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十一.視察がヤバい


 マリアアザミがおかしい。

 言ってしまえば、おかしなことだらけではあるのだが。黒歴史とか、ねじ曲がった性格とか、中に棲みついたOLとか。いやほんと、中に棲みついたOLはおかしい。


 マリアアザミ単体への単純な罵倒ではなく、もちろんOL単体への罵倒でもない。それ以前の、根本的な部分の話である。


 なぜ、中にOLなど棲みついてしまったのか。

 OLは社畜だった。社畜の中でもよりすぐりの、ブラックな会社の社畜である。

 OLは日々の激務の癒やしとして、たまたま目に入った乙女ゲーに手を出した。

 色鮮やかなパッケージ、きらきらした世界観。現実が鈍色に見えつつあったOLの、ささやかな逃避の一幕である。


 楽しかった。

 笑った。泣いた。怒った。ドン引きした。ドン引きしたあとまた笑って、もういっちょ、とゲームをプレイした。


 それしか知らない。

 思い出せる彼女の歴史はそれだけだった。


 最後の記憶は曖昧で、自分の名前も住所も知らない。

 なんとなく、ビルやら町並みやらは思い出せても、最寄り駅も故郷の場所も、親の名前も顔も声も、友達のことも、日夜呪った上司のことも、使えないと蔑んだ同僚も、表ではにこやかに対応し、裏で罵詈雑言に吐き捨てた取引先も思い出せない。


 いたことは知っている。たくさんの人と関わった、その詳細に意識を向けると、ぽろぽろ、思考が解れ崩れていく。


 マリアアザミはかつて偶像神威だった。

 舞台に立つ。歌って踊る。客席の後ろまで見えていた。みんな笑って、泣いて、笑って、笑って。自分も笑って。

 そして誰もいなくなった。


 マリアアザミは偶像神威が嫌いになった。

 何もかも嫌になったけど、死ぬのも馬鹿らしいので神官になった。

 気色の悪い上司。愚かな同僚。間抜けな部下。中身のない偶像神威を担当する、悍しき日々。

 悍しき仕事場で、悍しき職務に従事する。死なないために。それだけのために。まったくもって、悍しき精神性であるといえる。


「何もかもが無に帰した」


 嫌った。何もかもを嫌った。

 だからあの日わタシハ■ノ■■出■、■■ノ■ヲ■ノ■ニ投■■■■■■■■………………、


 ◆


 最悪の目覚めの朝だった


 ◆


 マリアアザミの記憶は、仕事、仕事、仕事、それまた仕事。仕事と、仕事に関する人間関係で完結されていた。

 家族はいた。おそらくいた。なんとなく存在は確信できるけれど、細かいところは思い出せない。


 仕事関係や世界についての常識的な事柄について、見聞きすれば「ピン!」とくるので対面すれば思い出すのだろうか。難しそうだ。

 マリアアザミは偶像神威となるときに、勘当同然の扱いを受け、家出同然で上京している。縁が切れた上に故郷の名前も思い出せない。お手上げである。

 喧嘩の理由……なんだったか。そこもあやふやだ。


 現在の仕事は神官。かつては偶像神威で、ステージの上に立ち……、


「痛たぁ……」


 駄目だ。偶像神威時代の詳細に意識を向けると、激しい頭痛に襲われる。

 神官としての日々は問題無いが、神官になった直後、神官初期の記憶含めて過去の記憶が不明瞭。偶像神威であったことは知っているのに。


 ……あ。

 そうだ、()()()()()のだ。この知識、もしやOLのものではないか?


 マリアアザミは完全に消え去っているのだ。体はそうでも、中身は純度百の他人のもの。

 神官としての仕事を覚えていた理由? 体が覚えていたに過ぎない。体がマリアアザミなら、脳みそだってマリアアザミだ。


 その場合、OLの脳みそは何処(いずこ)に問題が生じるものの、霊体に脳みその話をされても困る。OLの記憶が不確かである理由も、そこにあるのだろうか。

 時折生じる、OLとマリアアザミの感情の不一致による身に覚えのない不快感も、体に残った条件反射。

 やはり乗っ取り、乗り移り。世界を越えた心霊現象。


 ……ものすごく、とてつもなく、悪いことをしてしまった。


 なんてことだ。黒歴史を隠匿し、破滅を回避し、子供の未来を守ろうと仕事を重ねてきたというのに、その正体は悪霊だったというのか。

 解決手段が仕事になっているのも、効率や成り行きがそうさせたわけではなく、避けられない悪霊の本能、OLの性分だというのか。つらい。


 それはそれで矛盾もある。

 第一に、脳みそがマリアアザミだから記憶がある点に関して。昔を思い出せないのは何故? という話である。

 もともと記憶喪失にでもなっていたのか。打ったのか? 思い出そうとすると頭が痛むのはそのせいか? 強打だったのか? 衝撃を受けてすぽんと抜けちゃったのか?

 頭部をぺたぺた触っても外傷はない。思い出を過去に遡りすぎない限り、頭痛もおこらない。健康診断満点である。


 第二に、OLの記憶すら不確かな点。

 OLの脳みそを持ち込めていないことに原因があると言っても、乙女ゲー知識やら社畜経験やら、ちょっとした記憶だろうと持ち出せていることが十分過ぎるレベルにおかしい。


 もっとマシな記憶が良かったとの恨み言ではなく、たまたま乙女ゲーの世界に、たまたまその乙女ゲーの知識を持った霊魂が、たまたま乙女ゲーの登場人物の中に入り込んだのか? 都合よく、未来がデンジャーでメーデーな女の中に?  お誂え向きの自己救済手段となる、乙女ゲーの知識だけを手土産に?


 ありえない。

 魔法の世界で非現実的だの非科学的だの言い出す愚は承知で言うが、ありえない。ちょっとどころじゃなく、おかしい。


 OLは呪術とか魔術とか、エロイムエッサイムいあいあ寿限無寿限無そのいずれにも傾倒した覚えがないし、現代日本にありえる技術とも思えないので、人為的にこうなったとは考えにくい。

 

 現世界とてそうだ。魔力はあくまでエネルギー資源でしかなく、魔法具は人の頭で考えつく範囲の、理論に裏打ちされた技術の結晶に過ぎない。降霊も霊魂も、夢見がちな悪ふざけか御伽噺の類だ。

 魔力を神の愛とする文言に至っては、いつかの権力者にとっての都合上の伝承話であろう。バレンタインは企業の戦略。神の子孫は権威の延長。

 ファンタジー異世界乙女ゲームも、現実となればそんなもんである。

 

 理由は不明、経緯も不明、解決方法もそのきっかけも、ヒントも不明のないないづくしときたものだ。


「結局、現状維持しかないと……?」


 気づけば悪役ヒロインであった衝撃と、目の前の仕事と、やらねばならない仕事と、自ら増やした仕事と日々の仕事にかまけて気づき損ねていた緊急事態。

 その解は見つからず、ひとまず仕事をする他ない、というところで落ち着いた。もう駄目かもしれない。


 ◆


 袋小路に陥ろうと控えた仕事は投げ出せないし、黒歴史バレの危機が手ぐすね引いて待ち構えている。

 時間停止が叶わない以上、日々できることを積み重ねて行くほかない。目の前の仕事と未来の危機が片付いてから改めて、原因と解決方法を探ってもいい。


 この体を、マリアアザミに返さねばならない。

 未だOLが悪霊と決まったわけではないし、マリアアザミの体を横取りした証拠もない。OLが見る末期の夢である可能性とて捨てきれないのだ。

 二人分の過去が不鮮明なのは、OLが死にかけ、マリアアザミの設定が公式で名言されていないから、とか。……どう転んでも、OLに救いがない仮説しか立てられない。バッドエンド。

 一時でもこの考えは手放そう。結局悪霊になってしまう。


 他人の人生を乗っ取っているのならば返却する。賃貸料金と延滞料金は、安定した未来の確保で支払う。これだ。

 ひとまずの方針を再確認した私の仕事、その一日目が改めてはじま


「神官アザミー様ー! お邪魔しますっス! いってらっしゃいっス! お出かけーっス!」


「バカ朝ぐらいまっとうな挨拶しなさいよバカ!」


「あの、……すみません、私、仮眠の途中で、……うぅ、」


「神官事務室っていつ来てもなんか安っぽいよね」


「……」


 改めて、始まるのだ!

 

 ◆


 心機一転、やってきたのは庶民街東広場。

 着々と施工が進む舞台を奥に据え、活気ある仕事人と心地よい日差し、涼やかな風にそよぐ緑が美しい。


「なんですか、今度は……大所帯で」


 ちょっと距離を空けて立つ、相変わらずの作業着を汗とホコリで汚した偶像神威の神事舞台、設営担当総責任者の助神官アンスリウムと、さらに距離を空けた後ろで挙動不審ながらも作業中の、設営担当に身を置く下っ端集団。


 無遠慮に突き刺さる視線のおもてなしを受けるのは、なかなかに豪華な顔ぶれだ。

 筆頭、アポロン神殿名物神官マリアアザミ。

 両脇に控えるはアポロン神殿二大巨頭の偶像神威、神子トリトニアと神子ガラニチカ。互いにそっぽを向いて済まし顔だが、空と大地をこっそり見比べては若干青褪める。かわいそう。


 その後ろには眠たげにぐらぐら頭を揺らす、偶像神威服飾担当総責任者の助神官ベアグラスと、しなやかな肉体美を惜しげもないモデル立ちで強調する、偶像神威神事演習担当総責任者たるアマリリス。


 そして、作りかけの舞台にかぶりつき、仕事を続ける現場の人間に邪魔臭そうにされている、偶像神威神事の演習担当、総責任者の助神官オリザサティバ。


 いったい何故、錚々たる面々が一堂に会しているのか――……


「……効率です」


 申し訳ない。


 ◆


「一度、現場を見ときたいんっスよね」


 礼儀も身繕いも完全放棄の、仕事だけは熱心かつ才能あふれる男は言う。


「やっぱ突然の変更っスもん。神官アザミ様の演出計画書ズタボロっスし、信用できないっス。アンくんに聞くっス」


 私のせいだった。


「そういうことなら構いませんが、なぜこうも大勢で……」


「ごめんなさいね、私も……いえ、神官アザミ様が信用ならないってワケじゃないのよ? でもやっぱり色々、今までにない試みだもの。この目で確認しておきたいわ」


 そう言って、長い付けまつ毛をひょいと指の背で撫でるアマリリスはまだ、良い。


「……助神官ベアグラスは」


「オリザくん……助神官オリザサティバに……連れられて……。仮眠中だったのですけど……」


「ついでっス。間違えたっス、ベアちゃんも見た方が良いと思ったんスよ。ついでじゃないっス」


「そういうこと、らしいので……」


 目の下に隈こそないが瞬きの間隔は短く、前から後ろから、傾く頭の揺れに睡魔の導きが見えてくるベアグラスは、オリザサティバにがっちり片腕をホールドされていた。


「なぜそうも寝不足に……」


 真面目なベアグラスが夜遊びにかまけて就業時間内に仮眠などあり得ない。まさか残業か。服飾チームはブラックなのか。


「助神官オリザサティバが……えっと」


「仕様変更するなら衣装もちょっと変えたいっス。押しかけてアレコレ頼んでベアくん徹夜っス。神官アザミ様のせいっス」


「オリザくん。……申し訳ありません、神官アザミ様。日中でも済むことだったのです。ただ、助神官オリザサティバが今すぐ取り掛かりたいと……とにかく、御身のせいではありませんので、どうかお気になさらず」


「……左様でございますか」


 私とオリザサティバのせいだった。

 私はともかく。

 二人が親しげに呼び合う仲だということはわかるが、振り回された上に代わりに謝罪。それで良いのか。やはり人間ができている。


「やったっス。ベアちゃんとお出かけーっス。いつ寝落ちるか賭けるっス」


「うん……そうだね、がんばるね……」


 人間ができすぎである。

 人と人との仲とは、お互いのみが知っていればいい。私は偶像神威の二人に目を向けた。


「それで、お二人は」


「別に。自分たちの命の危機なんだから、確認ぐらいしとくのは当然でしょ」


「……神事のためじゃない。勘違いするな」


 ツンデレそのものの御言葉も、ご機嫌麗しい演出担当にちらちら視線を向けていれば台無しだ。額面通り受け取るべきであろう。二人の感情は、二人だけが知っていればいいのだ。


「藁頭が演習室に来てね、アタシのことを誘いに来たのよ。神子お二人ともその場にいて……ねっ」


 耳打ちしてくるアマリリスが瞬きで伝えてくる。気づかないフリは無理だった。


 ◆


 というのが、ことのあらましである。

 舞台の出来は歌と踊りに演出、それと噛み合わせるための衣装作りに大きく関わる。演者の心の準備含め、早めに確認を済ませておくに越したことはない。


 一度に済ませるのは迷惑だろうが、効率重視は我らが神官長のモットーだ。快く社用車である大型空中車を貸して下さり、己の専属運転手まで付けて下さった神官長の大盤振る舞いにお応えすべく、下々は素直に従い、有り難く労働せねばならん。


 諦念を顔中で表すアンスリウムは仕方なしに頷いて、うろちょろ始めたオリザサティバの首根っこを掴み、案内しつつ質問に答えていた。


「なんか、空が遠くに感じる」


「……広場は、煉瓦敷きか。……硬いな」


 落ち着きのない年長者を尻目に、処刑前に処刑台を見る罪人の面持ちであるお子様たちは、この数分ですっかり老け込んで見える。

 現代日本のアイドルといえば宙釣りされつつ歌うのも当然と、思いついたときはすわ現代知識無双の到来かとテンション爆上がりしたものだが。ファンタジー異世界には早すぎたらしい。


 それよりも。


「お二人とも、あまりお口に出さないように」


 私は極力口を動かさず、さりげなく、かつ素早く周囲に視線を巡らせる。半径数メートル以内に人はいない。絶望に満ちた囁きが、私以外に届いた可能性は皆無であろう。


 神事の詳細はトップシークレットだ。こんな誰がいるかもわからない――いるのはほとんどアポロン神殿関係者とはいえ、広場は完全立ち入り禁止ではない。誰が聞き耳をたてているか、開放的な空間に持ち込んでいい話題ではないのだ。

 盗み聞きが業務内容に含まれる、悪徳神殿の神官としても非推奨である。


 二人は「わかってる」と不貞腐れた顔、されど素直に口を閉ざし、それでも天地の見比べを止められない。……こちらまで不安になってきた。オリザサティバに安全第一と言い含めるべきか。


 そのときだ。


「あーっ! いたっ! トリガラコンビ!」


 私はすっ転んだ。

 

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