14話
セーフハウスで身支度を整えるとイグナート、ナサニエル、ハクの三人は『石の花』の探索に出発した。これまでの調査から群生地にある程度の目星はつけてある。石の花は森のどこを探しても見つからなかった。ならば、師の言う通り全く違う観点から調査を進めるべきだろう。
目標は森の先にある鉱山だ。超高木が群生している関係で地形を読み取ることは困難だったがサンジェルマン研究室の学徒は鉱山の正確な位置を割り出す調査に長い時間を費やしていた。
ナサニエルが長い時間をかけて描写した地図もその成果物の一つだ。三人は地図を頼りに東西南北も知れない方角へ歩いていった。
音を上げたのはハクだった。六時間ほど歩いた地点で座り込んで文句を唱え始める。
「いつになったら着くのかしら!」
「説明しただろう?予定だと二日はかかるよ」
苦笑しながらナサニエルが嗜める。
「じゃあ真っすぐ歩きなさいよ。妙に脇へ進んだり、いえむしろ来た道を戻ったり訳の分からないことをやっているわよね」
「それは真っ直ぐ進んだらどこに飛ばされるか分からないからだよ。世界の裂け目はエリアの端っこだけじゃなくていたるところにあるんだ。だから酔歩するように進んでいくしか方法はない。これも説明しただろう?」
「飛ばされるなら逆に行程を短縮できるんじゃないの?」
「危ないことはしないよ。これでもちょっとずつ飛んでいるし。博打を打って死ぬほうがマシだと思えるような場所に出たら目も当てられないし」
こんな調子でナサニエルがずっとお嬢の相手をしていた。
嫌でも耳に入る甲高い声にイグナートはそろそろ限界を迎えていた。
「まぁまぁ……慌ててもしょうがなし。せっかくなんだから景色でも楽しもうよ」
「そんな余裕はないわよ。私は貴方達ほど神経太くないの」
「ダダをこねるな。置いていくぞ」
苛立つイグナートが本気の感情をぶつけると、流石に大人しくなる。
揉めていい相手を見定める辺り、ハクは強かだった。
「そもそも鉱山に石の花とやらはあるの?」
「分からない。僕らの見立てだと成長するための養分が森にないんじゃないかなと、土壌は問題ないと仮定して、他の植物との生存競争に勝てないのではないかという推論を立てているんだ。なら植物が群生してない場所で咲いているんじゃないかってね。例えば湿り気のある日光の届かない穴蔵の奥底とか」
結局、十歩ほど歩いた地点でイグナートは太い息の根に腰を下ろした。最も体力のあるイグナートが立ち止まるということは小休止を意味していた。気を遣われたと思ったかは定かではないが、ハクは大人しく景色の方へと目を向ける。藪の外は既に銛が一望できるほど高所に来ている。
今は夜の時間帯だから、幻想的な結晶の輝きが木々を照らし上げる時間だ。
「夜は一層綺麗だろう?」
ハクは黙って首肯した。頷く他ない。まるで宝石の海を一望しているかのようだ。
「綺麗なだけじゃない。この森は原則的に夜が最も生物が活発でなく、安全に行動できる」
「みんな寝ているから?」
「いいや。心を奪われているからだよ」
夜は結晶の怪しい輝きが最も際立つ時間帯。
イグナートは枝葉を指差す。目を凝らしてみてみると一匹のリスが等身大の結晶を抱えていた。
身を預けるように結晶へとしだれかかるリスは、だらしなく唾液を垂らしながら結晶をうっとりと舐っていた。
「何よ……ここ……」
「ご覧の通り、生きとし生けるもの全てが宝石の輝きに酔いしれる森だ。夜は石を愛でる時間。輝きに眼を奪われて誰も彼もが活動を止める。どうだ、畜生にしては高尚な趣味だろう?」
宝石を抱いて身を丸くする獣、宝石の影に屯する蟲。
言われて初めて気付いたが確かに生きとし生けるもの同様の行動を取っていた。
最初は理解できなくもないと思った。美しいものを厭う生物などそれこそ受け入れ難い。
しかし、とハクは頭を振った。
「見苦しいわね……いえ、なんて貪欲」
「悪く言える立場か?これから何を採取すると思ってる。ここら辺で一等の宝石を取ろうってんだぞ」
「貪欲なのは人間だけで十分ってことよ。畜生まで装飾を覚えることはないわ」
それと、と前置きしてもう一つ気付いたことをハクは尋ねた。
ここには本来、あるはずのものがない。
「この森、鳥が住んでいないのね」
密接に群生している木々の中を飛び回るのは難しいのだろうか。あるいは捕食者の脅威を避けるためか、いずれにせよ鳴き声一つなく、姿形すら見当たらない。
「この世界は飛行を禁じられているから」
竹筒から砂糖水を飲みながらナサニエルが答えた。
ハクは顔をしかめた。言っている意味がわからない。
「どういうこと?」
「言葉の通り。木を少し超すくらい飛ぶとダメ。問答無用で『上』に飛ばされる。ほぼ全域の不文律だけどね。山は登れるから地面との距離が一定以上離れるとダメなんだと思う」
「不便ねぇ。高台から物見ができないじゃない」
「だからサンジェルマン先生も変身術で鳥に化けることはあんまりしないんだよね。あれ興味深いからもっと見てみたいんだけどねぇ」
「変身?」
「そう、刻印は人間の体にも刻めるから。高等技術だけど自分の肉体を自由に弄り回れる人間もいる。いつまでも見た目がお若いのはそのためさ」
ハクは時が止まったように眼を丸くした。女人にはやはり若作りは魅力なのだろうか。
「なるほど……若作り……そんな使い方が」
自分の世界に閉じこもってしまった姫君をよそにイグナートは乾パンをつまみながら、
「そんなことより、連中はどうだ」
「結構離れた場所にいるよ。後方約五キルメル」
「ほぉ……でも追ってはこれていると」
ナサニエルは首肯する。脅威度の高さを理解した緊迫感が表情に現れていた。
追跡者が同業でないかぎり、森の土地勘でイグナート達に優越することはありえない。だが事実として敵は遭難必死の迷いの森で距離を保ちつつ追尾することができている。
何らかのカラクリがなければありえない事態だが、あいにく詳細を確認する方法はない。
追跡者の面が分からないのが現状だがイグナートもナサニエルも昨夜遭遇した二人の騎士を確証なく連想して動いていた。
「縁の糸はそう多くないからね。大判振る舞いだよ」
古典的だがナサニエルは追跡者の現在位置を知らせる刻印を道中に刻みながら進んでいた。
泉術とは刻印に意識を送信する術であり、逆に刻印からの情報を意識へ受信することも出来なくはない。手足が頭に語りかけてくることはないが、痛みや熱を訴えかけてくるように。
「洞窟は逃げ場がない。迎え撃つなら森か」
「荒事は苦手なんだけどなぁ……まぁ罠を張るのは僕向きだね」
「さっきから何を話しているの?」
ただ一人、話を飲み込めていないハクがやや不快そうな顔で話に割り込んでくる。別に意地悪をしたい訳はないのでそろそろ伝えるべき頃合いではあるのだが、肝心のイグナートは説明したがらない。自分のせいで話が煩雑になりそうな予感があると避ける傾向にあった。
「僕らを追ってきてる人間がいるんだ。ハクは心当たりない?」
「あるわよ」
きっぱり言い切ってきた。
イグナートもナサニエルもシラを切ってくると思っていたから面食らった。
なにせハクの要望で危険な探索を行うことになり、ハクのせいで刺客まで現れたかもしれないのだ。
「本当に堂々としてるね君は。言い訳とか謝罪とかないのかい?」
「ないわ。それより、私は何をすればいいの」
「いっそ清々しいな……まぁとりあえず聞け」
イグナートもナサニエルも戦働きをしたことはないし、イグナートはともかくナサニエルは路上の喧嘩もしたことがない。本職の騎士として鍛錬を重ねてきたあちらに一日の長がある。
だからこそ、その土俵では戦わない。ノッカーらしい戦いをしてみせる。




