十三.ヤツも襲来。ヤバい
アイチャン。
乙女ゲーム「アイドルアイル」におけるマスコットキャラクター兼お助けキャラクターの名だ。
肉まんに酷似した頭と色、雑に付け加えられたとしか考えられない単純な手足と体。申し訳程度の天使の羽を持つ冴えない形は「別に攻略キャラでもなしに……」と、特に荒れもせず受け入れられた。
ちなみに「イケメンに変身して隠し攻略キャラになるのでは?」説は早くに打ち消されていた。
お助けと言っても「アイドルアイル」の攻略は困難ではない。特別な思い入れも印象も沸かない、取って付け加えられたようなマスコットキャラクターである。
ネタで扱われることも稀な……そういえば、いつかのエイプリルフール企画で魔法少女マリリンのお供キャラクターをさせられていた。
未来からやってきた不思議生物「アイチャン」と契約した普通の女の子マリアアザミは「魔法少女マリリン」としてアイチャンの導きに従い悪の組織を滅多刺し……架空の黒歴史を思い出してしまった。勘弁していただきたい。
そのマスコットキャラクターであるところのアイチャンは、私に足をつままれて、ぶらぶら逆さに揺れつつ憤慨していた。
「んな……っ! なにするアル! なんってコトしてくれたアル!」
そういえば語尾にアル付くキャラクターであった。懐かしい。
回顧に浸るときでもないか。私は顔を洗わねばならない。
「失礼いたしました」
低頭も合わせぬ形式的な謝罪と同時に指を離せば、アイチャンはあっさり洗面台の窪みへ「ぼてっ」と落ちる。悲鳴をあげる間も与えずに、私は蛇口を全開にした。
「おぼぼぼばえぼえあばばばえばぼえ」
しまった。このまま顔を洗うと、彼への拷問を遮ってしまう。マリアアザミは未だ不調のようだ。洗面台はまだあるのだし、隣に移動してしまおうか。
「ぶべっ! ぺっぺっ! ナニするアル! ひどいアル!」
小さな体にとっては滝に等しい水流の強襲よりなんとか逃れたアイチャンは、頭をふりふり、水を吐き吐き。なんとか発言の余裕を取り戻し、しかし苦情の申し立てしか言わず、面白味のないことこの上ない。
「顔を合わせるなり悪態を吐くような小物、わたくし、相手にしませんの」
いつもの「つんっ」を出そうとしたが、どうにも覇気が物足りない。早々に洗顔に取り掛かるべきだ。化粧水も乳液もないが、贅沢は言っていられない。
邪魔者の退いた洗面台に戻って眼鏡を外し、冷えた水を丁寧に掬って慎重に顔を冷やす。ばしゃばしゃ洗うような品のない真似はできない。飛び散った水で濡れた服を纏うなど論外だ。ここに着替えはない。
ハンカチで顔を拭きつつ鏡を見る。及第点には足りないが、眼鏡があれば誤魔化しは効かなくもない。再び眼鏡を装着すると、綿毛の如き覚束なさで浮遊するアイチャンが眼前に寄ってきた。
渋々問いをかけてやる。
「……なんですか」
「なんですか、じゃないアル! なんてコトしてくれたアル! 謝るアル! 賠償請求アル! 骨髄液まで絞り尽くしてくれるアル!」
ご立腹のアイチャンであった。
こんなに勝ち気なマスコットであったか。心なしかゲームの姿よりも太ましい気がするし、羽も薄く見える。太って禿げて性格が悪くなったのか。
気になりはするが、言われっ放しは主義に反する。私は違和感に一度目を瞑り、勇ましく顎を反らして応戦する。
「謝罪と言われましても。水責めはあなたがとった無礼への返礼ですし、あなたが洗面台に落ちていらしたのは、わたくしが原因ではございません。それよりも、このような場に留まっていてよろしいのですか? フリージアは行ってしまいましたよ」
さっさと追い払おうとして、名乗りもしなかったヒロインの名前を出してしまった。まあ良いか。エキナセアが呼んでいたし。判明済みとする。
ヒロインの相棒マスコットキャラクターは早々に悪役ヒロインのもとを去っていただきたい。次会ったときは戦場だ。私とお前は敵同士なのだ。
しかし、アイチャンは黒豆の瞳を訝しげに眇め、への字口で私を指差し――てはいない。指のない丸い手を「ビシィッ!」と振り下ろし敵意満々に私を示す。
「フリージア……? 知らんアル。そんなコトよりオマエアル!」
「は?」
ヒロインのお供キャラクターが何を言い出すか。
もしや名前が違うのか。フリージアはデフォルトネームである。プレイ時、オープニングシーンにて望みの名前に変更可能のシステムであった。
私は無変更派なのでそのまま「フリージア」を用いていた。ゲーム画面に己の名前が表示されるなど、OLの羞恥が許さなかったのだ。
世の中には「お姉ちゃん」「おばあちゃん」などと登録して架空の弟、架空の孫として楽しむプレイもあるらしいが。OLにはない趣味嗜好、参考にはしなかった。
ともかく、つい先程。間違いなく彼女はフリージアと呼ばれていた。変更はない。
「オマエがボクに名前なんか付けたせいで契約が結ばれちまったアル! ボクの崇高な使命を阻んだアル! 謝るアル! 謝罪と賠償と一生を捧げるアルー!」
マスコットキャラクターと契約を交わす。エイプリルフールルートに入ってしまった。
いやだ魔法少女はいやだ痛々しい黒歴史量産ルートなんていやだ――……
「お待ちなさい! あなたに名前を付けた? なんのことです! 命名権など頂戴した覚えはございません!」
「ボクだってあげてないアル! でもオマエは呼んだアル! ボクを認識して! ボクに名付けたアル! オマエが悪アル! ボクはいたいけな被害者! オマエが加害者!」
「ですから、名付けたとはなんですか! あなたのお名前はアイチャンでしょう、名付けはわたくしではなく、ゲームを作った制作会社の……」
あまりにも衝撃を受けすぎて、余計なことを口走ってしまった。制作会社の話をしてどうする。
幸いアイチャンは「ゲーム? 制作?」と不思議顔だ。よし、無かったことにしよう。
そこではなく。そういった話ではなく。
不意に記憶が疼く。
アイチャン。ヒロインの相棒。
ゲーム開始時、オープニングシーンにはすでに彼女の傍らにいた。そのときのテキストはなんだったか。
――この子はアイチャン。わたしの大切なお友達。わたしにしか見えない、ふしぎな妖精さん
――わたしたちはずっと一緒。二人でひとつ。神官として頑張っていこうね! アイチャン……
駄目だ、大した情報がない。どうとでも取れる。
生まれた瞬間から一緒なのか、つい最近の浅い付き合いなのか。大事な友達なら浅くはないか。それも一切合切すべて不明だ。取って付けたようなマスコットキャラクターはこれだから困る。
私が記憶の同期に失敗していると、アイチャンはまたも「うげえ」とえずいていた。
「……なんですか、先程から。あまりにも失礼ではございませんか」
「ボクの責任と違うアル。オマエのせいアル。なんつー魂してるアル。ボクのような清らかなる存在とは相性悪すぎアル」
「なにをいきなりスピリチュアルな……」
売り言葉には高額買い取りがマリアアザミの信条である。
反射的に言い返そうとして、スピリチュアルもなにもアイチャンはスピリチュアル存在であったなと思い直し、
「魂が、なんですって?」
聞き逃がせない単語に気づいてしまった。
アイチャンは子供の落描きでも再現可能の単純な顔つきを、器用に面倒臭そうなものにして、
「オマエの魂混ざりものアル。混ざりがごちゃごちゃ過ぎて気持ち悪いアル。普通、魂は一人にひとつ。あり得ないアル。どうなってるアル?」
それは私が聞きたいし、アイチャンに魂がどうのと言い出せるような、そんな設定は初耳だ。
「あなたには魂が見えると?」
「見える違うアル。感じるアル。聖なる御使いには当然の能力アル。不可抗力とはいえ契約もあるアル。マジの不可抗力アル」
「御使い? あなたは不思議な妖精さんでは」
「気色悪い言い方アル。気持ち悪い魂持つと、ものの捉え方まで気持ち悪くなるアル?」
腸を引き裂いてやるべきか。
だいたい、私とて不思議な妖精は如何なものかと思う。罪があるなら制作会社だ。
駄目だ話が進まない。このままだとトイレの長い女と思われてしまう。
簡潔にいこう。私は効率重視のアポロン神殿所属神官だ。
「少しまとめましょう。あなたは、えーっと……御使い? どなたの使いですか?」
「神の御使いアル」
「神の御使いを自称する不審生物と」
「ボクのマジギレ見たいアルか、いい度胸アル。やったるアル表に出るアル!」
「先にお話を致しましょうね。それで、わたくしがあなたをアイチャンとお呼びしたせいで、わたくしと契約が結ばれたと?」
「そうアル! 困るアル! どーしてくれるアル!」
「契約とは、あなたを認識して名前を呼ぶことであると」
「そうアル! だいたいアイチャンってなにアル! ダサいアル!」
「契約を破棄して差し上げればよろしいと?」
「そんなに簡単なコトならココで喚いちゃいないアルー!」
短く単純な構造をした手足をばたつかせて、全力で怒りを表現するアイチャン。話せば話すほど奇妙だ。
ゲームのアイチャンは、このような殺る気に満ち溢れた性格ではなかった。
悪役ヒロインとの契約なぞ嫌がって当然のこととはいえ、――根本的な乙女ゲー厶の知識がこのマスコットには、ない。フリージアの名前も、アイチャンの名前も知らないのだ。マリアアザミの行く末も知らぬ。悪役ヒロインが理由ではないか。魂か。魂とは。
言っている内容も意味がわからないが、私はアイチャンに詳しくないので仕方のないことかもしれない。
ゲームはアイチャンの設定など薄めに薄めてイケメンに全力を割いていたのだ。とことんお互いに益のない関係である。なぜ登場させた。
「契約……に関しましてはひとまず、おいておきます。魂のお話が聞きたいのです」
「言ったらナニしてくれるアル?」
「契約破棄のお手伝いを致しましょう」
何ができるか知らないが。アポロン神殿神官らしからぬ、見通しゼロの負債を抱えるわけにもいかないので「もちろん、わたくしのできる範囲、仕事の邪魔にならず生活が圧迫されない程度にです」ときっちり補足しておく。
神の御使いなど言ってはいるが、悪魔の契約であればとことんまで絞り取る。そんな悪性存在はアポロン神殿だけで十分だ。
アイチャンは納得した表情で、私の言葉を待っていた。……不安になってきた。補足に保身が足りないかもしれないが、考える時間も惜しい。トイレで泣いてる疑惑でも立てられてしまえば、マリアアザミの沽券に関わる。
「魂が、混ざっているとおっしゃいましたね。普通魂は一人にひとつと」
「そうアル。オマエよく生きてるアル。不気味アル」
「そこまでですか……。その、混ざっている魂とは。二人分で、よろしいですか?」
「? そうアル。二人分アル。……いや、二人、……?」
アイチャンは、顔面の中心に皺を生み出し思案顔。えっ。
一瞬安心、安心して良いかは別として、安心したところで爆弾発言が飛び出てきた。えっ。
いるのか、まだいるのか。限界サラリーマンとか赤字続きの店主とか、育児に追われた主婦とか妻に逃げられ赤ん坊を抱えた亭主とか棲まわせていたりするのか、この体。ギリギリの人間しか浮かばないのはOLのせいか。マリアアザミは懐の広い悪役ヒロインなのか。そんなわけあるか。
「どうなのです。他にいるのですか、いないのですか」
「多分いない……アル。ちょっと仕上がりが複雑すぎなうえに、ボクたち相性悪いアル。上手く読み取れないアルけど、二人分で間違いなさそうある」
良かった。マリアアザミアパート化、あるいは駆け込み寺化は免れた。
「驚かせないで下さいな」
「驚いたのこっちアル。二人分の魂なんて馬鹿げた話を鵜呑みにして、オマケに確信持ってるみたいに言うからビックリしたアル。ちょっぴり不安になっちゃったアル」
意外と鋭いマスコットキャラクターである。
おまけに二人分の魂は馬鹿げた話らしい。馬鹿げた現象がなぜこの体に……。
アイチャンは「うーん」と顎らしき部位に片手を寄せて、
「しかも、魂の混ざり方がトンデモなく気持ち悪いのも問題アル。ボク悪くないアル」
「混ざり方?」
「ばらばらアル。めっためたアル。均等に混ざり合うなら、まだ……あってもソコまでビビらないアル。オマエは均等違うアル。バラバラに砕けた魂を、雑に継ぎ合わせた歪アル。絵合わせ遊びアル? 合ってないアル」
「合っていないとは……頭が人間、体が獣、といった具合のお話ですか」
「尻尾が昆虫で手足が爬虫類で、体毛が菌類で腸が鳥類で魚類のヒレが付いて必要のない触手が皮膚突き破って生えてる、ぐらい言っても足りないアル」
悪役ヒロインの体に、マンコティアよりヤバい魂となってしまった。
「人間二人分ですよね? なぜそのような」
「別々の生き物挙げたのはモノのたとえアル。実際は二人分、上下逆さまだったり右が左だったり、バラけた部分が歪に繋がって、欠けてるトコ多くて隙間も多いアル。こりゃ苦労するアル。なんとなく人間一人分の形になってるだけアル。絶対なにかしらの不具合起こるアル。マジでどうして、どうやって生きてるアル」
「わたくしに言われましても……」
疑問は多いが、ひとまず繋がった。
記憶が曖昧なのは、魂に欠けた部分があるから。記憶の引き出しに苦労するのは、魂の仕上がりが歪だから。そのように判断して良さそうだ。
加えて言うと、マリアアザミは消え去っていない。OLも存在する。
魂が二人分ということは、マリアアザミの魂を追い出してOLが勝手に棲みついたわけではないのだ。不法占拠ではなく不法滞在といったところか。どっちも悪い。OLは退去するべきだ。
「もとの、一人分に戻す方法は」
「……難しいアル。あったとしても、死ぬか、死んでかの違いアル」
違いがわからない。
「いいアルか? もっかい言ってやるアル。ばらばらアル。千切って刻んで引っ張って、無惨に散らばり落ちてまた割れて、ぐらいの分断、分離された魂。欠けてるトコもたくさんあるアル。普通その時点で即死アル。肉体が魂を留めきれず、魂を失ってカラっぽになるアル。魂を持たない肉体は生きていけないアル。普通に死ぬアル」
「なる……ほど……?」
「そこで、二人目の魂アル。バラけた魂に……んー、歪アル。歪なりに、嵌って、絡まって、引き留めてるアル。接着剤……というより、つっかえ棒みたいな感じアル。それでナントカなってるアル。引き剥がせば形を維持できず、お互い消滅するアル」
「……つっかえ棒は、後から追加された魂でしょうか」
「どっちがどっちかは知らないアル。比べてみると、片方がちょっと古臭い感じするアルけど、多分年季アルね。年の差アル。同時間使用した魂じゃないってコトだけアル。先に入ってた魂がドッチか不明アル。ボクがわかる範囲じゃ、ソコまでアル」
ついついOLが役立ったかどうか気にしてみたら、年増扱いされていらぬダメージを負った。
役に立てているなら良いのだけれど。なくとも、この際一蓮托生だ。貢献できる手段は考えてある。
「せめて、不具合だけでも解消できませんか」
「わからんアル。前例ないアル。ボクの知る限りアルけど、」
「他の方なら知っていると?」
「最後まで聞くアル。……たしかに、ボクの知る限りでしかないアル。ボクだって世界のすべては知らんアル。そのうえで言うアル」
――オマエの状態はあり得ない。
すっ、と吸い込み音がする。
呼吸を要する生物であるかは不明だが、アイチャンは一度口を縦に細くして、わずかに胸部を膨らませる。短く息を吸う仕草のあと、ほんの一瞬、瞬きの刹那。人外の異様さをもって、言った。
「あってはならないアル。多発すれば世界が崩壊しかねないアル。一度きり、一人きりでも許し難い暴挙アル。今すぐ死なないだけで奇跡。奇跡以上を求めた結果は、誰も知らないアル。知ることすら許されないアル」
――身の程を知れ、ニンゲン。
黒豆の如き瞳がつやつやと、明かり取りから差す陽光を受けて反射する。
鏡面の輝きを持つ闇色が、じっと、私を映していた。
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おつかれさまでした。お付き合いいただき、誠にありがとうございました!
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続きは遅くても、最低でも一、二話ぐらいは、また今月中に投下を、したい。……したい。たのむ……。
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以上、ピザまん派のご挨拶でした。




