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一.転職がヤバい


 まずは転職だ。何をおいても転職が肝要である。

 幸い、今はゲーム本編開始前、あるいは直後。何故なら序盤も序盤で絡むはずのヒロインに、未だ相見えていないのだ。

 座して待つなど考えられない。ゲームに日にちの表示がなかった以上、いつヒロインが現れるか、断頭台の日はその一切が不明となっている。出会う前に手を打ちたい。見張り兵の最敬礼に一瞥もくれてやらず、私は王都の門を潜った。


 淡い自然と煉瓦造りの建造物が織りなす優しい色合い。ゲームスチルで目にしたものとまったく同じ街並みを楽しむ余裕が、今はない。

 朝の冷えた空気を燃料に、活気の只中にある市場を走り抜け大通りを過ぎる。庶民らしい喧騒と古くても親しみのある家々が数を減らし、貴族然とした豪奢さが増えてくれば職場は近い。

 純白の壁と聳え立つ太い柱で飾る、石造りの五階建て。まるで異国の高級ホテルのような荘厳さで佇む白亜の神殿に、私は無遠慮に踏み込んだ。


 アイドルアイルにおいて、アイドルは神の子すなわち神子である。

 アイドル活動におけるライブは神に捧げるための神事であり、マネージャーやプロデューサー、衣装作りや大道具などのスタッフたちは総じて神職と呼ばれ、一般職との兼ね合いは不可能。選ばれた者たちのみに許された、神聖なるおつとめなのだ。

 そもそもアイドル活動は国営だ。偶像神威が歌と踊りを捧げなければ魔法がなくなってしまうため、しっかりと管理されている。魔法に頼りきった世界では当然の対応といえるだろう。


 現代日本でいうところのアイドル事務所は神殿であり、国営である以上すべてのアイドル業、その大元は同一なのだが、切磋琢磨させる目的で複数に分かれている。マリアアザミの職場はここ、アポロン神殿首都本部だ。


 守衛を、受付を、神官仲間を完全に無視して一気に階段を駆け上がり、目指すは最上階にあるたった二つの両開き扉。

 施された優美な飾り彫りがある方を、見惚れる間もなくバァンと開く。

 

「部長! じゃない社長! ……でもなかった。神官長様! お話があります!」


「あァ?」


 足元は毛足の長いふかふか絨毯。部屋の中央には美しく輝く黒革ソファとローテーブルの応接セット。壁際に並ぶ棚の下半分は分厚い本がぎっしりと収まり、上半分には輝く記念トロフィーが数多く飾られ、曇り一つないガラス戸越しに栄華を誇る。

 最奥のデスクも当然の如く最高級。座り心地抜群のイスに腰掛け手元の書類から顔を上げた男は、ノンフレームのお洒落眼鏡越しに鋭い三白眼でこちらを睨めつけた。


 こっっっわ。


 マリア時代には何とも思わなかった。OL時代は画面越しで一切気にしていなかったが、今直接相対すると怖い。めっちゃ怖い。この強面の威圧感。


 尖った顎にシャープな頬のライン、高い鼻梁を兼ね揃え、デスクの下で長い脚を持て余す。黒のカソックを一部の隙もなく身に纏い、広い肩幅に意外と厚みのある立派な体躯の正しく色男の形状は、きっちり上がったオールバックの黒髪と、今まさにここが殺しの現場と言わんばかりのキレッキレの赤い瞳が台無しにしていた。

 大きな窓を背にしたせいで生じる逆光が、持ち前の威圧感を盛りに盛る。ああ、お空がきれい。こっちの空はちょっと色合い淡くて正しくファンタジーって感じー。ステキー。


「何の用だ。俺は忙しい、手短に済ませろ」


 抑え付けたような低い声に引き戻される。現実逃避している場合ではない。言うのだ。言わねば。私は生唾飲んで勢い込み、慎重に口を開く。


「あの、ですね」


「あぁ」


「実は、ですね」


「おぉ」


「おはなしが」


「っっっっるっせぇな! さっさと言えやアホンダラ!!」


「ぎゃあああ申し訳御座いません大変申し訳御座いません!」


 こっっっっっっっわ!

 なんだここ、反社会的勢力の巣窟か? この人は反社会的勢力のトップか? ここは神殿で私は神官、あなたは我らを束ねる神官長ではなかったか。


 待て、思い出せ。そういえばこのアポロン神殿、悪役ヒロインに相応しい、悪どい真似をしていたような。

 一応神事目的が始まりとはいえ、大昔から延々と紡がれてきた偶像神威の歴史は昨今すっかり俗化している。早い話が金儲けの手段としている神殿は少なくないわけで、ここ、アポロン神殿もバッチリ該当する悪の巣窟なのだ。

 西で神事が執り行われると聞けば裏から手を回して台無しに、東で新たな偶像神威が生まれると聞けば悪い噂を垂れ流す。

 暗躍、嫌がらせ、策謀妨害当たり前。神を神とも思わない合理主義の金の亡者。それが社長こと神官長、アクイレギア様なのだ。転職推奨。


 怯えに怯える私を見て、神官長アクイレギアは首を傾げて眉を寄せる。マリアアザミの記憶のおかげで怪訝に思っているだけだとわかるが、傍から見るとガンを飛ばしているようにしか見えない。わかってても怖い。

 言いたくない。


「転職したい……」


「……ア?」


 言っちゃった。

 完全な失態だ。アクイレギアは絶対零度に周囲を凍てつかせ、吹き荒ぶ疾風に乗せて氷の礫を私にぶつけてくる。比喩ではない。ちっさいけど地味に痛い。これは現実に起きている、れっきとした魔法現象だ。


 アイドルアイルにおける魔法は大気中の魔力を魔法陣に取り込ませることで発動する。

 魔力が電気、魔法陣が基板と言えば伝わるだろうか。それらをひとつに纏めると魔法具となり、たとえばヒーターの魔法具を作りたければ空気を温めるための魔法陣、温めた空気を飛ばすための風を生む魔法陣、風向き風量を決めるための魔法陣とそれらが上手く繋がるための魔法陣とそれらが暴走したとき抑え込むための安全装置としての魔法陣とその他その他……となり、その入れ物を作って収めなければならない。


 魔法の意味がない不便な世界に思えるかもしれないが、昨今の研究成果により小型化はどんどん進んでいるし、肝心の燃料である魔力は無限。あらゆる用途に対応できる夢エネルギーなのだ。

 そもそもこの手間が省けてしまうと技術者の必要がなくなり、発展が遅れていたことだろう。現代日本の便利生活に慣れ親しんだ身としては、このくらいでちょうど良い。いや身は変わってるんだけど。


 さて、では現在のこの霰模様は何事かというと……えっと、何だったか。あれ? 本編にあったっけ? 慌ててマリアアザミの記憶を探る。

 ああ、そうだ。例外だ。何事にも例外はある。


 魔法陣無しでの魔法の行使なんて、それこそ偶像神威たちの歌ではないか。


 魔力は大気に宿り、人は魔力を持たない。しかしあらゆる場所に魔力が満ちた世界だ。人間の適応力の問題か、魔力との親和性が高い者たちは一定数生まれてくる。

 その者たちが神託に選ばれた場合は偶像神威に、選ばれなければ神職として偶像神威のサポートにつくこととなる。


 神殿を束ねる神官長は当然親和性が高く、感情の起伏が周囲の魔力に干渉してうっかり自然現象を引き起こすのだ。

 そう、うっかりである。歌がある偶像神威ならともかく、一般の神職では完全な制御は難しく、神職のみに与えられる制御の魔法具を支給される。親和性が高ければ高いほど、神職を選ばざるを得なくなるのだ。


 ……あれ、つまり。かつて偶像神威に選ばれたほど親和性の高いマリアアザミは、神職以外の選択肢がないのでは。


「……つまり、テメェはアレか。別の神殿に行きてぇって言ってンのか?」


「え、いえ、そういうワケでは」


 マネージャーである神官でなくとも、神職である限りヒロインに出会う可能性は高い。別の神殿に行くだけでは足りないのだ。

 いや、いっそのこと地方の神殿に行くのもアリか? 神殿変えは推奨されていないだけで悪いことではないのだし。ああでも、地方神殿なんて閑職、何かやらかして飛ばされたと悪評が立ちかねない。過去にトラブルのある神官と思われるのが先か、過去に黒歴史があるとバラされるのが先か……。


 結論は出せていないが否定したおかげか、部屋の温度が元に戻っている。管理職、おまけに悪徳神官長ともなれば部下の神殿替えは痛くない腹と痛い腹を同時に探られかねない。悪いことをした。


「嫌ンなったかよ」


「は?」


「神職」

 

 眼鏡を外してこちらを覗う、珍しい気遣わしげな視線も死んだ鼠を蔑む様相を呈している。マリアアザミの記憶が反射的に侮蔑を孕んだ。

 ……そうか、この人、悪どくても身内にはそこそこ甘いんだな。マリアアザミみたいな性格ひん曲がった女には、そりゃ鬱陶しく感じるよな……。


 とはいえ、今の私にはOLマインドが宿っている。小心者の部分で強面から視線を外し、小市民の部分で素直に返答した。


「嫌というか……職場に文句があるわけではなくてですね」


 しまった。小心者の部分しか出てない。


「ンだそりゃ。ハッキリしねェな」


「ハッキリしないまま来てしまいましたので……」


 アクイレギアはフッと嘲りとしか思えない笑みを息に乗せ、書類仕事に戻った。


「テメェみてーな親和性の高いヤツ、神職辞めて制御魔法具没収されたら秒で破裂しておッ死ぬぜ」


 詰んでいる。

 私の足掻きは出鼻から盛大に躓いた。やだもう。


六話まで毎日投稿の予定です

十八時頃を予定しております。変更あれば活動報告にて。

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