十七.現代知識無双がヤバい
偶像神威たちの御役目である神聖なる神事。その練習のためだけに用意された、踊り専用の演習広間。
広々とした空間に高い天井。地下を忘れさせる明るさは、壁面を覆う鏡、掃除の行き届いた床も手伝い、陽光が遮断されていようと物ともしない。
部外者の目がなかろうと関係ない。見えない個所まで栄華を誇る、アポロン神殿に相応しい、輝きの一室なのである。
そこは現在、阿鼻叫喚の地獄絵図であった。
「ねえ、ほんとに、ほんとにやるの? あり得ないって、ねえ、ねえ! ねえ!」
「……許されるのか、こんなこと」
常の天井の高さと明るさはそのままに、念のため、壁面の鏡前にはクッションマットを大量に並べて安全確保。床はビニールシートで覆い、何をもよおそうとも、掃除の際に消毒までは必要としない。完璧な布陣である。
いまいちなのは、中央に聳える装置を前にした、ヘルメットやグローブ、胸当て脛当て肘当て等で完全武装した偶像神威の二人だけだ。ステージでの輝かしさを感じさせない無骨さに、いたいけな震えを宿している。
「オマエ、鬼アル? 気持ちの悪い魂が、人の心まで壊したアル?」
生意気のたまう巾着を、ぽいっと装置に放り込んでやった。轟々鳴り響く渦に流され、私にしか聞こえない「ぶひぃぃぃぃぃぃ!」の断末魔が冴え渡る。姿勢制御も不可能であるし、ひたすらに風の猛威を味わっている。
「神官アザミ様ー、ゴミ入れないで欲しいっス」
「大変失礼致しました」
最終調整に励んでいたオリザサティバの苦情に素直に頭を下げ、回収された後でもゴミ扱いに文句も言えない虫の息。巾着フィーチャリングマスコットキャラクターを引き取った私は、改めてその異様を見渡した。
アポロン神殿地下。踊り専用演習広間の中心には、スカイダイビング体験装着が被害者、もとい体験者を待っている。
これこそ、お待ちかね。
昔、なんとなく、OLがテレビで見た知識を元にした、現代知識無双、その一歩である。
◆
「閉じ込め台風で人を飛ばすっスーってことっスね」
額の遮光ゴーグルを引っ張っては戻し、ゴムの収縮で遊ぶオリザサティバは、私の提案を受け「ははあなるほど」と頷いた。早い。早すぎる。さすがである。
なんのバラエティだったか。
確か、地上で、屋内で! 気軽にスカイダイビングが楽しめる! きみも風と戯れてみないかっ? という、なんともポジティブなキャッチコピーと共に紹介された遊具であった。年齢制限があったから、遊具と呼ぶには優しくないが。
透明な筒に閉じ込められて吹き上がる、強烈な風の中心にて。姿勢制御によって上がったり下がったり、下手を打ったら弄ばりたり。
パラシュートなし。うっかり風が止んでも打撲で済むような、高所恐怖症に臆病風が追加されても、まあなんとかなる夢の機械。
スカイダイビングとノーロープバンジーの違いを解せぬOLも、ちょっといいなと憧れた。
あやふやな知識、あやふやな記憶、あやふやな説明を受けたオリザサティバと彼を長に置く精鋭チームはさすがの優秀さで、有り合わせの魔法具を掻き集め、たったの数日で完成させてしまった。
多少時間をかけても良い、残業はするなと言ったのに。
爛々輝く目の下に隈を拵え、制止を邪魔くさそうに振り切り励んでくれた。さすが、どこに出しても恥ずかしいマッドマジカリストたちである。
「これはなかなか、壮観ねえ」
装置設置のため演習室を取り上げられ、腹立たしそうにオリザサティバの首を狙っていたアマリリスも感嘆を吐き出す。
「思ったより、風が強いのですね。実際も同程度と考えるなら、縫製が甘いと危なさそうです」
早くも己の職務を踏まえて算段を付ける、柔和な瞳を真面目に凝らすベアグラス。なんと頼もしいことか。
「……マ、良いンじゃねェの……」
神官長は下唇を突き出して、言葉少なにお褒めのお言葉。
何が不満なのかと思ったら、私の手にある巾着、もとい宿した不審生物が気になる様子だ。獲物の急所を探る顔だ。あまり突っ込まずに置いておこう。
当事者である、偶像神威の方が問題だ。
「やだよ! ほんっとあり得ない! こんなの絶対絶対、ぜーったい! 怪我するって!」
「……防具で、防げないものもある」
装置設置期間は部外者立ち入り禁止。踊りの練習も歌用の演習室で済ませていたお子様たちは、いきなり防具を身に付けさせられ、とりあえず広間に通されて、部屋の異様さにあんぐり口を開けながら説明を聞き、ようやくぎゃあぎゃあ騒ぎ始めた。遅れた時間を取り戻さんと、常の喧しさ、我が儘坊やっぷりが倍倍加算中である。
まったく手のかかる。私は絶好調の「つんっ」を見せつけて、一切の不祥事はないとばかりにお子様たちの前に立ちはだかった。
「心配御無用と申し上げたでしょう。助神官オリザサティバが信用できませんか?」
「あの人、僕らと魔法具の区別ついてないんじゃないの?」
「え? そんなことないっスよぉ。ちゃーんと神子サマーって思ってるっス」
「……ときどき、目が、……妙だ」
「え? そーんなことないっスよぉ。言い訳面倒なんで、さっさと入って貰って良いっスか?」
「ほら! これだよ!」
「……」
ざっくばらん、神子をも恐れぬオリザサティバの雑などうぞどうぞに全力で乗っかるお子様たちを、元凶の頭をブン殴ったアマリリスが「まあまあ」と宥める。
「お二人とも。藁束頭はこんな……本当に、こんなだけどね、腕だけは確かよ」
「アマちゃん……自分のこと、そんな風に……。言ってくれる優しさがなんで普段から無いっスか」
「腕しか確かなところが無いから大丈夫よ。……アンタもう二度と喋るんじゃないわよ! このバカ!」
アマリリスが繰り出す関節技に「優しさ! 優しさがないっスぅー!」とケラケラ笑うオリザサティバ。二人を遮るように間に立ってくれたベアグラスがなんとか宥めてくれるのを尻目に、偶像神威と同じく完全防備、完全体マリアアザミのような何かと成り果てた私は一歩踏み出した。
「御心配なく。手本はわたくしがお見せ致します」
ディープピンクの髪はヘルメットへ押し込み、押し込み。目には分厚い眼鏡の代わり、オリザサティバの予備遮光ゴーグルを拝借し、鼻から下を布を巻き付け覆い隠す。
テレビで、強い風圧で上唇が捲れ上がり、頬が膨らむ酷い形相を晒しながら体験していたタレントを見てしまったので。マリアアザミはそんな醜態晒さないので。
もちろん、今日ばかりはシスター服ではなく作業着で、各種防具も揃い踏み。不審人物そのもののマリアアザミの姿に、余計に怯えるお子様二人。
やりすぎたかと思ったが、黒歴史の守護は第一最優先事項なので外せない。
「助神官オリザサティバ、助神官アマリリス。よろしいですか」
二人のじゃれ合いを止めさせれば、その間も着々と準備を進めていた精鋭たちの中に戻るオリザサティバ。アマリリスもベアグラスの隣へ戻り、見学者含めて準備は整った。お子様組の心の準備は済んでいないが、些事だ。いざとなったら神官長が放り込んでくれる。権力者はそのように使ってこそのマリアアザミだ。
……神子を台風の目に放り込むなら、最高責任者の監督が必要、というのが建前で済まない真の理由であるのだが。やはりかなりのグレーゾーン、失敗は許されない。
大人の事情はともかく。オリザサティバが腕で大きく「マルー!」と示すのを見て、私は渦の中に身を投じた。
「……!」
途端に襲いかかる暴風。布も邪魔して息が、息が、苦しい。手放し忘れた巾着から、「ぶひっぶひっ」と悲鳴がする。迷惑千万この上ない。
私も緊張していたのか。一応、完成した直後、人体実験の被験者を勤めておいたのだが。巾着の代わりにコツを手放していた体は、あっさりと風に巻き上げられ、装置天井に叩きつけられ、「ひっ!」と誰かの悲鳴が響くが、ご安心。安全には最大配慮と、オリザサティバたちにはしっかり言い含めてある。
装置外壁は透明な筒で出来ているが、その内壁は丈夫な透明ビニールで覆われており、両者の間は装置中央を満たすものとはまた別の空気で満たされている。すなわちエアクッション。どこにぶつかっても「ぽふっ」とした衝撃のみが体に伝わる。
送風口までは覆えなかったので、突然スイッチが切れない限り大丈夫だ。フラグではない。天才オリザサティバとその精鋭チームが、そんな失敗を冒すものか。
考えたら少し安心してきた。私は体勢を整え、気持ち後ろ向き斜め、なんとか体を縦にして下降し、装置中央にて優雅に偶像神威たちを手招く。テレビではインストラクターも一緒に入っていたし、オリザサティバも承諾済みだ。問題ない。
しかし、当のお子様たちは目と口を開いて間抜け面。そんなに意外か。オリザサティバの魔法具、その成功が。普段から神事舞台で、その才能の塊を全身で感じてはいなかったのか。
過去に思いを馳せると「うげっぶひっ」と巾着が死にかける。今は回想も後回し。神官長に顔を向ければ、彼は偶像神威たちに何事か言いつけ、ややあっておっかなびっくり、まずはガラニチカが入ってきた。
「……ぐ、!」
制御するための姿勢は事前に説明した。とはいえ、未体験の領域、知るはずのない風圧だ。ガラニチカは悲鳴とも取れる呻きを上げ、常のクールさをかなぐり捨てた無様さでわたわたと四肢をばたつかせた。
「こちらです」
風は強いし、口元は布で覆っている。聞き取れやしないだろうが念のため声をかけ、ガラニチカの両手を握ってやる。
パニックを誘発しないよう、ゆっくり手を引いて、風に攫われそうになる体を前に倒させた。私も体を倒せば、二人、手を繋ぎ輪となって、くるくる、くるくると装置内をゆるく上下して旋回する。
「……はは、」
珍しく、クソガキらしい仏頂面に子供らしい笑みが浮かぶのを見る。ガラニチカは早くも慣れた様子で、へっぴり腰が落ち着きを見せはじめた。大丈夫そうだ。
それから数分、空中遊泳と呼ぶには荒っぽい時間を過ごし、ガラニチカの手を引いて外に出た。
「素敵だったわあ! おふたりとも!」
「ええ、本当に! 本当に素晴らしかったです。目を奪われました。とんでもない試みだと思っていましたが、見てみれば納得です。次の神事は、必ずや歴史に残る、そう確信が得られました」
迎えるアマリリスはうっとり顔で、珍しく興奮気味のベアグラスは口を滑らせていた。とんでもない試みだと思っていたのか。意外と言うものである。できた人間も、そんなもんである。
「次! 次、僕だから!」
さんざん嫌がったトリトニアも、成功例を見れば安心したのか、ガラニチカに対抗心が芽生えたのか。はたまた仲間外れが嫌なのか。彼の相方と繋ぎっぱなしだった手を引き離され、代わりとばかりに私の手を握ってくる。
「手は、入ってから繋いだ方がよろしいかと」
「……」
トリトニアは真っ赤になって手を離し、ふんぞり返って装置に飛び込み、風に煽られ上空から帰って来られなくなっていた。
「はやく! はやく何とかしてよー!」
やはりクソガキ。ここまで徹底していると、憐憫すら沸き起こるものである。




