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十.職場の噂がヤバい


「絶対無理だよ!」


「……改善を要求する」


 ピーチクパーチクと喧しいお子様たちを「昼食がまだでは?」と追い出し、大人組の隣に戻る。

 落とされたオリザサティバの回復はアマリリスに任せて、私は入室時に受け取り損ねた、演出担当による衣装との兼ね合い計画書を手に取った。

 

 予算の範囲内で見事に抑え、衣装が表現する蕾と芽吹きを引き立て、やがて開花へと至るための数々の演出。オーダー以上の素晴らしい完成予想図だ。


「でもそれボツっスよ」


 意識を取り戻したオリザサティバはあっけらかんと言い放つ。


「あくまで最初の舞台に合わせたやつっスもん。派手にして良いんっスよね? なら大幅に変更するっス」


「期日には間に合いますか?」


「とーうーぜーんーーっス。予算範囲内も期日内も完璧にできなきゃ、アポロン神殿で助神官なんざ無理無理っス。それに多少の障害、あった方がやる気出るっス。山は越えなきゃつまらないっス」


 礼儀も態度も今ひとつだが、腕は天下一品のオリザサティバだった。頼りになる。


「ちなみに安全性は」


「荒っぽくて良いなら余裕っス」


「お願いします」


「良いわけないでしょ!」


「……最優先で確保しろ」


 更衣室の荷物から昼食だけ持ってきたらしい、戻ってきたお子様コンビが糧を片手に、ツッコミと共に現れた。


 スカイダイビングなんて、老若男女が幅広く嗜むお遊戯だろうに。異世界のクソガキは軟弱である。

 私は御免だが。


 ◆


「……アンタ、昼ご飯は?」


 端で食事を始めた四人をよそに、退室する前にとオリザサティバが散らかしに散らかした書類を整えていたら、サンドイッチを手にしたトリトニアから問いが飛んできた。


「まだですよ」


 昼時の庶民街東広場から直行し、ファイルケースだけを抱えて往復したのだ。空中タクシーで飲食なんてはしたない真似をしないマリアアザミには、当然の結果である。

 そういえば、閃きに急き立てられて朝食もろくに摂っていない。マリアアザミの体は非常に持ちが良い。胸に蓄えた栄誉の賜物だろうか。さらしで潰している以外、減った様子がないけれど。


「……これからか?」


 カットフルーツを串に刺したガラニチカまで聞いてくる。

 パスタサラダを口に運ぶアマリリスと、バナナを齧るオリザサティバまでじっとこちらを見てくるのは何故だ。そんなに他人の昼食事情が気になるのか。……わからなくもない。

 

 悪徳神殿の筆頭神官はさぞお高いものを食べるのだろうと、OL的な観点でも興味は尽きない。――実際のところは、サンドイッチかカットフルーツ程度だ。偶像神威と被っている。一番OLらしいのはアマリリスだろうか。

 余談だが、マリアアザミの中に棲むOLは主におにぎりとインスタント味噌汁だった。現実は侘しいものである。


 今考えねばならないのは私の昼食だ。

 どうしようか。適当な店で買うか。おにぎりを思い出したらおにぎりが食べたくなってきた。この世界の米料理はリゾットかパエリアぐらいしかない。梅干しも海苔もない。恋しい。


「神官長と食べるの?」


「は?」


 そんなに空腹でもないし抜いてしまおうか、と考えたところで、トリトニアによくわからないことを言われて眉が寄る。

 何故だ。何故神官長と食べねばならんのだ。マリアアザミと神官長はニコイチだと思われているのか。遺憾である。昼時も悪巧みをしているに違いないと言いたいのか。遺憾である。


「……神官長と親しいんだろ」


 ガラニチカにまで言われてしまった。

 神官長ならまだしも、マリアアザミまでそんなに悪巧みが好きそうに見えると言うのか! 遺憾である! マリアアザミは悪巧みを好いているのではなく、他人を叩きのめすことが好きなのだ! より正確に言えば、叩きのめされ絶望に歪む顔をせせら笑うことが好き。……有罪である。


 私の憤慨が大爆発を起こす前に鎮静すれば、「あらまあ」と喜色を浮かべたアマリリスが組んだ指を唇に添えた。


「訊いちゃう? それ訊いちゃうの? いやーん! 恋バナだわあ!」


「あ、神官長と神官アザミがデキてるって噂っスか? あれやっぱマジなんっスね。へーっス。ベアちゃんに教えてあげるっス」


「お二人には様を付けなさいよ」


「ベアちゃん様々っス」


「違うわよ」


 漫才を始める大人二人に取り残され――てはいけない。よろしくない。大変よろしいない。


「……違いますよ」


「はいっス。神官アザミ様っス。あと神官長様っス。ごめんなさいっス」


「そうではなく!」


 せっかく揃えた書類に皺が走ってしまったが必要経費だ。やむを得ない犠牲だ。

 神官長と? 神官アザミが? デキるとはなんだ。あれだ。可能であるという意味のそれではなく、できている、すなわち現在進行形。できあがっている、すなわち関係性。つまり色恋沙汰、すなわちお付き合い、恋人状態であるというどういうことだその根も葉もない噂は!


「なんですかそのお話は! 初耳ですよ!」


「えー? めっちゃ聞くっスよ。自分が聞くってそーとーっス。皆言ってるってことっス」


「わたくしは聞いたことがございません!」


「えっ、友達いないんっスか?」


 いません。

 と即答することは憚られた。マリアアザミは友達なんか必要としないが、プライドだけはエベレストだ。欲しくもないが、いないとも言えない。悲しき性の悪役ヒロインである。


 即答はしないが絶句してしまったのでお察しとなったところで、「ぷっ」と吹き出す二重奏。

 アマリリスはオリザサティバの口に取り急ぎバナナを突っ込んでいるので大人組は無罪。となると、残るは当然子供組


 そっぽを向いて、ぷるぷる肩を震わせる幼い肩。そんなに楽しいか、他人の孤独が。偶像神威としての楽しみを見い出させるより先に、性格の矯正が急務だろうか。急務だな。

 手始めに高所から飛び降りさせ、人の痛みを知らしめよう。そうしよう。オリザサティバの書きつけに、そっと一文書き足してやる。


――偶像神威の空からの登場は、より高みより試みるべきである。必須。


 悪意を微塵も表に出さず滑らかにペンを走らせて、下部に二重線まで引く私に気づかないクソガキコンビを災難そうに流し見たアマリリスは少し迷い、それでも目の前の誘惑に抗えない様子で口を開いた。


「それで、お二人のお話はあくまで噂ってことなのかしら」


「根も葉もない噂です。ありえません」


「なあんだ……そうなの……そう……」


 何故かしょんぼりするアマリリス。よほど恋の話が好きと見える。話題を提供できず申し訳……ないとは思わない。よそでやってくれと切に願う。


「んで、結局神官アザミ様はごはんどーするっスか?」


「……食べません」


 どっと疲れた。


 ◆


 アマリリスの協力あって早々にバナナを食べ終えたオリザサティバを除く三人に「昼食ぐらい摂れ」と分け与えられそうになったのを固辞して退室する。

 マリアアザミは残飯など食べない。食べないし、アマリリスはともかくとして、半笑いのクソガキコンビからの施しなど断固として拒否だ。

 エベレスト、高くそびえてこそである。


 それにしても、まさか、あのような恐ろしき噂が存在したとは。


 マリアアザミの記憶を探る。どう頭を働かせても、噂など耳にしていない。……友達いない、もとい、基本は孤高の悪役ヒロイン。無理からぬことだ。


 マリアアザミの姿を目にすれば誰もが低頭し、マリアアザミが通れば誰もが道の中央を譲り、マリアアザミが一声かければ誰もが口を閉ざし緊張した面持ちで下知を待ち――やめよう。


 記憶を探るまでもない。噂話ひとつ耳に入る余地のない、酷くアンタッチャブルな扱いだ。触れれば爆発するとでも思われているのか。制御魔法具は常に身につけているというのに。


 次に、神官長との関係性、その記憶を漁ってみる。

 えーっと、神官長、神官長――


「なーにシけたツラしてやがンだよ」


 御本人の御登場に、あっさり捜索は打ち切られる。

 神殿正面口、いちおうは腹に何か収めようと外に出たところで、中に入ろうとした神官長と鉢合わせてしまった。


「……ごきげんよう。神官長アクイレギア様」


「おー」


 やる気のないお返事のあと、大きく首を横に傾ける姿は獲物を探す梟と呼ぶべきか、脛に傷持つご職業のお歴々を連想すべきか。


 がりがり首裏を掻く仕草で獅子の迫力を加えつつ、神官長は密やかに周囲へ視線を飛ばし、敵対者の姿がないこと、入り口の警備兵に声が届かない距離であることだけ確認して一歩距離を詰めてきた。


「……イマイチか?」


「いえ、特に問題は」


 どっときた疲れがまだ顔に残っていたらしい。進捗を危ぶまれたと判断し一歩距離を空けつつ答える私に、神官長は下唇を突き出して不審の眼差し。いったいなんの動物の真似だろうか。


「ンだよ、悪くねェってのにそのツラかよ」


「……昼食を摂り損ねてしまいましたので、そのせいでしょう」


 一歩近づかれる。一歩離れる。また一歩近づかれたので、また一歩離れた。


「テメェ、なに隠してやがる……?」


 しまった。今度は確定だ。虎だ。尾を踏まれた虎の顔だ。

 大股に踏み出し長身を傾けながらの、低い位置から睨めあげる視線。一息に凶暴性を増す神官長に、私は数多抱いた隠し事、ではなく、喫緊の切羽詰まった大問題を吐き出した。


「わたくしと神官長が、できてらっしゃると噂がたっているそうで」


「……ハ?」


「できている、とは現在進行形のお話で、すなわち関係性のお話です」


「……は?」


「関係性とは早い話がお付き合い、恋人関係にあるというものです。恋人関係、おわかりになります? アレとコレとソレです。どれもなのです」


「……はァ」


「わたくしと神官長が一蓮托生であると、そうであることと、そのように思われていることは、まあ、よろしいでしょう。正直どうかと思いはしますが」


「はっ?」


「ですので、そのように過剰に距離をお詰めにならないで下さいませ。噂は広く、それはもう広々と広がっているそうです。手遅れの感が否めませんが、対策は取るべき、そうですね? そうでしょうとも」


「……は、」


「ではわたくしは、これにて失礼致します。ああ、万事滞りなく、順調に運んでおりますので。ご心配なく。今朝はご許可をありがとうございました」


「あー……」


「では」


 うっかりぶち撒けてしまったが、神官長も驚きのとんでも情報である。すっかり納得した様子で一切口を挟みやしなかった。神官長も初耳であったのだろう。友達がいそうには見えない。

 人に話したらすっきりしたのか、空きっ腹を自覚する。本日遅めの昼食は自棄食いと相成りそうだ。


「オイ」


 さっさと立ち去りたい私の背中に声がかかる。アポロン神殿最高権力者を無視もできずに振り向いて、飛んできた何かをキャッチした。石でも投げられたか。


「やる」


 個包装された飴玉だった。


 神官長はふらふらと定まらない足取りで神殿へと入っていく。そんなにも衝撃的であったか。

 神殿の最高権力者が噂の種にされるなど、確かにあまりよろしくない。明日から、内部の締め付けでも始まることだろう。……下手を打った。ブラックが始まってしまった場合、これは私の責任か。


 せっかく食欲が出てきたのに、気が重くなってきた。

 前向きに考えよう。そうだ、昼食を食べすぎたのかもしれない。腹が満たされ、足が重くなることはままある。常に餓狼のような面立ちをしているが、所詮は人の子。内蔵も人間と相違ないのだ。

 なかなかいい時間でもある。今戻ってきたということは、食事を外で済ませ、飴玉もデザートか口直しのつもりで購入したのだろう。


 目的あって所持していたものを、投げて寄越した理由は不明であるが。余り物か。……昼食が済んでいないと聞いて、これで済ませろとお命じになられているのか。なるほど、ブラックは既に始まっていたと。さすがだ我らが神官長。


 黒歴史はあるわ厄介な噂はあるわ、おまけに職場にブラックの兆しまで出てきてしまった。

 マリアアザミの受難が止まらない。悪役ヒロインの業は、OLが加わったところで如何様にもならないらしい。OLに御利益などないのだ。黒歴史の御開帳阻止だけは効いてくれ。


 せめて噂さえなければ……そういえば、神官長について記憶を探る途中であった。

 気を取り直して、改めて検索を試みる。まずは出会い編から。いつだ、いつからの付き合いだ。一年、二年、三年――


「っ痛、」


 途端、ずきりと走った痛みに顔を顰める。

 あれ? 一年、二年、三年、四年、


「……ぅ」


 頭が痛い。気分が重い。低血糖か。やはり食事は取らねばならん。

 折よく飴玉なぞ持っていたので、震える手で口に放り込む、じわりと広がる甘みが舌の上を優しく蕩かし、


「う、」


 猛烈な吐き気に襲われた。


 慌てて口から取り出す。はしたないが仕方ない。そんなことより、おかしい。妙だ。

 マリアアザミの体は健康そのものだ。五階分の階段をいっきに駆け上がっても息切れひとつ起こさなかったし、六法全書にも負けない分厚いファイルケースを抱えて移動しても筋肉痛の兆しすらない。一時とはいえアンスリウムと力を拮抗させ、分厚く重い眼鏡をかけ通しでも痛みはない。痕はつく。お肌はじきに曲がり角。

 食事を疎かにしてもなんとかなるし、横になればぐっすり朝まで快眠。目覚めも爽快だった。健康の一言では申し訳ないほどに。

 

 甘いものが嫌いということもない。

 OLを宿して以降口にしていないが、記憶を探ればフルーツも甘いお茶も、甘いお菓子もそこそこ口にしている場面が引き出せる。それは思い出せる。それ以外は?


 仕事に関しては、手帳や書類を見た限りは完璧だった。

 人間関係も、神官長であるアクイレギア、偶像神威であるトリトニアとガラニチカ。

 助神官は服飾担当ベアグラス、設営担当アンスリウム、演習担当アマリリスに、演出担当オリザサティバ。後輩のプルサティラは、顔は覚えていたので恐らく本当に名前だけ知らなかった。


 他は、他はどうだった。

 その他の同僚、なんとなく思い出せる。東広場にいた下っ端たちは、いや、大丈夫だ。知らなくて当然だ。現場には滅多に行かないのだ。そのうえ、チーフでもない、役職名を持たない下っ端ごときの名前をマリアアザミが知らずにいて当然である。神官長お付きの運転手のものとて知らない。問題はない。


 他は、他は。

 脳裏に浮かべる。上司、同僚、部下、担当する神子、現場で会った人間、見かけた人間。ご近所付き合いはなくとも、近隣住民のなんとなくの記憶はあって、他は、他は、他は。


「……ぁ」


 頭が痛い。


 ◆


 私はそのまま直帰した。

 今日できる仕事は済ませた。問題はあるまい。

 

 

ツイッター固定ツイートにて、まだアンケート期間中であります!

https://twitter.com/gouhoumuzaix?s=09

お手透きの際にでも、ぜひぜひ。

(我ながらとんでもねぇタイミングで告知している)

(恋愛タグの面目躍如、ラブコメの波動を入れたのでユルシテ…ユルシテ……)

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