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二十一.撤収がヤバい


 フリージアは、ちょっぴりおっちょこちょいな少女である。

 不測に呼び込むトラブルは大中小と数しれずとも、生来の人好きする性格と培ってきた人間関係が幸いし、「仕方ないなぁ」の一言で流されるのが常なのだが――……


「何なんだよあの頭のおかしいの!」


「…………」


 頭上から湯気を立ち昇らせんばかりに赤い顔したトリトニアが憤慨を顕にする一方、唇を引き結んだガラニチカは言葉の代わりに眉間ひとつで内心を表現している。複雑に刻まれた山脈の下、躍動するマグマが目に浮かぶようだ。

 乙女ゲームの正規ヒロインは、悪役ヒロインのお膝元で、ちょっとじゃ済まないとんでもトラブルを堂々ブチこんで下さったのだった。


 本性がクソガキであろうと、不審人物の身元がはっきりしていようと、神の子の安全は何より優先されねばならず、なあなあの対処は許されない。「危険がなさそうなので続行しました」なんて言ってみろ。トぶぞ。(首が)

 こうなってはやむを得ない。謎の演説少女による一騒動はトークイベントの打ち切りを招き、現在はアポロン神殿に戻る車上である。

 行きと同じ車、人員、席順だが、あの内弁慶ぶりが今となっては懐かしい。トリトニアとガラニチカはご機嫌ナナメを極めに極め、思うままに悪態を吐き出していた。仕事の邪魔、ダメ絶対。不本意に押し付けられた職務であろうと、妨害行為許すまじ。彼らも立派な社畜戦士だ。


 嘘である。

 事態はもっと単純で、複雑で、どうしようもなく煩雑だ。


 先の演説、フリージアの言葉に間違いはない。

 現代日本の芸能事情で例えればわかり易いだろうか。大手事務所と弱小事務所に当てはめるなら、当然我らがアポロン神殿が前者、相手のアルテミス神殿が後者だ。


 潤沢な資金とネームバリューを持つ大手事務所のアイドルは、デビューと同時、下手をすればデビュー前の段階で大きな注目を集める。

 広報手段の幅広さはさることながら、捧げた期待を裏切らず、満たしてくれるに違いないという安心感。供給だって元手があるから安定している。推して損なし、間違いなしと確信した顧客が集まり更に儲けるスパイラルは、大手事務所ならでは、今までの実績がなせる技であるといえよう。


 反して、聞いたこともないような弱小事務所に将来性なぞ望むべくもない。 

 たとえアイドル本人に圧倒的な実力や才能が備わっていようと、情報戦の段階で発生した大きな差を覆せず、盛り返そうにも大手事務所が持つツテコネカネ(金銭)に掻っ攫われる。そうこうしているうちに、誰に気づかれることもなく引退の日を迎えてしまう……なんてのは、よくある話だ。


 とはいえ、インターネット環境さえあれば誰もが気軽に情報発信者になれる時代。ひょっとすると、万が一、たまたまの偶然が呼び込む奇跡もあるかもしれない。飼い猫の動画をアップロードしたら、バズって飼い主に注目がいって地上波デビューで大人気、とか。流石に夢見がちが過ぎる話だが、いくら突拍子がなかろうと、可能性だけなら無限である。

 されどこの異世界、現代日本なら通じた手法に意味はない。ネット環境が存在しないというのもあるし、極小の奇跡すら許さない、偶像神威特有の特殊な事情が、シビアな現実に拍車をかけていた。


 偶像神威に関わる催し、そのすべては国が執り行う大切な儀式だ。

 国の威信をかけた公共事業であると同時、宗教的な側面を持っており、日時と場所は天上より下される神託に従って導き出しているとかなんとか。実際のところはお役人の都合だろうが。

 活動日と活動場所が制限される上に、催しの規模が大きく重要性が高いほど、序列上位の神殿が担当せよと言い渡される。こればっかりは裏金も裏工作も通じない。所詮我らは組織の末端。命じられるまま、ただ粛々とこなす他ないのだ。


 余談として。強制されるのは日時と場所、そしてどの神殿が担当するかの三点のみである。衣装や内容、グッズ展開などはすべて自由。どの偶像神威を出すかも自由だ。

 詳細は個々の神殿次第だが、不平等は序列格差のみに留まらない。神事の出来があまりに酷いと序列の降格処分を下され、担当者は左遷され、神殿の本拠も僻地に移される可能性まである。よってステージに立つのは長く勤めて安定した結果を出す偶像神威に偏り、新人が抜擢されるケースは稀。稼ぎの何割かは国に上納せねばならないのだから、下手な博打などどこも打たない。

 所属神殿内で頭角を現せば指名の機会は多かろうが、しょせんどんぐりの背比べ。下位の神殿に配属されたが最後、最下層で燻る無名アイドルのままだ。


 大規模なライブは大手事務所が最優先。弱小事務所に活躍の場など与えられず、逆転の目を得るための機会すらない。今の体制に異を唱える、フリージアの言葉もご理解頂けるだろう。


 ただし、例外があるにはある。

 アポロン神殿は、かつて業界三位の地位にあった。長く苦しい黎明を乗り越え、実力と裏工作で二位へと伸し上がったのだ。

 神殿序列も二位争いであれば待遇にそう違いなく、チャンスも多く巡ろうものだが、並大抵のことではなかった。その苦労による自負は何より強く、プライドは天へと届き頂を知らぬ。

 我々が大きな催しに抜擢される立場にあるのは、良くも悪くも努力の成果。後ろ暗いことはあっても恥じる必要などどこにもない。


 にも関わらず。


 現状を憂い。

 間違いと言い切り。

 挙句の果てには合同ライブ(タイマン)を申し出る。

 アポロン神殿所属として、先の演説は到底受け入れ難いどころか、闘争心にガソリンをぶちまけるが如き所業に他ならないのであり、


「正面から喧嘩売ってくれちゃってぇ……! ね、トーゼン叩き潰すよね!?」


「…………」


 トリトニアとガラニチカの反応を見れば、ことはより一層明白であろう。


 かつてであれば「売れたって面倒なだけじゃん」「……勝手な都合は、今に始まった話じゃない」と、斜に構えた生意気発言で済ませてくれただろうに。お誂え向きなことに、今のお子様たちはやる気の芽生え始めたタイミング。

 単純百点満点の彼らは闘志を漲らせ、行きと同じ座席にて、行きとは真逆の意気込みを宿し、行きとは逆向きに腰掛けて最後尾座席の私に向かい絶えずキャンキャンと己が意を訴えていた。いやガラニチカは無言だが。不満げに揺すられ軋む背もたれが奏でる騒音が、トリトニアとぴったり重なっている。仲が良くて結構。おかげで両隣の護衛騎士たちが身を竦め、神の子に装備が当たらぬよう苦心するあまり警護どころじゃなくなっていた。このままではゴーサインも待たず、ダッシュで噛みつきに行きかねない。ステイステイ。まだだっ。

 待ったところで、許可を出すはずもないが。


 頭のおかしい少女こと正規ヒロインことフリージアは、怪我ひとつなく護衛騎士らに確保され、担当する偶像神威(攻略対象)三人組と共に最寄りの警邏詰め所へ連行された。

 怪我人が出ず、偶像神威連れとあれば厳罰に処すわけにもいかない。代わりに今頃たっぷりと、お説教を受けていることだろう。


 捕り物は専門家に任せ、我々はトークイベント打ち切りのため迅速に行動を進めた。私の指示を受けた下っ端神職による「中止」のカンペを見たトリトニアとガラニチカはイレギュラーな事態に呆然としていたものの、見事持ち直して観客たちを宥めてくれた。


『ごめんね。すごく残念だけど、今日はここまで』


『……心残りは、次の神事で晴らす』


『絶対見に来てよね!』


『……後悔させない。最高の神事を見せてやる』


 トリトニアのウインクが華やかに場を締め、ガラニチカが突き出す拳で語る意気込みが微妙になった空気に熱を注ぐ。

 今やすっかりワガママ坊やに戻ってしまったが、ステージ上の彼らは一挙手一投足で翳りを払い、あっさりと群衆を宥めパニックから遠ざけた。


――しかし。


「ねえ、さっきのアレ、本当にやるのかな?」


「合同神事? どこの神殿かによる」


「ヘラ神殿、絶対ヘラ神殿、ヘラ神殿」


「いや絶対ちっさいトコっしょ」


「ニアチカが他と組むなんてヤダー」


「組むんじゃなくて、一時的なもんだろ」


「一時的にしてもさあ……」


「別の神殿だぜ? 見たことないぞ。大丈夫なのか?」


「んー……。でも」


「ひょっとして」


「ほんとにやるなら」


「すごいこと、なんじゃない……?」


 壇上の偶像神威の輝きも、直前のトラブルを完全に忘却させるまでは難しい。

 舞台を降りた二人を車へ誘導する列の最後尾。不安と期待に彩られたざわめきを受けた背中が、焦燥と屈辱でじりじりと焦げてしていく。


 完全にしてやられた。

 神聖さをぎりぎり、かろうじての危うさで保っていても、既に神事は俗化しており、やがて迎える形骸化までノンストップの一直線だ。偶像神威が携わる儀式の数々はマンネリし、民は新たな刺激を求めている。

 時代の変わり目は、まさに今。合同神事なんて前代未聞、新たな目玉にうってつけのお祭りだ。世界のため、神の愛(魔力)のためと銘打っていても、民あっての国営事業である。不審者の戯れ言が発端だろうと、求める声が多ければ無視できない。合同神事は必ず実行される。

 というか、普通にやった。普通にあった。乙女ゲーム本編にて、合同神事は全ルート共通のイベントだ。


 今や間違いなく現代地球人の意識に取り込まれたフリージアだが、乙女ゲームの彼女も先の通りの見解を述べ、合同神事を企画・実行。見事大成功を収めることになる。

 なるのだが、やっぱり言った場所と言った相手と言ったタイミングがどうにも違う。もっと先の展開だし、木登りなんかしてなかったし。そもそも好感度がそれなりに達してからの展開で、神殿格差が浮き彫りになるエピソードも経由していた。さしものクソガキコンビもここまで息巻くような結果にはならなかった。どうしてこうなった。


 彼女本人に確認しようにも、直接対話で得られるメリットより不安要素が遥かに勝る。

 言葉を交わせば過日と同様、黒歴史バレの危険がある……というのも理由だが、それを差し引いてもなお慌てて帰らねばならぬわけがある。状況は最悪だ。可及的速やかに対策を練らねばならず、「ちょっと! 聞いてるの!」と騒ぐトリトニアにも、無言でこちらを睨めつけるガラニチカにも、印象が百八十度変化した神の子に引き気味の護衛騎士たちにも配慮する余裕はおろか時間すらない。無い無い尽くしである。


「……今回のことは、神殿に戻り次第、神官長様に報告致します。今はどうか、お控えを」


 放っておくわけにもいかず、当たり障りなく宥めようと試みたのだが、意図したものより低い、澱んだ声が喉を震わす。

 あきらかに不正解だ。フォローと言い訳が必要だろうが、マリアアザミの行動に相応しくない。それきり口を噤んでしまうと、二人はほんの少し目を見開き、すごすごと前を向き着席し直した。


 車内の空気は最悪である。


 ◆


「大変申し訳ありませんでした」


 重苦しい空気が体感時間を引き伸ばし、柔らかくも居心地の悪い車のシートから解き放たれた開放感……に、浸る間もなく。

 アポロン神殿首都本部、駐車場。見送りに出てきた護衛隊長を筆頭に、道中を同じくした騎士たち揃って深く頭を下げている。顔は見えずとも声に滲む、痛々しいほどの悔恨が、彼らの表情を雄弁に物語っていた。


 いくらアポロン神殿の筆頭偶像神威とはいえ、護衛騎士を何百人も付けられはしない。

 対して、観客は二千人はいただろうか。警戒は舞台近辺をより密にしておくべきであり、あんな端っこの樹木まで意識が向かなかったのも当然のこと。捕り物はスムーズに済ませてくれたし、感謝こそすれ、責めることなどできようか。身分制度もあるのだ。仮に彼らに落ち度があったとして、責め立てると後が怖い。

 一応トリトニアとガラニチカに横目を向けたが、彼らはぶすくれた面持ちで沈黙するばかりだったので、代わりに私が頭を下げた。


「いえ。あのような珍事、防ぐことなど難しかったでしょう。怪我人が出なかっただけ十分です。皆様はよくやって下さいました」


「いえ……我々の落ち度です。あらゆる可能性を考慮してこそ、護衛騎士というもの。皆様にご不快な思いをさせておいて、それで良しとは参りません」


 いえいえ、いえいえ、と、日本人的には少し懐かしいやり取りに、真っ先に焦れたのは子供たちだった。


「どっちでも良いよ、そんなの」


「……過ぎたことより、先のことだろう」


 御尤もであった。

 返す言葉のない私と護衛隊長は最後に頭を下げ合って、長い送迎の締めくくりとした。


「僕、やられっぱなしはイヤだから」


「……売られた喧嘩は、買うべきだ」


 トリトニアとガラニチカは不貞腐れた顔で、少しばかり言い淀んで、それでも何も言わずにはいられないと絞り出すような声を残し、地下の演習部屋へ降りていった。

 真正面から挑まれ何もしないなど、大手神殿の沽券に関わる。

 アポロン神殿所属として当たり前の思考であり、子供ながらに「そうすべきでない」と理解して、偶像神威を厭わしく思っていた頃から一歩抜け出したヤる気の発露。叶えてやりたい気持ちは、ある。


 それでも、正規ヒロインに対する警戒心に、どうにも二の足を踏んでしまう。


 乙女ゲームの知識を持ちながら、滅茶苦茶な言動を繰り返すフリージア。規定路線から派手に外れておきながら、規定路線を半端になぞり、おだててないのに木に登る。何を考えているのか、一切合切理解不能。

 マリアアザミであれば徹底的に調べ尽くし、あらゆる手練手管を惜しまず奮い、敵対者をミンチにするための傾向と対策を練りに練ったことだろう。


 それを怠った、OLの怠慢か。


 仕事をしていれば良いと思っていた。仕事で解決すれば良いと思っていた。

 いやまさか、ゲーム内の一大イベントをこうも強引に引き寄せようとするとは。気づくべきだっただろうか。気づけるようなものだったのか? 思考をぐるぐると迷走させながら、一段一段、階段を登っていく。


 目指す先は最上階。神官長の部屋である。


 先日の「神官長、マリアアザミに片想い疑惑」の一件から、私は神官長を避けに避けていた。

 いやだって、気まずい。記憶がないからそう思うのかもしれないが、恋愛事情の対応など、OLにとってもマリアアザミにとっても困難極まりないことだ。記憶がないからそう思うのかもしれないが、記憶がないのでわからない。……普通に経験、ないんだろうな……。

 記憶がなくても、わかることはあるのだ。


 とにもかくにも腰が引けて仕方がないので、ようやくできた職場の関わり・後輩プルサティラに、神官長を通さねばならない業務をここぞとばかりに丸投げしまくった。

 孤高の悪役ヒロインが後輩を頼る姿に同僚神官たちはぎょっとしていたが、プルサティラは丸っこいお目々をキラキラさせて、何でもかんでも快く請け負ってくれた。


「アザミ先輩のお役に立てるなんてぇ、感激ですぅ……」


 よっぽどお忙しいんだろうな、流石だな、と言わんばかりの尊敬の眼差しを、よっぽど忙しいのです。本当です。と言わんばかりの微笑みで誤魔化し押し付けた。ここでも仕事を理由に逃げてしまった。ワーカーホリックが染み付いている。

 社畜であることを言い訳にするなんて、すべての社畜への冒涜である。社畜はなりたくてなるものではない。ブラック企業が悪いのだ。社畜という立場にメリットを見出すなど、ブラック企業を調子付かせる悪しき所業である。ブラック企業、ダメ、絶対。


 反省を差し引いても、今回ばかりは誰に任せる訳にもいかない。

 イベント会場に集まっていたのはトリトニアとガラニチカのファンばかりだ。あんな騒動ひとつであれば二人のスター性で誤魔化せるが、去り際の様子から察するに、噂は立ち所に広まるだろう。放置していきなり呼び出され、お説教で済まない事態になっても困る。


 というわけで、未だ消化しきれぬ疑惑もそのまま、神官長と顔を突き合わせての報告連絡相談が急務となってしまったのだ。

 この際、疑惑はどうでもいい。いや神官長の気持ちを些事と言い切るのは心苦しいが、確定事項でもあるまいに、いちいち気にする必要もあるまい。私には仕事が……仕事を言い訳にする愚を先程自覚したばかりなので他の理由……仕事以外……仕事……。…………。


 いずれにせよ、そろそろ後輩を挟まず進捗報告をしなければならない頃合いだった。だからこそ、本日アイチャン(マスコット)を留守番させたのだし。タイミングが良いのか悪いのか。フリージアとの邂逅を防げた点は良しとすべきか。


 吐瀉、文句、逆ギレのループによって最早イメージはかけ離れてしまったが、乙女ゲームでのアイチャンは本来、フリージアの恋路と仕事に的確な助言をするお助けキャラクター、すなわち彼女の絶対的な味方である。

 難易度低めの乙女ゲームではあまり役に立たないとはいえ、現実となれば話は別だ。好感度パラメータがボタンひとつでパッと表示されるわけではないし、セーブ&ロードのやり直しもきかない。正規ヒロインにとって、味方にできれば大きなアドバンテージとなるだろう。


 他人の色恋沙汰に干渉するつもりはないし、したくもない。だというのに、彼女の恋の成就はイコールでマリアアザミの黒歴史バレ、あるいは破滅の未来である。

 フリージアと出会ったアイチャンが本来の役割を取り戻した場合。ただでさえ頭のおかしい小娘と、私に非好意的な謎生物の結託なんぞ、齎す未来はろくでもないに違いない。この不安さえなければ、不気味で怪しいマスコットなど熨斗紙つけて送り出してやるというのに。残念なことだ。


 叶わぬ願いを嘲笑うかのように、やらねばならぬことが増えてしまった。

 必須目標は変わらず黒歴史バレと破滅の回避。そのために仕事に励み、仕事の障害となりうるクソガキコンビを鼓舞してきたわけで。

 そこに厄介コンビの結成阻止が追加され、ヒロインがやらかした合同神事の話に対処せねばならず、更には彼女の今後のやらかしまで警戒し調査と牽制と対策を……、


 気分が悪い。足取りが重くなる。


 頭を抱えて蹲り、年甲斐もなくのたうち回りたい。されど未だ日中、階段の途上であれば、通りすがりの者たちはこちらを見るなり脇に避け、戦々恐々低頭しながらマリアアザミに道を譲る。人目がある中で無様を晒す行為を、この体は良しとしない。OLの見栄的にもNGだ。


 なんとか最上階まで登りきったが、大扉の前で足が止まってしまった。

 後悔と不安、回想からなる失態探しに夢中になって、解決の目処もついていない。こんな状態で神官長の前に立てるものか。マリアアザミに惚れているなら無策でもゴリ押しできるか? いや確定じゃないし。そもそもスルーを決めておいて利用するような厚かましい真似をするなど非道極まりないがそんなこと問題ないでしょうわたくし悪役だそうですしいや問題あるに決まってる恋心を逆手に取るなど経験のない喪女にそんな真似できるか嗚呼これもすべてフリージアが悪いこれでも真面目に生きてるのにそれだけでこんな目に合うなんて納得できないフリージアが悪いフリージアさえいなければ大体にしてあの女初対面から巫山戯た真似を消してやる消してやる消してやる……、



「消して、やる……」


「悪くねェな」


 冷えた指先から感覚が失われる。

 視界は狭まり黒に染まって、思わず零れた呟きが、低く沈んで悪意を満たす――その背後。

 扉の前で立ち尽くす背中を突いたのは、低くともご機嫌麗しい、久方ぶりに聞く声だった。


「やっぱ出る杭は打たねーとなア……! いつ出発する? 俺も同行する」


「神官長様」


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