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刻印のノッカー  作者: アキハル
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最終話

すみません。

どこに差し込もうか迷って差し込めなかった敵の話を余章として供養しようと思っていたのですが、

思ったよりも膨らんだので、改めてこちらを最終話にしようと思います。


 私はウスター=ベルナール。名門ベルナール家の四男として生を受けた。

 生家の栄華は見る陰もない。大陸融解の以前では広大な領地と領民を所有するそれなりの貴族だったそうだが、文字通り、全てが溶けて失われた。荒唐無稽な話だが、領地は見えざる手によってこねくりまわされ、三つの小さな島となった。かつてに比べれば十分の一以下の小さな所領をなんとか維持するだけの貧乏貴族の仲間入りだ。

 もっとも、生まれた頃から島の生活になじんでいたウスターには不満などなかった。徴収の対象が貨幣や小麦から魚に変わっただけで貴族として豊かな生活は十分に満喫できた。平民に比べれば恵まれた人生と云えるだろう。

 四男ということもあって誰からも期待されず、権力争いに心を砕くこともなく、自由気ままに生きることができた。だが、怠慢をしていたかというとそうではない。日夜課される剣の修練には真摯に臨んできた。稽古の相手が兄であろうと父であろうと重臣であろうと一切の手心を加えることなく打ち据えてきた。暇を見つけては勉学にも励んだ。島に所蔵されていた本はあらかた読み尽くした。

 野放図のような振る舞いをしていたため誤解を受けることは多かったが、貴族という役職には自覚的であったと我ながら思う。しかし真面目だったか、やる気が漲っていたかというと否である。

「お前は斜に構えているようで、やることはやっているんだよなぁ」

「兄上、私は暇なんですよ。あんまり暇だから遊んでばかりいるのも辛いんだ」

 一言でいえば島の暮らしは退屈だった。何もしなくとも領民は富と食べ物を運んでくれる。

 貴族としての役目がなかったわけではない。貴族は民を守るものだ。

 父上や兄上に連れられて、よく帆船に乗った。漁業を守るための治安維持だった。

 といっても、たまに島の周りをグルグル回るだけ。船に乗るのも週に一度あるかないか。

 島は平穏そのもので時間が有り余っていた。だから、剣を振っていたのだが、兄弟たちからすればそんなところが生真面目だったのかもしれない。自分としては労働にせよ鍛錬にせよ意欲があったつもりはない。さりとて時間を浪費するだけの人生もまた、苦しかっただけだ。

 ベルナール家に異変が生じたのは私が成人を迎えた年のことだった。

「兄上、海賊だって?」

「分からん。イザックが調べに出てる」

 なんでも定期的に訪れる商船が消えたらしい。

 事の次第を見極めるため哨戒していた次男が消息を絶った。

 やがて難破した船が見つかり、生存は絶望的だった。続く海戦で賊と相対した長男と三男が討死した。

 相手の旗を見るに大陸融解以前から敵対していた貴族だったそうだ。先祖の代から続く因縁で死んでいった兄達を悼んだものだが感傷に浸る時間はなかった。快勝を続けていると見るや敵は船団を率いて島に攻め入ってきた。

 兄弟を皆殺しにされた私は父より後継者と指名され、父とともに懸命に戦った。

「すまぬな。ウスター」

「この剣に誓って、兄上たちの仇を取ります」

 声は震えていなかった。今思えば高揚していたのだと思う。

 海戦では不覚を取ったが島での陸戦は勝手が違い、我が方が有利だった。

 漁港の制圧が難しいと見るや敵は迂回して無人の浜から上陸を図った。それを読んでいた私は少数の手勢を率いて森で敵を迎え撃った。

 そこから先は無我夢中だった。数えて半月ほど戦ったそうだがあまり良く覚えていない。剣を振るって刀身にこびり付いた血糊と日に日に臭くなっていく血肉の腐臭だけが時間の経過を知らせていた。どれだけ探しても敵がいないので、疲れ果てて城に戻ると拍手喝采で迎え入れられた。

「よくやった息子よ」「若様」「若様が敵を討ち果たしてくれた」

 誰も彼もが笑顔で若きベルナール家次期当主の凱旋を祝ってくれた。

 初めて貴族という位に誇りを持った。領民を守るために剣を振るうのだと己を定めた。

 そうして一年ほど小さな小競り合いが続いた。

 敵を斬って、戦利品を持ち帰るたびに拍手喝采で迎えられた。

 (しとね)に入れば思い返すのは凱旋の瞬間ばかり。栄光の最高到達点だった。

 あの夜までは。

「若様、お逃げください」

「あれは怪物です!」

 次に思い浮かぶのは真っ赤な森。辺りで散乱しているのは敵兵ではなく我が兵の死骸。

 何が起きたのから分からない。いつものように巡回をしていたら後続の部下が背中から血肉を吐き出していた。あるものは頭を風船のように膨らませ、あるものは螺旋のように全身をねじっていた。

 襲撃者の姿は見えず、瞬く間に自分一人になった。

 超常的な力の行使。噂に聞くノッカーだと分かった。

 自分が撃退した貴族に雇われて命を狙いに来たのだろう。

 ばらばらになった部下の死体を前に呆然としていたがすぐ怒気に変わった。

 こいつらは賤業を営んでいる。そして人間が積み重ねた技術を嘲笑うかのように手品じみた芸であっという間に、理不尽に命を殺める。許せない。自分はさほど努力をしてきた人間ではないという自負がある。だが真っ当に積み重ねてきたつもりだ。次期当主として認められたのも日頃から領民と寄り添ってきたからであり、殺し合いで生き残ってきたのも修練あってこそ。

 ノッカーとやらは真面目に生きてきた人間を否定している。断じて殺されてなるものか。

 剣を握り直して構えると見えぬ襲撃者に名乗りを上げた。

「私はウスター=ベルナール。姿を見せよ乱破。正々堂々と立ち会え」

 影が見えた。飛びかかってきた。

 見えるならば、斬れるはずだ。

 そう思って大上段から斬り下ろした

 鉄の剣が氷のように砕け散った。身を裂くこともできたろうに安い挑発だ。

 私は地面に倒れ伏す最後まで顔を憤怒に歪めながら、気を失った。



 目覚めたウスターは、まず胃からありったけの砂を吐き出した。

 走馬灯か、それとも夢か。どちらにせよ最悪の記憶だった。

 状況を確認する。木造りの小屋の床に自分は這いつくばっていた。

 山積した本を椅子と机代わりにして、誰かが座っていた。

「気が付いたかね」

 凛とした女の声がした。タキシードを着こなした妙齢の女性だった。

 女はウスターに向き直ると凍った目で見下ろしてきた。

「ここは私のセーフハウスでね。勝手ながら運び込ませてもらった」

「重かったでしょうに。婦人の手を煩わせるとはなんとも気恥ずかしい」

 精一杯気障ったらしい口上で身を起こすと、キリキリと胃が痛み始めた。神経が体の末梢まで繋がっていく感覚がする。当然、一番痛むのはあの小僧に破壊された両手だ。指先まで浸透するあまりの痛さに指が元通りの形をしているのかすらよく分からない。

 女は先ほどまで何やら執筆をしていたようだが、手を止めてウスターを注視していた。

「心配せずとも死にはしない。処置は施したからね」

「感謝致します。謝礼は必ず……」

 脂汗をかきながら、歯を食いしばって堪える。そんな様がつまらないのか、女は気だるそうな目で膝に頬杖をついて静かにウスターを観察していた。

「それよりも、弟子が世話になった」

「何故助けた」

 なんだ敵か、とウスターは無意識に剣を探すが、得物は全て取り上げられている。

 手足はまだ回復しておらず、武器もない。さて、どう切り崩すかと糸口を探る。

 殺意を漲らせるウスターを前に女は腕を組みながら堂々とした振る舞いで椅子に座っていた。

 抵抗する気が失せるほど、重厚な威圧感を醸し出していた。

 いや、錯覚ではなく自分は今重圧に曝されている。女の許可がなくば指一本すら動かせない。

「我々にも派閥というものがあってね。君に死なれると面倒なことになる」

「派閥だと……?」

「やはり何も知らされていないのだな。ノッカーには幾つか派閥がある。主なものだと究明派(ヴァンデミエール)垂教派(ニーヴォース)、そして征戦派(テルミドール)。君は、征戦派の傭兵だからね」

「……私はどこにも属していないが?」

「刻印の刻まれた剣を持っているのがその証明だよ。その得物を君はどこで手に入れた?」

「行きずりの商人に……」

 金貨三枚で買った代物だ。出処は聞けなかった。

 何故なら、切れ味をその商人の胴で試したのだから。

「心当たりがあるようだね。以来、君は征戦派の人間として扱われているということなのだよ」

「私は売った人間を斬ったぞ。派閥があるというなら報復されているはずだが?」

「ああ、知っているよウスター君。我々は個人主義でね。部外者に殺されたのならそれは殺された者の不覚。殺した君を天晴見事なりと賞賛するだけなんだ。だが、私の生徒が別の派閥の人間を殺したとなると話は変わってしまう」

「私の仕事にも関与していたと?」

「無論。依頼人には征戦派の人間がいたはずだよ。多少の無理難題も言ってきたろうが君は知らず知らずのうちにすべてをクリアしていたんだよ。まぁ腕は確かなようだからね」

 なるほど、とウスターは腑に落ちた。そして、腹の底から怒りがこみ上げてきた。

 組織の道理を通す相手は泉術を扱う者同士でないと成立しないということだ。それは、あまりにも傲慢な考え方だ。まるで人間を下等生物か何かだと考えているようにしか受け取れなかった。

「話が繋がってきたかな?ちなみにナサニエルも征戦派の人間だよ。彼からしてみたら君が全く話の通じない人間だったから驚いたろうけど、さしもの天才も協力者が門外漢の辻斬りとは想定していなかったのだろうね」

 ふっとウスターは嘲笑った。自嘲の笑みではない。

 真に可哀想なのは自分たちを頼ってしまったレイという少女だ。

「私が方方から恨みを買っているのも良くないのだがね。とにかく、私の関係者が別の派閥のノッカーを殺したとなると波風が立つ。特にうるさいのはマーサーだが、説教で済ます相手ばかりでもないのが悩みの種でね」

「なるほど……」

「というわけで君を助けたわけだ。拘束を解くよ。おっと、勿論斬りかからないでくれ給えよ?」

 おどけたように釘を刺してくるが、ウスターに何が出来るわけでもない。

 よろけながら身を起こすと左の膝をついて、頭を垂れた。

 首を差し出し隷従を誓う、さながら、騎士の儀礼だった。

「私はウスター=ベルナールと申します。人を斬って日銭を稼ぐ流浪人です。卑賎の身なれど、よろしければ御婦人、お名前をお聞かせ願えますか」

「サンジェルマンだ。この世界では爵位など持っていないから、ただのサンジェルマンでいい」

「おお、サンジェルマン殿。貴殿に感謝を。私はこれから私を幕下と見做した怨敵どもを誅罰に参ります。私を救ってくださって、重ねて感謝致します。この御恩は必ず」

「謝礼はいらない。私の生徒達のためにしていることなんだ」

 サンジェルマンが手を叩くと、ウスターの眼下には馴染んだ直剣が三本並んでいた。

 ウスターは頭を垂れながらその剣を頂戴すると、

「ときにハクという少女ですが、彼女は貴方が保護されるのですか?」

「勿論、あの子は征戦派に狙われているから私が見ておかないと危ないからね」

 どうして、と意外そうな顔をする。

 ウスターも我ながら自分らしくないとは思っていた。

「いえ、大したことではありません。私はイグナート少年との決闘に敗れましたので、敗者としては勝者に得るものがないと格好がつかない」

「はははは。真面目だねぇ君は。いや、案外ナサニエルも似たようなことを考えているのかな?」

 サンジェルマンは大いに笑った。普段の蠱惑的な笑みではなく、純粋に面白くて腹を抱えて破顔していた。ひとしきり笑うと、用は済んだとばかりに机に向かいだした。

「もういいだろう。どこへなりと失せ給え」

「承知致しました」

「あ、扉を出たら、真っすぐ進み給えよ。脇に逸れると窒息して死ぬよ」

「それはそれは……」

 背中に向かって一礼すると、ウスターは小屋を出た。

 外に出てようやくセーフハウスの全貌が見えた。彼女は木々の根本に居を構えていたのだ。

 言われた通りに真っすぐ進んでいると、森を駆け抜ける少年の姿が見えた。

 こちらに気付いておらず、ウスターもまた前だけを見据えて歩く。

 やがて、森からは槌を打ち付ける音が響き始めた。

これで終わりです。読んでくださり、ありがとうございました。

初めての投稿だったので緊張しました。

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