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二十二.相談がヤバい


 きっちり整えたオールバックの黒髪と、顔の中心をすっと通り抜ける高い鼻梁に切れ味抜群の赤い瞳。一部の隙もなく着こなす黒いカソックは体の厚みを隠しきるには至らず、持て余しかねない長い手足も威風堂々とした立ち姿があればより一層の迫力を醸し出す。

 整った面立ちと恵まれた体躯の持ち主であるこの男。間違いなく美丈夫に属する類なのだが、浮かべる凶相と纏う空気の剣呑さが、獰猛な肉食獣に対峙しているとき同様の緊張感を押し付けてくる。


 神官長アクイレギアは相変わらずの悪人面で、鏖殺の予感だけで生じる愉悦を隠しもしない、ご機嫌な笑みでこちらを見下ろしていた。


「火ィ付けっか? 外の湖使っても良いな。事故に見せかけるか、自殺に見せかけるか。落とすでも貶めるでも構わねェ。派手にヤってやンよォ……!」


 触る者を手当たり次第に殺傷してきた血色の眼光を喜々と放ち、長く節榑立つ指を小指から一本、また一本……と、時間をかけて指折り数えるのは敵性存在に捧げる抹消手段だ。

 命の燈火を懇切丁寧に磨り潰していくような、容赦皆無の慈悲なきカウントダウンは、見ているだけで心胆寒からしめる。クソガキコンビのヤる気など、彼と比べれば仔犬の駄々にも劣るだろう。


 湧き起こるプレッシャーを真正面から受け止めてしまった私は、さり気なく一歩下がって、深々と頭を下げることにした。


「ご機嫌よう、神官長アクイレギア様」


「おー」


 おざなりに返した神官長が先に室内へ足を運び、扉に手を掛けた肩越しに「入れ」とだけ付け加える。先日の実験装置で見せたエスコートとは異なる、ぞんざいな扱いに少しばかり安堵して、彼に続いて入室した。


「報告は聞いてる」


 早々にデスク向こうに回ったアクイレギアは、黒張りの高級チェアにどっかと腰掛けるなり言葉少なに議題を掲げた。

 ここ数日、プルサティラに任せていた進捗の話ではないと瞬時に悟る。アポロン神殿神官長ともなれば、些細な噂話も瞬時に耳に入ってしまうのだ。なにせ権謀術数に長けた組織なもので、間諜の一人や二人、当然の如く放っている。

 トークイベントでの珍事、既に耳に入ったらしい。


「相手のことまで、既に?」


「アルテミス神殿の新人。テメェが前に調べてた野郎どもだな」


 そういえば、そんなこともあった。

 OLの自我が宿ってすぐのこと。プルサティラに連れられ赴いた定食屋にて、小耳に挟んだアルテミス神殿にまつわる噂話に端を発した出来事である。

 そのときの調査内容、主軸はフリージアにあったのだが、いきなり無名の新人神官に注目する理由を聞かれても答えられない。フリージアに関する情報は胸に秘め、アルテミス神殿周りのまとめ書きを提出することで目的を誤魔化したのだった。


 壁際の棚に一瞬視線をやって、その向こうに隠された秘密部屋を無言で示してから浅く首肯し答えとする。


「おっしゃる通りでございます。問題行動を起こしたのは彼らの担当神官ですが、間違いなく、例の三人組を押し出す腹積もりでしょう」


「ウチを箔付けに使うつもりか……舐めたマネしてくれンじゃねーかよ」


 魔力に対する親和性の高さは、神から注がれる寵愛の深さを意味する。つまり、偶像神威の格にそのまま反映されるのだ。

 親和性が高ければ高いほど、神聖を帯びた、霊験あらたかな者であるとされ、そんな神の子の神事を目にできたなら至高の恩恵が得られるだろう……というのが、この世界における一般常識となっている。


 かつてない親和性を叩き出したアルテミス神殿の新人偶像神威三人だが、弱小神殿からデビューさせたところでたかが知れている。であれば、大手とコラボすることで話題性を呼び、あわよくば資金面や技術面でもサポートを得ようとの魂胆に違いない――と、解釈する他ない。

 あの無軌道なフリージアの言動を、どこまで常識に当てはめて良いものか。悩みどころだが、表向きも裏向きも、ひとまずはこれで納得し次なる手を考えねば。


 考察に唇を閉ざした、短い沈黙のあと。神官長は背もたれに深く背を沈め、苛立たし気にガツガツと指先でデスクを叩き始めた。射殺さんばかりに鋭さを増す双眸を見れば不機嫌からなる貧乏揺すりのようだが、これは「なんか案出せ」の合図だ。知的財産のカツアゲである。

 そんなこと言われても、こちらとて思いつかない……などと、そのまま告げればどうなることか。役立たずの烙印を押されたあとは、弱き者は肉と化す、自然の摂理を体現するというシナリオ外の破滅ルートが生まれてしまう。なんでもいい。我が身可愛さを理由に策を絞り出すべく瞑目し、数秒だけ呼吸すら止めた。何かないか何かないか何かないか――……


「……先手は取られました。主導権こそを握りましょう」


「そりゃ、避けられねェってコトか?」


「はい。現場に居合わせた民衆の反応は、動揺しつつも好意的でした」


 乙女ゲームにおける合同神事は、確約された共通イベントであった。それは神殿間の格差を嘆く上の思惑や、フリージアの実父である大神官の親心が由来している。

 リアルと化した今現在において、アポロン神殿秘密部屋をもってしても前者に対する確証は得られていない。が、後者は可能性がなくもない。かつて愛した女性の忘れ形見であるフリージアと親馬鹿満点の大神官がゲームの通り存在するなら、親の後押しによる合同神事開催はあり得る話だ。

 それだけに留まらず、期待を滲ませる観客たちのあの反応。上手くやれば間違いなくガッポリいける。神だのなんだの言っても、王は人だし官吏も人だ。儲け話となれば必ず食いつくに違いない。国の運営には金がかかる。税収だけじゃ回らないのだ。


「ありきたりな神事が多い昨今、合同神事は非常に魅力的に聞こえることでしょう。上は無視できないのではありませんか? であれば、他所に持っていかれるのも、無かったことにするのも好ましくありません」


 拒めないならイニシアチブだけでも握らねば、次に何が起こるか起こされるか、やらかされるか定かではない。そんな状態御免被る。

 神官長もその辺、理解しているのだろう。げんなりと顔を歪ませながら、こちらの話を否定せず黙って聞いている。有り難いことだ。普段であれば。できれば意見を言って欲しい。未だ考えが纏まりきっていないのだ。主導権ってどうやって取るのだ。大物の威を借りれば良いのか。大物。

 この世界の大物といえば、ひとつだ。


「まずは、ゼウス神殿に話を通しましょう」


 全神殿のまとめ役、統括組織の名を出せば、さしもの神官長も「妥当だな」と疲れた声を出す。王城に本拠を構えるかの神殿と交渉するなら、神官長が出向く他ない。大役を丸投げされるアクイレギアは面倒臭そうだ。お偉方を口説き落とす文言ぐらいは共に考えるので許して欲しい。


 アポロン神殿が木っ端神殿の意見を丸呑みしたあげく積極的に動くなど、培ってきた悪名高さでいらぬ誤解を招きかねないのだが、我らは良くも悪くも悪知恵働くグループとして周知されている。少なくとも、上から睨まれる結果になりはしないだろうと、そう判断されるに足る実績は、ある。

 合同神事の足がかりとして、良き前例としての舞台立案さえできればいい。様子見を兼ねると言えば無難な案でも通るはずだ。拙速は巧遅に勝ると言うし、大まかな枠組みだけ纏めたレポートを作成し早々に神官長を送り出そう。弊社主導のもと早々に片付けてしまえば、フリージアが何を目論んでいようと関係なくなる。悪くない作戦だ。

 そうと決まれば即行動、と退室を申し出るべく開いた口は、背後の大扉より響くドアノックに阻まれた。


「入れ」


 部屋の主の許可を得て入室したのは、ダークグレーのスーツをぱりっと着こなすロマンスグレーの老紳士だ。しゃんと伸びた背筋は加齢を感じさせず、口髭は定規でもあてたかと錯覚するほど整っている。先日の視察でお世話になった、神官長直属の運転手であった。

 彼は私に気づいて会釈だけ向け、静かに、上品さを損なわない程度には足早に、神官長の許へと侍り一通の封書を差し出した。受け取った神官長は印象を裏切らぬ粗雑な仕草で封蝋を剥ぎ取り、


「やられたな」


 さっと目を通した便箋を、手首のスナップを利かせて高くへ放った。横回転したそれは天井に衝突する直前で勢いを失い、右へ左へ空間を漂い、時間をかけて下降する。おそらくポイ捨て目的ではない。

 こちらの苦悩を知りもしないで優雅に舞い落ちてきた便箋が、私の目の前までやってきたので横から攫うようにして摘み取る。神官長の顎をしゃくる動きに確信を得て、遠慮なく書面に目を向けた。秀麗な筆記を追いかけるうちに、知らず知らず眉間が盛り上がっていく。


「……は?」


 不快に染まった声と、力んだ手が紙をひしゃげさせる音が同時に響いた。両者とも、発生源はマリアアザミ。すなわち私である。

 正気を失った可能性を鑑みて、改めて最初から読み直した。それでも変化が起きなかったので、頭文字だけを抜き出してみる。違った。裏面も確認する。驚きの白さだ。違う。

 矯めつ眇めつ眺める頃には、最早文字など信用できなくなっていた。何かないのか。擦ったら浮き出てきたりしないだろうか。


「……なんかイイコト、あったかよ」


 静かに冷静さを失いつつある私に、神官長の声が呆れていた。他人事な物言いだが、事ここに至っては素気ない反応も仕方あるまい。

 便箋一枚。差出人はゼウス神殿。宛先はアポロン神殿神官長アクイレギア、及び関係者各位。つまり私や助神官、偶像神威も含まれる。

 タイトルは通達文書と銘打っているが、単なる業務連絡と侮るなかれ。ゼウス神殿の名の下に記された場合、抗いようのない命令書と化す。報告連絡相談抜きの、決定事項を突きつけるだけのもの。


 曰く。アルテミス神殿主導のもと、合同神事の執行に努めるべし。


「早すぎます……!」


「アレが根回し済みの奇行ってんなら、多少納得行かねーか?」


「それは、そうですが……」


 声に動揺が丸写しの、取り繕わない部下の姿を珍しそうに眺めるアクイレギアが当然とばかりに補足するが、納得しきれず歯切れの悪い返しになるのも無理からぬこと。フリージアの姿を直接見ればさもありなん。

 今を現実と理解しているとは思えない、考えなしの言動を繰り返すあの小娘が、きっちり根回しを済ませていると? 前代未聞を押し通す、上層部を動かせる弁舌を持っていると? ありえない。仮にあの振る舞いが演技だとして、こちらがすっかり謀られていたとして、それでも現状はあり得ないのだ。

 

 まず第一に、ゼウス神殿を動かすのは容易ではないということ。

 国の中枢に食い込む彼らは良くも悪くも保守的で、画期的な案にはまず難色を示すものだ。もともと合同神事はゼウス神殿側の意向、あらかじめ定められていた催しである……というのは考えにくい。ゲームでもある程度ストーリーが進行し、言い出しっぺのフリージアに多少なりとも実績が生じてからあーだこーだと長々議論をこねくり回し、長い時間をかけてやっと決断に至った展開だ。

 確かに合同神事の開催間違いなし、と言いはしたが、いくら実父が有力者であろうと、なりたてホヤホヤの駆け出し神官である彼女の案がすんなり通るはずがなく、先刻の騒動を受けてのこととしても決定にはそれなりの時間を要する。

 トークイベントが終了し、まだ一時間経ったかどうか。ゼウス神殿とて諜報機関のひとつやふたつ飼っているだろうが、いきなり通達を送りつけてくるなど話が早すぎだ。あり得ない。


 第二に、そもそもフリージアに根回しの手段がないこと。

 業界下位に位置するアルテミス神殿の関係者が、王城の一角に敷地を設けるゼウス神殿に出入りすれば確実にこちらの耳に入る。フリージアの実父が自ら赴いた場合も、手紙や伝言などの第三者を介在したやりとりも同様だ。アポロン神殿諜報部に隠し事など不可能である。

 父娘の再会は果たされておらず、ささやかな接触にも至っていない。したがって、両者の結託はあり得ない。


 では、現在の窮地は如何なることか。

 実際に見たフリージアと、得た情報、起きた出来事が噛み合わない。私の解釈は誤りで、神官長の言う通りすべてフリージアの掌の上だとでもいうのか。アポロン神殿諜報部を出し抜ける、なんらかの手段が向こうにあるというのか。


「なんにせよ、石頭のクソジジイども(ゼウス神殿)に文句言って通じるワケがねェ。通達は受ける。――受けた上で、動くぞ」


 手段は問わぬと、言葉の裏に続きを隠し、アクイレギアの眼差しが温度を失う。

 火炙りや水責めを嬉々として語っていたときとは真逆の様相は、とことんまで冷淡に事態を進める覚悟の色だ。そうして、私に問いかけてくる。


 お前はどうだ、と。

 自分と同等の覚悟があるのか。

 あるいはまったく別の、異なる方策があるのか、と。


 手段なら、いくらだって浮かぶ。

 あえてトラブルを起こし、敵方の失態として処理する手。哀れな被害者を演じれば、同情票でも支持は集まるものだ。そうしてアルテミス神殿を立ち直れない域まで追い込み、王都から追放する。あっさり問題解決である。


 あるいは、ゲームのシナリオに従うか。

 イベントの成功という形ではない。私の在り方の話だ。本来定められた通りの悪役ヒロインとして、フリージアなど消してしまえばいい。アポロン神殿が有する裏の人脈をフル活用すれば、人の子ひとり余裕で亡き者にできるのだ。幸い、アクイレギアのヤる気は十分である。申請はあっさりと通るだろう。

 最短ルートで原因を排除して、平穏な日々を手に入れる。先々に怯える必要もなくなり万々歳。悪役ヒロインらしい手段を用いて、悪役ヒロインのためのグッドエンドを。


「………………」


 合点がいった。しっくりきた。

 形は違えど、経緯も違えど。本来の、《アイドルアイル(乙女ゲーム)》のマリアアザミも、こうして決断したのだろう。


「神官長様」


「……ん」


 じっと注がれる視線を真っ向から見返して、私は。


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