十四.視察帰りがヤバい
乙女ゲーのマスコットキャラクターに出会ったけど人外ホラー臭さが強すぎでヤバい。
「なんだその顔アル! 不満あるなら言えば良いアル! ボクは悪くないアル!」
言えば良いのか悪いのか、ナイのかアルのかどちらかにして欲しい。
人外らしい圧迫感を伴って厳然たる発言をしたアイチャンは、哀愁漂う私に対し、滑空の役にも立たなそうなスカスカの羽を動かしてまた怒る。
見た目は完全にマスコットだが、乙女ゲーで見た愛くるしい、もといぶりっ子丸出しの言動とはまるで真逆の姿。どうにも見慣れない。
もしや同型の別種、乙女ゲーで登場したマスコットとは別存在なのではあるまいか。
このような胴体付きの肉まんとしか思えない謎生物が複数、群れで浮遊しているさまを想像してしまう。気持ち悪くなってきた。やめよう。
「神官アザミ様? いるかしら……?」
アマリリスの声が外から聞こえてきた。
オネェそのものの振る舞いの持ち主でも、女性用トイレに立ち入るつもりはないらしい。
遠慮がちの問いにタイムリミットを悟る。どっちだ。トイレの長い女と思われたか、トイレで泣いている女と思われたか。
気を取り直すなら姿勢から。背筋を伸ばす私の威厳纏った「おりますよ」の返事を受けて、お互い姿が見えずともアマリリスがほっと息吐く気配がする。
「藁束頭がね、考えがまとまったから帰りたいって騒いでるのよ。とりあえず首を絞めたけど、あの調子ならすぐに復活しちゃうわ。どうしましょ?」
対処が手慣れ過ぎている。
隣で浮遊するアイチャンを横目で確認したところ、やつは退屈そうに欠伸をしていた。欠伸。酸素の欠乏か睡眠への欲求か、脳があるのか凝りがあるのか、生態への新たな疑問が沸き起こる。
聞きたいことは多いが、これ以上籠もるわけにもいかないか。
「失礼、顔を洗っておりました。すぐに支度を済ませます」
「了解したわ。それじゃ、あとでね」
私は了承の意を伝え、ついでにトイレの長い女疑惑を振り払う。承知したアマリリスの高いヒールより繰り出される足音が遠ざかるのを待ち、改めて鏡に向き直った。
言い合いのおかげか、随分と顔に血色が戻っている。マスコットキャラクター、お助け役としての責務は果たしたといえよう。助かりはしても嬉しくない。もっと心に余裕ある、和やかな形のサポートをして欲しい。
髪を整えウィンプルを整え、衣服の皺を整えて、最後に分厚い眼鏡の位置を直して仕上げとする。よし、と一歩を踏み出すと、頼りなき羽の動きに合わせ、マスコット換算にて三歩分、アイチャンの体が進み出た。
「……」
また一歩踏み出すと、羽ばたき一度の三歩分。また一歩、三歩分。また一、三……。
「あの、まだなにか」
「? なにってなにアル」
「いえその、何故わたくしの動きに合わせるのですか」
「オマエが歩くからアル」
私は念のため、念のためマスコットと自分の間に紐が結ばれていたり絡まったりしていないか目視確認し、目に見えない可能性を踏まえて全身をはたき、何もない結果に安心し、次いで絶望した。
「ついてくるおつもりですか!」
「当たり前アル、契約あるアル! 契約破棄の方法探すって、オマエ言ったアル! 見張るアル。つきまとうアル。馬車馬の如く働かすアル!」
なんともはや、ブラックの先駆者はマスコットキャラクターであったらしい。
「あの、せめて付きっきりはご遠慮願えませんか? 契約破棄の手段に関しましては、先程も申し上げた通り、わたくしの生活や仕事を圧迫しない範囲でご協力致します。ですので、連絡方法のみ取り交わし、この場は解散と致しましょう」
「いやアル」
悪役ヒロインらしからぬ、必死の懇願をあっさり拒否するマスコット。
何故だ。私を気持ちの悪い魂の持ち主と言ったではないか。つきまとわずに済むなら万々歳のはずだ。
「信用の問題ですか? わたくしは逃げも隠れも致しません。主義に反します」
「違うアル。そもそも、逃げも隠れも無駄アル。契約あるアル。オマエがどこに行ってもわかるアル」
名前を呼んだだけで、なんとも気味の悪い契約を押し付けられてしまった。
アポロン神殿だってそこまでのことはしない。悪の結社を上回るマスコットに恐れ慄きつつ、それならそれで問題がないことに気づく。
「であればますます、同行の必要はないでしょう。わたくしは未だ就業時間内です。契約破棄手段の模索にはお付き合い致しかねます」
「わかってるアル。ニンゲンは仕事しないと死ぬ、知ってるアル。だからそれで良いアル。仕方ないアル。ついてくのは暇潰しアル」
日々の糧を得るための仕事。相違ない。相違ないのだが、やらねば死とまで言われると、OLの社畜を受け入れきれていない部分がキリキリ痛むのでやめて欲しい。
苦し紛れの「神の御使いとしてのお仕事は」の問いも「契約あるから無理アル」でばっさりだ。
「オマエのせいでやることないアル。仕事優先、生活優先は納得してやったアル。だから、暇潰しくらいさせるアル。……もしかして、人目を気にしてるアル? ボクの姿が見えるニンゲンなんて滅多にいないアル。つきまとっても騒ぎになんかならないアル」
知っている。ゲームでもそうだった。マリアアザミにも見えないはずなのだが。
「オマエの場合は……魂の不備が原因で、視界がちょっと、ズレたアル……?」
私が眉を顰めるのに応じてか、加えられたのは今ひとつ不確かな言葉だった。人の理の外にいる、謎生物から見ても不可解が過ぎる謎現象。
不安が増すばかりの問答であったが、今はそれで納得しておく他なさそうだ。
「……仕事の邪魔だけはしないで下さいね」
「わかってるアル。しつこいアルー」
面倒臭そうに浮遊するアイチャンが私の後ろに回り込み、ウィンプルの裾を捲って中に入ろうとして――……
「なにをなさるんですか!」
私の手に突き飛ばされて壁にぶち当たり、そのままの勢いで押し潰されたアイチャンは「ぶひぃ!」と無様な悲鳴を上げた。
なんと。肉まん肉まん言われていたが、正体は豚まんであったらしい。
「いっっっっ……たいアル! 何するアル!」
「それはこちらの台詞です! 気色の悪い!」
「ずっと飛んでる疲れるアル。休ませるアル。椅子になるアル」
このマリアアザミを椅子扱い。大物である。
「……ひとまず、良いでしょう。それで何故、ウィンプルを捲るのです」
「肩とか狭いし、頭は小さいし、くつろげないアル。その頭の布なら面積あるアル。吸着してのんびりするアル」
「吸着……?」
「一体化みたいになれるアル。あちこち観光する気もないから、表より裏地の方が気楽アル。心配しなくても、厚みも出ないし重みもないから大丈夫アル。さっさと入れるアル」
こうして私に取り憑き仲間、もといストーカーができた。
住所不定、無職。マスコットキャラクターでなければ許されない暴挙である。
……マスコットキャラクターであっても許されざる暴挙だ。悪役ヒロインと契約すると、悪のマスコットキャラクターとなってしまうらしい。悲しい事件だった。
◆
広場に戻ると、視察の同行メンバーは全員が乗車を済ませていた。
敷地の端に停車しているのは、見た目完全に黒の大型ワゴン車であった。窓ガラスはスモーク張りで、空陸両用のためタイヤも付いている。
異世界魔法の叡智、空飛ぶ機能の魔法陣が各部位にコンパクトに収められた、アポロン神殿社用車に相応しい、ピカピカの高級車然とした佇まいである。
「お待たせ致しました」
空けられていた助手席に乗り込めば前の座席から「おかえりなさい」とアマリリス。「いえ、さほど待ってはいませんよ」とにこやかなベアグラスに迎えられる。
オリザサティバはその後ろで書面の書きつけに夢中になっているし、最後尾席に陣取る子供たちはふんぞり返りつつも神妙な顔で腰を落ち着けていた。
先程の異常事態を蒸し返さないクソガキらしからぬ沈黙は、良識ある方の大人たちが何か言い含めてくれたのかもしれない。
見計らって、運転席に座る口髭も上品なロマンスグレーの老紳士――ずっと車内に待機していた、神官長専属運転手が車を発進させた。
社用車はその重みを感じさせないスムーズさをもって静かに浮遊し、空中を滑るように進んでいく。
上空、幾重にも折り重なる不可視の車道は、進行方向で車線を、目的地に対する距離で高低を分けている。
たとえば今いる庶民街東区から見た場合。
区画内を移動するなら一番下の、建物にして四階相当の空中が専用道路だ。
もっとも、近距離ならば地上を走った方が早いので閑散としていることが多い。端から端を移動するか、地上がよほど混んでいるか、あるいは祭りなどの催しで、地上道路が通行止めとなっている場合の使用がほとんどだ。
その一段上は王都内外、あるいは西か南か北にある、他区を目的地とする車が通る。
こちらはそこそこの使用頻度だ。王都から出る、あるいは入る、もしくは王都内を広く移動する。物流を賄う要としての使用率が高く、大型輸送者が昼夜問わず駆けずり回っている。社畜的には親しみの持てる道だ。
更に上位は王都中心部、貴族街へと繋がる道。現在、我々を乗せた車が走る道である。
そこに住まう貴族は庶民街に用があるなど稀なので、王都外への行き帰りに使用する。他は貴族の邸宅で直接取り引きをする商人か、領地管理の報告に来た地方役人、または私的に招かれる高い地位持つお客人――地方貴族などが通るため用意されている。
貴族街に神殿のある我々神職も使用する、ほどほどの使用頻度を誇る道だ。
更に更に、上位。王都の中心部も中心部、王城へ直接繋がる道。
王城で働く貴族、王城に招聘された貴族か役人が使うための道路は、朝と夕、いわゆる出勤退勤のラッシュ時間になれば、それなりに混み合う道である。
ただし、庶民街にとっては無関係。庶民が直接王城に招かれるなど、よほどがない限りあり得ないことであるし、庶民出身の官吏や兵などは王城近くに寮があるため、使わない。
他は、長期休みの貴族学生が帰郷する際の送迎に臨時で開放され、ごく短時期、一部の道を混ませることがある。どちらもない今は、空を阻まぬお飾りに道路に過ぎないのだ。
更に更に、更に上位はお待ちかね。王族限定、例外はお付きや警護のみ。尊き御血筋をお持ちの御方のためだけにある道である。
言うに及ばず、こちらも現在お飾りだ。使われるとして、大々的な行事を含む地方への視察だろうか。滅多にない。
王族とて引きこもりというわけでもなし、神聖なる神事、とびきりの催しが行われるとあらば視察に出ることもある。
もっともその場合、お忍び目的で貴族道路をお使いになられることだろう。あるいはパレードがてら地上を使う。
王族ロードを使用すれば、王族の移動は一目瞭然。不埒な輩にも、一目瞭然。万が一があれば大問題であるし、庶民の目に触れれば瞬時に話が広まり、大騒ぎになりかねない。正直もて余し気味の道である。
それらの道路を、ブイの如く等間隔に浮かぶ魔法具と、地に埋められた魔法具で各車線ごとに制御。車体に標準搭載される道路感知の魔法具と連動させることで道の有無を判断し、通行可能とする。異世界ファンタジー交通網の完成だ。
無論、低い建物ばかりの庶民街と、高層建築が多い貴族街及び王城付近では空中道路の最低ラインは異なるので、上記はあくまで一例である。
また全都市に王城があるはずもなく、貴族専用道路を作る費用を持たず、古い規格の魔法具しか流通していない地方もあり、都市ごとに仕様が異なるケースも多々みられるが、道の説明も、車に搭載し一時的に対応可能とする臨時魔法具の貸出も、だいたい都市入口にて行われる。
都市間を繋ぐ空中道路も同様に、都市入口で進行方向を申し出れば対応魔法具をレンタルできる。別途料金がかかるものの、便利な世の中と言って良いだろう。
現在、我らアポロン神殿社用車の上には何者もいない。
季節の区切りを越えた時期、昼を間近に控えた刻限ともなれば何のラッシュにも引っかからず、前と後ろ、隣の車線も車の姿は少ない。おまけに運転手が神官長お付きともなれば、移動は非常に快適だ。
もっとも、落ち着いてばかりもいられない。そもそも落ち着ける状況にない。
我がうなじの近く、ウィンプルの裏地には謎のマスコットが潜んでいる。拒否したがしつこくごねられ、時間もないので渋々許した。
布に一体化すると言っていたが、そこにいられると思うと悠々と背もたれに身を預けられない。気遣いではなく。単純に気持ちが悪い。さっきからちょくちょく「うっ」とえずきの予兆もあるし。誰にも聞こえていないらしい、それだけが救いだ。
本当に、それだけが救いだ。
魂にOL、ウィンプルにマスコット。マリアアザミアパート化計画、着々と進行してはいないか。これ以上増えないことを切に願う。
高級車のクッションを楽しめぬ、少しばかり反り気味に座る私に、今のところ奇異の目は向いていない。このまま誰も気づかずいてほしいと、重ねて願う私の耳に「そういえば」とベアグラスの声が届く。
「全体的な変更点が増えましたが、納期に変わりは有りませんか?」
「あ、アタシも聞いておきたいわ。……といっても、今回ばかりは演出次第かしら。どうなの? 藁束頭」
「んー? そうっスねえ。できる限り飛ばして落として回して打ち上げたいっス! もう踊りいらないんじゃないっスか?」
「ね、ねえ、飛ばすまではいちおう納得するけどさ、落とすって……? え? 違う意味?」
「……回す?……打ち上げる……?」
アマリリスが続き、オリザサティバの一言を受けて偶像神威が死にそうな顔だ。仕方ない。ほどほどにさせよう。
「神事から踊りは外せません。極端に減らすようであれば許可しませんよ。……演出の納期は通常通りと助神官オリザサティバが請け負って下さいましたので、猶予はあります。そうですね?」
「実際見てアンくんから話聞いて、めっちゃ調子出てきたっス! 速攻取りかかるっス! 演出案はむしろ早めに出せるっスー!」
荒い鼻息を手にした書面に吹き散らし、ご機嫌なオリザサティバに「ほどほどに」と言い含めておく。テンションが上がり過ぎなければ大丈夫だろう。大丈夫か? こまめに確認するべきか。
「助神官オリザサティバは、わたくしが監視……いえ、こまめに連携し、演出案がまとまり次第、皆様に共有致します。納期に変更があれば早くにご報告できるでしょう。通達がない限りは、通常通りと判断して進めて下さい」
アマリリスとベアグラスが承知したところで、アポロン神殿に到着した。さっさと降車して仕事場目指し駆け出すオリザサティバに、さすがに限界と頭の揺れを取り戻すベアグラスが続き、アマリリスは地下演習場へと偶像神威を引率する。
子供組がちらちらとこちらを見てくるので何かと思えば、
「ええっと、その、……演出、ちゃんとこまめに監視してよね!」
「……安全だけは、最優先しろ」
言い淀んだのは先のトラブル、トリガラバレ事件の影響か。アマリリスが「お二人とも?」と若干低く問いかけたので、言い直したあと足取り荒く大扉に消えていった。
正直、トリガラよりも己が身を優先するべきであろう。神事だけは、なんとしても成功させてやりたいものだ。
……神事だけは。
黒歴史バレを防いだ代償とばかりに、彼らの悲しい通称がバレてしまった。大人として情けない限りだが、正直、自分も危機を脱したとは言い切れない。
乙女ゲー厶「アイドルアイル」正規ヒロイン「フリージア」。
間違いない。彼女も自分と同様、別世界、現代日本の知識がある。
否、日本とは言い切れない。外国語訳版は発売されていないとはいえ、日本語を学ぶか誰かに頼むかすれば、テキストは読めるしトリガラも知れる。
問題は、彼女が平々凡々今の世界で暮らす気がないこと。
いくらゲームの登場キャラクターとはいえ、今生では初対面。にも関わらず、馴れ馴れしく詰め寄り、鑑賞し、ゲームのルートなど知ったことかと振る舞ったかと思えば、半端にゲームの動きをなぞる。
ちょっと不気味だ。彼女に近い、三人の攻略キャラクターとは良好な関係を築けているようだし、意外となんとかなるのかもしれないが。
向こうはなんとかなったとして、こちらの問題は悪化した。
間違いなく、間違いなくあの女、もといあの女の子、私をマリリンと呼ぼうとしていた。呼びかけかけた。竹たてかけた。現実逃避している場合じゃない。バレてる。マリリンが。マリアアザミのかつての愛称、及び黒歴史。バレてる。バレバレである。ちなみに我が身の内に留まりし魂は一度バラバラに砕け散ったらしい。だからふざけている場合でもないってば。
マリアアザミの黒歴史バレは、ヒロインが誰とより親しくなっているか、各攻略ルートによって異なる。大まかに並べてみよう。
・マジギレしたマリアアザミがフリージアに掴みかかろうとして、うっかり眼鏡を落として素顔バレ、のち正体バレ。
・マジギレしたマリアアザミが「偶像神威なんて」とクソ喰らえ発言。自分の過去を暴露して、偶像神威を貶める。
・マジギレしたマリアアザミが自ら己の過去を暴露したかと思えば、ヒロインの傍らに立つ攻略対象、ヒロインが担当する偶像神威と今の自分とを比較してあまりの違いに涙を浮かべ――……
あれ。最後のは悪役との和解も込みのトゥルーエンドであったか。和解してもバレる。というか自分から言ってる。詰んでいる。
他には、マジギレしたマリアアザミが暴走し、巡り巡って己の退路を断って死亡。そのシーンの描写はなく、エンディングにてヒロインのモノローグから「あの人は死んだらしい。かつては偶像神威として、立派にお役目を果たしていたと聞いたが――……」とのご説明がある。
いつの間にやら死んでいて、死んでいるのにバラされる。一番雑な扱いだ。もっと良い死に方をしたい。いや死にたくない。
まだまだあるが、マジギレ原因が一番多岐に渡ってバレている。よろしくない。大変よろしくない。マジギレだけなら、すでに二回やっている。内一回はヒロイン相手だった。よろしくない。ちょっと短気になっている。
直さねば、短気を。諌めねば、損気である。
だいたい、そんなにも怒るタイプではなかったはずだ。OLは上司の無茶振りも、取引先の理不尽にも耐えに耐えて従順であったのだ。それでこそ社畜。天晴。
マリアアザミとてそうだ。常に優雅。相手が気づく前に後ろから刺す手管。手際よく、着々と敵を追い詰め、念入りに磨り潰して遥か高みよりせせら笑う。そうしてきた。そう記憶している。
――あれ? ゲームでもそうだったか?
バレや破滅に繋がるマジギレはもちろん、ヒロインへのちょっかいもヒステリックであったような。正しく悪役。安定の小物感。おかしいな。記憶と現実が繋がらない。いや記憶は現実だ。神官の仕事はスムーズに同期されていた。ゲームの知識もつつがなく同期。他には他には、ええっと、
「うげえ」
背後より届くえずき音が思考を打ち切る。後ろには誰もいないし、私は二口女ではない。犯人はウィンプルに潜む悪霊二号だ。いや一号だ。OLは悪霊ではないので。
「うげえ。ちょ、ちょっと止まるアル。あちこちチカチカ……うげえぇぇぇ」
宿す場所は布だが、傍から見たらうなじから吐瀉する女とされてしまう。
私は足早に、どうしよう。ちょっとトイレ。トイレしかない。トイレの長い女確定である。もう逃げられない。
一人で話す不審も、ウィンプル下から顔を出すディープピンクの髪がもたらすバレも真っ平御免である。うなじ吐瀉などもってのほか。
私は極力頭を揺らさず、なおかつ競歩でトイレに退避し、誰も個室にいないことを確認し、一番奥の個室でウィンプルを外して便座上に構えた。
「……どうぞ」
「……なんのつもりアル」
ウィンプルから、甲高いキャラクターボイスが低めに唸る。なんのつもりも何も。
「随分と調子が悪いご様子ですので。どうぞ」
「アホアルか! アホアホアルか! アホアルか!」
何故一句詠んだ。季語抜けである。
悪霊、もといアイチャンは、ウィンプルの裏地から「にゅっ」と顔だけ出して怒り顔。やめてほしい。体が見えないと、肉まんが直で生えているように見える。不気味だ。
「マジで吐きやしないアル! ボクをなんだと思ってるアル! 神の御使いアル! トイレ行かないしゲロも吐かないアル! 具合悪くなったのはオマエのせいアル!」
「それはそれは、失礼致しました。お具合が優れないのは揺れのせいですか?」
人形巨大ロボが現実的とされない理由は、二足歩行による揺れに搭乗者が耐えられないからだと聞く。乗り物酔いか。勝手に乗り込んでおいて酔うとは。マスコットキャラクター、浅はかである。
謝罪に込めたやる気のなさと、あわよくばウィンプルから出て行って欲しい二心に気づいているのか、アイチャンは「けっアル」とやさぐれにすら語尾を外さず、
「違うアル。オマエ、魂をあちこち起こしたアル?」
「……あちこち、起こす?」
「記憶か、感情か、意識か、それ以外か。どれかが交互に反応して、ちかちかしたアル。……うげえ。思い出すだけで、もう無理アル。……うげえ」
中身が専門的すぎて難しいが、ようは先程の思索が原因だろうか。
マリアアザミの記憶と、OLの記憶からなる矛盾探し。なるほど、二人分の持ち物から交互に引き出していたのは事実だ。認めよう。元凶、私。
「あの、そういったことは必要に駆られ、しょっちゅう行っておりますので。やはり行動を共にするべきでないのでは」
「……そうするアル。でも今日はいいアル。疲れたアル。オマエも今日は控えるアル」
疲れた顔のアイチャンは、最後に「うげえ」とまたえづき、ウィンプルの中に消えていった。
このままトイレに流してしまいたい。駄目か。詰まっては迷惑だ。じゃあ焼却炉にでも捨てたい。駄目か。本当に駄目か。予備のウィンプルは更衣室の個人ロッカーにある。問題はない。
本当に、駄目だろうか。
神殿に焼却炉は、さすがに、ない。
諦めて、心持ち浅めにウィンプルを再装着した私は、焼却炉設置のための直談判……ではなく、進捗の報告をするべく神官長室に足を踏み入れた。
今回、変更が多すぎた。ヒロインとの邂逅阻止を目指して舞台から何から変えたというのに、結局出会ってしまったし。
関係各所に手間をかけさせ、苦労の結果が空回り。大失敗か。楽しそうなのはオリザサティバだけだ。……大失敗だ。
いやでも、あのような猪突猛進、神事当日に顔を合わせず済むだけマシというものだ。……代わりに、こちら側の猪突猛進が大奮起しているが。大失敗しないことを祈る。
終わり良ければ全て良し。良しとなることを目指して、まずは目の前の仕事をこなす。ということで、まずは神官長に報告だ。
扉をノックし、誰何の声に名乗り、扉を開いて神官長にまずはご挨拶、と礼をしたところで、
「誰だア? テメェ……」
地獄の番人もかくや。地響きと錯覚するような、威嚇満点の低い声が響き渡った。バレた。




