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九.レッスンルームがヤバい


 アポロン神殿地下演習場。

 厳重なセキュリティと防音にて囲われた、神事の機密を守り、日夜偶像神威たちの汗を吸う堅牢なる聖域である。


 階段降りて向かって左に並ぶ個室はピアノが置かれたボーカルレッスン用の部屋。

 右は更衣室とシャワールームへと繋がる小扉、残る大扉の先は広々とした大部屋だ。壁一面にピカピカの鏡、床はワックスの塗り込められた、ツヤツヤの板張りでできている。

 両者の輝きを助長する目に優しくない照明が室内を照らし、隅っこに小さなベンチのささやか過ぎる休憩スペースがあるだけ。

 

 馬車馬の如く働けと、神官長様からの有り難いメッセージを頂戴した気分になること請け合いの空間が、ここ、アポロン神殿所属の偶像神威専用ダンスレッスン室だ。


 尻がやっと収まるかどうかの狭いベンチに伏せ、ぜえはあ繰り返す死にかけの子供組をよそに、大人組は手早く話を詰めさせていただこう。

 朝は三つあったファイルも今や半分、一と二分の一である。中から取り出す資料をもとに、アマリリスとオリザサティバに舞台設計の変更を伝えた。


「ですので、それに伴い演出と振り付けを変更していただきたいのです」


「い、今から……?」


「へえー……っス……」


 流石の無礼者も口籠る、突然の無茶振り。それはそうだ。なんやかんや押し負けた設営担当がおかしいのだ。よく納得したものだ。

 いや、納得はしてないのか? とことん押しに負けたのか、素直すぎるのも大変だ。マイナスは出ないようにしたので許して欲しい。


 今度こそ説得には苦労するだろう。アマリリスは渋い顔だし、オリザサティバすら絶句している。


「うーん……ステージの規模が小さくなるうえ、背後も脇もガラ空き……。小ささを感じさせない振り付け? 大きく動き過ぎると雑に見えかねないのに、隠すこともできないなんて。神事として、マズくないかしら……」


「動きの大雑把さはキレでカバーできませんか?」


「キレねぇ……」


 アマリリスは隅の屍を盗み見た。

 いくら指導の権限があるとはいえ、助神官が神子たる偶像神威を過労死寸前まで酷使などできない。

 ベテランのアマリリスから見れば軽くはないがそこそこ厳しい程度のレッスンでも、やる気を持たないクソガキはついていくのがやっとということか。


「体力はいかがですか」


「……平均的な神事一回分なら」


 平均と異なるステージでは狂いが出るか。

 神事当日は近い。急激に体力を増す方法など、魔法の世界だろうと存在しない。


「わかりました、無理はやめましょう。助神官オリザサティバ。演出を大幅に変更して、狭さを感じさせない舞台を、」


「はぁーーー……」


 オリザサティバは遮光ゴーグルを下ろし、そのままごろごろ、左右に半回転を繰り返す。慌てるのはアマリリスだ。


「ちょっと、藁頭」


「んはあーーー……」


「色っぽくないわよ、もっと抑揚をつけなさい」


「んぁっはぁーーー……」


「もっとよ!」


「すこし、よろしい、ですか」


 こいつら放っておくとマジで迷惑この上ない。

 自然と地を這うマリアアザミ様の低音に、さすがのオリザサティバも……相変わらずのマイペースごろごろ。マリアアザミ様のデスボイス(聞いた者は死ぬ)、しかし効果はないようだ。

 仕方ない。エサをくれてやる頃合いか。


「助神官オリザサティバ。これを」


「あっはぁぁぁぁ……スあっ?」


「そう、その抑揚よ!」


 お黙りなさい。

 分厚い眼鏡越しであろうと貫通する、マリアアザミの氷の眼差しは、アマリリスには効果があった。悪役ヒロインの面目躍如である。


 一方のオリザサティバは、私が差し出した書面を目にして一時停止。遮光ゴーグルの下で素早く往復する視線に連動したこめかみがぴくぴく動く。

 最後の行まで辿り着いた途端に跳ね起き、私の手から奪い取った紙に向き合い、遮光ゴーグルを上にずらしてまた最初から。最後の行まで再確認し、裏返し、白紙であったので縦に振り、二枚目が出やしないと気づいて双眸をかっ開き、


「続き! 続きっス!」


「こちらに」


 二枚目のエサ、もとい書類を受け取り上から下へ。読み終えれば次、次、とわんこそばの給仕か給餌係の飼育員の気分で書類を渡してやり、ついに最後まで読み終えたオリザサティバは立ち上がる。


「やるっスうーーーー!」


「え! な、なに?」


 ぎょっとするアマリリスはなんとかオリザサティバの手元を覗き込もうとして、ぴょんと飛び跳ねた藁束頭に顎を打ち付けられ悶絶していた。

 丈夫な藁束頭は私に掴みかからんばかりに、しかし書類束を抱えていたので詰め寄るだけに留めてまくし立てる。


「これ、不備アリすぎっスよ! 複数の照明魔法具の能動展開には神事の特性上難があるっス! 魔力の問題も加味してないっスね! 景観は害するし死角も多い! やりたいことだけ書いてるだけ! アザミ様マジ才能ないっス! 酷い演出案っス! クソ案っス!」


 ボロクソである。

 怒涛の駄目出しを止めようとしてくれるのはアマリリスの「神官アザミ様でしょ!」の一言。そこじゃない。おまけに止まらなかった。


「マジでクソっス! 普通に実現不可能っス! 速攻ポイ捨てすべきっス! ……ここにいるのが! 自分じゃなければ!」


 助神官オリザサティバは胸を張る。


「ま、お任せどーぞっス! バッチリ修正して完璧に実現してご覧に入れるっス! やったー! これで衣装演出も兼ね合いし放題っスね!」


「ああアンタ、それで拗ねてたの」


「拗ねてないっス! マージクソって思っただけっス!」


「それを拗ねてるっていうのよ」


 呆れ顔のアマリリスだが「貸しなさい」と嫌がるオリザサティバから資料を没収して読み込んでいく。ここは大丈夫そうだ。


 その場で蹲り何やら紙に書きつけ始めたオリザサティバと黙読するアマリリスを放置して、私は隅の屍――改め、ようやく呼吸が整った二人に近づく。


「……なに」


「……」


 相変わらずの仏頂面で吐き捨てるようなトリトニアと、こちらを窺うだけのガラニチカ。


「舞台に変更点ができましたので、御報告させていただきます」


「聞いてたよ。……でも、演出でなんとかするんでしょ? 僕たちには関係ない」


 なにやら不貞腐れているように見えるが、休憩は取れたしなんの問題があるのだろうか。後回しにしたことか? あれだけ疲れていたのだからやむを得ないだろうに。

 まさか昼食がまだだとは言うまいな。言うかも。


 とはいえ、あれだけ疲労していた直後に食事が入るのか。OL的には無理だが、マリアアザミ的には楽勝に思える。……彼らには難しいかもしれない。

 先に話をさせて貰おう。


「変更なしなら出てってよ。もう用はないでしょ」


「いいえ、出ていきません。用件は済んでおりませんので」


「……昨日のことか」


 やっと口を開いたガラニチカの言葉に「なんで余計なこというの」と囁やき眉を寄せるトリトニア。

 何を不貞腐れているかと思えば、昨日の一件、衣装デザインおざなり事件の説教を警戒していたのか。

 おめでとう、否である。


「違います。その件は助神官ベアグラスから取りなしたと報告がございましたので、わたくしから申し上げることは何ひとつございません」


 いちおう彼の名前は出しておく。クソガキでも、配慮してくれた人の名前くらい覚えておくべきだ

 もっともすぐに素直にはなれないようで「じゃななんだ」と言わんばかりの視線を頂戴してしまったが。


「ですから、変更点に関する御報告があると申し上げております」


「っだから! やるのは演出だけでしょ! 偶像神威は歌って踊るだけ! 他になにがあるって言うのさ!」


「他にあるから申し上げております」


 揃って眉を寄せ怪訝を表する二人に向かって、泡を食った顔で激しく横に首を振る助神官アマリリス。壁の全面が鏡張りなので丸見えだ。

 私は鏡越しに彼を見据え、にこやかに片手を差し出した。

 アマリリスは少しの躊躇。そのあと審判の日とばかりの神妙な顔で、私の手に書類を乗せる。


「演出変更の一環として、あなた方には空を飛んでいただきます」


 ◆


 芽吹きと恵みの喜びを、神に奉る次の神事。

 ヒロインは迷い込んだ舞台裏で、トリトニアとガラニチカに出会ってしまう。それを防ぐのが私の第一の課題だ。


「変更された舞台、かといって適応不可能の実力。覆すには演出の力を借りぬわけには参りません」


 そもそもの舞台裏は排除した。本筋通りの出会いの場は失われた。


「演出の最たるものは照明です。ですので照明を増やす。しかし、縮小された舞台上にいくつの照明が付けられるでしょう。たかが知れています」


 舞台裏、舞台袖が無くなった代償に、控えの空間もなくなった。

 それではいけない。丸見えの場所でスタッフが作業し、偶像神威が駆けずり回るのか? あまりに無様。そんなもの、アポロン神殿の格に泥を塗る。


「ですので、空中車を複数上空に展開。車上に照明を取り付け、舞台上から失われた照明、その代わりとします」


 いろいろ不都合はあるそうだが、そこはオリザサティバの腕を信用する。彼に任せれば万事解決だ。

 彼はアポロン神殿きっての演出担当。演出担当とは魔法具を用いて舞台を飾る、魔法具のスペシャリストのことなのだから。


 だから残る問題は、彼ら偶像神威を舞台以外で誰の目にも触れさせないこと。ヒロインとの接触を避け、客の視線を遮る場所。

 裏に大型車でも設置しようかと思ったが、品がない。


「あなた方には、舞台と空中車を交互に行き来していただきます。で、せっかくなので、ちょっと、空中車から飛び降りて貰おうかな、と」


「せっかく、じゃないよ!」


「……死ねと?」


 黙って聞いてくれたと思ったらこれである。安定したクソガキムーブ、揺るがぬ個性に安心した。これなら昼食も喉を通るに違いない。

 育ち盛りの子供の助けとなった。良い仕事、夢気分の私とは真逆に、彼らは戦々恐々、渡した資料と担当神官を見比べる。


「偶像神威にこんなことさせるなんて、聞いたことない! 飛び降り? 怪我したらどうするのさ!」


「大丈夫です。神官長様の許可は取りましたし、安全は演出の腕を信じましょう。できますね? 助神官オリザサティバ」


「ふーんふん、ふーんふん。あれをこうしてふーんふん。あれ、命綱付ける場所なくなったっス。ふーんふんふん。……墓石は責任持って作るっス」


「ダメじゃん!」


「大丈夫です」


 慌てたアマリリスがオリザサティバの首を絞めたので、なんとかしてくれるだろう。


「……最早、俺たちに価値はないと?」


 叫ぶばかりのトリトニアに業を煮やしたのか、ガラニチカが熱り立つ。

 結構なことだが、完全に亡き者にされる生贄の目つきだ。失礼だ。どさくさ紛れに殺るつもりなら、もっと上手く殺る。……殺らないが。


「何を勘違いしているのです。これは、あなた方にも益のある提案でしょう」


「……飛び降りが?」


「そこだけに視野を狭めないで下さい。偶像神威の活動をしたくない、あなた方にとってのお話です」


「偶像神威やるか死ぬかの二択なら死なない方を選ぶからここにいるんだけど!」


「こちらに殺意ありきの結論はおやめなさいと言いました!」


 ついつい声を荒らげてしまうと、やっと二人が黙った。遠慮なく続けさせていただく。


「よろしいですか。偶像神威としてのおつとめ、それが気に食わないなら他のことをおやりなさい」


「だからあ、それすると僕たち死んじゃうの! 知ってるでしょ!」


「偶像神威としての御役目と同時にです」


 言ってやれば二人、目を見開いた。

 アマリリスは黙して様子を見てくれているし、オリザサティバは首絞めの効果で気絶している。……今は置いておこう。


「空中車からの身投げ、結構ではございませんか。誰もやったことがありません。新しい世界が見えますね。もちろん死後の世界ではありませんよ。あなた方の可能性のお話です」


 題して「偶像神威の仕事が嫌なら仕事を通した他の経験から好きなことを見つけさせよう作戦」である。


「好きなこと、やりたいことを見つけなさい。偶像神威であることを利用なさい。あなた方には神殿のバックアップがあります。コネを、立場を上手くお使いなさい」


「……」


「……」


「偶像神威であることが嫌なままで構いません。偶像神威であるしか道がないとお考えなら、それは間違いです。この世には無限の抜け道と、反則を合法と化す術があるのですから」


 マリアアザミらしい、悪役ヒロインらしい弁だが、構うまい。

 それでも納得いかない様子で口を結んでいた二人は、不意に目を合わせる。刹那で何かを通わせ、同じような動作、同じようなタイミングで私を見上げた。


「アンタは、それ、良いと思うの?」


「わたくしの立場のお話ですか。主義のお話ですか」


「……両方、だ」


 縋る子供の瞳には、少しでも臆する気がなくなる。

 OLは子供の未来を守りたいし、悪役ヒロインは隙など見せないのだ。


「もちろん」


 惑う瞳から、少しだけ、揺れが引いていく。


「でも身投げはどうかと思うよ」


「……極端にもほどがある」


 まったく口の減らないクソガキであった。


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