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十六.研究室がヤバい


 世界の秘密を知ってしまった。

 正確には上層部。おそらく、機密中の機密。

 悪逆非道と名高いアポロン神殿が特にお叱りを受けない以上、悪逆非道は容認されると判断し、容認するなら否定しない、否定しないなら、つまり、自分たちも多少は、やっているのか。やってしまっているのか。


 上層部の秘密を握ってしまった。

 なぜ秘密としているのかは不明であり、問題はそこにない。

 秘密とは、急所である。一度握れば揺さぶり放題。アポロン神殿所属神官ともなれば当然の常識だ。マリアアザミは迷わずそうしてきたわけで。もし己の何かを掴まれた場合は、迷わず対処してきたわけで。


 それで。悪逆非道を容認する、上層部の御歴々は。秘密を握られた場合は、どのように行動なさるのか。


「短い契約期間だったアル。さよならアル」


「まだ結論は出ておりませんよ」


 マスコットキャラクターの安堵とも取れる別れの言葉を即座に否定し、この話はここまでとする。

 まだ私と不思議生物のみのやり取りだ。知られた瞬間悪・とみなされ、即・処罰対象となり、斬・せねばならないレベルの秘密とは限らない。深く考えない、探らないで済ませよう。いずれにせよ、仕事には関係ない知識であるのだし。


 親和性に種類があったところで、制御魔法具はきちんと作動している。上層部は神職者を害するつもりはなく、それどころか命の保証までしてくれているのだ。区分を把握できるほどの研究の成果、大変結構なことではないか。おかげで汚い花火とならずに済んでいる。

 妙なちょっかいさえ出さなければ問題ない。問題ないったら、ない。


 ということで、これからも仕事だ。


「こちらでお待ちになられますか?」


「ええー、いやアル。退屈アル。ついてくアル」


 仕事となれば、マリアアザミの記憶を引き出さざるを得ないのだが。

 吐き気より己の欲求を満たすことを優先する。ますます疑わしい。本当に、乙女ゲーに登場した正規ヒロインのお付きとは別存在であるのかもしれない。


 ◆


 頭の後ろで延々えずかれても困る。

 妥協案として、定着先を手提げ袋に変更してはと申し出たところ、アイチャンは渋々ながらも了承した。


「まったく、ワガママな契約者アル。苦労するアル」


 誰の我が儘で、誰が苦労していると思っているのか。

 置き忘れないことを条件に、こうして私はえずく手提げ袋を手に入れた。捨てたい。


 外に出て軽い昼食を摂り、欲しがるアイチャンにデザートのフルーツを分け与え、本当に苦労しているのは私だけだと確信しつつの昼休憩を済ませたあと、オリザサティバの作業場へ向かう。


 アポロン神殿四階、最奥。

 本来倉庫である一室は、数年前、とある神職たちの申し立てにより、とある助神官にジャックされ、急遽防音設備を付け加えられ、時折抑えきれない爆発音を響かせている。


 誰もが忌避し、畏れ、敬う。周辺の掃除もどこかおざなりになりゆく廊下を進めば、アポロン神殿らしからぬ、薄汚れた空気を纏う扉があった。

 あの先は死地だ。呪われた、忌々しき場所。境界を越えれば、二度と日の当たる場所には戻れない。言葉なく訴えかけてくる、異様な存在感。


 もちろん大袈裟である。

 大袈裟であるが、間違ってもいない。


 早い話が、魔法具大好きオリザサティバが趣味の暴走を好き勝手に繰り広げていたところ、苦情が殺到し、追いやりに追いやられ、急拵えに用意されて以降触らぬ神に祟りなしとばかりに放置された、マッドでデンジャーな研究室なのだ。


 げに恐ろしき場所であろうと、仕事となれば避けられない。

 入口に制御魔法具を翳して施錠を解く。いやだなー、こわいなー、と心の中で唱えながら、ゆっくり、ゆっくり、慎重に。扉に生卵が乗っていると思って、慎重に。

 無理やり取り付けた防音材で無駄に手応えのある扉を開けば、むわ、と流れ出てくる濃密な熱気と油臭さ。背後の空気清浄魔法具の作動開始音を聞きながら中に入り、急いで扉を閉める。

 オリザサティバの研究室は開放厳禁。悪役ヒロインに負けず劣らず、アンタッチャブルな扱いなのだ。


 室内は暗く、両脇には浮き上がるような白の輝き。等間隔に灯るそれは、まるで身廊の導きだ。

 光源は作業机に乗ったテーブルランプなので、開放された道と思うと体をぶつけるはめになる。妙に拡散した明るさは、淀んだ空気がそうさせているのか。


 目が慣れてくると左右に三つずつ机が並び、そのすべてに向き合う白衣の人間がいることがわかる。

 眼鏡の少女、無精髭の男、横にも縦にもデカい男、頭頂部ハゲの男、ざんばら髪の女、そして一番奥に藁束頭の男。全員が来訪者になど目もくれず、一心不乱に作業に没頭している。


 会話はなく、時折フヒッと誰かの含み笑いが漏れるだけ。他はカチャカチャと部品を組み合わせる音、ガリガリとペンを走らせる音。ポンッと小さな煙が上がり、鬱陶しそうに手で払う衣擦れの音。今日は大爆発は無さそうだ。良かった。


 ここはオリザサティバ一人から始まり、彼の才能に心酔した物好きが集う厳粛なる宴席。アポロン神殿が誇りたくても話題に出せない、マッドなマジカリストたちのみが在席する精鋭中の精鋭チームなのである。正直足を踏み入れたくなかった。


 回れ右が正しき常識人の責務だが、仕事に背を向けるなど士道不覚悟。私は誰も刺激しないよう、優雅さを忘れぬ抜き足差し足で藁束頭の背後に回った。


「助神官オリザサティバ」


「……」


「助神官オリザサティバ」


「…………」


「助神官オリザサティバ、よろしいですか」


 最初は囁やき、少しずつ声量を上げ、それでも淀む空気を乱さぬよう抑えた私の器用さを褒めて貰いたい。

 オリザサティバは「んあー」と寝起きのような声を上げ、図案と部品を行ったり来たりしていた視線を私に向けた。


「あれ、神官の方のアザミー様? 生霊っスか」


 神官じゃない方のマリアアザミとは誰だ。OLかアイドルしか思いつかない。やめて欲しい。霊的存在にされるのも洒落にならない。やめて欲しい。

 念のため、「神官アザミです。生きております、生存者です」と自己申告し、私はオリザサティバの手元を覗く。


「進捗はいかがですか。大まかな方向性だけでも、確認したいのですが」


「進捗? ふつーっスよ。いつも通りに間に合わせるっス。方向性はアザミ様のズタボロ案からそんなに離さず、ベアちゃんの衣装案に合わせて、合わせついでに向こうにちょっと変えて貰って、踊りは減らさず歌も減らさず……んー、歌。どうなるっスかね」


「歌も減らせませんよ」


「わーかってるっス。減らさないのは良いんっスけど。問題は神子のおふたりが耐えられるかじゃないっスか? 体力そこそこ、度胸どんぞこじゃあアザミ様のやりたいこと、キツいっスよ多分」


 マッドなりにもチームの長、アポロン神殿神事演出の総大将だ。よく見ている。

 オリザサティバはアマリリスと仲が良い――当社比的に仲が良いし、よく演習室に顔を出し、ちょっかいかけがてら演出案を練っている。必然、クソガキコンビがクソガキたる所以を目にする機会も多い。


 神子を神子と恐れずガキとして扱える傲岸不遜。彼らの輝きに目は眩むまい。人命軽視を危ぶむ必要はなさそうだ。……いや、別問題かな、そのあたり。


「練習の機会があれば良いのですが……」


 ノーロープバンジー。もとい、スカイダイビングの練習とは何だ。まさか神殿屋上から突き落とす訳にもいかないし。宙釣りか? 空中車を出して吊り下げるのか? もっと駄目だ。

 神子をプラプラ揺らして晒し者とは。神事の一環、演出のひとつならまだしも、日常でぶら下げるなど神子の扱いに物申しが出る。神聖なる神子をストラップ扱い。世間はおろか上層部だって許さない。


 どこか王都の外に出て、吊るすなり落とすなりすることも危うい。誰の目があるかわからないのだ。当然だ。

 神事の詳細はトップシークレット。せっかくの現代知識無双、話が漏れるのは避けたい。


 そのあたり、オリザサティバであろうと百も承知である。


「細かい計画はまだでも、軽く飛ばすための魔法具ならあるっス。でも練習は無理っスよねー。無理なんっスよねー。あー。大胆不敵な神官様がどこかにいれば、許可出るっスかねー。いないっスかねー?」


 あわよくばと、チラチラ見るぐらいはしてくるが。

 私は「大胆不敵でなく、お恥ずかしい限りです」と視線と声に圧を含ませるのを忘れず、それでも思考を巡らせる。


「室内なら許可は出せます。使用可能で一番天井が高い部屋は、踊り用の演習広間です」


「地下でどうやって突き落とすっスか! まき上げるっスか!」


 なんだまき上げって。カツアゲか?

 否、まき上げ、巻き上げ。台風か。巻き上げちゃうのか。そうか。酔わなければ良いのだが。

 悪役ヒロインのゲロイン疑惑を回避したと思ったら、マスコットキャラクターのゲロコット化は止められず、偶像神威までゲロドルの危機である。乙女ゲー世界とはなんだったのか。


 ……ん?


「助神官オリザサティバ。巻き上げ、とは」


「あー、そこ聞いちゃうっス? 聞いちゃうっス? 良いっスよ、三日三晩かけて語るっス」


「簡、潔、に。頼みます」


 アマリリスがいないと私が苦労するらしい。参考になったところでまた圧を乗せて、オリザサティバを追い立てる。

 オリザサティバはあっさり悪巫山戯を引っ込めて、机上に積み重なった書類の中程から的確に一枚を引き抜き、私に見せてきた。


「だいたいこんなーっス。命綱無いヤツなんで、安全装置慌てて作ってるヤツっスけど。安全装置間に合ってないヤツっスけど」


「人命重視の心得をお持ちのようで何よりです。……オリザサティバ、これなのですが」


 適当なペンを拝借し、白紙の紙になんとなくの知識を図にして記す。

 フンフン鼻を鳴らして頬杖ついていたオリザサティバは、不意に短く息を吸い――にまぁ、と、口角を笑みで吊り上げた。


「神官アザミ様……おぬしもなかなか、ワルっスねえ」


 悪代官みたいな言い方をされた。


「人聞きの悪いことをおっしゃらないで下さい」


「はーいはいっス。……んじゃ、頼むっス」


 オリザサティバが私を通り越し、脇に向けて書類を差し出す。何かと思えば、いつの間にやら、気配なく。我々を取り囲んで立つ、異様の白衣五本槍。


「へぇ……なかなか、なかなか悪くありませぬ……」


「左様ですなぁ……これは、良いものです……」


「フヒッ! 腕が鳴るというものであります!」


「フヒヒッ! 神官アザミ様も人が悪いで御座候!」


「では、よろしいですな、各々方。……いざ! 取り掛かろうぞ!」


 応! と揃う隠者たちの声。

 濃い。マッドマジカリストは、濃い。

 新たな知見を得た私の腕を、オリザサティバがぐいぐい引っ張る。


「んじゃ、自分たちは演習広間の強奪っスね。目指すはアマちゃんの首! 神官アザミ様、よろしくーっス!」


 こうして、私たちは討ち入りに出た。


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