうするのだ。そんなもん黒歴史しかない。言えないから詰む。バッドエンドである。


 クソガキコンビには、ほどほどの距離感をもって接するしかないか……。


 いや、あのクソガキコンビ、クソガキなりに攻略対象だった。ヒロインとの仲が進展すれば、私の黒歴史がバレる。あまり放置もしてやれない。

 クソガキコンビの注意を他に向けてやるというのは如何だろうか。

 偶像神威が恋愛にかまけるなど、マリアアザミ様はお許しにならない。マリアアザミ様がお怒りになれば、私の体にストレスが溜まる。なるほど、恋愛以外に興味がいけば私の黒歴史が秘され、私の体も無事に済む。悪くない手だ。


 では、クソガキの興味が恋愛に向かないためにはどうするべきか。私のOLの部分に聞いてみたところ、彼女は仕事と答えた。……この社畜め。

 即断即決に否決したくなるが、考えてみればこれも悪くない。

 クソガキがクソガキである所以は、仕事に対するやる気のなさである。仕事に前向きに取り組んでくれさえすれば、さらに私のストレスが軽減してしまう。いいことづくめだ。

 天啓を受けた気分だ。これは確定だな。希望が見えてきた。


 肝心の仕事に対するやる気を生む方法、それが知りたい。

 頼りになるOLさんに重ねて証言させよう。はい、思考が働かなかなるまで働かせれば良いと思います。……この社畜め!

 なんだ働かなくなるまで働くって。働くとしか言ってないじゃないか。それは洗脳だ。悪しき手段だ。彼らは子供だと、ベアグラスも言っていた。その通りだ。子供に過酷労働を強いるなど恥を知れ。彼らは偶像神威になるしかなかった、哀れな子供たちだ。やる気もやりがいも、見つけられずにいて当然だ。きっと本当は何にだってなれた。なのにすべて奪われてここにいる。偶像神威など知らんと、匙を投げて当然なのだ!

 

 私は激怒した。必ず、この邪智暴虐の案を除かねばならぬと決意した。私には子供がわからぬ。私は、かつては普通のOLで、今は悪役ヒロインである。仕事をして、仕事をして、仕事をして暮らしてきた。けれども子供に対しては、人一番に敏感であった。


 マリアアザミは子供と呼ばれる年頃に偶像神威となり、心を折られた。OLは社畜を除けば気儘な独身生活であったが、友人の子供、その誕生を喜んだ経験があった。ひとごとなのに酷く嬉しかった。大切な友人の喜びを、自然と我が喜びとした。


 もっと他に手があるはずだ。なければならない。大人として、子供の未来を滅茶苦茶にすることだけはしてはならない。悩みに悩んで、悩んで、悩んで、お茶のおかわりを淹れて、悩んで、悩み抜いた。――可決した。

 いや待って欲しい。違うのだ。ふざけてない。ないったら。

 

 彼らは偶像神威以外の選択肢がない。魔力への強い親和性を取り除く手段はなく、放っておけば破裂して死ぬ。であるならば、偶像神威としてのやりがい、喜びがあれば良い。

 幸い私は彼らの担当神官、サポートやスケジュール調整がお仕事である。やりたい放題だ。何か前向きになれるような、そんな仕事選びをしてやれば良いのだ。

 マリアアザミの記憶もある。彼女の偶像神威としての記憶は、失敗、失墜、絶望だ。結論が出ているのだから、過程を真逆にして成功を描こう。


 黒歴史を秘するため、黒歴史を利用する。マリアアザミはマジギレするかもしれないが、少しで良い。時間をくれ。きっとより良きものにしてみせる。

 私の願いを聞き届けてくれたのか、体に不快感は訪れなかった。よし、やろう。任せておくれ。


 職場の人間関係に対しては放置。ゲーム本編ストーリーへの対策、担当の偶像神威に関してはスケジュールの見直しで対応する。


 次はアルテミス神殿、ヒロインと残る攻略対象について。

 アルテミス神殿は弱小神殿ながらも、新たな偶像神威と主人公パワーにより、これからどんどん成り上がっていく。

 直接的な妨害はできない。下手に関わると黒歴史バレをしてしまうし、悪事は破滅のもとである。


 そもそも、アルテミス神殿と対立する必要はあるのだろうか。


 神官長は殺る気の人なのでやる気だが、マリアアザミの意見をたてて静観してくれるだろう。たぶん。マリアアザミは使える部下なので、いきなり下手な横槍や横取りをして反目しあう事態は避けてくれるはずだ。そうしてちょっと時間を稼げば、手出し不可能な域まで大きくなっていく。ヒロインさえいれば。

 

 ……あれ。ヒロインさえ、いれば?


 それは間違いない、と思う。本日秘密の書棚で、最高神職者である神主の行動記録を閲覧した。十八年ほど昔、当時神官であった彼、出世確実の期待の星であった彼が、出世の必須業務である地方に赴く巡業を行っていたときの記録だ。


 彼は当時、とある田舎町で一人の女性と非常に親しくなったそうだ。なんでそんな記録があるんだ。うちの神殿こわい。

 何はともあれ、あー、これひょっとして主人公の母親のことかな。ヒロインは年齢も出身も公開されてないけど、スチル的にそれぐらいでおかしくない年齢だよなあ。へー、神主様この頃すでに婚約者いたよな……へぇ……と読み込んでしまった。


 しまった。ヒロインの実在を確認していなかった。

 その女性の調査は二人が別れて半年ほどで打ち切ってしまったようで、その後の展開はわからない。やろうと思えばアポロン神殿の地方支部や、息のかかった地方神殿から情報を引っこ抜けるだろうが……悪いことはしたくない。


 それに、彼女の実在は近い内に明らかになる。

 ヒロインにとって、マリアアザミとの邂逅は本編開始の序盤も序盤。お披露目を間近にして、担当する三人の偶像神威と共に大手神殿の神事を見学に行ったヒロインは、迷い込んだ舞台裏で出番を控えた二人の偶像神威と出会う。

 言葉を交わすうち、偶像神威からの印象がなんだこの面白い女、となったところで現れる嫌味ったらしい女神官――マリアアザミの登場だ。

 

 その神事、近いうちに執り行われるトリトニアとガラニチカの芽吹きと恵みを奉る神事だろう。そういえば今日見たデザイン画、見覚えがある。

 あれを見たときの衝撃は、出来の良さではなく既視感によるものだったんだな……自分の感受性が進化したわけじゃ、ないんだな……。

 

 ということでヒロインの実在確認は後回しだ。

 最高親和性の持ち主である新たな偶像神威、その担当となる神官を、我らが神官長が調べないはずがない。おのずと情報は得られるだろう。……私がやらなくても、神官長がやるのか。止めることは……無理だな。諦めよう。


 ヒロインサイドの攻略対象については、関わらない。関わらなければ問題ない。

 そもそも異なる神殿の神官と偶像神威が関わる必要など皆無である。彼ら三人の偶像神威ルートで黒歴史がバレた経緯は、マリアアザミが嫌がらせ目的でガンガンに特攻をかましたせいだ。

 余計な行動がもとの自爆とは。まさしく悪事は身に帰る。

 ということで、嫌がらせはしない。そして関わらない。以上二点を胸に対応する。三人分の対応がたったこれだけで済むとは、気が楽だ。


 他にも考えるべき点はいくつかあるのだが、今日はこれぐらいにしよう。明日も仕事だ。

 テッペン迎える前に帰宅、就寝なんて、素晴らしきかな乙女ゲー世界。

 対策もいくつか立てられたことだし、私はすっきりとした心地で眠りについた。


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