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十五.バレたらヤバい


 扉をノックした。誰何の声には「神官アザミ、ご報告に参りました」と答えた。名乗った。間違いない。

 

 いつものシスター服に、いつもの瓶底眼鏡も忘れちゃいない。強いて違うところを挙げるなら、いつもは深めに被るウィンプルが気持ち浅めとなっている。少しだ。本当に少し。間違い探しで取り扱えば、苦情の声が殺到すること請け合いのささやかさ。

 神官長、小さな違いにも気づく男。そうやって人の弱みを握ってきたのだ。さすがだ。


 言ってる場合ではない。バレたのは私の弱みである。いつだ。いつバレた。何故バレた。

 そういえば初日、まるで取り繕わず乱入してしまった。むしろ遅すぎるくらいである。最初は泳がせ、裏で着々と証拠固めをしていたのかもしれない。戦うと決めたら追い詰める。追い詰めるときは退路を断つ。お見事、それでこそ我らが神官長だ。敵は袋の中の鼠だ。


 神官長は普段の荒っぽい様子からは想像もできない、静かな所作で椅子から立ち上がり、ゆっくりと私の背後に回る。

 獲物を狙うサバンナの、王者が如き慎重さ。

 情報戦で勝利したあとは、現実的な逃げ道を塞ぎ料理する。私は袋の中の鼠だ。救いはない。でもせめて足掻きたい。


「動くな」


 距離を取ろうと考えただけで、かけられるのは最後通牒。

 もう駄目だ。バッドエンドだ。神官長は私のウィンプルを強引に剥ぎ取り「ぶひぃ!」床に叩きつけ悲鳴を挙げさせた。


 ……ん?


「ドコのドナタ様かァ知らねーが、良い度胸してんなア。褒めてやンぜ。……ただし、今日がテメェの最後だ!」


 地に臥すウィンプルを踏み躙り、過去最高の凶相で脅しをかける神官長。脅す先は、私ではない。

 神官長の足が乗っていない裏地、その一部から、這々の体でなんとか捩り出たアイチャンが弱々しいふらつきで飛んでいく。神官長ははっと顔を上げ、その方向を鋭過ぎる視線で射抜いた。


「……あの、神官長様?」


「クッソ! 見えねェ! でもいやがる! 気ィつけろ、俺の傍から離れんな!」


 なるほど。見えてはいないのか。なるほどなるほど。


 私を庇って前に立つ、男気を見せる神官長に反射的に浮かんだマリアアザミの感情が侮蔑を孕み、アイチャンが物凄く嫌そうな顔で私を見るので、意識を切り替えた。

 言い訳が急務である。


 ◆


「……ア?」


「ですから、勘違いです」


 仕方なく神官長の前に回り込み、「待て!」とのご心配を受け流し、冷静沈着、淡々かつ堂々とした物言いで相手を諭す。


「たしかに、あまりよろしくないものが、あのウィンプルにおりました。しかし同意の上です。いちおうは、無害です」


「無害たって……ありゃア、盗聴かなんかの魔法具じゃねェのか?」


 生物とは思わなかったらしい。

 ファンタジー異世界とはいえ、生態系は地球とさほど変わりない。あのような生物、あのような不可思議、現実的ではないのだ。

 乙女ゲーの知識がなければ、当然私も滅多打ちにしていた。あるいは自分の頭の具合を心配した。


 頭の具合を心配するレベルなのだ、あれは。


 さてどうするか。

 不思議な妖精とも、神の御使いとも言えない。マリアアザミの頭が疑われる。

 かといって、神官長の言葉に乗り盗聴魔法具とするのも愚策だ。マリアアザミがあえて盗聴を許すなど、敵の行動を逆手に取るくらいしか理由がない。


 現在そういった敵はおらず、ひとまずの言い逃れとして架空の存在をでっち上げるのも手だが、今は神事の準備で忙しく、正規ヒロイン対策もある。

 架空の存在を懸念され、助力を申し出られたり、神事の担当を外されたりしても困るのだ。存在しない敵を相手に、いったいどのように助力させるのだ。仕事は誰にも渡すものか。……これは社畜の性ではなく、正規ヒロイン対策を任せられない、説明できないという意味である。本当である。


 嘘をつけば、嘘に嘘を重ねる必要が生じ、やがて拡大した嘘が矛盾を孕み、結果己の首を絞めることとなる。

 正しいか正しくないかの問題以前、いらぬ手間隙など時間の無駄だ。私には仕事がある。敵が存在しないことがバレないための工作などする暇はない。ここには仕事で来ている。

 早々に報告を終え、オリザサティバの監視をせねば。ゲームとは異なる破滅が生まれかねない。


 ということで。


「盗聴などされておりません。似たような機能はございますが、用途が違います。付け加えると、見えないとおっしゃいましたが、確かにいます。そこにいます。あまりに小さく、矮小過ぎて見えないだけです」


「……どういう意味だ」


「申し上げた以上の意味はございません。少し盗み聞きができる、少し見えにくい。それだけです。無害な存在なのです。無害とは、敵性存在ではないことを意味します。敵でなければ問題ない。そうですね」


「……まア、問題はねーだろうがよ。何が言いてェ」


「それを、申し上げる必要を感じません」


 神官長の目が細まる。雰囲気は恫喝に似ているが、これは怪訝だ。マリアアザミの記憶がそう――アイチャンが小さくえずいた。本当に邪魔だ。誰のせいだと思っているのだ。


「神官長様のお部屋に持ち込んだ非礼はお詫び致します。大変申し訳ございません。あまりにも矮小な存在ですので、手放すのを忘れておりました」


「テメェに考えがあるっつー話ならそれで良い。事情もだ。で? 話す必要がどーのってのは、どういう意味だ」


「申し上げた通りです。……これは、完全なる私事。プライベート。神官長様には無関係の、わたくしの、個人的な事情なのです!」


 なのです! なのです、なのです――……


 神官長の悪人面が、ぱかっと口を開いた間抜け面になってしまった。否、間抜け面でも悪人面。口の中に獲物が入るのを待つ鰐のよう。

 おかげで静まり返った部屋が、無意味にドップラー効果を生んだ錯覚がある。


 一言も発せぬ神官長。今だ。畳み掛けるなら今だ。


「よろしいですか。あれはわたくし個人の事情、容易に離れられぬ訳がある、つまりは一蓮托生の間柄!」


「……ア?」


「私事に、神官長様は無関係です。蚊帳の外です。自らのお立場を逸脱し、互いの領域を侵犯し、わたくしの領分に無遠慮に踏み込むおつもりで? 違いますね。神官長様は賢い御方。おわかりのはず。わたくしたちは仕事上の関係。職務を取り払えば、赤の他人の間柄。もう一度申し上げます。神官長様は、無関係なのです」


「……イチレ……」


「ですので、どうか口をお挟みにならぬよう、お願い申し上げます。問題はなく、関係もないのです。構いませんね」


「……」


 よし、黙った。

 神官長室に不審物を持ち込み、プライベート内とはいえ何やら厄介な気配を見せれば、少しは食い下がるかと思ったが。どのように判断したのか。


「うげえ……」


 おっといけない。

 神官長が持つであろう判断基準の在処など、紛れもなくマリアアザミの記憶の範疇だ。今は探れない。

 常識や価値観など、悪巧みに乗り切れない点から見るに、思考の基本ベースはOLが握っているのだろう。悪役ヒロイン知識を用いると、二つ分の魂の明滅とやらが起こって、アイチャンが吐瀉してしまう。本当に邪魔だ。対策を考えねば。


 やることが増えてしまったので、経過報告は簡潔に済ませておく。口を開けたまま突っ立っていた神官長は、報告を聞いても特にコメントがない。

 確定事項の少ない内容ではそんなものか。土壇場で変更が増えようと、マリアアザミの実績あれば心配するような事態でもなし。悪役ヒロイン様々である。


 私はすっきりとした心地で部屋を出た。

 拾ったウィンプルでやむ無くアイチャンを包み、回収するのを忘れない。マスコットキャラクターは悪役ヒロインに借りができたと、心に留め置いて欲しい。


 扉を閉じる寸前。ひゅるりと木枯らしに追われた気がした。窓でも開けたか。いや、神官長室の窓は、はめ殺しではなかったか。まあ良いか。


 ◆


「あー、ビビったアル。なにアル、アイツ。とんでもないアル……」


 鮮やかな髪色の持ち主が多い現世界。桃色髪も珍しくないとはいえ、誰がマリリンを連想しないとも限らない。

 私は極力誰にも合わぬよう、かつ急ぎで更衣室に駆け込み、他に人影がないことに安堵して個人ロッカーから予備のウィンプルを取り出した。

 アイチャンはひとつきりの椅子に陣取り、ぐったりと四肢を投げ出している。


「滅多に人目に映らないとおっしゃっていましたが、早速お言葉に矛盾が出ましたね」


「ボクが悪いみたいな言い方やめるアル!」


 ちょっと嫌味を言ってやれば、ぱっと身を起こして両手を振り回し遺憾の意。アイチャンは本当に短気だ。本当に、乙女ゲーのマスコットらしからぬ性格だ。どうしてそうなった。


 アイチャンは渋い顔をして、ぬいぐるみ然とした腕を組み「フン」と鼻を鳴らす。……顔の中心部に、鼻は見受けられないが。おそらく鼻。鼻息のような何かを鳴らす。


「あんな規格外の干渉力、例外中の例外アル! そんなにいるハズないアル! いきなり大ハズレ引くとか、最悪アル。オマケに暴力的アル。どういう教育受けたらああなるアル」


「神官長様のガラの悪さの由来など、わたくしが知るはずないでしょう。それで、干渉力とは? 親和性のことですか?」


 新しいウィンプルを装着し、神官長の足跡も痛々しい、薄汚れたウィンプルをはたきながら問いかける。幸い、穴は空いていない。下働きに預けて洗濯を頼むか、家に持ち帰り自分で洗濯するか。


「……ああ、親和性。それアル。ニンゲンの言葉はそっちだったアル」


「ええ、そうですね。人間の言葉では、親和性と呼びますね」


 洗濯物ひとつ、大したものではない。下働きの残業に繋がることもなく……とはいえ、自分で洗濯することに苦労もなく。幸い弊社はホワイトなので、夕方には帰れる。

 帰宅後洗濯して部屋干ししても、明日の朝イチで洗って外干ししてもいい。持ち帰ろう。


 私は汚れを内側にして畳み、手提げ袋にウィンプルを突っ込み、椅子に腰掛け足をぷらぷら揺らしていたアイチャンを鷲掴み、「ぶひぃ!」と最早聞き慣れた悲鳴を奏でさせた。


「な、な、なにするアル? いたいけなボクに突然、あんまりの仕打ちアル……ヒドいアルぅ……」


「今更かわい子ぶっても無駄です。で?」


「でって、なにアル……?」


「先程の、干渉力のお話です。誤魔化しましたね」


 些細な言動から弱みを握るなど朝飯前。悪逆非道の悪役ヒロインを侮らないでもらいたいものだ。

 とにかくマリアアザミは、昔から人の嫌がることに敏感だった。他人の心の機微に敏感だった。その能力を悪巧みばかりに使ってきた点は正直OLはどうかと思うが、今となってはOLもマリアアザミのことをそれほど嫌うこともない何せ仕事は完璧抜かりなしOLとしては見習いたい点も多々みられ本当に本当に黒歴史さえなければなー。


「うげっ、うげっ、うげええええぇぇ……やめ、やめるアルやめるアル、わかったアル、言うアルやめるアル、うげえええええええぇ!」


 いつ、どこで、どのように、何をしたか。

 過去のものでも、そういった細かな部分に触れさえしなければ、記憶を漁ろうと頭痛は起きない。こうしてマスコットキャラクターをやり込めることも楽勝だ。


 私は素直にアイチャンを椅子へ戻して、その場で「つんっ」と顎を反らして仁王立ち。「うげっうげっ」とえずきの余韻が収まるまでを余裕たっぷりに待ってやり、恨めしげな視線を打ち返す。


「それで、干渉力とは」


「……広まってないってコトは、過ぎた知識って意味アル」


「ではご期待にお応えして。神官職と社畜との、共通点のお話をひとつ」


「わかってるアル、わかってるアル! やめるアル!」


 アイチャンはぱっと口を覆った手を、恐る恐る外していき、


「ニンゲンの言う親和性、別に間違いじゃないアル。それを細分化すると、干渉力とか、操作力とか、種類が出るアル」


「細分化……?」


 初耳だ。マリアアザミとて初耳だ。

 今記憶を漁ると公平な取引に反するので控えるが、反射的に沸き起こる感情までは制御できない。日本人としての驚きとは少し異なる、ずれた驚きの感情をなんとかいなして、アイチャンの言葉の続きを待った。


「うげっ。……神の愛、つまり魔力は人の身で持つことは許されないアル。空気中に漂うばかりで、魔法陣のみが操作できると、ニンゲンたちにとっては、そういう話が一般的アル。でも、何事にも例外はあるアル」


「それが、親和性ですね。魔力に対する相性の良さ、とだけ窺っております」


「間違っちゃいないアル。神の愛に触れる資格を持つ存在を、ニンゲンは親和性の持ち主と呼んでるアル。で、触れるだけでなく、摘まんだり、揺らしたり、移動させたり。やり方は様々アルけど、身の程知らずに神の愛を振り回す。そういう厚かましいニンゲンが存在するのは事実アル。オマエも覚えがあるアル? あるはずアル」


 アルが多くて聞き取りにくい。

 だが、言う通り、確かに覚えはあった。


「……神官長様が、冷たい風を起こして、わたくしに氷の礫をぶつけてきたことが」


 OLを宿した初日のことだ。「転職したい」とうっかりこぼした私は、神官長から絶対零度の叱責を受けたのだ。

 アイチャンは「そんなのするアル? マジ怖いアル」と、すっかり神官長がトラウマになったのか、両腕で己を抱きしめ身震いし、その延長上かと思うような首振りで否定した。


「一人に限った話じゃないアル。さっき広場にいた下っ端か、車にいたニンゲンたちは助神官って言ったアル? アイツらは魔力にチョット触るか、摘める程度でしかないアル。そういう場合は適応力って呼ぶアル。で、神官長は風とか氷とか出したアル? そういう魔力を揺らす才能を持つなら干渉力、そんなカンジで分かれてるアル」


「はぁ……なるほど。親和性とは、強弱だけの問題ではないのですね」


「強いも弱いもないアル。いや、それぞれの区分内ならあるアルけど、ひとまとめにするには方向性が分かれ過ぎてるアル。これ、ニンゲンたちだって、もう気づいてるアル」


「どうでしょうか。研究は、いろいろと進んでいるはずですが……」


 アポロン神殿という大手に所属し、神官長ともこまめに連携を取るような立場にあるが、所詮私もいち神官に過ぎない。最近判明したばかりなら、耳に入らずともおかしくない。


 アイチャンは「違うアル違うアル」と、関節があるとは思えない腕、片手の先だけ否定の形に横へ振り、


「オマエのソレ。胸にあるアル」


「……? セクハラですか」


 マリアアザミの豊かな胸は、きちんとさらしで潰されている。私の蔑みの目に、アイチャンは「ちっがうアル!」と憤った。


「ニンゲンの胸になんか興味ないアル! ……違って、なんか持ってる、ソレアル!」


 やっと理解して詰め襟の中、首にかかった紐を引き、出てきた制御魔法具を見せてやれば、マスコットは一息吐いて気を取り直す。


「ソレ、車の中にいたヤツらとか、さっきの神官長とかも持ってたアル。みんなチョット違ってるアル。個々人に応じた、異なる形で神の愛を弾いてるアル。罰当たりアル」


「……こちら、無ければ死ぬとのお話なのですが」


「そうアルなー。外すと死ぬアルなー。ニンゲン如きが神の愛に触れるなど、そもそも恐れ多いことアル。当然アル」


 それが? と言わんばかりのアイチャンがしっかり人外みを出すのを間近で受け、嫌な気持ちになりつつも制御魔法具を服の中に戻しておく。


 制御魔法具は、全神殿を管理、及び監督する立場にあるゼウス神殿が各神職者に直接用意する、機密中の機密。作成方法は完全極秘、超絶トップシークレットだ。

 親和性の細分化まで研究が進み、対処可能な技術を持つ。しかし、公にしない。意図して隠したと考えるべきであろう。理由までは不明だが。それって。


「……知った者は、消されかねないお話なのでは」


 げんなりする私に「だから言ったアル」と、すっかり他人事の顔をしたアイチャンの声が届いて、さすがのマリアアザミの体も、がっくりと肩を落としたのだった。



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