20話
18話追記修正して別物になってます。
流砂に一帯が沈む。
咳き込みながら、ウスターは覆いかぶさっていた巨人の腕を掻い潜って砂の大地に立った。
「感謝するよダダン。君がいなかったら私は何回死んでいただろうね」
もの言わぬ功労者に労いの言葉をかけると、人の気配に気づく。
砂煙の向こうに死んだはずの男が立っている。
「またそのデカブツか」
声の主は戦鎚をだらりと下げて、ウスターを迎えた。
「貴様、性格悪いと言われないかね?まさかそのまま仕返してくるとは」
「ごほっごほっ……優れた戦術は真似しないとな」
点ではなく面の攻撃、すなわち波は防ぎようがない。
笑顔を崩して、苛立ちながらウスターは問を投げた。
「なぁ、貴様何故そこまでして戦う?ノッカーというのは拝金主義者の集まりだろう。貴様になんの得がある。それとも、あの王女に惚れたか?」
ウスターの問いかけにイグナートは微かに笑った。
「俺は貧乏人でね。いや、正直な所、先生に拾われる前まで貧乏人どころか文明人じゃなかった」
「奴隷か」
イグナートは自嘲して首肯する。
「四六時中、洞窟の奥底で石を掘らされていた。腹が空いたら蟲やらコケやらを食って、喉が渇いたら壁を伝う水を舐めてた。あとナメクジも良いな。口の中に入れとくと喉が潤う」
「貴様の土人以下の生活など知らんが。それで、貴様はあの娘をどうしたいんだよ」
人差し指と親指を繋いで輪を形作る。
これが答えだと言わんばかりに。
「俺の望みはとりあえず真っ当に生きることだ。何せ自信がないからな。外の世界に出て当然だと思っていたものが全て当然ではなく、現代人の生活水準というものを思い知った。俺もそうなりたい。真っ当になりたい。で、真っ当な人間はみんなある物を持っている。」
「金か?育ちの不幸には同情するが、ありふれた焦燥感でしかない。一人前だという分かりやすい証がほしいわけだ。子供だな」
満足気に首肯する。
そう、俺は子供だし、子供だからこそ分かりやすい何かが欲しい。
ただ生きているだけで証が立てられる。そんな自信なんて持ってないんだよ。
俺はまだ俺の欲する宝石をまだ手に入れていないんだ。
「そうだよ。俺は金持ちになりたい。知ってるか?金持ちになる一番の近道は金持ちに助けてもらうことらしいぞ。で、あの女は金持ちだ」
あとは分かるな?と自信満々に言い切った。
「……」
ウスターの眼は冷めていた。あるいは唖然としていたのかもしれない。
あれ、変なこと言ったか?とイグナートは焦り始めた。
「……ちなみに聞くが金持ちになって貴様は何をしたいんだ?」
「ん?いや、金持ちになりたい。それが目標だが」
今度こそウスターは沈黙した。嫌な汗がイグナートの頬を伝う。
「お前……俺が言うのも何だがフワっとしすぎだぞ……」
「そ、そうか……?むしろ具体的な目標だと思っていたのだが……」
「いや、いい。そこまでビジョンのない人間なら王女の尻に敷かれていたほうが幸せだろう。うん、そうしておけ。はぁ……こんなバカと死合うのか……」
毒気を抜かれたように肩を落としたウスター。その態度にむかっ腹が立った。
「じゃアンタはなんで戦ってるんだよ」
「貴様らのようなゴミを世の中から減らすためだよ。ノッカーなど総じて幼稚で頓狂な馬鹿ばかりだ。パトロンにやれ金塊があるだの吹き込んでは金を巻き上げる山師。あるいは、冗談のような力を振るって殺し屋家業に手を染める人殺し。端的に害悪でしかないだろうお前らは」
「俺は立身出世を夢見る善良な学徒だが?」
「死ね。生かしておく理由はない」
「……やらなきゃダメか?」
「嫌なら無抵抗に斬られていろ。俺に斬首官のような技量はない。苦しまずに殺すなどという芸当はできんぞ」
力なく首を縦に振る。
説得失敗。交渉決裂。いつもこうだ。嫌だ嫌だと言っているのに誰も聞いてくれない。
戦鎚を構え、瞑目して大きく息を吸い込むと猛然と斬り込んだ。
ウスターは二刀を取り出して迎える。後の先を狙う構え。
「受け止めてみろ」
戦鎚を振りかぶると直剣と短剣が吸い込まれたように打撃の軌道と交差する。
圧潰。前回の戦闘とは比にならないほどの力で放たれた打撃は剣ではなくウスターの持ち手を破壊した。指が曲がらない方向に曲がっているのを捉えると、
「よかった。壊れてくれた」
躊躇わず二撃目。
ズレた手首を返して、折れた指で剣を握り込み、強撃を凌ぐ。
「ッ……貴様の刻印は……」
「本職とまともにチャンバラしたくないんでな」
ぴったり戦鎚に張り付いた直剣と短剣を強引に持ち上げる。
両手を上げる格好となったウスターにイグナートはトドメの一撃を見舞う。
「悪く思うな。ちょっと動けなくするだけだ」
「気に病むことはない。元よりこちらは殺すつもりで動いている」
意のままに動かなくなった剣を離すと、予備の脇差しに手を伸ばした。
執着なく離した一瞬の判断がウスターに利した。
挑発を聞きながらイグナートは左の拳でウスターの鳩尾を打とうとするも、高速の抜刀が拳先に伸びる。重心を前に傾けていたイグナートは失速できず、躱すためにむしろ右側へ大きく踏み込んだ。
「認めてやる。貴様、勘が良いぞ」
返事をする余裕などない。ウスターは空いた左手でもう一本の脇差しを抜き放つと、イグナートを追いかけるように斬りつけた。
倒れ込み、だが姿勢は崩すまいと前転する。背中に温かい感触がした。
「だが、動きに理がない。頭を使え。勘ではなく戦術を養え。そうすれば良い戦士になれる」
暗示をかけるように唱えると、再びウスターの剣風が吹き荒れる。
このままでは前回の展開をなぞるだけだ。
観念したようにイグナートは呟いた。
「真似してみるか」
相対するウスターの物真似。戦鎚を握り直すと薄く長く息を吸い込む。
足の重心移動、肩の左右の傾き、腰の振り方。
まるで鏡合わせになるようにウスターの剣戟に合わせる。
イグナートもまた、風を起こす。
力比べならば恐らく負けない。まともに打ち込めば壊せるはずだ。
「甘い」
ウスターの剣が二つに増えた気がした。
無意識に後ろ足を畳んで腰を落とすと、やはり軌道が二つ重なったように見えた。
「おい、指狙うのはなしにしてくれ」
「よく躱した。今のは本気で斬ったんだぞ」
乾いた笑いがこみ上げてくる。生殺与奪を握られている気分だ。
だが、笑ったら緊張が解けた。もう一度あれを使える。
「俺も本気出すぞ」
そういって石を弾く。弾丸のように、ウスターの胸元へ飛んでいく石は刀身を前に失速しあっけなく切り払われる。
「まさか今のは不意打ちかね」
「いや?」
戦鎚の先へ意識を集中する。宙を舞う石は強力な引力を得て、戦鎚へと向かう。
指で弾かれた弾丸の速度よりも遥かに速く。
ウスターの脇腹にのめり込む。
「馬鹿な」
「歯を食いしばれ」
渾身の力で殴りつけるとウスターは動かなくなった。
「悪いが手足を折るぞ」
「構わんが後ろを見たらどうかね」
その瞬間、イグナートの視界が黒く染まる。
再起動したダダンの巨体が覆いかぶさるように立ち塞がっていた。
「再起動までの時間稼ぎか。そこまでして俺を殺したいのかよ」
「いいから死ね」
急所に拳を受けて咳き込みながら、ウスターは呪詛を吐き続けた。入れ替わるようにダダンが噴石の如くイグナートに振り下ろされる。砂で形成していた以前の体躯とは異なる、岩の拳だった。
視界を塗り潰すその剛腕を受ける膂力などない。
「成金志望よ。どうするね」
だが、逃げてばかりではそれこそ先刻と同じ展開をなぞるのみだ。
「これを超えないと先はないんだろ?」
だから穿つ。
イグナートは戦鎚の柄を分解して槌のない側を杭のように突き立てた。否、実際に分離させた柄の先端は尖っていて杭そのものだった。
骨を継いで関節を一本の柱と化すと、全身を震撼粉砕させる衝撃を杭で受け止める。
そのまま力を受け止めれば、左腕が吹き飛ぶだろう。
「まだだ!」
戦鎚を杭へ叩き込む。
ある日、気が付いたときから手に握っていた。非才の身で唯一頼みにできる、縋り付ける武器。
杭を打ち込んだ位置は全く当て感に頼ったもので経験則も何もあったものではない。
ただ、自分に砕けぬものはないという自負だけはあった。
岩塊に石灰色の血潮が噴き出した。




